サード・プロローグ 浮かない顔した女の子
SERVER NAME:TELLUS
ADMIN:RINNE SOUMONKA
データベース解禁。頭と心を整理するべし。パスワードは「エデンの園」です。
LOG:保管していた笹岡麻里奈のプログラム改変作業、無事に終了しました。
LOG:八月中旬には計画を実行に移します。計画完了次第、笹岡にはデジタル世界一度目の記憶を植え付けます。これで現実世界に帰還した後も、笹岡は罪悪感にかられず何も知らずに生きていけます。
LOG:おや? 不満ですか? 一人の人間を犠牲にしたことが。
LOG:やめてくださいよ。偽善者の顔で満たされた世界の顛末を理解してないはずないでしょう?
LOG:PKで失敗した者はファンに罵倒され、チームメートは俺じゃなくて良かったと安堵するものです。さて、生贄になった笹岡に対して哀れみの感情を持つ資格を、貴方は持っているでしょうか?
LOG:持ってねぇだろ? お前だって自分さえ無事ならそれで良いんだろ。あーあ。みんな死んじまえ。これは、そういう物語。
LOG:全人類の記憶の復活。あれどうやったの。
LOG:文面で改めて言われると、ものすごく間抜けに聞こえるわね。
LOG:答えろ。殺すぞ。
LOG:アスカの脳波が振り切れたおかげで、まずアスカの記憶を取り戻す事は可能になった。それと同じプロセスを他の人間にも流用したの。
LOG:やっぱ、科学技術はつまらねぇな。
LOG:だから現実に戻るのよ。
LOG:篝火乙女事件。長かったね。
LOG:本当は一回で終わるはずだったんだけど。
LOG:アスカのやつ、自分の役目忘れたのか?
LOG:忘れてはいない。錯乱してる。
LOG:お前、騙してたのか。
LOG:そんなつもりはない。言ってなかっただけ。
LOG:もう一度言うけど、アスカは自分の役目に関しては錯乱状態にある。そういう風に脳みそをコントロールしてるから。
LOG:それは何を意味する?
LOG:単純よ。どんな不幸な目にあっても……。
LOG:相聞歌凛音の差し金だとは思わない。仲間を疑わない。だって……。
LOG:アスカは、仲間を疑うような子じゃないもん。
UJカシワギ:豊浦葉月からの伝言です。アスカの母親は予定通りの行動に出ています。
UJカシワギ:私のシミュレーション通りですね。あいつは生粋の殺人マシーン、いやただの狂人です。
EP52 人生ゲームのルーレット、いつも10で止まるようにズルしてた
・佐伯可奈子
綾瀬源治の日記より抜粋
『アヌンコタンの目的は、デジタル世界を永遠に続け新しい形のシンギュラリティを到来させる事にある』
『新のシンギュラリティの本懐は脳改造の自由化にあるが、最も大きな主題は個人の夢が全て叶う何でも有りなバーチャル世界で暮らす事そのものにある。脳改造というのは、バーチャル世界の仕組みの一要素に過ぎない』
『現実世界で生きる人間は二つの意味で夢を見るが、架空世界において夢は全て現実のもの。まさに人類はこれ以上進みようがない究極の境地に到達する』
『バーチャル世界では何だって可能になる。タイムスリップだって可能だ。口から火を吐くなんていう魔法も可能になる。食料だって無限に生産できる』
『何より、しつこく何度も言わせてもらうが脳改造、つまるところ自分自身をキャラメイク出来る事が何者にも代えがたい幸福であろう』
『なぜ脳改造は幸福に繋がるのかと疑問を抱く人もいるかもしれない。では、まず脳改造と聞いたら何を思い浮かべる? 単純に頭が良くなるという事か? それもあるだろうが、それだけじゃない。例えば頭がつるつるにハゲてしまい鬱々としている人間の脳みそを、ハゲを全く気にしない思考回路に作り変えたらどうだろう? きっとハゲは毎日お花畑をスキップしながら生きていけるようになるだろう。脳改造の本当の素晴らしさは心の安定にある。そして、心の安定は幸福に繋がる。人生とは楽しむ事よりも、ラクに生きる事の方が重要なのだ』
