ショッピング

 人狼ゲームの期間ではあるが、土日が休日であることは変わらない。


 休みなら休みで、羽を伸ばして休みたい所なんだけど、俺は猫女に首輪を付けられている身であり、変なことをしないように監視をすると言ってきた麗音の買い物に付き合っている。


 俺は緑のジャケットに黒のズボンにシューズと言う地味な格好で、麗音はまだ6月だと言うのに、半袖の薄手の水色のシャツにミニスカートでサンダルと言う夏のコーデ?だ。


 街の中には私服の生徒が大勢居る…と言うのは当然か、この街には、この学園の学生と教師しか居ないんだし。


 俺は女の扱いには慣れておらず、逆に女に利用されることが多い人生のためにそれについての耐性は付いているのだが、荷物持ちと言うものは何時になっても好きになれない。


 便利扱いされてんなぁ。


 今日、最初に麗音に会った時、いきなりスマホで写真を撮られた。理由を聞いても「何となくだよ、私、みんなの写真を持っておきたいんだ」っと、何の意味があるのかわからない返答をされた。


 そして街では、いろいろな夏物の服やアクセサリーの入った紙袋を両方を両手に3つほど持って歩いている俺と、前の方で小さなバックを持っているだけの麗音を見たら、完全に尻に引かれている彼氏を連想されると思うけどそういう関係じゃねぇ。


 なんなら、お嬢様と奴隷みたいなもんじゃねぇの?これ。


「おい、麗音。1時間も歩いているのは別に構わねぇけど、いつまで買い物を続けるつもりだ?」


「う~ん、あと3件で終わるから、もうちょっと付き合って…ね?」


「はぁ…マジかよ」


 人前だから優等生モード(俺が勝手に名づけた)になっているのは理解できるが、いちいち首を傾げて人さし指を頬に付ける仕草しぐさを見ると、段々とイラついてくる。


 精神的に疲れるしな。


「おまえって、休日はいつもこんなに買い物してるのかよ?金がすぐに尽きそうだな」


「そんなわけないじゃん。1ヶ月に1度は、自分へのご褒美で前から目を付けていた物は全部買うって日にしてるの。それが今日なだけだよ」


「…そういうことか、納得した」


「椿くんって、何か買わないの?」


「俺は基本、無心で無欲な人間だからな。食費以外で金を使うことは、必要な物が壊れたりしない限りねぇよ」


「…つまらない生き方してるねー、趣味とかないの?」


 趣味と言われても、これまでの人生でいろいろなことに触れてきたがこれと言って特別好きなことはない。


 好きなことをすると言う、自由な生活とは無縁むえんな生活を送ってきたから。


 しかし、ここは何か言わないと不自然だろうか。


「趣味は…そうだな、一応読書ってことにしといてくれ」


「へー、意外。筋トレって言うのかと思ってた」


「筋トレはただの習慣だ。習慣と趣味は違うだろ」


 そんな他愛ない話をしながら麗音の残り3件の買い物を終えると、もう正午を回っていたので2人でレストランで昼食をとることになった。


 対面する形で1つのテーブルに着けば、ニコニコとした表情を向けてくる麗音に、俺はたまらず顔をらしてしまう。


 おそらく、何も知らない無垢むくな男子諸君はこの可愛い(らしい)美少女が目の前に居たら、心臓がバクバクと鳴りながら目が泳ぐのだろうが、俺はそんな恵まれた男ではないので背筋が凍るほどの恐怖を感じる。


「これって、今更だけどデートみたいだね?」


「男を召使い代わりにして連れ回して歩くのが女にとってのデートなら、女のショッピングの荷物持ちをしている世界中の男は、全員デートしていることになるんじゃねぇの?いやぁ~カップルだらけで、愛にあふれた世界で何よりだぜ」


「そ、そういうことじゃないんだけどな~。椿くんって、時々だけど屁理屈へりくつを言うよね~?」


「悪かったな、これは姉さんから移った悪いくせだ」


「お姉さんが居るの?」


 姉さんについて素で興味を持ったのか、麗音は首を傾げてはいるが、人さし指は付けずに軽く目を見開いて聞いてきた。


 別に隠すことでもないか。


「少なくとも、俺が姉さんと呼んでいた女は居た。けど、1年前に死んだ」


「そ、そうなんだ。ごめんね、変なこと聞いて」


「別に気にしてねぇよ。人間生まれたら、いつかは死ぬ。文句言うだけ傲慢ごうまんだろ」


 殺されたなら別だとは思うけどな。

 

