セカンド・プロローグ 300年ぶりの地球に、泣け-最善の星と、異邦人と、夢見た結末-

EP27 腐れ縁

・大和谷駆


 二千六十一年の夏。人類が眠りにつくちょっと前の話。

 あの夏の日、綾瀬望海とエルヴィラ・ローゼンフェルドは死んだ。いや厳密に言えば死んではいない。じゃあどうなったんだという話になるけど、あの二人の結末を合理的に説明する術を俺は知らない。人工知能なら正しい答えをくれるだろうけど、人工知能がくれる答えは世界にとって正しくても人間にとって正しいとは限らない。

 ただ、俺の心が砕け散ったのは確かだった。それを知ってくれているのは相聞歌凛音(そうもんかりんね)ただ一人。でも彼女にとって俺も望海もエルもみんな駒であり、それ以上でも以下でもない。

 俺たちは惨劇から逃げるように洞窟暮らしに別れを告げ、ペンラムウェンに入った。ペンラムウェンには明日風真希、百合ヶ原百合、丘珠夏希、在原蓮、真木柱莉乃、佐伯可奈子、そして相聞歌凛音などの仲間がいた。永遠の仲間だ。

 俺たちは永遠の絆を誓った訳ではないし運命共同体なんて言葉は嫌いだけど、それでも永遠の仲間という言葉が最もシンプルに当てはまると思っている。

 とはいえ、決して純粋無垢な仲間ではないとも思っている。何故なら相聞歌凛音の下に集った時点で、俺たちは相聞歌の駒となって世界の命運に決着をつける道具になっていたのだから。そして俺はそんな駒であり道具である運命に飛び蹴りを食らわせられるような主人公ではない。その役目を担う奴は他にいる。俺とアスカじゃ悲劇の後に選び取る道が違う。

 何はともあれ、俺達は切っても切れない関係だった。逃れられない運命だった。扉を開ける。道を歩く。空からカラスの糞が頭に落ちてくる。俺は一秒たりとも家を早く出たり遅く出たりしない。必ずカラスの糞は頭に落下する。逃げ道はどこにもなかった。それは当たり前で、常識だった。相聞歌凛音は必ず綺麗なオムライスを作り上げる。

 永遠。それは多分、なんの変哲もない言葉だったんだろう。この時代では。この世界では。この星では。いつまでも、ずっと。

 

 この時代の俺は迷子だった。何かが失われる美しさすら存在しない世界は退屈だと思っていた。

 平成という時代は間違いなく地獄だったが、地獄の中に希望があった。暗闇に光が差す瞬間が確かにあった。

例えば産まれて始めて花火大会に行ったとしたら、色とりどりの花が咲き誇る夜空に感動して、まるで夢でも見ているような気持ちになるだろう。そして翌日の朝起きて驚愕する。え、俺今日普通に学校行くの? そんなバカな。

だからこそ、花火はその人の中で極限的に美しいものとなる。

祭りの後のなんとやら。地獄の中で手に入る幸福が昔はあった。そもそも幸福は地獄の中でしか見つけられない。

しかしこの時代は違う。毎日花火が打ち上げられているようなものだ。魔法の世界に住む住人にとって、手から火を発射する人間は非常につまらない存在だろう。花火はいつか終わるから美しい。毎日学校に通うクソめんどくせぇ日々を送っているから、一年に数回の花火は輝く。そこに希望がある。幸福が生まれる。

 平成という時代は、多くの人間が脱力感と憂鬱な気持ちに苛まれながら生きていた。しかしそれが人生というものだ。人生は祭りの後の余韻が何度も訪れるから、人間も世界もクソだとぶつぶつ文句を言いつつも生き続けてしまう。だってそうだろう? 最高の恋人に振られたら死にたくなるが、最高の恋人が居たのなら最高の時間を過ごしていたはずだ。最高の時間を味わったのなら、もう一度最高の時間を過ごしたいという欲求が「死にたい」という絶望をぶっ殺してくれる。良くも悪くもだからこそ人はこれまで地球で生き延びてくることが出来たのだ。

 平成を生きていた人間は、人生は最悪だと思いつつもたまに人生は最高だ素晴らしいと思う瞬間を感じ取っていた。だから迷っていた。苦しんでいた。確かに世の中クソだが死ぬのは惜しい。悲しみを味わった時、人はやっと地球に地に足つけて歩き続ける活力を手に入れられる。