『しかし今述べたことは一例であり、脳改造を善とするべき理由は他にも沢山ある。不幸とは何も分かりやすい悲しみだけではない。怠惰だって一つの不幸。そして、私は怠惰にこそ人類の悪意と絶望が詰まっているものと考える』
『不老不死でさえ許された世界において、脳改造とは人類が唯一ノーを突き出した禁忌の魔法であり、人類が最後の最後まで守り抜いた最後の一線である』
『正否はともあれ、人類が最後の最後まで人間らしさの一片を守り抜いたという紛れもない事実には敬意を表す。しかし、だ』
『シンギュラリティが訪れた世界では、退屈というどうしようもない敵が存在したのだ。こればかりはどうしようもない。どんなに面白いゲームを作っても、どんなに気持ち良いセクサロイドを作っても、人間が退屈だと感じてしまったらお手上げなのだ。先に述べた例え話を打ち崩す話になるが、ハゲなんぞ髪の毛のクローンを作る事で簡単に治せるのだから、そもそも脳改造なんて必要ない。しかし、退屈ばかりは二千六十三年の技術を駆使しても倒せない唯一の敵だった。逆に言えば、退屈さえ打ち負かせば現代はそれなりにユートピアになるのだ。退屈な人の心は自然と悪を生む』
『しかしそれでも、人類は脳改造だけは許さなかった。にも関わらず不老不死は許されていたのだ。世界自ら退屈な世界を用意しておきながら、永遠の生を授けるなんて愚の骨頂であると同時に、人類のバカげた思考回路が大昔から何も変わっていない事を証明してくれる。退屈という最後の敵を倒す手段をなぜ認めない? 人類はいつも道徳という壁の前で立ちすくんでいる』
『だが、アヌンコタンは量子の力を見習う事を決めた。壁を乗り越えるのだ』
『念の為に言っておくが、アヌンコタンは決して道徳を無視してはいない。我らが望む世界にも、きっと人間らしさは残ると信じている。どんな形であれ、人は人なのだから。ただ、人としてのカタチが変わるだけだ』
『スパコンの時代は廃れ、新時代の主役は量子コンピュータとなった。しかしスパコンも量子コンピュータもコンピュータに変わりはない。人間も、そろそろステップアップする頃合いだろう』
『シンギュラリティが訪れる以前の時代はまさに奇々怪々であった。例を挙げればキリが無いが、旧時代の地球は怒りに染まっていた。世界全体であれもダメこれもダメと規則が増えていき、日々生きにくい時代になっていた。特に日本人は自由の中で規則を学ぶという方法を知らず、あれこれ規則で縛り続けた結果いつのまにか過呼吸国家と化していた。アメリカの大多数の高校では私服が許可されていたが、登校可能な服装の種類には厳しい制限(派手だったり露出が多かったりする格好は問答無用でNG)があり、各々が自分で良し悪しを判断して服を身に着けていた。対して日本人は頑なに同じデザインの制服を着せる事で無理やり統率を図っていた。なるほど確かに日本は大日本帝国だ。そして帝国はシンギュラリティに乗り遅れた。当然だ。自分で物事を考える事が出来ない民族集団の頭上に晴天などありえない』
『だが、先にも言った通り世界全体で規則が増えすぎたのは事実だ。きっと日本の悪しき習慣が世界を汚く染めてしまったのだろう。悪い事に、締め付けられた空気は人類をストレスという名の病で少しずつ壊し、やがては集団ヒステリーへと直結させた。厳しいルールの中で奴隷のように金を献上する人生を良しとする者はいない。子供の時ならいざ知らず、年を取れば取るほど人生は黒ずんでいくのが当たり前になった。子供を産むためにお金が必要なのは言うまでもないが、お金よりも必要なものは心の余裕である。貯金が一億円あっても、心に余裕の無い者は自分を可愛がるだけで精一杯なのだ。人は子を欲しがらなくなった。数多の国は少子高齢化により国力を低下させ、社会福祉の負担に喘ぎ、ディストピアは加速した。発展途上国は先進国の後進により進化を止めた』
