第三話 世界の真実

EP20 エルちゃん約束やぶりました

・明日風真希


LIVE:八月七日十七時二十四分


 ヤマトがテーブルに置いてあるフォークを手に取り、しゃがみこんだ。

「あと腹が減っててな。肉が食いたい気分なんだ」

 冷徹な声。

 ヤマトは、躊躇なくフォークを奴の首に突き刺した。

「あああああああああ!!!!!!」

 生きる価値の無い醜い体から、血が吹き出る。

 ヤマトは冷静だった。無表情だった。とてつもなく、冷えていた。

 こうするのが当たり前。こうするべきなんだと、語っているような背中だった。

「アスカから大体の話は聞いてたよ。ケウトゥムハイタに来てしばらく経った頃だったかな。毎日少しずつ、お前にされたことを話してくれた。それはアスカが俺の事を信頼してくれるようになったからだと思う。だったら俺はアスカの気持ちに応えなきゃいけない。アスカの信頼。アスカの勇気にな」

 フォークを鼻にぶっ刺す。醜い女のヒステリックな断末魔が響き渡る。

 正しい。

 正しくて、美しくもあった。

 世界はこうでなきゃいけない。

 でも。

 美しい世界は。

 本物なんかじゃない。

 この世界は。

 この世界の成り立ちは。

 そう。

 そうなんだ。

 でも。

 やだ。

 認めたくない。

 これは現実か? 夢か? 両方か?

 分からない。

 何もかも。


・百合ヶ原百合


LIVE:八月七日十四時十八分


「えー谷間? んーどうしようかなぁ。見せても良いんだけどぉ~。でもなぁ~」

 八月七日。今日は何の日? 北海道では今日が七夕だけど、心底どうでもいい。七夕だからって新陳代謝が良くなったり冷蔵庫の異音がおさまったりする訳じゃない。あくまでも今日はクソったれな三百六十五日の中の平凡な一日に過ぎない。だから私はいつも通り過ごす。人間はいつだって金と日常の奴隷だ。

「私のおっぱいはそう簡単に見られるもんじゃないよ~そこ勘違いしないでね~」

 私はモニタ上部に設置しているウェブカメラに向かって、両手をクロスさせて胸を隠しながら体をくねくね動かし、精一杯黄色い声をあげた。

 画面には絶え間なく大量のコメントがズラーッと投稿されていき、時たま五百円とか千円くらいの投げ銭も投下される。あはっ。笑い止まんねぇー! ちょっと露出多い格好して適当なこと喋ってるだけでお金もらえるとかさ、色々こじれちゃった童貞はまさに金のなる木だね!

 こんなバカみてぇな事でお金稼げちゃう世の中なんだから、そりゃ至る所で人材不足が発生するわな。美人で頭が良い女は教師になる? ネットアイドルになる? どう考えても後者だろ。教師なんて激務の割に給料そんなに良くないらしいし、学校じゃぷりぷりのミニスカートなんか着れねぇし、賢い頭でビジネス戦略を練るなんて事も出来ない。

 その点、ネットアイドルならルックスを十分に生かせるし、賢く立ち回っていくらでもお金稼げるし、教師や医者よりかは楽だし、なんかもうメリットしか無いでしょ。

 そのうち教師なんて絶滅するかもね。そうなったらAIが代わりに先生になってくれるだろうから、何も問題は無いけどさ。

「え? 足? 足ならいくらでも見せてあげるよ。はいどーん! ……あ、また五百円ありがとうございまーす」

 あざーっす! いやー世の中良い具合に狂ってるね!

 動画サイトで生配信をして、視聴者から「投げ銭」という形で直接収入を得る事が出来る。あぁなんて素晴らしいシステムだろうか。世の中にはゲームや人間に課金するくらいしか金の使い道を知らないバカがうじゃうじゃ居るから、私のような未成年でも大金を手にできる。アホな世の中に、万歳、敬礼! ビシィッ!

『ユリちゃん可愛い! 結婚して!』

『JCの生足おいしいです』

『ユリちゃんの処女はおいくら万円ですか? まさか経験者じゃないよね?』

『どぅどぅっはー! ユリりんパンツ見せてー!』

 どぅどぅっはー? ずいぶん頭の悪い奴が紛れ込んでるな。こういうのはシカトするに限る。

『ユリちゃんセックスして! お願い!』

『相変わらずお肌綺麗だよね~』

『マジな話、いくらでオフパコしてくれる?』

 マジな話、今すぐ死んでくれねぇかな。

『今ねー、ほしい物リストにあるコスプレ衣装プレゼントしといたよ。今度着ながら放送して!』

『おっ。マジで? 2Bのやつだよね? 届いたら着るよ~』

 ウケる。お金もらえるだけじゃなくて、物までもらえちゃう。私みたいに若くて可愛い女は、この時代じゃ無敵だね!

 やべぇわ~人生チョロいわ~。そりゃ放送主として大金持ちになるためにはそれ相応の努力と才能は必要だろう。でもそれなりの収入なら、顔さえ良ければ私みたいな特に努力してない奴でも稼ぐ事は出来る。

 インターネットは、ほんのちょっと有効活用するだけで日々の生活レベルを向上させられる。これは言わずもがなの常識だ。

 しかし。日本は圧倒的な技術理解不足大国である。インターネットという名の魔法を駆使できずに前時代的な暮らしをしているバカで溢れてるし、挙句の果てにはWi-FiとLTEの違いすら分からない宇宙人も居る。会社の古株はいつまで経ってもファックスや紙媒体の資料にこだわり、自然破壊に余念が無い。

 本当に日本は情弱ばっかりだなって心から軽蔑する。この時代は最新技術を知り、理解し、使ったものだけが勝ち組になれる。そんな当たり前のことに気づいてない大バカ者は掃いて捨てるほど存在する。

 だからこそインターネットはまだまだフロンティアなんだけどね。だって需要に対してまだ供給が十分とは言えない状況なんだもん。だから私みたいにさほど努力してない奴でも成り上がれる。

