予想外

 麗音side



 私は、スクリーンに映っている決闘の結果を見て目を見開いた。椿くんが、田篠くんに勝利したのだ。


 成瀬さん以外の周りのみんなも驚いており、自身のスマホから能力点が-10になっていくのを見て落胆している。


 でも、私は違うんです。昨日の椿くんからは、何か底が知れない何かがあると思ったから、私はその勘を信じて、椿くんが勝利することに賭けました。多分、成瀬さんもそうだと思います。


 だから、これはあくまで私の予想ですけど、このクラスで能力点(アビリティポイント)が+10になったのは、私と成瀬さんだけなんだと思います。


「まさか、あの転入生が勝つなんて…」「軍人上がりだろ?そんな奴に、ただの柔道部が勝てるわけないよなぁ…」「人を殺したことがあるって書いてある…。見かけによらないよね」


 これから、椿くんと距離を置こうとするみんなの中、ただ1人、パーカーを着ている金髪で赤いピアスをした男子生徒、狩野基樹(かの もとき)くんがアハハハハッとお腹を押さえながら笑い出した。


「すっげぇな、あの椿っての。俺、田篠のことが気にいらなかったってだけであいつに賭けたけどさぁ、まさか勝つなんて思わなかったぜ。いやぁ、あの田篠の顔を見てみろよ?絶望とかそう言う概念を越えた顔してるし、気絶って…!!アハハハハッ。俺、椿とダチになろうかなぁ~」


 いつも空気を読まない狩野くんの発言は、少しクラスの中の空気を和らげてくれた。


 狩野くんに続いて、久実もスクリーンに映ってる田篠くんの顔をスマホで写真を撮って笑う。


「基樹っちも椿っちに入れたんだ?うちも~~。マジでざまぁって感じだよねぇ?久しぶりにスカッとしたわ。それに、椿っちって面白~い。元軍人とかマジでウケるんですけど~~。麗音っちもそう思わない?」


 いきなり話を振られてすぐには言葉は出なかったけど、反射で「う、うん、そうだね」と返した。


 成瀬さんも、何も言わないけど口元が笑っている。


 みんなも、椿くんが決闘に勝って、能力点のことは抜きにしてFクラスが他のクラスに一矢報いたことは評価しているようだった。


 私がホッとすると、成瀬さんがチラッと私を見て手招きしてきたので近づいてみる。


「成瀬さん、どうしたの?」


「クラス委員としてのあなたに聞きたいのだけれど、この状況、あなたはどう見るのかしら?」


「どう見るって…どういう意味で?」


 成瀬さんは、スマホを出して自身に来た能力点通知を見ながら言った。


「私はね、椿くんはこの程度のことじゃ終わらない様な気がするのよ。疑問に思っていたけど、彼はどうして、わざわざ全校生徒に個人データを送信したのかしら。自分の力を知られてしまうというのに、そのリスクを冒(おか)してでもしなければない目的がある。そう考えるのが、普通じゃないかしら?」


「な、何?その目的って…」


「そこまでは、私にもわからないわ。けれど、椿くんはこの決闘で、ある変革を行ったも等しいわ。彼は全校生徒から注目される存在になった。それは、周りのほとんどが敵になったも同じ。これから学園は…確実に荒れるわ」


 目を細めながら、成瀬さんは確信を持ったように言った。その言葉に、説得力がある。私も同じようなことを思っていたのだから。


 そして私の中で、椿円華と言う人間に対して、引きつけられるような感覚と、期待を感じていたのだ。



 -----

 円華side



 決闘が終わり、コロシアムルームを出て地下に降りる。その間にスマホを取り出して確認すれば、2つのメールが来ていた。


 1つは、早速決闘の報酬である能力点+5000と現金30万が支給されたと言う通知。もう1つは、麗音から『おめでとう。お祝いしようね!』っと言うメールだった。


 それに対しては『ありがとう』とだけ書いて返信した。


 スマホを打っている俺を見て、人当りの良さそうな方の生徒会役員が笑顔になる。


「ご友人からのお祝いメールでも来ましたか?」


「…まぁな。けど、俺にとってはここからが始まりだから、そんなに喜んではいられない」


「そうですか。…それにしても驚きました。まさか、あなたが帰国子女で軍人経験があったなんて。そして、少し興味が湧いてきましたよ」


「興味?俺に興味を持っても意味ないぞ?」


「そんな、何か期待しているわけではありませんよ。ただ…どうして、貴方がこの学園に転入してきたのかが、とても気になるんです。何か、目的が在ってここに来たんじゃないですか?」