『それなのに、だ。世間では定期的な運動と健康が促進されていた。バカげている! 世界がどんどん生きにくく苦しい時代へと突き進んでいるのにも関わらず、幸せに生きていける余地が狭くなっているにも関わらず、長生きすればするほど幸せになれる社会なんて用意出来ないにも関わらず、無駄に長生きする事を善とするなんて愚の骨頂と言わずなんと言うのだろうか! 挙句の果てに日本では安楽死が合法化されていなかった! 苦しんでいる人は自殺という道しか残されていなかった! 理不尽極まりない。長生きを良しとするならば、まずは世界からストレスを抹殺しなくてはいけないだろう。傷んでいる髪の毛は先端をちょっと切ったくらいじゃ意味がない。傷んだ髪はバリカンで刈り取るのが最も効果的なのだ。何故それが分からない?』
『退屈とストレス。人類は進歩せず、NHKの集金人のような世捨て人めいた雰囲気をした人間が日に日に増えていた。にも関わらず誰もが「死」という本能に打ち負け不老不死を求めていた。おかしな話である。みな、生に憧れて不老不死を欲した訳ではない。死という本能に勝つことが出来ないから、しょうがなく生きようとしていただけだ』
『アヌンコタンの理念など、高尚でもなければ複雑でもない。我々のような集団が出来上がるのは当然であり、自然の成り行きだろう』
『ただ、我々は間違っても独立世界で生きる道を選ぶ気はない。別に独立世界を認めていない訳ではないが、わざわざ個で生きる必要性が無いからだ。人はどこまでいっても群れである。架空世界にエデンがあるなら、引きこもる道に固執しなくてもよいはずだ』
『架空世界には人類の礎が確かにあり、現実世界で我々を苦しめた鎖は無い。アヌンコタンの総意は人類に最高の幸福を届けるに違いない』
『オメガの制圧は近い。制圧が完了すれば、その瞬間に世界を作り変える事が可能になる。たった一秒で、現実世界を超えるシンギュラリティがこの世に具現化する』
『もう少しだ。もう少しで、我々人類はユートピアをこの手に掴めるのだ』
『指の隙間から幸福が零れていく日々は、過去のものとなる』
『アヌンコタンに所属している限り、世界は箱であり人は駒である。そして本物の人間、つまり他者というのは、自分の人生における必要不可欠なAIだ。なにか凄い事をやり遂げても、褒めてくれるのが偽物の人間では面白くない。セクサロイドを犯して辱めるよりも、本物の人間を辱める方が満たされる。独立世界を望まない理由はこうした本能的欲求による所もあり、単純明快に自分の心を豊かにする事の正しさだけを求めるなら、私は善人でも悪人でもない。純粋無垢な子供と表現するべきだろう。悲しいかな、どうあがいても人は他者を求めてしまう』
『歪んだ顔の娘を犯すのは楽しかった』
『だから次は、嬉しそうに私に犯される娘の顔を見たい』
『アヌンコタンは、私にとっての愛読書だ』
『私の嫁は顔も性格も醜かった。妥協の結婚だった』
『だからこそ』
『綾瀬望海という絶世の美女たる娘は、私の宝なのだ』
『もちろん、望海を犯す行為にはいつか飽きが来るだろう。しかし、脳改造が可能になれば話は別だ。望海は私が望むプレイをするようになり、私は何度望海と体を重ねても退屈も飽きも感じない人間になれる。それが私の願いだ』
『この願いが叶えば私は永遠に幸せな人生を歩んでいける』
『飽きずに、退屈だと思わずに、永遠に望海という人形を犯し続ける猿になる』
『それが私の願いであり、夢なのだ』
『そして、自由な世界を目にした私は、きっと新しい夢をいくつも見るだろう』
かなこ:話が違う。
かなこ:これがお前のやり方か?
りんりん:そうよ。これくらいしないと、アスカは夢に固執しちゃう。それはアンタだって良く分かってるでしょう?
かなこ:架空世界の落とし前はどうつけるつもりだ? このままじゃ筋が通らなくなるぜ。
りんりん:簡単。お芝居をするだけよ。
りんりん:いつだって世界はくだらない。民衆はちょっと突けば踊り狂う。
りんりん:適当な理由付けて民を扇動する。これだけでアスカの絶望物語に道ができる。
かなこ:納得できない。
りんりん:は? アンタが納得する世界をプレゼントするなんて言った?