 ほんと皆バカ。バカばっかり。お金を稼ぐ術を知らない無知も、こんなガキに貢ぎまくってる男も、援交なんていう古臭い商売やってる女も、皆揃って仲良くバカ。

 バカ。バカ。どいつもこいつもバカ! ははっ。ある意味世界ってのはマジでおもしれぇよ。

「ねぇねぇー。JCの胸見て嬉しい? まぁ中学生にしては大きい方ですけどー?」

『見たい。つーか見せろ』

『むしろJCの胸だから良いんだろ』

『オカズ提供してくださいオナシャス!』

『罵って! 俺を罵って!』

 キモっ。マジ吐き気する。まぁお金のために頑張るけどね。

 それにまぁ、どんなにキモい野郎たちでもちやほやされて悪い気はしない。

 私みたいに顔も声も可愛い女は、ネットで顔を晒してたまに体を見せて適当なことを喋るだけで姫になれる。神様になれる。金を稼げる。人生はチョロい。いや男はチョロい。

 決して、見当違いな事を言って浮かれているつもりはない。だって今この瞬間、視聴者はユリ・キングダムの国民であり、私は神様兼お姫様であり、国民がコンテンツを得るために税金を払い、私が税金を受け取り潤い一つの世界が成り立っているのは紛れもない事実だから。そして、これが新しい世界の在り方なのだから。

 これまでは数少ないコンテンツやサービスが大勢の人間に一極集中で提供されていたけど、今は星の数ほどあるコンテンツやサービスが分散して色んな人間に提供されている。今は無数の小さな世界が独立して成り立っている時代なんだ。私が自分を神様だお姫様だと言い張るのは何もおかしい話じゃない。

 しかし独立世界は脆いもの。ユリ・キングダムがいつまでも続くとは思ってない。

 ちやほやされるのは今だけ。女なんてどんなに可愛くても、年を取って顔も体も劣化すれば誰にもちやほやされなくなる。だからこそ若い内に輝き金を稼ぐのだ。私は何が何でも金を稼がなきゃいけない。高校には行けないからね。あ、また投げ銭だ……ってたったの百円かよ。湿気てんなおい。

「百円ありがとうございまーす!」

 心の中でどれだけ毒づいても、リップサービスは忘れない。普段から愛想良くしておかないとファンクラブを脱退されてしまう。ファンクラブの収入はそれほど多くはないけど、貴重な固定収入は失いたくない。

 大量に流れるコメントを目で追っていく。また新しくお金が投下された。五百円。

「あっ。二千円! ありがとうございます~。今後の活動の軍資金にしますね」

 嘘だけど。軍資金ならもう十分にありますし。ははっ。

「……えー二千円でおっぱいは安くね? つーかさっきからおっぱいおっぱいしつこすぎ」

『おっぱい見せてくれるまで土下座し続けます。チンコは上向いたままですが』

 は? アホか。誠意は金で見せろよ。てめぇの土下座に価値なんかねぇんだよ。死ね。

『もう十分投げ銭したじゃん! 金の亡者か!』

 金の亡者? はっ! あたりめーだろ。バカか。おめーは風俗がタダだと思ってんのか。

「いやー金の亡者とか言うけどさぁ当たり前じゃない? タダでおっぱい見せる方がヤバイでしょ。じゃあ皆はちょっとお金もらっただけで自分のチンコ見せられんの? 無理でしょ? 私の胸見たかったらお金ぷりーず!」

 私は金銭目的でネットアイドルもどきをやっているという事実を、微塵も隠していない。理由は単純で、本音と建前を使い分ける人間は薄っぺらくて見透かされるし、反感を買ってアンチが湧きやすいから。

 セコい金に対する執着さえコソコソ隠すような奴に「成功」は訪れない。ひた隠しにした建前は視覚化できるATフィールドみたいなもんで、建前が見透かされた瞬間にそいつは嘘つき人間になる。嘘をつく奴はいつか破滅する。だから最初から嘘はつかない。マジで金を稼ぐ大物になるためには、本音をむき出しにして正直に生きた方が良い。

 まぁ、大多数の日本人には真似出来ない思考回路だろうけどね。日本人は本音と建前という武器を発揮しないと死んじゃう病的な民族だから。

「……おっ。五千円かぁ。んーどうしようかな。少しくらいなら見せても良いかな」

 もう散々煽って沢山投げ銭してもらったし、そろそろ潮時かな。

「じゃあいきますよー一瞬だからお前ら見逃すなよー……はいっ!」

 私は服を捲し上げ、大事な所を隠しつつ胸を見せつけた。その瞬間非常に下品なコメントが流れていく。

『射精しました』

『JCのおっぱい最高です!』

『大事な所は!? 大事な所は見せてくれないんですか!?』

『四十歳にもなってJCのおっぱいで抜けるとか最高です!』

『今からユリちゃん見ながらオナニーします!』

 やっぱ日本って終わってるわ。東京オリンピックで盛り上がってる場合じゃねぇわ。

 もうほんっとにバカな奴ら。ほんっとにバカ。病気。休日の昼間から? 女子中学生のネット配信見て? 変態コメント連発して? 貢ぎまくって? おっぱい見て歓喜して? やべぇだろ。目覚ませよほんと。死ねよ。気持ち悪っ! 脳みそ奇形かお前ら。

「なにー私でオナニーするの? あーはいどうぞどうぞ。好きなだけ射精すれば? あははっ」

『JCに罵られながらのオナニー最高です』

『ユリちゃんのおっぱいで百回は抜けます』

『全財産あげたら僕の童貞もらってもらえますか?』

『だはだはどぅっはー! ユリちゃんの胸はいつ見ても綺麗だね~』

 ……ん?