 悲しみは絶望だ。絶望の連続を体に受けながら過ごす日々は死にきれない生き地獄だったかもしれない。だけどクソが溜まりに溜まった便器の中に確かに綺麗なビー玉があったのだ。あの時代は。

 何かが失われる美しさがあった時代は、間違いなくこの時代に無かった大切なものがあったはずだ。俺はそう思っている。頭では理解している。

 しかし。にも関わらず、俺はあくまでも何も失われることのない世界を望んでいる。正しいかどうかなんて知ったこっちゃない。

 だって俺は弱い人間だから。

 大切なものが失われた世界なんて欲しくない。

 どんなに平坦でも、無の境地が続く日々であっても。

 何も失われる事のない、悲しみのない世界が欲しい。

 それだけが俺の願いだった。もう何も感じたくないのだ。


・相聞歌凛音


 私はこの世界に「テルス」という名前を付けている。この星の人間にとって地球は地球なんだろうけど、別の世界の人間からしたらそうではない。そもそも太古の人間にとって地球は丸ではなかった。地「球」なんて呼べるものではなかった。

 国後島は日本語だとクナシリ島だけど、ロシア語ではクナシル島と呼ばれている。どちらも似ているけど、元はと言えば北方領土に最初から住んでいたのは日本人でもロシア人でもなくアイヌ民族だし、島の名前の由来もアイヌ語だ。私がこの世界を地球ではなくテルスと呼ぶのはある意味ではそれと同じ事。地球はかつてテルスという概念だった。根源的には。輪廻の始まりから見れば。

 そして輪廻の真ん中に私が居る。輪廻は不規則ではあるけど、私は輪廻を操りSISAが用意している最終ステップに飛び込もうとしている。私の生まれ故郷では人類が獲得出来なかった本物のユートピアが、この最善の星で誕生するからだ。

 百合ヶ原百合が笹岡麻里奈に殺されなかったように、アスカがユリに殺されなかったように、未来なんていくらでも変えられる。未来なんてそう大したものではない。人間だけの力でどうにか出来る事は多々あるし、言わずもがな量子コンピュータの力があれば未来はより身近なものになる。量子コンピュータは限りなくタイムマシンに近い代物なのだ。圧倒的な処理能力で自分が望む未来に繋がる過程をシミュレーションする。結果が導き出されれば、後はコンピュータの言う通りに行動すれば良い。そうすれば望んだ未来が手に入る。それはある意味では完璧かつ理想的な未来へのタイムスリップだ。何故なら人は望まない未来を受け入れないから。望んでいない形の未来は夢か何かだ。さぁ何事も無かったかのように眠ろう。

 タイムマシンはまだ見ぬ未来に旅する道具。量子コンピュータは自ら未来を作り出して旅する道具。どう考えても量子コンピュータの方が理想的かつ手っ取り早くて良い。それに確定している未来を知った上で未来を変えるなんてそれこそ人が手を出してはいけない罪だろう。でも量子コンピュータによるタイムスリップはあくまでも未来を予測し、理想的な未来を得るために行動するだけに過ぎない。何も問題はない。欲しい未来を手に入れるために努力して何が悪い?

 ていうかそもそも、この世界じゃタイムマシンなんて未来永劫作れない。だから私はUJカシワギに全てを見出した。これさえあればこの星は守られる。

 もちろん意図的な介入があっても人の道は頑なに不規則だ。ペンラムウェンはあの子たちに介入して道を操作したけど、必ず思い通りの結果になるとは思ってなかった。逆に言えば、だからこそ介入する余地があった。もし人の道が規則的であり、シミュレーション結果がどうあがいてもゼロになってしまうのならお手上げだ。しかし人間なんて環境や経験次第で人格も思考もコロコロ変わるような脆くてくだらないオモチャに過ぎない。故にヒトは数字じゃ作り出せない歩みを見せてくれる。私は予定説など信じない。

 人間も、強いAIも、世界そのものだって、未来は不規則である。そこに全ての希望と絶望が集約されている。希望と絶望に価値がある。無価値なモノに意味は無い。守る必要も無い。私は人間にも星にも意味があるからこの星を守るために全てを捧げている。それが私にとっての生きる意味でもある。生きる意味があるから私は生きていける。