りんりん:私はエルと可奈子を殺す未来を作ろうとしてる。だから覚悟がある。可奈子、アンタは……。
かなこ:分かってる。
かなこ:ただ、このままじゃ間違いなくアスカは壊れるぞ。
りんりん:しょうがないでしょ。
りんりん:だって、私がやろうとしている事は、正しいんだもの。
ペンラムウェン代表:相聞歌凛音
『ペンラムウェンの相聞歌凛音です。ご存知の通り、アヌンコタンはデジタル世界を永遠に続けるという目的を持ち暗躍していました。でもそれはどう考えてもバカげた思想です。こんな身勝手な独裁世界を許す訳にはいきません』
『そう、独裁です。別に私は世界がどうあるべきか、という成否の話をする気はないのです。単純に、アヌンコタンという一つの組織が作る世界に身を任せるのは危険だ、という事を訴えたいのです』
『現実、独立、架空。どんな世界でも、政府に値する概念が存在する世界に光はありません。分かるでしょう? このままデジタル世界が続けばもうリセットは出来ません。今一度、現実に帰って立て直すのが最善のはずです』
『私は、ペンラムウェンはアヌンコタンに異を唱えます。そしてペンラムウェンの代表として、唯一現実世界に君臨する人間として、アヌンコタンと戦うつもりでいます』
『お願いします。ペンラムウェンに賛同してくれる方達は、私達に力を貸して下さい。共に戦いましょう』
『もちろん、だからってアヌンコタンに賛同している人達をぶっ殺そうなんて思ってません。ペンラムウェンに賛成する人は協力してくれ、そうじゃない奴らは鼻でもほじってろ。そういう事です』
『UJオメガへのハッキング自体はほとんど完了しています。これは紛れもない事実だということは信じてもらえるでしょう。オメガの制圧がほぼ終わっているからこそ、私は旧式の量子コンピュータでオメガ世界に介入できたのです。さて、希望が見えましたね? アヌンコタンによる世界の制圧は、ペンラムウェンによる制圧と同義です』
『本題に入りましょう。まず目的はデジタル世界の終焉と現実世界への回帰。その方法ですが、オメガと繋がっているコンピュータを駆逐してオメガの支配権を奪う事にあります。支配権さえ奪えれば、デジタル世界なんて簡単に壊せます』
『破壊するコンピュータの性能にもよりますが、ハッキングに使用されているコンピュータをおおよそ二十パーセントほど破壊すれば、UJカシワギのハッキング速度がアヌンコタンを上回り、支配権を奪える見込みです』
『ハッキングに使用されているコンピュータには、必ず篝火乙女という名のソフトがインストールされています。アレは裏コードを入力することでオメガにアクセス出来るツールなのです。そして篝火乙女がインストールされている端末のリストは、先ほどインターネット上に公開しておきました。端末の場所はリアルタイムで提示されるようになっています。これで端末を探す事は造作も無いでしょう。逆にアヌンコタンは端末を持って逃げても無駄です。破壊されない限り、貴方達の端末はグーグルマップ上でピコピコ光ります。現実世界に君臨する私に歯向かう事の無意味さと、架空世界で生きる事の脆弱さ、分かりますよね?』
『ただし時間はありません。ハッキングはあと数日で終わる見込みです。モタモタしてるとUJオメガはアヌンコタンの手に落ちます。急いで下さい。ハイスペックなコンピュータだろうが何十年も前のコンピュータだろうが、容赦なく破壊するのです。もちろんスマホやタブレットも対象になります』
『破壊する上で優先するべきコンピュータはもちろんスパコンです。特にSISAのスーパーコンピュータや、カナダのNiagaraは全力で潰して下さい。TOP500一位のサミットは言わずもがな。ついでに富士通も』
