強者の定義
腕相撲の体勢をとりながら、俺と田篠は睨み合う。
そして、画面の中のレスタが人差し指の上に映像画面を出した。
『これから、腕相撲のルール説明をさせていただきます。今回の腕相撲は、相手の連勝した回数を2倍した回数連勝した方が今回の勝者となります。勝者は、敗者の
何連勝するかではなく、相手の勝った回数の2倍勝利した方の勝利。少なくとも3回、下手したら無限にすることになってしまう腕相撲。
手が壊れそうだな。
左手を挙げて質問の意思を示すと『はい、椿さん』っと指さされた。
「これって、ギブアップすることはできるの?」
『できますが、対戦相手の田篠様がそれを認めればの話です』
「ですよねー」
少し、どうして決闘の敗者が学園を退学するほど精神的に追い詰められてたのかが理解できた。
全校生徒の前で何度も圧倒され、辞めることもできない勝負を強要される。
自分の無力さをいやと言うほど思い知らされるのだから、こんな所には居たくないと思うのは普通だろう。
『田篠様は、何か質問はございませんか?』
「ない。さっさと始めてもらおうか」
『承知しました』
レスタは右手を上に挙げ、そのまま下に勢いよく下ろし『それでは、バトルスタート!!』と掛け声をあげた。
それと同時に俺の右手はすぐに、勢いよくテーブルに叩き付けられた。
流石に反応が少し遅れてしまった。
相手は柔道部、力も強ければ動きも速いか。
田篠の個人データを見たとき、最初に目についたのは筋力だ。
グラフの上限に達していた。
腕相撲なんて、
「まずは一勝だな」
「ああ、初戦は譲るよ。じゃないと終われなさそうだからな、このゲーム」
「減らず口を。その気に入らん顔を崩すのが楽しみだな」
「そんなのを期待する暇があったら、さっさと俺に勝たせてから勝てよ」
「それでは、ギャラリーの方々が納得せん。この決闘は、強者が弱者を完膚なきまでに、精神まで破壊しなければ終われんのだよ」
「それ、裏ルール?」
「いや、暗黙の決まりだ」
悪趣味だが、それでいてライバルを減らすには合理的だし、力を示すには良い手段だ。
おそらく、退学まで追い込むことができれば能力点も追加されるのだろう。
その後も2回から5回と勝負をしたが、全て俺の敗北だ。
力を入れる
「どうした、初戦は譲るのでは無かったのか?その後も負け続きではないか。ギャラリーの声を見てみるか?」
田篠がレスタを見れば彼女は頷き、画面にコメントが流れていた。
『田篠くん、がんばれー』『生意気なFクラスなんて潰してしまえ!!』『Fクラスのクズはさっさと土下座でもして降参することを許してもらえば~?』
ほとんどのコメントは田篠への応援やFクラスの俺への非難だ。
「田篠くんは人気だねぇ」
「これが、周りの俺に対する期待と評価だ。俺は、それに答える義務がある。故に、Fクラス風情に負ける道理は無いのだよ」
少しのけ反って見下ろすように言ってくる田篠を見ると、俺は無表情のまま画面を見る。
「これ、本当に全生徒が見てるんだよな?」
「当たり前だ。そして、皆が俺の勝利を確信していることだろう」
「そうか…勝利を確信しているねぇ。じゃあ、その確信を崩してやるよ」
「…何?」
俺はスマホをポケットから取り出し、あるメールを全生徒に一斉送信する。
すると、画面の流れるようなコメントが静かになった。
そして、次の瞬間、また新たなコメントの流れができた。
それは田篠への応援メッセージではなく、『すぐに逃げろ』という恐怖のメッセージだ。
『田篠くん、そいつはヤバイ!!今すぐに降参した方がいいって!!』『逃げてー!!』『命は大事にした方がいい!!』
田篠は画面を見て、目を見開いて驚いている。
そして、俺を睨み付けてきた。
「貴様、一体何をした!?」
「スマホを見れば?おまえにもメールは来ているはずだからさ」
恐る恐るスマホを出し、田篠は画面に出ているメール通知を押す。
そして、そのメールに映っているデータを見て、俺とスマホを交互に何度も見た。
「貴様は…貴様は一体!?」
「見ての通りだよ。信じるかどうかは別だけど」
全生徒のスマホに送ったメール。
それは俺の個人データだ。
学力が飛び抜けて高く、それ以外は平均より少し上なだけだが、全生徒が俺に恐怖を覚えたのは、その
ーーー
椿円華。
小学校を卒業し、アメリカのジュニアハイスクールに進学後、アメリカ軍対テロ特殊部隊「ラケートス」に入隊。戦闘能力及び思考力が飛び抜けており、最年少の14歳にして、部隊のエースと称されるほどの力を持つ。殺人経験あり。