 たまに人生には生きる意味など必要ないとか抜かす頭のおかしな奴がいるけど、そんなことをほざく奴はさっさと惨たらしく死ねば良い。人生に生きる意味を見出さずに生きていける人間は全てを諦めた怠け者か、トイレで踏ん張ってクソを垂れ流すだけでも幸福を感じられる変態か、全治一億年の全身骨折で永遠に寝たきりの生活でも毎日笑顔で暮らせるようなエイリアンだ。

 だからもうやめてほしい。人生に迷ってる奴に対して、したり顔で「人生に意味なんか無くても良いんだよ」と語るのは。意味の無い人生よりも意味ある人生の方が良いに決まってるじゃないか。

 私はこの星に意味と価値を見出している。したり顔で逃避を選んだSISAを手放しで褒める事は出来ないけど、SISAは完全なる逃避を選んだのではなく選択の余地を残した。奴らの最終判断は正しいと言わざるを得ない。

 失ったものをこの星に回帰させる事さえ出来れば、ユートピアは実現する。

 絶対に守ってみせる。この星を。全てを。何もかもを。


 人間は今一度、単純に人工知能について改めて考えるべきだろう。

 強いAIの思考回路は人間と同じ。誰にも読めない。そういうものだ。

 逆に人工無脳や弱いAIというのは、結局のところプログラム通りにしか動けない存在だ。生命保険の営業と同じで、マニュアル化されたやり取りは完璧で言葉がスラスラ出てくるけど、不規則な状況には対応できず、鉄仮面のような笑みを浮かべながらひたすら同じ事を繰り返す事しか能がない。

 もうちょっと分かりやすく言うならゲームのAIだろうか。格闘ゲームにしてもRPGにしても弱いAIは決まった行動パターンしか取れない。だからゲームには攻略法なるものが存在する。

 そこんとこ強いAIは全く違う。勝手に学習して無限の可能性を選択する。人間と一ミクロンも変わらない動きをする。

 だけど。どんなに人間そっくりの知能を持った人工知能にも、生きる価値はない。そこに理由はない。あるとしたら、なんとなく人工知能に生きる価値があると認めるのがムカつくから。

 もしこの星に生きる者全てが人工知能だとしたら、私はこの星を守るためにペンラムウェンなんか作らなかった。でも実際は違う。人間は生きている。だからこそのペンラムウェンだ。

 私は必ずこの星を守る。あらゆる概念の上で最もマシなこの星の歴史を必ず紡ぎ続ける。

 SISAがぶちあげたとんでもない計画を必ず阻止する。その上でSISAが用意する夢の世界を享受する。技術的特異点。シンギュラリティが招いた惨事。結局人は魂を手放せないが、体は手放した。些細なニュアンスのズレを一本の線に戻す。


 シンギュラリティの定義は色々あるというか結構曖昧になってきてるし、人それぞれ捉え方は違うかもしれない。でも基本的には、人工知能が自分より優れた人工知能を作り続ける時代、人間を超えた時代のことを言う。

 人工知能が自分より頭の良い人工知能を作り出す。その人工知能が更に自分より賢い人工知能を作り出す。それを延々と繰り返す事で、指数関数的に人工知能は進化する。人間の理解の及ばない世界に到達する。その到達点がシンギュラリティだ。

 人類は今でもアホザルだけど、補助的なシステムと同化する事によって前世代の人類を超えた。技術的特異点の結晶となった。SISAの本質的な目的は果たされた。もちろん、設立当初のSISAの話だけど。

 札幌駅で、大通で、定山渓で、私は毎日色んな場所でシンギュラリティの産物を眺めている。昔の人達が思い描いた世界がそこにある。人間の脳みそを模倣するどころかあっさり超えた人工知能を搭載する非産業用ロボットとか、小型の量子コンピュータとか、ビルの中にズラリと並ぶ農作物とか。そういうもので世界が溢れている。