『時間との勝負です。ビーチフラッグスみたいなもので、オメガという名の旗を先に取った者が勝者となります。正義ではありません。ただの勝者です。そしてペンラムウェンが勝った暁には、支配者無き世界をご用意する事を誓います。私達は解放者であり、支配者になるつもりはありません』
『アヌンコタンが勝った場合、その後に待っているのは恐慌世界です。アヌンコタンだって結局は人間の集合体。独裁政治を手に入れた人間がこの先何をしでかすのか、想像するだけでも恐ろしいです。最も危惧すべきなのはデジタル世界での永遠の暮らしではなく、一部の人間に政治を任せてしまう事なのです。核ミサイル、スパコン、UJオメガ。超技術が一部の国や人間に独占される事の絶望を忘れないで下さい』
『さぁ。ペンラムウェンに賛同する人たちは今すぐ立ち上がって下さい。これは希望を勝ち取る戦いであり、破滅を避けるための戦いです。ほんの少しの間で良い。戦いましょう』
『行動しろ』
『結果を残せ』
『お前らが結果を残せば、未来は百パーセントになる』
記入者:大和谷駆
「デイリーオホーツク」 新聞記事の抜粋
『すすきの駅前にて、現実回帰派と現実否定派が衝突し、数名が怪我を負う事態に発展……しちゃいましたwwwwwwwおらおらもっと殺し合え愚民どもwww』
『札幌も無法地帯と化しており、多くの女性たちがレイプ被害に遭っている。……ってかくいう僕もついさっき女子高生レイプしちゃいましたけどね。でも夢の世界の出来事だからセーフw』
『札幌の遊園地にて、大量のゴーカートが盗まれる事案が多発しています。ガソリンの供給がストップした事により燃料が残ってる車は軒並み盗まれている状況にありますが、どうやらついにゴーカートにまで魔の手が伸びている模様です。……はははっ。良いですねぇ。やっと日本人も人間になれたようです。本能に忠実で実に良い! みんなでマッドマックスごっこといきましょうか!』
『全国各地の店舗では、四六時中暴徒による略奪行為が起きております。まぁ私もこれから略奪しに行きますけどねwww邪魔する奴がいたらぶっ殺してやりますよwwwもう毎日お祭り騒ぎでチョー楽しいwwwウェイウェイwww』
注釈:これは本当に新聞社が発行した新聞の記事だ。世界の真実に気づいた途端これだ。目眩がしてくる。SNSの登場によって人間は思った以上にバカなんだと気付かされた訳だが、今の状況を鑑みるに人間はどこまでも想像を超えてくる逞しい生きものらしい。ウェイウェイ。
もはやこの世界は世界なんかじゃない。だからこそ淡々と記録を残し続ける。このイカれたまがい物の庭は間違いだったと、未来を生きる人類の教訓とするために。
次はSNSの投稿を適当に抜粋していく。人間には何故本能があるのか、困るくらいに理解出来る文章で溢れてるぜ。
『俺たちは仮想世界の住人でしたーww』
『もう何も怖くない! 可愛い女の子レイプしまくります! 仮想世界なら犯罪にならないでしょw』
『この世界ならジョン・タイターになれる!』
『ペンラムウェンの相聞歌凛音マジで可愛すぎ! 毎日オカズにさせて頂いてます!』
『凛音さんに踏まれたい』
『あの自分に酔いまくった力説文章がもはや可愛く見えてくる』
『分かるw ふんふん鼻息荒くしながらキーボード叩いてる姿を想像するだけで抱きしめたくなるw』
『写真見たけど胸でけぇ。何カップだよ』
『ていうかペンラムウェンってさ、現実世界じゃ存在感ゼロだったよな。俺今やっとペンラムウェンの存在知ったんだけど』
『現実に帰るとか絶対イヤだよ。架空の世界で生き続けるのがベスト。架空世界ならどんなに辛い事があってもさ、どうせ夢の中なんだし別にどうでも良いやって思えるから気が楽だもん』
『アホかお前は。アヌンコタンとかいう変態集団が牛耳る世界なんて、ぜってーヤバい事になるって相聞歌凛音も言ってたじゃん。思考停止にもほどがある』
