見下ろす者、去る者

 真央side



 僕は椿円華を地下に下した後、本校舎の生徒会室に「失礼します」と言って入った。


 部屋の中には大きな長テーブルが置いてあり、その周りに7人の男女の先輩方が座っていた。


 奥の方で手を組んで座っている女性に優雅にお辞儀をする。


「今回の決闘はお楽しみいただけたでしょうか、会長?」


「ええ、とっても。今までの強者が弱者を一方的に痛めつけるのはもう飽き飽きとしていたから、こういう逆転劇と言うのは斬新だわ。こんな面白い決闘を見せてくれた真央には、能力点+1000するようにレスタに言っておくわ」


「ありがとうございます、身に余る光栄です」


 笑顔でそう言い、僕は自身の席に着いた。


 すると、隣に座っている赤髪で小柄な女子の先輩、駿河芽衣するが めいが脇腹をつついてきた。


「会長のご機嫌取りも大変だね~?入学してたった1か月で生徒会に入ったから、周りに追いつくのに必死なのかな~?」


「そうですね。皆さん、僕にとっては尊敬できる方々ばかりなので、足を引っ張らないように日々精進ですよ」


 笑顔のままそう言えば、対面する形で座っている日焼けした肌が特徴的な男の先輩、伊藤曹いとう そうが手元にあるスマホで椿円華の個人データを見ながら聞いてきた。


「椿円華か……。どうして、こいつに決闘をさせたんだ?」


「そうですねぇ……昨日の監視カメラの担当、僕だったんですよ。知ってます?彼、昨日、FクラスなのにCクラスに刃向ったんですよ?だから、面白そうな人材が見つかったと思いましてね。決闘をさせて、彼の実力を計ろうとしたんですよ」


「じゃあ、昨日の不自然な理由の能力点通知はおまえの仕業しわざだったんだな。決闘は、両方が能力点を持っていねぇと成立しないからな」


「流石。ご名答です、伊藤先輩」


 ちなみに昨日のあの後、柏葉くんにCクラスの番人である田篠くんを頼るように促したのも僕だ。


 田篠くんは自身の力を周りに誇示したい性質があった。


 彼は部活での成果がかんばしくなく、能力点が減点され続けていたので、アピールの仕方によっては大量に能力点を稼げる決闘の相手を捜していることは読めていたからだ。ここまでは、僕の計算通りに事は進んだ。


 しかし、僕にとっての嬉しい誤算は椿円華が決闘に勝利したことだ。


 ほとんどの生徒が予想しなかっただろうことを、彼はやり遂げたのだから。


 決闘は出来レース。より強いクラスの者を極端に優位な状況にし、弱いクラスへの見せしめにすることが真の目的であった。


 あくまで、今日までは。


 Fクラスである彼の勝利は、この学園に大きな波紋を起こしたことだろう。この先、下克上方式が加速する。


 この学園のトップである生徒会の長に、1年にしてなることも、僕の力によっては不可能ではなくなった。上と下の関係に割れ目ができたのだから。


 スマホに保存されている椿円華のデータを見て、誰にも気づかれないように笑む。


 椿円華…これからも、僕の手の平の上で遊ばせてあげるよ。そして、会長…貴女のその席を、僕が受け継いであげましょう。


 会長を見ると、彼女もスマホに映っている椿円華の個人データを見ている。その表情は組んでいる手でよくは見えないが、口の端を上げて笑っているように見える。そして、こう呟いたのが耳に入った。


「やっと会えるわね…円華」



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 円華side



 昼休みの時間。


 麗音と基樹、新森と一緒に昼飯を食べていた。俺はパンだが、ほかの3人は弁当だ。


 ちなみに、麗音は成瀬を誘ったようだが、目を細められて「昨日あれだけ私の時間を拘束こうそくしておいて、昼休みまで拘束するつもり?やめて、頼むから1人にさせてちょうだい」と言われたらしい。