 なんだ、このコメントは。異質なコメントの中に、ある意味突出して異質なコメントが割り込んできちゃったんだけど。私の胸はいつ見ても綺麗? なんだそれ。

 不気味。不愉快。不穏。

 なんか、嫌な予感がする。

 かぁっと全身が熱くなり、汗が吹き出る。

『だははー! ユリちゃんもっとおっぱい見せて~。ぬお~なんか変な趣味に目覚めそう~』

 この文体。このコメント。これを見てると。

 何故か。

 少しだけ。

「……っ」

 頭が痛む。

「……ん?」

 大量に流れていくコメントの中に、見慣れた文字を見かけたような気がした。

 イポカシ・ウエカルパ。確かにこの文字が視界に入ったはず。

 慌ててコメントのログを辿っていく。そして、見つけた。

『イポカシ・ウエカルパに来て下さい。来てくれなかったら、ユリちゃんの秘蔵動画を晒しちゃうよっ。安藤愛理も待ってるよ』

 ドクン。心臓が唸りをあげるような感覚。

 おい。

 勘弁してくれ。

 これ以上は……。


LOG:八月七日七時五分


凛音:記憶蘇生プログラム、準備完了。

凛音:もし私のリンクが切れてたら、アストラルコードでカシワギにアクセスしてね。

エル:分かった。アクセスして命令するだけで、皆の記憶はちゃんと復活するんだよね。

凛音:えぇ。でも絶対にバレるんじゃないわよ。

エル:オーケーオーケー。記憶は稲穂の手によって蘇生される。そうだよね?

凛音:イエス。

凛音:まぁ計画の遂行はバカナコに任せておきなさい。アンタはバカナコの補助をすれば良い。

エル:はーい。

凛音:九十八年ぶりの再会になるわね。

エル:だね! 早く望海たちに会いたいよ。

凛音:うん。

凛音:また、皆で遊べるわね。


LOG:八月七日十一時十九分


エル:ねぇ、稲穂。

エル:私の言う通りにすれば……。

エル:篝火乙女事件、理想的な形で終わるよ?


LOG:八月七日十一時四十二分


エル:だはっ。やっぱり可奈子案はダメでしょ。

エル:バカナコには悪いけど、私の案を貫き通させてもらう。

エル:勝負はイポカシで決める。私の手で。

エル:そのために、ちゃちゃっと皆を誘導しちゃおうかな。だはっ。


LOG:八月七日八時三十一分


TO:明日風真希

FROM:佐伯可奈子


かなこ:今日ね、小樽のオタネ浜っていう所で花火大会があるんだ。車で迎えに行くから一緒に観に行こう。そこでアンタ達が知りたいこと話してあげる。私と一緒に来てくれれば、全ての真実が分かるよ。


LOG:八月七日九時三十四分


かなこ:おーい。

かなこ:ちょっとー。

かなこ:シカトしないでよ~。


EP21 本能

・明日風真希


記入者:大和谷駆


 事件について軽くまとめることにした。まずはツイッターの投稿を幾つか抜粋。新旧のツイートを無造作に抜粋しているからそこは要注意。


『どうでもいいけどこの前殺された女の子マジ可愛いよな。あんな可愛い子をレイプしてみたいなぁ』

『ちょwwww加害者も被害者もアムリタ・ハントとかwww面白くなってきましたwwwwもっと殺して殺して殺しまくれwwwwリアルバトルロワイヤルwww』

『この前捕まった加害者の家に行ってきた! 可愛いピンクのママチャリ見つけてマジ萌えたww人殺しのJCがピンクのママチャリてwww』

『稲穂南海香のアカウント乗っ取ったの結局誰なの?』

『結局、本物なのか偽者なのか分かってないよな』

『アイカプクルってどうなるのかな?』

『あんな同人ゴロどうでもいいよw』

『殺害動画を観るのが日課になりつつある。血だらけの女の子とか個人的にそそるわ。死姦したい』

『おいおい最近新情報出てこねーぞ。もっと楽しませろよー』

『第二の被害者って妹居るんだよね。ネットに写真出回ってるけどクソ可愛い。今度待ち伏せしようかなwww』

『もしかして篝火乙女事件って三件目で終了? だったらマジ犯人クソだな。もっと盛り上げろよ。三人じゃ足りねぇ!』

『もっとJCJKの殺し合い見たいですオナシャス!』


 どいつもこいつもイカれてる。知能指数の低い脂ぎったブタだ。

 世界は異常で、不思議だ。

 こういう奴らに限って長生きするからな。


追伸:トレンドブログやツイッターってのは、見れば見るほど心が腐ってしまうな。特にトレンドブログは酷い。ガセネタや憶測満載のゴシップネタで赤の他人を貶める記事ばかりだ。

 もう一度言うが、世界は異常で不思議だ。

 他人を貶める記事を書いてお金を稼げるなんて、正常な世界とは言えないだろう?


 がりがり。がりがり。

 私は一心不乱に、かき氷機のハンドルをぐるぐる回している。今どき手動のかき氷機なんて時代遅れにも程があるけど、残念ながらケウトゥムハイタに自動のかき氷機は無い。

 それでも私はがりがり氷を削る。贅沢を言ってる場合じゃない。

 今日は死ぬほど暑い。空気が死んでる。淀んでる。数日前までは「やっぱ北海道の夏は涼しいな」って余裕ぶってたけど、ある日を境にクソほど暑くなってしまった。ぼーっとしてるだけでも体がベタベタと汗ばんでしまう。

「あっ」

 つい調子に乗ってぐるぐる回しすぎたせいで、想定より大きな氷の山が出来てしまった。まぁ良いや。

 仕上げにイチゴ味のシロップをかけて、アスカトロピカルシャーベットの完成だ。

 キッチンカウンターのスツールに座って、かき氷をもそもそ食べる。口の中がきーんと冷えて、粘っこい空気で重たくなった頭が軽くなる。

 ユリ大暴走の果てに割とあっさり解決しました事件から、もうかれこれ一週間ちょっと経っている。今のところ篝火乙女事件に大きな動きは無いけど、頭も心も晴れる事は無いし、むしろどんどん泥沼にずぶずぶはまり込んで精神を消耗していく毎日だ。

 可奈子さんがアンチナノボットを投与した途端、ユリはあっさり元に戻った。ものすごくあっけない幕切れだったけどそれはともかく、私たちは可奈子さんのトンデモ話の大半を信じて受け入れる事になってしまった。さすがにまだしぶとく「ユリのアレは演技だったんだ」とかほざいて否定する気はない。今の私なら小さな女の子がパンチで地球を半分に割っても驚かないかもしれない。

 もちろん、否定出来るなら全てを否定したい。だって全てを信じてしまったら、私はこれまでの十四年間とこの世界の全てを否定し、新しいもの全てを抱きしめなきゃいけなくなるから。

 かき氷をもぐもぐ食べながら、リビングに鎮座するデスクトップパソコンを眺めた。そもそもの発端であるコイツは、未来予測をする事なく沈黙を守り続けている。SISAの技術で作られたという篝火乙女は、本来どんな目的で作られたんだろうか? 可奈子さんの話は概ね信じてるけど、篝火乙女についてはほとんどが謎のままだ。

 まだまだ可奈子さんから聞き出したい情報はいっぱいあるけど、あの人はユリの暴走が終わった後、皆の追求から逃げるように帰ってしまった。

 篝火乙女事件の黒幕。ナノボットの存在。篝火乙女が作られた経緯。結果だけが見えている現状が死ぬほどもどかしい。可奈子さんは全て知ってそうだけど、なんで具体的な事は何もかも隠すんだろう?

