言葉や態度よりも

 次の日の朝、いきなり職員室に呼び出された。


 理由に心当たりはありありだが、ここは聞かれてもわかりませんと言う流れだろう。


 校舎も小さければ、職員室も狭い。


 そんな狭い部屋で、サングラスをかけた白衣の担任が椅子に座ってタバコを吸いながら俺を見る。


「それで、何で呼び出されたのかはわかってるな?」


「見当がつきません。俺は人畜無害じんちくむがい善良ぜんりょうな一般生徒なので」


「一般生徒は、上級クラスの奴に手は出さないんだよ。学園設立当初以来のことだ。事の重大さ、わかってるのか?完全に、FクラスはCクラスから目を付けられることになったぞ?」


「でも、評価されて能力点はもらえました。おまけに現金も」


 反省した様子を見せずに、代わりにスマホを見せれば、それを見ても機嫌は直してくれない。


 当然か、こっちは先生にとってヤバいことをしてしまったみたいだし。


「その評価は俺が付けたものじゃない」


「わかってます。じゃないと、俺はここで先生に怒られてませんからね?だから、この能力点アビリティポイントは誰が付けるのか、怒られるついでに聞いておこうかなって今考えてました」


「反省するつもりは一切ないんだな」


 鋭い目で睨まれるが、俺は満面の作り笑顔で返す。


「俺が手を出したCクラスの生徒がご丁寧に教えてくれました。力と能力点さえあれば、何をしても許されると」


「おまえの場合、力はあっても能力点が相手より下だ。どっちも上回ってないと意味はない」


「なるほど。じゃあ、どうしたら上回れますか?」


 遠まわしに手を出すな、今後はじっとしていろと言われているのは理解しているが、このままじっとしていても退学するだけ。


 そんなのは御免ごめんだ。


 これ以上言っても無駄だと思ったのか、岸野先生はタバコの火を消してPCを起動する。すると、可愛い二次元キャラの画像が出てきたが、すぐに「あっ、間違えた」っとすぐに画面を切り替え、長いピンク髪で緑色のバイザーを着けている美少女が現れる。


「先生って、アニメ好きだったんですね」


「アニメ好きではあるが、それはまた今度、2度と聞きたくないと言う程語ってやる。彼女は能力点を管理する高機能AIのレスタ。学園長から設立するときに作れって言われたから生み出した」