 人と群れるのは苦手そうだもんな、あいつ。1対1の時は口数が多いくせに、昨日みたいに多数の中だと極力話そうとせずに、話しかけようとしても睨んでくきたくらいだし。


 俺と麗音は、基樹と新森の話の聞き役に回っていた。


「そう言えばさぁ、聞いた?昨日の決闘の後、C組の田篠と…あと昨日教室に3人、退学届を出しに行ったらしいよ~」


「退学?決闘に負けたくらいでかよ。能力点が0になって、Fクラスに落ちるのが嫌だったのかねぇ」


「プライドが高かったし、うちらのことをめっちゃディスってたし、何よりも円華っちが恐いってのが理由らしいよ~?」


「あ~、そりゃわかるわ。だって、決闘中の円華はマジで恐かったもんなぁ。『腕が折れてもごめんな?』なんて、笑顔で言われたら誰だってゾッとするっての~」


 からかうように言ってくる口調にイラッとして、俺は基樹の首に人さし指を当てて笑顔になる。


「この指、変に動かして窒息死させたらごめんな?」


「じょ、ジョークジョーク!!それがマジで恐いんだって!!」


 いつ作ったのか小さな白旗を挙げてきたので、溜め息をついて指を離す。


 こいつ、いつかマジでしばこう。


 そんなことを思ってパンを食べると、麗音が、遠くの自分の席でイヤホンをしながら弁当を食べている成瀬をじっと見ているのが視界に入った。


「そんなに成瀬のことが気になるなら、放課後にお茶にでも誘ったらどうだ?」


「えっ……え!?でも、迷惑かもしれないし……」


 歯切れが悪いが、成瀬と話をしたいと言う気持ちは痛いほど伝わってくる。


 ここは、どっちにとっても良い交友関係を築かせられるように、お節介をやいておくか。


「麗音は成瀬のことを勘違いしているな」


「勘違いって何を?」


「あいつは人付き合いが嫌いなんじゃなくて、苦手なだけだと言うことを俺は昨日気づいた。おそらく、1対1から2対1までだったら、普通に会話ができると思うぞ?」


「そ、そうなのかなぁ…」


 いまいち納得していない麗音に「まぁ、見てろ」と言って成瀬の元に行く。


 俺に気づいて成瀬はイヤホンを片方だけ耳から離し、見上げてきた。


「何か用かしら?」


「麗音からの伝言。放課後、お茶しようってさ」


「みんなで?」


「いいや、2人で」


「そう。今日は別に課外活動はないから構わないわって、住良木さんに伝えておいて」


「了解だ。ちなみに、みんなでお茶しようって話だったら、どうしてた?」


「丁重にお断りしていたわ」


「ですよねー」


 どうでも良い俺の予想は、見事的中だった。



 -----



 やはり、住良木麗音は嫌いなタイプの女だと、改めて思った。


 放課後、カフェで俺は麗音と成瀬に挟まれるような形で円テーブルに座っている。


 成瀬からの『どうして、あなたが居るのよ?』と言う視線が痛い。


 その理由は麗音自身に聞いてくれ。


 終礼後、いきなり麗音から片手を両手で握られて「1対1だと緊張するから、椿くんも一緒に来てくれないかな?」と、今にも泣きそうな潤んだ瞳で上目遣いされながら言われた。


 女子の上目遣いに弱いわけではない。だけどここで断れば、女子を泣かせた男として、当分はクラスメイトから鋭い目付きで見られ続けるだろうから引き受けた。


 それにしても、女同士の会話とは(これは俺の勝手な偏見だが)、別に可愛くもない物を「可愛い~」と言ったり、可愛いと言われたら「そんなことないよ~、〇〇ちゃんの方が可愛いよ~」と言うように、とりあえず可愛いというワードを使えば成立するものなのではないだろうか。


 麗音と成瀬の会話はまったくはずんでいない。


「成瀬さんって、いつも帰ったら何をしてるの?」


「いろいろな会社へのハッキングとデータ作成。昨日はとあるゲーム会社の新しい作品のデータをまとめていたわ」


「そ、そうなんだ……凄いね。私はそういうのは難しそうでよくわからないから、無理かなぁ…」


「ええ、そうね。専門的な知識の組み合わせだから、複雑な思考ができなかったら可能性は無いわ」


 いや、そこは「そんなことないよ~、意外と簡単だよ~?」とか言って、話を繋げるところだろ。バッサリ切ってどうする。麗音が苦笑いしながら戸惑ってるだろ。


 ここは少し架け橋をかけてやるか。


「成瀬の趣味はハッキングか。麗音の趣味って何だ?」


「私の趣味?そうだね……強いて言えば、お菓子作りかな」


「そうか。じゃあ、成瀬って料理できるのか?」


 成瀬に話をふれば、一言「いいえ」と素っ気なく返された。ここまでは予想通り。


「ですよねー。無愛想な女は、がさつな女よりも料理ができないらしいからな。目玉焼きもまともに作れないんじゃねぇの?」


 少し挑発してみれば、ギロッと成瀬は紅茶を飲みながら睨んできた。眼光が今までになく鋭い気がする。


「何?椿くんは、私に喧嘩を売ってるのかしら?」


「売ってたら、100万で買ってくれる?」


 喧嘩を売ると言う言葉から、俺は喧嘩も商売道具になると思ったのだが、成瀬の眼がさらに鋭くなったところから違うのだろう。


 日本語、難しい。


「俺の大好きなアメリカンジョークだ。気にするなよ」


「そう。貴方のジョークは不快感しか感じないわ。今後は封印してもらえるかしら?」


「……考えとく」


 笑顔で言えば、成瀬は何とか納得してくれたようだ。ジョークを封印されたのは痛いけどな。


「じゃあ、目玉焼きはともかく、成瀬でもできそうな料理を、麗音に教えてもらえば良いんじゃないか?」


「あっ、それはグッドアイデアだね!今から私の部屋で料理しよ、成瀬さん!」


 成瀬は俺のことを睨みながらうなっていたが、深い溜め息をついて「わかったわよ、やればいいんでしょ、やれば」と折れてくれた。


 そして、カフェを出るときに悔しそうな目で、成瀬は俺にこう言った。


「あなた、本当にずるい男ね」


 それに対して、俺は満面の作り笑顔で返した 。

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