 心の中の一言には気づかず、麗音は頬杖をついてはじっと俺の顔を見てくる。


「悟ったような言い方だね?」


「違う、思い知らされただけだ」


 頬杖をつき、少し昔のことを思い出す。


「軍人なんてやっていると、いやでもそう言う感覚はついてくるさ。俺は、運と力があったから生き残れただけだ。今生きていることだって、本当は凄い奇跡なんだぜ?道端でボール遊びをしていただけなのに、何十年前に仕掛けたられた地雷を踏んで、不運にもそれが起爆して死んでしまう子どもだっているんだ。命は、大事にしないと駄目だろ」


 麗音は何も言えなくなり、少し空気が重くなる。


 話した後で不味い、失敗したと思った。


 俺は空気を変えようと、話を変える。


「…そう言えば、前から聞きたかったことをこの機会に聞いても良いか?」


「えっ…あ、うん、良いよ。何でも聞いて?」


「おまえのスリーサイズを教えてくれ」


「うわぁー、それって面白い冗談?」


 麗音の顔は笑っているが、背後から怒りを感じるため「冗談だ」と言ってドリンクバーのカルピスを半分ほど飲む。


「Fクラスから上のクラスになるためには、能力点はどれだけ必要なんだ?最低ラインを知っておきたいんだ」


「えーっと、10万ポイントだよ。だけど、上のクラスに行くためには、その能力点を払わないといけないの。もしも、10万ポイントが溜まったとしても、私たちの場合はEクラスに上るときに時には能力点は0点からのスタートになるんだよ」


「つまり、この人狼ゲームで人狼が勝てば、うちのクラスから1人減るわけだな」


「そういうことになるねー」


 当然、Fクラスから出たがっている麗音は、絶対にEクラスに行くんだろうな。それは本人の自由だから、止める気はねぇけど。


 俺が無表情のままでいると、麗音はグイッと顔を近づけてきて、少し不満げな表情をする。


「寂しくないの?」


「何がだ?」


「だ、だから、その人狼の子がクラスから居なくなったら…寂しくないの?悲しくないの?」


「そこまでクラスメイトに思い入れはねぇよ。転入してきて、まだ1ヶ月も経ってねぇし。それに喜ばしいことだろ、その人狼は願いが叶うんだからな」


 あえて麗音の名前を呼ばずに人狼と言えば、不機嫌そうな表情をして彼女は姿勢を戻した。


 怒っているように見える麗音を見て、頭に疑問しか浮かんでこない。


 女と言うのは、本当にわからん。…いや、住良木麗音という人間がよくわからないと言うべきか。


 その後、レストランを出てから麗音はずっと不機嫌だった。


 そして、麗音の機嫌が治ることもなく、そのまま寮に戻った。



 -----



 人狼ゲーム6日目(土日を含む)。


 土日を挟んでいるのだが、その間に減ったクラスメイトは居なかった。


 休みの期間に襲撃することを、うちのクラスの人狼さんは忘れていたようだ。意外と抜けてるんだな、あの猫女。


 朝礼の初めに、プリントが前の方から後ろに回されていく。


 そのプリントは全クラスの教室にある監視カメラの点検についての説明で、明日の放課後はなるべく早く教室を出ろと言うものだった。


 各クラスの隅には4つの監視カメラが天井に着いている。街の中にも監視カメラはいたる所にあったのだから、校舎の中に在るのは言うまでもない。


 明日はさっさと適当に名前を書いておくか…。それにしても、明日で7日目か。この機会を利用して、保険はかけておいた方が良いかもな。Sクラスは真央が居るからあなどれないしな…。


 いろいろと段取りを考えながら前を見ると、岸野先生がいつも通りにタバコを吸いながら話をしている。


「えーっと…人狼ゲームも明日が終われば、後半に入るわけだが…それぞれにやるべきことはやっていることだろうと思う。各自かくじ、それぞれの考えで動き、村人側も人狼側も、ベストを尽くすように…。あっ、あーっと…この中に居る探偵に言っておく…わかっていると思うが、人狼は当てておけよ~?」