 レスタは紹介されれば、俺の方を向いて『初めまして、椿円華さん』と挨拶してきたので「どうも」と無表情で返す。


「おまえ、二次元萌えってないんだな。つまらん」


「面白がられても困ります。それで、どうして彼女を出したんですか?」


「おっ、AIとはいえ女扱いしたのは道徳心があるという面で評価できるな。どうだ?レスタ」


 岸野が少しニヤッと笑って画面を見れば、レスタはニコッと笑った。


『はい、私の中で椿さんへの好感度が上昇しました。しかし、設定された力の範囲に入っていないため、能力点には値しません』


「っと、言うことだ。…どういうことか、わかるな?」


「今ので大体は。だから、俺は武術の力と言う意味で武力を認められて、能力点がアップしたって事なんですね。そして、その範囲に無いものは点数を付けられない」


「そう言うこった。…俺の言ったことの意味、わかっただろ?」


 まるで悪戯を成功させた子供のような表情をする岸野先生に、無表情で頷く。


「何でも良いから、能力を示せ。どんなに綺麗事や取り繕った態度をしても、結局、本質的に重要なのは個人が保有する力ってことですね。人生の教訓にしておきます」


「んじゃ、もう教室に戻って良いぞ?能力点稼ぎ、頑張れよ~?」


 そう言って、岸野先生は右手を上下に振って職員室から出て行けと言う素振りを見せる。


 それに従って職員室を出ようとすれば、俺はある疑問が浮かんだ。


「ちなみに、能力点の評価基準はみんな知ってるんですか?」


 質問した後になって、自分のした質問がナンセンスだと言うことに気づいてしまった。岸野先生は頭を指さす。


「その評価基準を自分で調べるのも、思考力と探究力の評価に入る」


「…ですよねー」


 その後職員室を出れば、昨日、俺のことを睨んできた女子が立っていた。青みがかった腰まで長い紫色の髪をしているつり目の女だ。


「あっ、目つきの悪い女」


 思っていたことを言えば、女に昨日と同じように睨まれる。


「失礼ね、あなた。初対面で、しかもクラスメイトの女子に目付きが悪いなんて」


「何もしていないのに睨まれた仕返し。悪かったよ、今後は言わないから許してくれ」


 素直にすぐに謝れば、表情をすぐに戻した女。


「そう、なら許してあげるわ。…そこ、退いてくれる?先生に提出しなければならないプリントがあるの」


「提出課題?」


「いいえ、私の洞察力どうさつりょくを生かした課外活動の報告書よ。こういうのも自発的にすれば、行動力も加算されてポイントを稼げるもの」


「そうか。俺も今度やってみよう」


 女は軽くファイルに入っているプリントを見せてくる。


 そして、無表情の俺をじーっと見れば、目を逸らしてドアの前に立った。


「あなた、気持ち悪いわね。心が欠落しているみたい」


「あながち間違ってねぇよ。それも、洞察力か?」


「いいえ、ただの第一印象の感想よ」


「なら、俺のおまえへの第一印象も言って良い?」


「ええ、今後の参考に聞かせてちょうだい」


「目付きが悪くて近づきづらい。短気に見える」


「あらそう。なら、今後は気をつけるわ」


 何気ないコミュニケーションを取って、俺が教室に戻ろうとすると「ちょっと待って」と止められる。そして、チラッとこっちを横目で見る。


「昨日は、住良木さんを助けてくれてありがとう」


「見てたんだな。ちなみに、さっきまで、そのことで岸野先生から怒られた」


「でしょうね。……でも、誰か1人くらい、感謝の言葉をかけても良いでしょ?クラスメイトなんだし」


「見た目からは考えにくいけど、仲間意識があるんだな、おまえ」


 精一杯の褒め言葉のつもりだったけど、鋭い目付きをさらに細められてしまった。


「そのおまえって言い方、やめてくれないかしら?私にも、ちゃんと名前があるのだから」


「なら、俺のことも他人行儀みたいにあなたって言うのもやめてくれ。俺の場合は名前を知らないから仕方がない」


「そう……そうね、そうよね。これは私の失態しったいだったわ。では、名乗らせてもらおうかしら」


 スッと背筋を伸ばし、胸元に手を当てて彼女が名乗ろうとした瞬間、少し窓からそよ風が吹いて髪がなびく。


成瀬瑠璃なるせ るり。それが私の名前…覚えたかしら?椿円華くん」


「まさか、フルネームで覚えられているとはな。ああ、覚えた。これから宜しくな、成瀬」


「ええ、こちらこそ。お互い、持ちうる力を出しあって能力を高め合えたら良いわね」


 そう言って、お互いにフッと作り笑いをして別れた。



 ーーーーー



 昼休みの時間、昨日と同じで1人黙々と買ったパンを食べていた時、俺の机の前にいきなり違うクラスの男子生徒3人が立った。


 その後ろには、昨日会った柏原も居る。おそらく、Cクラスの番長的な奴等やつらだろう。


 作り笑いをして話しかけてみる。


「やぁやぁ、みなさん。俺に何かご用ですか?昼休みは、1人のか弱い男子生徒を多勢が囲んで威圧するような時間じゃないでしょ」


 3人の中でも大柄な男子が前に出て、見下ろしてくる。


「確かにそうだな。しかし、貴様は我々のクラスの者を、Fクラスの分際で傷つけた。よって、我々は…」


「そう言う固い言葉使いは、聞いてて気持ち悪いんだ。要は、集団リンチをしにきたんだろ?昨日のことを口実に、俺を殴ってストレス解消って感じかな」


 用件を代弁して言えば、目を細められてしまう。