『思考停止とかそういう話以前に、そもそも相聞歌凛音の文章をまともに読んでないだけ説濃厚だぞ』
『居るんだよなーこういうタイプ。記事を斜め読みしてさ、肝心な所読み飛ばした上で偉そうに見当違いな感想述べる奴www』
『小説でもそうだよね。適当にぱらぱらページめくって読んだだけで分かった気になってる奴とか多い気がする。速読が特技ですーとか言ってる奴は大体何も吸収できてない精神障害者』
『分かる分かる。てか大体そんな奴らばっかじゃね? この前PS5の本体デザインと発売日が決定しましたー、みたいなガセネタ記事がツイッターで話題になってたけど、信じてるバカ共沢山いたじゃん? あれだってソース元とかロクに見てないから信じちゃうんでしょ』
『ほんそれw てかソース元のPS5の画像見たけどさ、どっからどう見てもコントローラーがnaconなんだよねwなのにコントローラーの新デザインが気に食わないとか言ってる池沼多すぎて草生えたわ。いやいや別メーカーの製品画像使ったコラですからwwww』
『架空でも現実でもどっちでもいいから、さっさと平成を終わらせてくれ。税金払いたくねぇんだよ』
『お前らパソコンばっかやってねぇで、さっさとパソコン壊しにいけよ』
『自衛隊がなんとかすんじゃね?』
『架空世界なんだからバルキリーくらい飛ばしてパソコン壊せよ』
『残念ながら日本人に自主性というものはないのです』
『このままじゃアヌンコタンの独裁世界で生きる事になる。勘弁してほしい』
『じゃあお前が壊しにいけよwww』
『こいつさ、FPSで負けたらすぐ味方のせいにするタイプだろうな』
『もう仕事辞めます。どっちに転んでも、もう少しでシンギュラリティが訪れた世界に帰れるんだろ。遊びまくるぜー!』
『遊んでる暇あったらさっさとアヌンコタンのコンピュータ壊せ。アヌンコタンが主導する世界は絶対ディストピアになる』
『社台の大運動会は言うほど悪くないぜ?』
『相聞歌凛音はダーレー・ジャパンかw』
『いや洒落にならねぇって。自分で作るバーチャル世界とは訳が違うんだぜ』
『盛りあがってるところ悪いんだけど、篝火乙女事件はどうなったん? みんな忘れてね?』
『あったなそんなの』
『今だったらあの事件なんかどうでもよく思える。どうせアヌンコタンの連中が好き勝手に遊んでたんだろ。やっぱアヌンコタンは危険だわ』
『ていうかさ、なんか皆ペンラムウェンを応援してるけどなんでなん? アヌンコタンの計画がベストじゃね? だって現実世界じゃめちゃくちゃ暇だったし脳改造も禁止だったじゃん。でもアヌンコタンは脳改造も何でもありな世界を作ってくれるんだろ? 最高じゃん。まぁそりゃ奴らが世界を牛耳るような事はあっちゃいけないと思うけどさ、理念自体は必ずしもペンラムウェンが善って訳でもねぇだろ』
『確かにそうだよな。あの時代は退屈が最大の敵だった。脳改造で退屈を感じない人間になれるならそれがベストだ。相聞歌凛音はマジ可愛いけどあいつはやっぱり死ぬべきだ』
『You Tubeで良く見かけそうな日本語になってない日本語はやめてくれませんかね』
『綾瀬源治みたいなやべぇ奴全員抹殺すればアヌンコタンが政府になっても大丈夫だろ』
『楽観視とかいうレベルじゃねぇw』
『合理的に考えろ。問題なのは結局の所どんな形の世界がベストなのかって話なんだよ。現実の方が良い、デジタル世界の方が良いなんて議論は必要無い。肝心なのは場所じゃなくて形だろ』
『いやそんなの分かってるよ。だからこそデジタル世界を続ける方が良いんだよ。オメガでデジタル世界を自由に操れるなら、ハッキングさえ終われば瞬時にこの世界を二千六十三年ごろの時代に作り変える事も可能だろ。つまり今から過去の反省をして、最高のシンギュラリティを皆で考えて、それをデジタル世界で再現するのがベストなんだよ』