 江戸時代の人たちからすれば平成の時代は魔法の国にしか見えないだろうけど、平成に住むあの子たちから見れば、この世界はどう見ても魔法の世界だろう。

 でもね、コロポックル・コタンの地下に行けばそこには。

「……」

 彼女たちが。

 アスカたちが眠っている。

 そしてこのままでは、誰もが魔法の国の終焉を見届けることが出来てしまうのだ。

 扉を開けてコロポックル・コタンの地下室におりる。無臭の空間。暑くもなく寒くもないその場所に、無機質な棺桶みたいな箱が並んでいる。上部の扉は透明で中が良く見える。

 一番左端の箱を覗き込む。そこにはアスカが入っていて、お気に入りの可愛いシベリアンハスキーのぬいぐるみを両手で抱きしめながらぐぅぐぅ眠っている。隣の箱には望海、その隣にはヤマト君。更に隣にはユリもいる。

 みんな、仲間だった。悲しみや退屈や理由の無い絶望を背負った人間たちだった。まぁエルはここに居ないけど。

 今でも思い出す。エルと望海の酷すぎる最期の姿を。二人の価値観を盛大に変えてしまった悲劇。

 だからこそ、あの子たちはついに気がついた。もうあの子たちはあの世界で夢見た世界をユートピアとは思えないだろう。夢の中で見る夢は現実だ。

 アンタたちは、もうただの人間なんかじゃない。きっと新しい道を歩んでいけるはずだ。あの子たちはあの世界を生きた。もう普通の人間ではない。でも確かに人間の魂も持っている。本当の意味での究極体。レイ・カーツワイルが言う所の人体VER2.0ではない。いわば3.0。最終ステップに到達した人間なんだ。

 アンタたちなら、私が望む未来をくれるはずだろう。私は信じている。だってみんな気づいてるはずだもん。あの世界は何もかもがおかしい、間違っていると。

「私は一人じゃない」

 ついにあの子たちを導く時が来た。長い時間だった。ただただ寂しいだけの時間が、ようやく終わる。玲音としてこっそりあの子にコンタクトを取る日も、おそらく永遠に訪れないだろう。

「マキ部長」

 宙に浮いているホログラムに呼びかけた。明らかにダルそうな声が返ってくる。

「なによ」

 ホログラムにやたらと長い黒髪をなびかせている女が映る。大人びた顔をしているけど、これでもまだ十八歳。

 そう、十八歳。私より一個上。

 もうどうでもいい問題だけどね。年齢なんかさ。クソ長い付き合いだし、感傷も何も無い。人間はなんて寂しい生き物なんだろうか。

 ホログラムに映る女をしばらく見つめて黙り込む。ペンラムウェンの同士。アヌンコタンのメンバー。この世界で特権階級と言っても良い立場にいた女。

 この私に唯一食い下がれる女がいるとすれば、間違いなくコイツだろう。そう思い知らされてしまうような才色兼備の食えないクソ女。

 真木柱莉乃(まきばしらりの)。私はコイツのせいで九十八年も眠る羽目になった。カシワギのおかげでなんとかギリギリの所で目覚めることが出来たけど、私が目覚めなかったら……考えただけでゾッとする。

「どうしたの神様。浮かない顔してるじゃない」

「どの口で言ってんだか」

「私の口は一つしか付いてないけど。もしかして下の口が喋ってるとか言いたい訳? やめてよそんなくだらない下ネタ」

「浮かない顔してるつもりはないんだけどね。もしそう見えるんなら、それは間違いなくアンタのせいね」

「良いじゃん別に。だってなにもかもうまくいってるんでしょ? 笹岡麻里奈の件が良い例じゃない。アンタの思惑通りに駒は動いてる。そこに本当の意味での物語なんか無いけどね」

 マキ部長の言う通り。人生ほど合理的な物語はない。でも人が意図的に作り出した物語は合理性が無くても筋は通る。確かにそういう意味で言えば私は神様だ。

「エルだって計画通りに動いてるんでしょ? 十分食い下がってるじゃない」

 なんだか曖昧な言い方だ。こっちの動きを探ろうとしてるんだろうか。

 確かにここまである程度順調に進んでいた。とはいえ最後の最後で失敗したのも事実。クソエルがやらかしてしまったのだ。

 予定通り、可奈子に任せて動いていれば良かったんだ。でもエルが早とちりしたせいで皆は死んでしまった。稲穂南海香が全員を殺してしまった。マキ部長がそれを知らないはずがない。だってコイツはイポカシ・ウエカルパに居たのだから。