 先生は、最後の方でチラッと一瞬だけ俺の方を見ながら言ったような気がする。


 何か意味深だ。


 そう言って、白衣のポケットに両手を入れ、「では、朝礼はこれで終わりだ。授業は真面目に受けるように」と言って、先生は教室を出た。


 1限目の準備をしていると、珍しい人物が俺の席に1人で着た。


 新森久美だ。いつもなら麗音と一緒に来るのに、1人と言うのが奇妙だ。


「チャオー、円華っち、今って暇~?」


「暇だけど、1限目まで残り5分しかないぞ?」


「あ~、うん、それだけあれば充分。ちょっとさ~?円華っちに頼みがあるんだよね~、良い?」


「俺にできることならな」


 背筋を伸ばして腕を組んで言えば、新森は「OK」と言ってスマホを出し、メモ画面を出す。


 画面には、クラスメイトの名前が書いてあり、その右隣には人狼ゲームの役職が書いてあるが、そこに〇や△が書いてあるのは何だろうか。


「質問良いか?」


「え~、今はうちが質問するターンです~」


「じゃあ、そっちからどうぞ?」


「よ~し、じゃあね~…。円華っちは、村人ですか?」


「随分と直球な質問だな。村人だ」


「そっか。じゃあ、人狼ですか?」


「そうだな、人狼かもな」


 冗談のつもりで言ったのだが、それが伝わっていないのか、アホなのか。新森は真に受けているように見え、唸っている。


「う~ん、狂人きょうじんの疑いが高くなってきたね~」


 さすがに人狼と言う線は消えたか。


 わざと俺に見えるようにしているのか、スマホのメモに俺の名前の横に『村人△ 狂人?』と書かれているのが見えた。


「はい、じゃあ、あたしの質問ターンは終了。円華っちのターンだよ~?」


「じゃあ、今一番聞きたいことを聞いても良いか?おまえのスリーサイズを教えてくれ」


「う~んっと、上から82、60、86だよ?」


「ま、マジかよ……」


 この前に麗音に聞いた時は笑顔で威圧されたし、成瀬に聞いた場合は汚物おぶつを見る眼を向けられそうだが、新森は平然と答えやがった。


 まずい、新森久美は、麗音かそれ以上に考えが読めない女かもしれないと言うことに、今更ながら気づいた。


「え~、言ったって減るもんじゃないじゃん?何なら~、今日の夜…じっくり観察させてあげようか~?」


 少し色っぽく言ってきて、着崩している制服から胸元を見せてくる新森に、動じるでもなく溜め息をついてしまった。


 この女、痴女ちじょか。


「それはまた今度の楽しみにしておくぜ。…そんなことよりも、どうしていきなり聴取ちょうしゅをしているんだ?この前の投票で何も考えられなかったのが悔しかったのか?」


「そうなんだよね~。それもあるけど、うちは別のことをしているわけですよ」


「別のこと?」


「人狼を捜すことは大切だけど、何の手がかりもなく捜すのって無理じゃん。だって、もう期間の残り半分切るんだよ?だから、うちは預言者を捜して、協力してもらおっかな~って思ったのだ~。どう?意外と頭良くない?」


「…ソウダナー、俺モソコマデハ頭ガ回ラナカッター。新森ハ天才ダナー」


「やっだも~、それは円華っち褒め過ぎだし~」


 新森は本当に嬉しがっているのか、身体をくねくねさせている。


 早くこの状況から解放されたいと思っていると、1限目のチャイムがやっとなったので新森は自分の席に戻って行く。


 無邪気な笑顔で「じゃあ、また後でね~!!」と言っていたことに、落胆を隠せなかった。


 俺は麗音の優等生モードのようにキャピキャピしている女は嫌いだけど、新森のように無邪気に人を巻き込んでくる女にも苦手意識がある。


 こういう時、成瀬のように静かな女の方がどれだけ気が楽かに気づく。しかし、成瀬の場合は(俺が言えた義理じゃねぇけど)あの口の悪さがマイナスポイントになっている。


 素の麗音はお節介をかいてくるが、その分俺を振り回してくる厄介な女。

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