「…さぁな。例え何か目的があるとしても、それをおまえに言う理由はないな」


 素気なく言えば、役員は不機嫌な表情になる。


「そのおまえって言うのはやめていただきたいですね。僕には、石上真央(いしがみ まお)と言う名前があるんですから」


「それは悪かったな。じゃあ、石上で良いか?」


「いいえ、真央って気軽にお願いします」


「わかったよ、真央」


 そんなことを言っていると、エレベーターが地下に到着し、ドアが開く。


「では、椿さん、またお会いできる日を楽しみにしていますね?今日は良い夢を」


 エレベーターを出て後ろを振り向くと、笑顔で軽く手を振られ、そのままエレベーターは真央の乗せたまま上に行った。


 そして、俺が鞄を取りに教室に戻れば、そこは暗くなっており、みんなが帰った後のようだ。


 お祝いしようって書いてあったから、教室でやるのかと思ったがそれは違ったようだ。だとすると、これはもう1つの方の確率が高くなった。


 寮に戻って自室の前に立ってドアを開けると、パンっ!パンパンっ!とクラッカーが鳴る音と共に、中に居た麗音たちに『椿くん、おめでとーう!!』っと祝いの言葉を言われた。


 俺は無表情でそのまま部屋に上がった。


「ちょ、ちょっと!少しは驚いた反応してくれても良いんじゃないかな?」


 麗音から不満を言われれば、「予想はしていたから驚きようがない」と素気なく返して電気を点ける。


 そこに居るメンバーの中には麗音と成瀬、そして、誰かもわからない男女2人が居た。多分、クラスメイトだろう。


 俺の目線に気づいたのか、頭が軽そうな男から自己紹介をした。


「俺は狩野基樹。基樹で良いぜ?俺もおまえのことは円華って呼ぶからさ!」


「あ、ああ…どうも。よろしく、基樹」


 俺との温度差を無視する基樹を見て、隣の女も「チャーッス!」と手を挙げてくる。


「うちは新森久美ね。さっきは凄かったね~?見てて面白かったよ!!ねぇねぇ、円華っちって呼んでも良い?良いよね?」


「呼び方なんて好きにしろ……」


 溜め息をついて言い、俺は4人を見て「それにしても」と言って半目になる。


「おまえら、どうやって俺の部屋に入ったんだ?鍵はかけたはずだ」


 部屋の中を見れば、六畳一間(ろくじょうひとま)の中央にお菓子の山と5人分のジュースのペットボトルが置いてある。余計に狭い。


 俺の質問に答えるように、基輝がキシシッと笑って針金を出した。


「俺の十八番(おはこ)はストーキングとピッキングだ。こんなドアの鍵穴くらい、チョチョイのチョイだって~」


「この地下にも法律があるなら、今すぐにおまえを警察に突き出すんだがな」


「うわぁ~お、冗談きついね~」


 そう言いながらも笑う基樹に、俺は呆れを通り越して感心を覚えた。


 そして、麗音がパンパンッと手を叩いて「さぁさぁ、お祝いパーティーを始めようよ!」と言われ、円になるように畳の上に座る。


 紙コップにコーラを人数分注ぎ、「かんぱーい!!」と3人は言っていたが、俺と成瀬は無言でコップを上げるだけだった。


 基樹と新森はテンションが高く俺にいろいろと質問をしてくるが、それを全て軽くあしらう。そして、両隣に座っている麗音と成瀬を見れば、1人からはニコッと笑顔を向けられ、もう1人からは睨まれた。