 なのにマキ部長は話題にも出さない。全部お見通しか。

「で? なんの用なの?」

 私は一度咳払いをした。さっさと済ませよう。

「アヌンコタンは予定通り、順調に仕事してるみたいね」

「えぇ。まぁ別にアヌンコタンが直接何かしてる訳じゃないけどね。ぜーんぶ人工知能が自動でやってるだけだし」

「そうね。でもおかげさまで、あともう少しすれば私はそっちの世界と直接リンクを結べるわ」

「おめでとう」

「ありがとう」

「さようなら」

「ちょっと待って」

「一、ニ、三。さようなら」

「アンタ、こっちに戻ってくる気は無いの?」

「戻る? どっちの意味で?」

「ペンラムウェンの総意も悪くないと思うけど?」

「あぁ」

 マキ部長は心底どうでもよさそうに髪をかきあげた。うざったい仕草。

「不毛な話はしたくないわね。ユートピアは人の数だけある。私は私が思い描く理想的な世界目指して突き進むだけ。アンタもそれは同じでしょう。私も凛音も、わたしがかんがえたさいこうのせかいってもんを実現させようとしてる。ただそれだけなのよ」

「それは間違いないけど」

「じゃあ説得がいかに無意味なのか理解できない訳がないと思うけどね。今更説得しても無理よ。アンタがてこでも動かないのと同じように私も動かない。アンタが自分の意思の強さを信じているなら、私の意思の強さも理解出来るはず」

「私はマキ部長を信じてた。ずっと仲間で居てくれるって」

「凛音」

「なに」

「信じたいと思っていたものに裏切られる。その経験が人を弱くするし疑心暗鬼にもする。だから人は永遠に争い続ける。かなしい生き物よね」

「……マキ部長。貴方は私を九十八年も眠らせた。その間にあの世界はアヌンコタンの思惑どおりに進んでたわ。そのクセ部長はエルに協力してた。それはどうして?」

「さぁ。どうしてかしら」

「やっぱりマキ部長は……」

「凛音」

「……」

「私だって、夏希の努力を無駄にはしたくないのよ」

「……マキ部長」

「本音ではね。だけどもうあっちの物語は終わったの。物語は今ここにある。そして今進んでいる物語の中で私たちは違う意思を持った敵同士なの。さぁ、戦いましょう」

「……そんな」

「あら。凛音がそんな弱気な顔するなんてね」

「人間って孤独な時間が長いと、自分の世界に閉じこもっちゃうのよね」

「あらあら。マジで弱気じゃん。年取った証拠?」

「うっさいわね! 私はピチピチの十七歳よ」

「古臭い表現ね。……さて、そろそろ切るわよ」

「……うん」

「じゃあね」

「うん。ばいばい」

 映像が途切れる。ストレートに聞かなくても分かる。現状、アヌンコタンの勝ちは確定している。

 だから私は用心する。必死になる。自分の願いが叶う可能性を少しでも上げていく。

 思い出せ。

 辛かったあの日々を。

 そしてまた一緒に。


LOG OMIT EP28 本当は幸せだった日々の記憶

LOG EP29 幸せが終わった日


 三角山の、頂上だった。

 夜。冷たい風が吹きすさぶ殺風景な小さな山のてっぺん。

 そこが、二人の墓場だった。

 そこには頭があった。腕があった。足があった。心臓があった。それぞれのパーツが人間の形になるように並んでいて、彼女の脳みそはハエがたかっていた。何匹もの野犬が彼女に群がり、足や腕を舐めしゃぶっていた。

 バラバラに切り裂かれた体のパーツや臓器は犬の糞や虫で犯され、食べ残しのご飯のようになっている。

 野犬が彼女の頭部を踏みつけ、クソを漏らした。他の野犬が彼女の頭部を鼻でつつき、頭部は弱々しく転がった。彼女と目が合った。

 バラバラになった彼女の隣には、同じくバラバラになった友人が置いてあった。友人も野犬に舐めしゃぶられ、いたぶられていた。

 野犬たちが俺に気がつき、低く唸った。

 刹那。背後で空を切るような音がした。

 気づいた時には、野犬たちが血を流して倒れていた。

 振り返ると、そこには絶世の美女が立っていた。

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