 図星か、それとも侮辱したと受け取って怒りを覚えたのか。


「リンチ等という下等かとうな者がするものではない。我々は……いや、この私、田篠誠たしの せいは、貴様に決闘けっとうを申し込みに来たのだ」


「決闘?何それ。昨日転入してきたばかりの俺にもわかるように説明してくれ」


「良かろう。決闘とは、本校舎の一室で行う能力点アビリティポイントを賭けた勝負だ。今回、私は貴様に1対1の勝負を申し込むが、チーム戦をすることもできる」


「それ、申し込むってへりくだった感じで言われたけど、Fクラスの俺が、Cクラスのおまえに拒否権なんてあるの?」


 無表情で頬杖をついて聞けば、田篠は見下ろしたまま笑う。


「もちろん、あるはずがあるまい」


「ですよねー。それで?その勝負って何をするの?剣でチャンバラするわけじゃないんだろ?」


「詳細は放課後の決闘直前に伝える。決闘は全校生徒や教師殿も見るイベントである。無様な戦いはするなよ?」


「決闘直前じゃ何の対策も練れない。フェアじゃないな。そんな状況で、無様な戦いはするなって言うのは建前たてまえだとしてもひどす―――」


 言い終わる前に髪を掴まれて前に引っ張られ、男子生徒の目の前に頭を持っていかれる。


 麗音が「椿くん!」っと俺の名前を呼んで近づいてこようとしたのを成瀬が左手で止める。


 周りの空気が重たくなる。


 田篠は俺を睨み付けてこう言った。


「Fクラスのクズ風情に、公平を求める権利があると思うなよ?」


 あぁ、そういうスタンスね……面白い。


 俺は笑顔で「ならさぁ…」と区切った後、睨み返しながらこう言った。


「そのクズに万が一負けたとしても、逆恨みなんてするなよ?」


 俺の眼を見て田篠は一瞬怯んだような表情を見せ、髪から手を離し「私が負けることは、天地が逆転したとしてもありえん」と言い、取り巻きを連れて教室を出ていった。


 その時に柏原から凄く睨まれたがそれは無視。


 Cクラスの連中が出てから麗音が近づいてきた。


「頭……大丈夫?あの田篠って人、柔道部だから力強いし、引っ張られて痛かったんじゃないかな?」


「大丈夫。これぐらいのことなら慣れてるから平気だ。心配してくれてありがとな」


 麗音に礼を言えば、成瀬が腕を組んで俺を見る。


「Fクラスに他のクラスから決闘の命令が来るなんて、私たちの代では前代未聞ぜんだいみもんだわ。ポイントを賭けるとしても、Fクラスは能力点が少ない生徒ばかり。お金で言えば小遣い稼ぎにもならない勝負だわ。よっぽど、プライドが高いのね。中間のCのくせに」


「底辺の俺たちに言えることじゃねぇだろ?怪我しない程度に頑張るさ」


 軽くスルーできるくらいのトーンで言ったのだが、麗音には心配そうな表情をされ、成瀬には目を細められる。


「あなた、決闘がどれほど恐ろしいものかをわかってないわね」


「当たり前だろ、転入2日目だぞ?決闘って言ったら、中世ヨーロッパの貴族たちがするレイピアでのチャンバラしか思い浮かばねぇよ」


「この学園で行われる決闘とは、あなたに合わせる言い方をするなら古代ローマのコロッセオと変わらないわ。あなたは奴隷で、相手は獅子しし。獅子が奴隷を襲う姿を、観戦者たちは嘲笑あざわらうように見て楽しむでしょうね」


「この学園は趣味が悪いなぁ。本当に全校生徒や教師も、その決闘ってのを見るのか?」


「さぁ、そこまでは。私は興味がないから、生の決闘を見たことはないわ」


「なら、どういうものなのかのイメージが掴みにくいな」


 頭をかいて溜め息をつけば、麗音が「私は見たことあるよ」っと軽く手を挙げて言った。


「決闘は本校舎の四角い部屋で行われるの。中に入れるのは参加者だけ。審判はAIがするの。私がその時に見たのはカルタ勝負だったけど、それは一方の人が全戦全勝。もう、勝負にすらならなくて……負けた人は転校していったよ」


「転校していった?マジかよ」


「うん。相当、精神的に追い詰められてたみたいでね。私もあの時は見てて辛かったな」


 やっぱり、学園に居る奴全員に見られるのか。


 これはチャンスかもしれないな。


「ちなみに、それってどこのクラスの決闘だったんだ?」


「SクラスとBクラスの決闘だよ」


「Bクラスでも、Sクラスとの天と地の差に潰れていくのか。Sクラスには化け物でも居るのか?」


 苦笑いをすると、成瀬にスマホの角で頭を叩かれ「今はSクラスよりもCクラスでしょ?」っと強めのトーンで言われた。そして、スマホを見せられる。


 画面には、田篠の写真と個人データが書かれていた。


「これは?」


「見ればわかるでしょ?田篠のデータよ。あなたには貸しとして、特別に見せてあげるわ。今度からは10万円払ってね」


「今度からって……。別に良いか。それにしても、よくこんなデータを作れたな?」


 軽く目を通すだけでも、身体能力や学力、これまでの決闘の成績などが事細かにレーダーチャートやグラフなどを使ってしるされていた。


「作ってないわ。学園のサーバーにアクセスして、私のスマホにコピーしたのよ」


「……え?どういうこと?」


「学園のデータベースにハッキングをしたって遠回しに言ったつもりだったのだけれど、伝わらなかったかしら」


「あー、そう言うこと」


 どうして成瀬がFクラスに居るのかがわかったような気がした。

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