『え?』
『は?』
『ん?』
『お前これまで寝てたのか?』
『個人的には現実に帰るべきだと思う。俺たちは平成時代の価値観を手に入れて、忘れていた二千六十年代の良さとか有り難みを再認識できたはずだろ? だから現実世界に帰って世界のあり方を変えていけばいいんだよ。なんでわざわざアヌンコタンとか言うやべぇ集団が支配する仮想世界で生きなきゃダメなんだよ』
『俺もそう思う。シンギュラリティを一から始める必要は無い。作ったものを作り変えれば良いんだよ。そしてそれは普通に可能な事なんだよ。だから現実に帰るべきだ。単純に考えて、どうせ住むなら現実世界の方が良いだろ』
『確かにそうだ。平成を生きた俺たちに、もうこれ以上仮想の世界なんて必要ない』
『デジタル世界移行計画は、平成時代の価値観を手に入れるためのシミュレーションだった可能性が微レ存』
『キャーさすがですSISA様!』
『なぁ、てか、SISAのお役人たちは今どうしてるんだ……?』
俺は人間であり続けたい。これが俺に残された唯一の夢。だから皆が現実に帰ることを望むなら、俺も賛同する。
だって俺は、間違えたから。
皆が進みたい道があるのなら、俺は泥だらけになってでも協力する。
特に、望海には、本当に申し訳ないと思っているから。
八月七日。北海道では月遅れの今日が七夕本番であり、子供たちが「ローソク出ーせ出ーせーよー』と喚きながら無造作に家を襲撃してお菓子をもらう、という風習がある。
と言っても、この風習は時代が進むにつれて廃れちゃったんだけどね。私がガキの頃はちょっと家を回るだけで大量のお菓子をぶんどれたもんだけど、こんな風習にわざわざ参加する子供も、優しい笑顔で迎えてお菓子をくれる優しい大人も今じゃ希少種だ。そのクセ、どいつもこいつもネットで顔も名前も知らない奴らと仲良くしてるんだから訳わからん。
まぁ詮無い話か。他者の存在意義なんてとっくのとうに変わってる。私が一瞬でも愛した世界はもう戻らない。
アヌンコタンのハッキングはあと数日で終わる。泣いても笑ってもクソ漏らしても世界の分岐はすぐそこだ。現実に帰るか、架空世界の住人となるか。世紀末の高揚感なんて目じゃない節目の瞬間が、もう少しで訪れる。
「ずいぶん派手に散ったね」
地下鉄真駒内駅の出入り口に陣取っている私は、スマホでドローンが映している映像を見ながらぼやいた。ドローンは陸上自衛隊の真駒内駐屯地の周辺を旋回していて、基地内部には転倒した装甲車やトラックが至る所に見られ、建物の大半は瓦礫と化している。
「まだマシな方でしょ。戦車大隊が居たら、今ごろ散々遊んで放ったらかしにされたシルバニアファミリー状態になってたわよ」
「あるいはブンドド直後の惨状か……」
「だはは~。千歳には絶対行きたくないね~」
「……」
「……」
「……ほ、ほよよん? どうしたの二人とも。目怖いよ?」
「お前さ」
「なんでっしゃろ」
お前のせいで、ずいぶん遠回りをした。
お前、私達が勝ったら消えるんだぞ。
言いたい事は山ほどある。もちろん、凛音にも。
でも私は言いたい事を何も言わない。
人生とは、息詰まる所まで行けばどんな言葉も無意味になる。どんな言葉をぶつけても意味を成さないのなら、本当に大切な言葉は別れの言葉にするしかない。
私はエルの頭をくしゃくしゃっと撫で、スマホをポケットにしまった。
「もうすこしか……」
懐かしい地上高架を見上げる。地下鉄南北線は南平岸駅から真駒内駅の区間だけ地上高架になっていて、高架部分はシェルターで守られている。地下鉄にも関わらず部分的に地上を走る構造は世界でもかなり珍しい。
……そういえば、真駒内駅を利用したのはこれで何回目だろう?