「……訳分かんね」

 私はかき氷を食べ終え、食器を洗い、豪快にワンピースを捲し上げ太もも丸出しの状態でスツールにあぐらをかいた。なんだか汗で足全体がベトベトしてる。

 しばらくタブレットをいじっていると、ヤマトがリビングに入ってきた。右手に缶ビール。左手にタバコ。自堕落な夏休みを送っているようで何よりだ。

「昼間からお酒?」

「たまには良いだろ」

 ヤマトはぶっきらぼうに言うと、それなりに散らかったリビングをずんずん突き進んでキッチンに入り、私の左隣に座った。リビングはあの日すっからかんにしたけど、あっという間にリビングは生活感を取り戻してしまった。

「……なぁ。カウンターこんなに散らかってたか?」

 改めてキッチンカウンターを見てみると、確かにこの場所に関しては元通りどころか悪化しているかもしれない。リビングから出した物を戻す際、なんか色々面倒になって小物などをカウンターにぐちゃっと置いて放置しちゃって、ここ数日で更に物が増えたって感じかな。

「色々動かしたからね」

「今度片付けておこう」

「ヤマトって意外ときれい好きだよね」

「そうでもないが、あまりにも散らかってると落ち着かねぇだろ」

 ヤマトはため息まじりに言うと、カウンターに置いてあるブルーレイと文庫本の山をどかし、空いたスペースにビールと灰皿を置いた。なんとなく隅に寄せられた山を見ると、「イミテーション・ゲーム」、「ブレードランナー」、「アパートの鍵貸します」、「ミリオンダラー・ベイビー」、「ロサンゼルス決戦」のブルーレイとか、創元推理文庫や岩波文庫やポプラ文庫の本が無造作に積まれていた。ほんと私たちって何でもウェルカムだよね。

「で、お前なにぼーっとしてたんだ」

「別に」

「そうか」

「ん」

「ユリは?」

「私たちの部屋で配信中」

「なるほど」

「んっんー」

 会話が途切れる。しばらく黙り込んだ後、私はあぐらを解いて足をぶらぶらさせながら、ヤマトの顔をちらちら盗み見た。しかし反応なし。ヤマトはぼんやりビールをちびちび飲んでいるだけ。だから私は左足でヤマトの右足のスネを何度もちょんちょん蹴った。

「なんだよ。人の足をちょんちょん蹴るな」

 なんだよって……。構ってほしいからちょんちょんしてるに決まってるじゃん。鈍い奴だ。

「ちょーだい」

「何をだよ」

「ビール」

「全部?」

「半分」

「ちょうど半分残ってる」

「……は? ……あぁ。伝わりにくいジョークはやめてくれないかな」

 手渡されたビールを一気に飲み干す。ぷはぁ。

「ぬるい」

「しょうがない」

「稲穂のこと、なんか分かった?」

「何も」

 突如復活した稲穂のツイッターアカウントは、けっきょく本物なのか偽者なのか、あるいは人工知能なのかまだ分かっていない。

「何回もDM送ったりしてるんだが、反応無いんだ」

「そっか」

「まぁ偽者の可能性が高いけどな。最近撮った写真や動画でもUPされれば話は変わってくるが」

「もしアレが本物の稲穂だったら、私絶対にぶち殺すよ」

「あぁ」

 缶ビールをゴミ箱にひょいっと投げ入れる。稲穂稲穂稲穂。なんであんなブスの事でこんなに気を揉まなきゃダメなんだろ。

「アスカ」

「なぁに?」

「大丈夫か」

「ん。ていうかヤマトこそ大丈夫?」

「何がだ? 俺の頭はいつでも大丈夫じゃないけど」

「いや。夏になってからずっと事件のこと調べたり笹岡麻里奈の尾行したり、ユリがあんな事になったりしてさ。疲れてないかなーとか思ったり」

「……」

「なにさ。なんか言ってよ」

「俺は人に優しい言葉をかけられたり心配されたりするのに、全く慣れていないんだ」

「慣れていけばいい」

「難しい話だな。そもそも、俺は人に優しくされるのが苦手なんだ」

「だろうね」

「一つ、ささやかなエピソードを聞いてくれないか」

「ん。聞かせて」

「小学四年生の頃まで、俺は友達が一人もいなかった。だから毎日教室で一人ぼんやりしてた。昼休みはおのずと瞑想の時間になっちまってた」

「うんうん」

「でも、五年生に進級してクラス替えをしてから状況が変わってきた。最初の頃は相変わらず一人で孤独な時間を過ごしていたんだが、そんな俺にいつも声をかけてくれる女がいた。あいつと会話してる内に自然と他のクラスメートとも喋るようになって、何人か友達も出来た。長い孤独な時間はいつの間にか終わってた。あいつには感謝しているが、実を言うと俺は声をかけられる度に、嬉しさと恥ずかしさと申し訳無さが混ざったような複雑な気持ちになって辛かったんだ」

「分かる気がする」

「人に優しくされると、こいつにだけは失礼のないようにしなきゃとか、自分に優しくしてくれる貴重な人間に嫌われたくないとか思ってしまう。だからこそ親切な人を避けちまうんだ。気を遣うからな。逆に胸糞悪い奴が相手なら、どれだけ嫌われても問題ないから上っ面無しでストレートに向き合える。だから俺はまともな人間よりも、まともじゃない奴との縁を重視してしまうんだ」