ーーー
そのデータに追い討ちをかけるように、俺はレスタに質問する。
「なぁ、レスタ」
『はい、何でしょう?』
「この腕相撲ってさ。相手が死んだとしても、勝利条件をクリアすれば良いんだよな?」
『はい、問題ありません!例え、田篠様が死んだとしても、椿さんがあと10回、彼の手をテーブルに叩きつければ、それで椿さんの勝利ですよ?生死は問いませんのでご安心ください!あくまで、腕相撲で勝利した方が勝者ですので』
笑顔でとんでもないことを言うレスタに、俺は苦笑いをする。
しかし、先程までの態度はどこに行ったのか、田篠は汗が滲み出てきながら俺の手を握っている右手を見つめる。
俺に絶望と恐怖を与えると言いながら、自身が恐怖に襲われている表情をしている。
そんな彼に満面の笑顔を向ける。
「それじゃ、腕相撲を再開しようか?最初に謝っておくが、俺が本気を出して大事な腕を折ったらごめんな?」
「そ、そんなこと……言われても、俺は……」
有無を言わさず、俺は先程の田篠の速さを超える動きで彼の手をテーブルに叩きつける。
これで、1勝。
「そんなことも何も無い……俺がやるって言ったから、やるんだ」
鋭い眼光で睨んでやれば、田篠は
「な、何だ……何なんだ、目が……貴様の左目がっ……!?」
おっと、自分で気づかないうちに興奮状態だったようだ。
プロフィールにすら書いていない、知られたらいけないことも気づかれそうだ。
冷静に……
「殺されたくなかったら黙ってろ」
殺気混じりに親切で忠告すると、田篠の顔から血の気が引いていく。
恐怖で
あんなに
「ほら、コメントも頑張れとか、負けるなって言ってるぜ?頑張れよ、Fクラス風情には負けないんだろ?有言実行してみろよ。期待と評価に、応えるんだろ?」
「期待と評価。そ、そうだ…!!この俺が、Fクラスなんぞに…!!」
やっと握る手に力が入り「負けてたまるかー!!!」と叫びながら俺の手を動かそうとするが、その前に俺がまたテーブルに叩きつける。
「おまえさぁ、さっきからずっと思ってたけど、力を入れるのに時間をかけすぎだろ?
「な、何を…言っている!?」
「言っている意味がわかんねぇの?だったら、はっきりと言ってやるよ」
定位置にセットすると同時に、相手の目にも留まらぬ速さで再度テーブルに手を叩きつけた。
「なっ…‼」
「自分の得意な領域で戦って、弱い者虐めして、さぞ楽しかっただろ?でもさ、少し考えればわかることなんじゃねぇの?」
言葉を続けながら、3回連続で田篠が力を込める前に叩きつける。
いくら力自慢でも、力を込める前に攻められれば意味が無い。
「自分が得意な勝負で、必ず勝てるなんて誰が決めた?」
俺の挑発に乗り、冷静さを欠き、更に速さが落ちていく。
「ひぃ‼」
残り2連勝になれば、恐怖を越えて絶望した表情になる。
残り1連勝になった瞬間、プライドをズタズタにされ、Fクラスごときに追い詰められている現実。
そして、殺されるかもしれないという恐怖が彼の狂気を駆り立てたのか、手を離しては俺の横に立つ。
「……何?続けねぇの?まだ勝てる可能性あるかもしれねぇぜ?」
自分的には
「あ、ありえない…‼俺はっ……俺は、Cクラスなんだぞ!?Fクラスが、俺に勝っても良いと思っているのか!?」
「だからぁ、俺転入生なんだって。上級クラスに勝っちゃいけないなんてルール知らないし。……まぁ、単純な話、あんたの実力がその程度だったのが悪いんじゃねぇの?」
「ふ、ふざけるなぁああああ‼」
田篠は肉づきの良い右の剛腕を振るってくるが、それを俺は彼に比べればか
コロシアムルームの中に、パァーンっ‼と甲高い音が響く。
そして、そこから意識を集中させれば拳を伝って彼の肌色が白くなっていく。
「そ、そそ……そんなっ…‼」
「ほら、やっぱりこの程度だろ?」
俺は満面の笑みで言ってやり、そのままの体勢で一回転振り回してからテーブルの上に彼の右手を叩きつけた。
「ぐぁはぁああ‼」
床に頭を打ち付ければ、そのまま伸びてしまっている。
「ありゃりゃ……やり過ぎたか?」
少し心配して顔を
そして、今ので俺の勝ち数が田篠の勝ち数を超えたため、レスタのアナウンスが流れた。
『決闘終了‼勝者、Fクラスの椿円華様です‼』
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