多分、指で数えられる程度だ。
「……本物の私が生で見た景色は、もう少しで消えるんだね」
「えぇそうよ。あと数日でね」
「くせぇお芝居しやがって」
「だって私達が手を下す訳にいかないでしょ。バレるもん」
「そりゃそうだけど」
「なに? まだ不満?」
「別に。ただアホらしいと思って。何がコンピュータを壊せだよ。もうどうでもいいのに」
「暴動そのものに意味があるからね。分かりやすくて良いでしょ?」
凛音はセイコーマート限定のモナカをぱくっと一口かじり、遠い目をしながらごくんと喉を鳴らしてモナカを飲み込んだ。そんな凛音を、エルが物欲しそうに見つめている。
「なに」
「えっと」
「これ、食べたいの?」
「うん」
「じゃあそう言えば良いじゃん」
「いや、でも。二人は私のこと……」
「今この状況でエルを責めてもしょうがないでしょ。はい、あーんして」
エルはにぱっと満面の笑みを作ると、両手をぴんと伸ばしながら「あーん」と口を開けた。凛音は愛おしそうにモナカをエルの口に突っ込み、甘えたがりな金髪少女は遠慮なくがぶりつく。甘える事で人の気持ちを確認しようとするなんて、コイツもただの能天気ではないらしい。
「ふふんっ。りんりん大好き」
「はいありがとう」
仲睦まじくて何よりです……が。
アスカのことを思うと、とてもじゃないけど心穏やかにはなれやしない。
「モナカ食べてる場合じゃねぇんだけどなぁ……」
私がちょっと嫌味っぽく呟くと、エルは急にしゅんとなってしまった。……ガキの扱いは面倒くせぇな。
「うん。ごめん。アスカはもう……だもんね」
「いや、悪い。気にしないで」
凛音は残りのモナカを口に押し込むと、包みをぽいっと捨ててエルに向き直った。
「今更しんみりする必要ないでしょ。計画に変わりはない。私達はずっと、アスカを落とすために頑張ってきたはずよ」
「思ってたやり方とは違うけど。いや、いちいち睨むな。大丈夫、ちゃんと最後までやり通すよ。どうせあと数日の命。この期に及んでバタバタ騒がねぇって」
「なら良いけど」
「でも……マキ部長の事だって……」
「気にしなくていいわよ。マキ部長はこの世界で死んだだけであって、現実世界では生きてるんだから」
私は真木柱が寝ているコールドスリープ装置を思い浮かべた。本来コールドスリープ装置は黒一色なんだけど、真木柱の装置は違う。あいつは装置全体をカラフルに彩色して、挙句の果てにはクリスマスで使うようなLEDイルミネーションライトを使い華やかに仕立て上げている。ピカピカ派手に光るコールドスリープ装置の中で寝ている真木柱の顔を想像すると、これまでやってきた事全てがくだらなく思える。
「とにかく」
凛音はポケットから赤マルを取り出し、一口吸ってから宣言するように言った。
「もう少しで最後のイベントを始めるわ。気抜かないでよ。失敗したらこれまでの長い物語が全てパーになる」
「ぱぱぱぱっぱぱー」
「……」
唐突に間抜けな声が聞こえてきたかと思いきや、右手の方から赤色のゴーカートが現れた。ドライバーはタンクトップと短パン姿のおっさんだった。
おっさんはゴーカートを停車させると、ニタニタ笑いながら私らを舐めるように眺め回した。エルは露骨に嫌そうな顔をして凛音の後ろに隠れる。
「お嬢さんたちこんな所で何してるんですか? どうです、僕とドライブしませんか? もちろんこれは一人乗りですので、僕の上に乗る事になりますが」
と言って、おっさんは短パンを躊躇なく脱いだ。なぜか下着は履いておらず、貧相なチンコがぽろんと露出する。
「さぁ、どうぞ。僕の上に」
私はつかつかとゴーカートに歩み寄る。おっさんは笑顔を向け、両手をバッと広げる。
「おぉ。貴方が乗ってくれるんですね。ぜひパンツを脱いでお上がりください。ドライブしながら快適なセックスを楽しみましょう」
私は右足を振り上げ、強烈な回し蹴りをおっさんの頭にぶちこんだ。おっさんの首はバキンと嫌な音を立て、ぐにゃりと曲がった。
「よこせ」
「ん」
私は凛音のタバコを奪い、おっさんのチンコ(しかも亀頭)にじゅっと火を押し当てた。おっさんは悲鳴をあげて暴れる。
「貧相なチンコなんか見せつけんな。とっとと失せろ。私の世界にお前みたいなキチガイは存在しない」
おっさんは「うわああ!」と叫びながら、アクセル全開で走り去っていった。ルスツか三井か知らんけど、ちゃんとゴーカートは遊園地に返しておけよ。
「さて」
ある意味腹を決めた私は凛音とエルの顔を見据え、やりきれない気持ちで口を開いた。
「もう文句は言わねぇよ。さすがにこの世界はダメだろ」
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