「何それ。じゃあ私らはまともじゃないってこと?」

「お前らは良い奴だが、良い意味でぶっ飛んでる。だから接しやすい」

「喜んで良いのかな」

「俺に好かれている事に、喜ぶ必要は無い」

「ていうか」

「なんだ」

「その優しくしてくれた女の子って稲穂でしょ」

「どうして分かった」

「なんとなく」

「そうか」

「稲穂は悪い奴じゃないって言いたいの?」

「ありえない。俺は稲穂を憎んでる。アイカプクルの件は絶対に許さない。稲穂がお前にした事も許さない。俺は単純に、なんで稲穂はあそこまで堕ちたんだって言いたいんだ」

「人間なんて簡単に変わるじゃん。クリスマス反対デモとかやってる童貞連中だって、可愛い彼女が出来ればエイズ撲滅キャンペーンとかに参加するようになるでしょ」

「あぁ。そして一度変わった人間はもう戻らない」

「そうだね。それが機械との違いかな」

「全くだ」

「ねぇ。私たちこれからどうなるのかな」

「見当もつかないが、何事も無く夏が終わる気はしないな。篝火乙女事件はまだ終結してないんだし」

「じゃあ、事件が終わるまでずっと悶々状態?」

「……そうだな。しばらくは平和と無縁の状態が続くだろ」

「一度変わった人間はもう戻らない。私たちの生活も、元に戻らないのかもね」

「戻るさ。事件は終わりがあるから事件なんだ」

「ゲームショウ」

「あん?」

「ゲームショウ、行きたいな」

「……?」

「東京ゲームショウ」

「いや、まぁそれは分かるけど。こんな壮大な会話のギアチェンジは生まれて始めてだ。お前の脳内構造はどうなってんだ」

「連れてって」

「でも大丈夫。俺はどんなに突発的に話が変わっても対応する事が出来る。結論を言うが面倒くさいから嫌だ」

「もし無事に夏が終わったらゲームショウに行きたい。あれ九月だよね」

「あんな人混みの中に行って何が楽しいんだ。年末年始のステラプレイスよりも酷いぞ」

「行きたいな」

「やだよ面倒くさい。つーかお前、ゲームショウに行きたがるほど熱心なゲーマーだったか?」

「だって札幌ってあぁいう大きなイベント全然無くてつまんないんだもん。それに今年の夏は全然遊べてないし。だからせめて無事に夏が終わったらいっぱい遊びたいの。ゲームショウに行きたいの。連れてって」

「あの人混みはキツイなぁ……。それにほら、試遊だって何時間待ちとか……」

「やだ! 行く! トークショーとかグッズ販売とか色々あるの! ライブとかやるの! 楽しそうなの! だから行くの! 連れてって連れてって!」

「でもなぁ……」

「行くの! 行きたいの! 行く行く!」

「女の子がイクイク連呼するのはどうかと思うぞ」

「……行くんだもん」

「アスカ」

「行くもん……」

「大丈夫だ。これから何が起きるのか分からんが、俺はお前たちが平和に生きていけるように努力する。だから現実逃避なんてするな」

「ゲームショウに行く努力もして欲しいな」

「色々無事に済んだらいくらでも遊べるさ。でも今は目の前にある問題と戦わなきゃダメなんだ。たまには現実逃避でもしないと頭が煮詰まるのも無理ないけど、今は現実逃避や息抜きしてる場合じゃない」

「約束くらいしてくれても良いじゃん! ヤマトのケチ! ヤマト嫌い! 大嫌い!」

「……約束できるような状況じゃねぇだろ。今は」

「なに騒いでんのさ」

 ふいにアヤ先輩のソプラノボイスが響いてきた。アヤ先輩は明らかに不機嫌で、珍しくリビングのドアを開けっ放しにしたままずかずかとリビングを通り過ぎ、キッチンカウンターのスツールに左膝を立てながら座ってセブンスターを吸い始めた。汗でまとわりつく髪の毛をうざったそうに払いながらすぱすぱ煙を吸う姿は、サマになってるけどなんとなく年増っぽく見えた。

 アイドルみたいな顔立ち。稲穂とは真逆の美人。いつも明るい人気者。そんな綾瀬望海も、ストレスが溜まるとこんな場末のママみたいな雰囲気になってしまうのか。恐ろしい。

「ずいぶん不機嫌だな」

「うるせぇよ」

「なに荒ぶってんだよ」

「は? 別に普通だし」

 うわ。マジで機嫌わるっ。

 ここまで機嫌が悪いアヤ先輩はあまり見た記憶がない。なんだか見てるだけで私まで疲れ切ってくるような、切羽詰まった様子にも見えた。

 全ては篝火乙女事件が悪い。こんな事件さえ起きなきゃ、今ごろ皆で海にでも行って楽しく遊んでたはずなのに。

 いや、悪いのは篝火乙女事件じゃなくて稲穂南海香か。全ての元凶はコイツみたいだし。

 怒りがこみあげる。稲穂南海香。もはやコイツの呪いのような事件のせいで、私だけじゃなくて私の周りまでおかしくなっている。どうしてくれるんだって心底苛立つ。私は理不尽な仕打ちがこの世で最も嫌いなのだ。