 大人数ってわけではないが、こんな風に誰かと囲んでパーティーをする経験などなかったため、新鮮な気分になる。


 こういうのも、悪くはないな。



 -----



  お祝いパーティーは無事終わり、今にも寝そうな新森と基樹は先に帰らせ、俺と麗音、成瀬の3人で片付けをしていた。


 最後の片付けを祝われた俺がするのは別に良いけど、散らかり過ぎで面倒だ。


 今度からはこの部屋でパーティーは絶対にさせないように、鍵をダイアル式に変えよう。間違えたら電気が流れる仕組みにしておくか。


 そんなことを考えていると、ゴミ袋を持って、成瀬が近づいてくる。


「椿くん、あなた、名前は女っぽいけど男の子よね?」


「昨日の自己紹介でそう言ったはずだけど、それがどうした?」


「こんな夜も遅くにゴミだしに行く女子を放っておけるのかしら?男の子として」


 遠回しにゴミだしに行くからついてこいって言っているのか。可愛らしい女子を装って頼めばすぐにわかったのに、素直じゃない女。


「わかったよ。一緒に行けば良いんだろ?」


「あら、一緒に来たいの?なら、勝手についてこれば?」


 もう1度言おう、素直じゃない女。


 2人で部屋を出ようとすれば、麗音が「あっ、私も行くよ」と言ったが、成瀬が素っ気なく「結構よ」と言って俺の手を引いて早足で部屋を出た。


 寮を出て焼却炉のある校舎裏まで歩く。


 地下の中でも、一応は朝、昼、夜を意識させるために明かりを微妙に暗くしてあるようで、暗い中でも前は見えるが、懐中電灯で前を照らしながら注意深く歩いている。


 成瀬への配慮だ。


「それで?俺と2人きりになれたわけだが、もしかして、俺に一目惚れしたから愛の告白でもするつもりか?」


「そんな背筋も凍りつくような-100点のアメリカンジョークはやめてもらえるかしら」


 アメリカンジョークだったら、もっと面白い冗談を言うと思う。俺の大好きなアメリカ人に謝ってほしい。


「じゃあ、何だ?ボディーガードのためにだけ、俺を連れてきたわけじゃないだろ」


「私、まだあなたから報酬を貰(もら)ってないわ」


「あー、そう言うことか。支給された能力点と現金の半分だったな。ハッキングの件、助かった」


 昼休みの終わりに、成瀬に5、6限目の時間を使って学園のデータベースにアクセスして俺の個人データをコピーしてくれと頼んだ。最初は即答で「いやよ」と言われたが、俺が決闘で勝てば、報酬の半分を分けるという契約で引き受けてくれた。


 スマホを出して、それぞれ半分を成瀬のスマホに送れば「確かに受け取ったわ」と素っ気なく言われた。


 俺もそうだが、こいつも大概、心が無いように見えてくるよな。


 そして、そのまま2人で無言のまま歩いていると、成瀬から「ねぇ」と話しかけられた。


「協力してあげたんだから、1つ質問させてちょうだい」


「本当に1つだろうな?」


「ええ、1つよ。私は言ったことは守るもの」


 成瀬はスマホを出し、俺の個人データを見せてきた。全生徒に送信したのと同じように見えるが、1つだけ違うところがある。


 そこを拡大し、睨みながら「これ、どういうこと?」と聞いてきた。


 ーーー


 志望動機

 姉をこの学園の誰かに殺されたので、犯人への復讐。邪魔するのなら、誰でも排除するのでそのつもりで。


 ーーー


 そう言えば、データを確認したときにこの志望動機の欄が無かった気がする。送信するときに抜いたのか。


「どういうことって言われても、そのまんまの意味だ。これ以上のことを、おまえに話す義理はないね」


「あなた、その言い方は…」


 成瀬の口を片方の手で塞ぎ、もう片方の手の人差し指を立てて俺自身の口に当てて静かにしろというジェスチャーをする。


 そして、スマホをメモ画面に変え、『監視カメラのことを忘れるな。おまえも狙われたいのか?』と書けば、それ以上の追及はしてこなかった。


 その後は校舎裏の焼却炉にゴミ袋を入れ、寮に戻る。


 そして、それぞれの部屋に戻ろうとしたとき、成瀬は俺の方を向かずにこう聞いてきた。


「人は、何のために復讐をするんだと思う?あなたの意見を聞かせてくれるかしら」


 一呼吸間を置き、俺は答える。


「憎しみとか、そう言う負の感情は抜きにして、自分が前に進むために、自己満足のために、人は復讐をするんだ。少なくとも、誰かの無念を晴らすためとか言っても、その後に復讐者に残るのは、無だ。俺は、そんな過去に囚われた復讐者になる気はないね」


「……そう。じゃあ、貴方が復讐者となるのなら、未来を見る復讐者と言うことになるわね。面白そう」


 成瀬はこちらを向いてそう言えば、小さく微笑んで「おやすみなさい」と言って歩きだした。


 その時の成瀬の表情は、作り笑顔よりも自然な笑顔に見えた。

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