「ねぇ。なんで騒いでたのさ」

「なんでもないよ」

「ゲームショウがどうとか言ってなかった?」

「嫌味な奴だな」

「こんな時に何がゲームショウよ。バカじゃないの」

 アヤ先輩が冷たい目線を向けてきた。正論ではあるけど、話全部聞こえてたんならいちいち改めて騒いでた理由なんか聞かなくても良いじゃん。

「アスカ。私たちは今遊んでる場合じゃないんだよ。ユリがあんな事になってこれからどうなるかも分からないのに……」

「いや、俺がゲームの話をしたらアスカが興味を持ってな。それでなんかその……」

「バカはアンタだったか」

「あぁ。俺はいつどんな時もバカなんだ」

「え、あの……」

「こんな時にさ、アスカにくだらない話聞かせないでよ」

「すまん」

「……いや、ごめん。八つ当たり」

 アヤ先輩はタバコを灰皿で無造作にもみ消して、両手で顔を覆ってため息をつき、机に突っ伏した。

「気にしないで。ストレスマックスなの」

 急にしゅんとなってそんなことを言う。生理なのかなと思ったけど、アヤ先輩は元々テンションの浮き沈みが激しい。

 とは言え。ここまでテンションの上げ下げが激しいアヤ先輩はさすがに珍しい。普段はここまで酷くはない。

 やっぱりユリが暴走した日に色々ぷつんと切れちゃったのかな。この人、ユリの暴走が終わった直後に吐いてたくらいだし。

「気持ちは分かるよ。こういう時だからこそだよね」

 アヤ先輩は頬をカウンターにぷにっとくっつけ、両手をぶらぶらさせながらどうでも良さそうに呟いた。まるでサンリオのぐでたまみたいだ。

「あぁいう大きなイベントってさ、なんか惹かれるよね」

「……そうだね」

 なんか愚痴が始まりそうだけど、とりあえず返事しておく。

「札幌であんな大きなイベント無いもんね。羨ましいよね。なんでも関東関東関東って」

 ぐでたま先輩は棒読みでぶつぶつ呟き続ける。

「それに比べて札幌はつまんないよ。知ってる? 札幌の同人イベントってマジで死ぬほどレベル低くてさ、つどーむのイベントなんかも小学生に毛が生えたレベルの奴らしかいないの。あと仲間同士で馴れ合ってるだけのザコとかね。まぁ馴れ合う事しか頭に無い腐ったゴミ共はどこにでも沢山居るけどねー」

「そうらしいね」

 アヤ先輩とヤマトはアイカプクルに居た頃は何度か同人イベントに参加してたらしいけど、レベルの低さに呆れてすぐにイベントには顔を出さなくなったらしい。まぁアヤ先輩の場合は、下心満載で食事に誘ってくる男の同人活動者がクソうざいっていう理由もあったらしいけど。

「うん。東京のイベントに比べたら月とスッポン。だからアイカプクルは希望だったんだよ。超レベル低い北海道でさ、アイカプクルだけは別格だったの。あのサークルが作るものは何でも面白かった。小説も漫画もゲームもね。特にゲームなんて商業レベルだった。おまけにメンバーの人たちはみんな超絶美人」

 佐伯可奈子の顔を思い浮かべる。超絶美人というアヤ先輩の評に異論は無い。

「それが今じゃどうよ。ブスで無能な稲穂にアイカプクルめちゃくちゃにされて。その稲穂はアリアンロッド盗むし。なんか死んでるし。かと思ったら復活疑惑出てるし。なんでこうなったんだろ」

 ダメだ。完全に自分の世界に入り込んでいらっしゃる。

「あぁ……。そういえば可奈子さんとアイカプクルの話全然できなかったなぁ。聞きたい事いっぱいあったのになぁ……」

 ほっぺたをカウンターにくっつけてるから、もごもごした喋り方になって言葉を聞き取りにくい。頬が潰れ体をだらんとさせている無気力な姿は可愛らしいけど、私はこの人を素直に可愛いと評する気にはなれない。アヤ先輩は残念美人を具現化したような人だから。あ、なんかめっちゃ大きなあくびしながらぼりぼり太もも掻いてる。そういう所だよぐでたま先輩。

「ねぇこれからどうする? ここ最近事件は起きてないけどさぁ、ユリとアスカがターゲットになった以上、次は私とヤマト君がターゲットになるかもしれないでしょ。でも篝火乙女は未来予測してくれないし、可奈子さんは今後の事なーんにも教えてくれなかったし。なんなんだろ。なんなのほんと。何が起きてんの? 何が起きるの? なんなの? ねぇなんなの? 何がどうなって何がなんなの? なんなのなんなの~?」

「一つ良いか」

「一つまでね」

「さっき佐伯可奈子から連絡があってな」

「可奈子さん?」

「あぁ。ラインで。お前は?」

「スマホ」

「あん?」

「取って」

「どこにあるんだよ」

「そこ」

 アヤ先輩がだらんと腕を伸ばしてリビングのテーブルを指さした。ヤマトが何も言わずスマホを取りに行って手渡すと、アヤ先輩はちょっと元気を取り戻したように顔を輝かせた。

「私も。ライン来てる」

「今日……つまり八月七日だな。小樽のオタネ浜で行われる花火大会に行きましょう。そんな内容じゃないか?」

「……うん」

「私にも届いてるかも」

 慌てて自分のスマホをチェックしてみると、予想通り可奈子さんからラインが届いていた。

『今日ね、小樽のオタネ浜っていう所で花火大会があるんだ。車で迎えに行くから一緒に観に行こう。そこでアンタ達が知りたいこと話してあげる。私と一緒に来てくれれば、全ての真実が分かるよ』

 皆でそれぞれのスマホを照らし合わせてみると、どれも微妙に文面は違うけど内容は全く同じものだった。

「全ての真実が分かるよ、だってさ」

「なんか怪しいよね」

 正直な意見を述べた。それはアヤ先輩もヤマトも同感だったらしく、二人とも神妙に頷いた。

「唐突すぎるしな」

 いつの間にか足を揃えてシャキッと座っているアヤ先輩が、腕を組みながらうんうんと頷いた。

「ここまでストレートに誘うぐらいなら、もっと具体的な説明がほしいよね」

「あぁ。それに知ってる事を今日話すなら、ユリの暴走を止めに来た日に話せば良かったはずだ。なんで、今日突発的に話すつもりになったのか。どうして、わざわざオタネ浜まで行かなきゃダメなのか。しかも、なぜわざわざ花火を観ながら話を聞かなきゃダメなのか。不可解な点が多すぎる」

「だね。話したい事があるならケウトゥムハイタに来れば良いだけじゃん」

「でも可奈子さんが敵だとは思えないし、少なくともこの文面からはなんだろその……私らをハメようとしてるようには見えないよ」 

「それは分かるし、佐伯可奈子が敵だとも思ってない。でもだからってノコノコ花火大会に行く気にはならねぇな」

「まぁ……」

「普通に考えたら、二十八歳の女が中高生を花火に誘うとかありえないけどね」

「確かに」

「佐伯可奈子は友だち少ないのか?」

「いちいちボケなくて良いから。むしろあの人友だちめっちゃ多いよ」

「はい」

 私は思う所があって、ビシっと手をあげた。

「なんですか明日風さん」

「聞いて欲しい事があるの」

「どうぞ」

「私ね、篝火乙女事件が始まってから何もかもが気に食わないの。何もかもが」

「何が言いたい?」

「玲音は私にディランを観に行けって言った。篝火乙女はユリが死ぬって予測した。佐伯可奈子はユリが私を殺すとか言い出して押しかけてきた。そしてこのメッセージ。なんか見えない敵とか何かがさ、自分たちの目的のために私たちを誘導してるようにしか思えないんだよね」

「飛躍しすぎじゃない?」

 アヤ先輩、即答。こりゃ本心じゃないな。

「その……自分たちがまるで駒みたいだとか、可奈子さんが何でも知ってる神様みたいだなって感じる事は正直何度もあったけど、改めてその……誘導とか言われると……飛躍っぽいっていうかなんていうか……」

「そうでもないだろ。俺たちは何も知らない何も分かってない。ただ事件に巻き込まれて右往左往してるだけだ。いきなり色んな登場人物色んな不可解な出来事が頼んでもいないのに勝手にやってくる。アスカの言う通り、俺たちは見えない何かに動かされてる駒みたいなもんじゃないか。この物語の主役は俺たちじゃねぇんだよ。確実に主役は他に居る。なぁ、主役たちは何が目的なんだろうな?」

 ヤマトの長口上を聞いて、私は自分の確信を更に強くした。

 そもそも佐伯可奈子が全ての真実を知っているとして、それを私たちに伝えて何になる訳? 殺人鬼の魔の手から逃れる術を得られるの? だったらもったいぶらないでこの前教えてくれりゃ良かったじゃん。

 怪しい。佐伯可奈子は味方か? 敵か?

「私は乗り気になれないな。ちょっと怖いよ」

「怖いと正直に言えるお前の強さは嫌いじゃない。俺も正直言うと怖い……が、逃げ続けても事態が進展しないのも事実だ」

「そうだよねぇ……あっ! あぁ~!」

「なんだ。いきなり喘ぎ声を出すな」

「これ」

 アヤ先輩がスマホを向けてきた。画面には稲穂南海香のツイッターが表示されている。相変わらず稲穂のニセモノと思われる人物は稲穂のツイッターを積極的に更新しているんだけど……。

『今日は八月七日。北海道は七日の日ですね。私は今日オタネ浜の花火大会に行ってきます。小樽大好きだから楽しみです。花火の前には北一硝子にも行きたいな」

 アヤ先輩は真剣な表情。ヤマトは目が点。

 そして私は。

 私は……。

「……っ」

 頭に針がズブっと突き刺さるような感覚に陥っていた。

 いや、それだけじゃない。

 匂い。

 血と糞の匂い。

 なんだろう。

 この、確固たる匂いの記憶は。


EP22 無理して生きた所で何があるって訳でも無いけどさ

・百合ヶ原百合


 無心で笑顔を振りまく。笑顔、笑顔、笑顔。配信している時は絶対に笑顔を崩さない。お金のために。

 私の家は貧乏だった。惨めだった。虚しかった。たまたま貧乏な家に産まれただけの理由でひもじい思いをしている自分が哀れだった。

 でも私は惨めな日々に屈折する気は無いし、世界に土下座をするつもりもない。中学生はお金を稼ぐ方法が無いからと諦めるなんて論外。

 屈折した人生なんか願い下げ。美少女の笑顔は金になる。だったら笑うまでだ。

 お金があれば心も生活も豊かになる。ケウトゥムハイタに居候してる身でも、アヤ先輩とヤマトに迷惑をかけなくて済む。だからお金は必要なんだ。より良い人生を歩むために。

『ユリは、みっともなく死ぬのが怖いからお金を稼いでるんだよ』

 いつだったか、アスカがそんなような事を私に言い放った。豊かな暮らしを手に入れるためになりふり構わずお金を稼ぐという行為は、確かに裏を返せば見苦しい死を回避する行為と同義なのかもしれないけど、私は認めたくない。

 だって、私が信じていた世界は嘘かもしれないから。もし本当に嘘の世界であるなら、努力する意味が失われちゃうから。

 ……ってバカバカしい。世界がどうであれ私はまだしばらくは生き続けるんだ。そしてどんな世界にもユートピアは存在しない。世界が地獄だという事実は永久不滅。地獄。地獄。地獄。

 私にとっての人生は、世界は。永遠に溺れ続けて苦しみ、どれだけ海底に向かって突き進んでも死ねないような生き地獄でしかない。

 世界の真実なんて知るもんか。私は今この時を生きる。それだけだ。

 イポカシ・ウエカルパ。安藤愛理。秘蔵動画。

 慌てるな。これはタチの悪いイタズラだ。

『あーユリちゃんほんと可愛い。勃起止まんねぇ』

『ユリちゃーん! 僕の名前呼んでー!』

『谷間! 谷間もっと見せて!』

「ん……。コメントが多すぎて……追うのが大変。えーとえーと……」

 平静を装いながらコメントを追っていく。つっても大半が卑猥なコメントばかりで、拾ってあげたくなるようなコメントは皆無だ。こいつらは百合ヶ原百合ではなく、私の体にだけ興味がある。クソ気持ちわりぃ。

 下ネタをぶつけられまくってると、なんだか不特定多数の男たちに囲まれてレイプされてるような気分になる。言葉による性的被害だって立派なレイプだ。セクハラなんていう生易しい言葉で表現して良いもんじゃない。なぜ万引きを強盗と表現しないのか。なぜセクハラをレイプと表現しないのか。やんわりした表現は必要か?

「……ん?」

 ひたすら流れていくコメントを追っていると、また異質なコメントが現れた。

『今日、旭岡東中学校で人が死ぬよ。私には分かる』

 何これ。

 旭岡東中学校は中央区にある公立の中学校だ。私が通っていた旭岡中学校のすぐ隣。

 私は北海道に住んでいる事は公表してるけど、札幌に住んでる事までは発信していない。だから旭岡の名前が出てくる時点でおかしいというか意味深過ぎるんだけど、私には分かるってどういう事だよ。

 イポカシ。安藤愛理。旭岡。

 まずい。非常にまずい。

 何が起きてる?

 誰が何を企んでる?

 クソっ。これ以上イカれた夏なんか望んでねぇぞ。

『旭岡東中学?』

『なんだいきなり』

 意味深なコメントに視聴者たちが反応し始めた。面倒くせぇな。

『なにこのコメント?』

『荒らし?』

『いま調べた。札幌の中学校だ』

『特定! 主は旭岡東中学校の生徒でした!』

『ストーキング待ったなし』

『待ち構えてレイプしろって事ですね分かります』

『ユリちゃんをレイプできるなら逮捕されてもいい。俺の童貞もらってー!』

『つーかこの辺って今マジで物騒な場所じゃん。篝火乙女事件が起きてるエリアだろ』

『このコメント普通に恐いんだけど』

『人が死ぬとかwww第四の事件でも起きるんですかwww』

『札幌住みの奴いる? 誰か行ってこいよ』

 変な汗が出てきそう。でもここで動揺したら色々ヤバイ。

「あーなんか荒れてきちゃったねー。ちなみに私は旭岡東中学の生徒じゃないですよ。いくらでも調べてみれば? 違うって事が分かるから。えーとまぁそんなこんなで今日はもう止めますね。面白くないもんこんなに荒れちゃって。ばいばーい」

 配信を停止させてパソコンの電源を切った。なんなんだよマジで。

「意味分かんね……」

「終わった?」

「うわ!」

 いつの間にか背後にアヤ先輩とアスカが立っていた。マジで全く気が付かなかった。ヘッドホンをしていたとは言え、私はそんなに集中していたのか。

「汗すごいよ」

「あ……」

 髪の毛や体を触ってみると、確かに全身汗だくだった。

「配信してたんでしょ」

「え? えーと……うん」

「なんで配信してるだけでそんなに汗かくの」

「え、いや。この部屋エアコン無いし……」

「にしても汗かきすぎでしょ。なんか変な事やってたんじゃないの? 望海ちゃん怒らないから正直に言いなさい」

「……なんか、変なコメントばっかりでイライラしてただけだよ」

 アヤ先輩は両手を腰に当てながら盛大なため息をついた。アスカはアヤ先輩の後ろで、たまに抱き枕として使っているシベリアンハスキーのぬいぐるみを抱きしめ、キョトンとした顔で立っている。あどけない顔でじぃーっと私を見つめるその姿は小学生にすら見える。アスカの顔を見て気持ちが少し落ち着いた気がしたけど、心臓の鼓動はドクドクと落ち着かない。

「今日はいくら稼げたの?」

「ん? まぁそこそこ……」

「ユリ」

「はい?」

「何をやるのも自由だし、色々と覚悟してやってるみたいだけどさ、やっぱ止めなよ配信なんて。お金は別にいいからさ」

「でも……」

「大丈夫。ほら、私とヤマト君が作った新作ゲームめっちゃ売れてるし。ヤマト君だって高校の学費出してくれるって言ってるじゃん」

 サラっとすごい事言ってるけど、正直私は乗り気になれない。だって二人に学費出してもらったら……。

 私、めっちゃ真面目な高校生にならなきゃダメじゃん。それは無理。プレッシャー尋常じゃねぇし、二人が才能と努力で稼いだお金に見合うほどの立派な高校生になれる自信は無い。

 なんだかな。親に高校は諦めてねとか言われて結構グレちゃったのに、そもそも実は高校生になろうっていう気が無いとか一体私は……。

 って何考えてんだ。今はそんな事どうでもいいんだ。

「あの、アヤ先輩」

「考えてみなよ。ネットで稼げなくなったらその後はどうするの? 結婚して家庭に入れれば良いけどさ、絶対にそうなるとも限らないでしょ。ユリって家庭に入るタイプじゃなさそうだし」

 お説教が始まった。今はこんな話してる場合じゃないんだけど、どうしても言い返したくなるのが私の性分でもあった。

「その時はその時だよ。ダメになったら風俗で働く」

「またそんなこと言って」

「つーかアヤ先輩も配信やってみれば? アヤ先輩ならトップになれるよ」

 喋ると色々残念だけど、黙ってれば超絶美人だしスタイルも抜群だもんね。胸はそこそこ大きいし運動してるから体引き締まってるし。こんな逸材を眠らせておくのはもったいない。

「ヤだよ。ていうかさぁマジで気をつけなよ。ストーカーみたいなファンとか居たりしない?」

「さぁ?」

「用心しなよ。ほら、バカな男ってなんでもポジティブに妄想するでしょ。特にネットの活動者とかアイドルを追いかけてる男はマジでヤバイから。彼氏なんていないはずだとか、絶対処女だとか、優しいに決まってるとか。勝手に決めつけて妄想してすり寄って来たりするんだよ。で、いざ彼氏が居るとか処女じゃないって分かったら発狂して裏切られたとか叫ぶんだ。変なストーカーに刺されちゃいましたとかやめてよほんと」

「そんな男相手にしないもん」

「向こうから勝手に来るんだよ」

 さっきのコメントを思い出してドキリとする。まさかマジで住所を特定されたのか? いやそれなら旭岡中学の名前を出すはずだ。なんで旭岡東なの?

「あの」

「なに。私のお説教はまだ始まったばかりだよ。私いま凄くぷんぷんしてるんだから」

「いやまぁ、ぷんぷんしてるのは分かるんだけど、あのね」

 私はちらりとアスカに目配せした。アスカはぬいぐるみを両手で抱きしめながらきょとんとした顔で首を傾げるだけで、私の意図は全く通じていない。

「なぁに。何が言いたいの」

「ちょっと聞いて」

「聞きましょう」

「実はさっきその……配信中に変なコメントがあったんだよね」

「だからなに。女子中学生の配信なんてむしろ変なコメントしか書かれないでしょ」

「そういうんじゃなくてさ。旭岡東中学で人が死ぬよ……みたいな」

「は? 何それ」

「きな臭いじゃん」

 アスカは怪訝な顔になり、ぬいぐるみを床におろした。

「殺害予告?」

「分かんないけど。私を殺すつもりなら人が死ぬよ、なんて言い方しないよね」

「だよね。にしても旭岡東か……」

 アヤ先輩はそう呟き、鼻を鳴らして腕を組んだ。それにつられたのか、アスカも「ふんっ」と鼻息荒く腕を組んでいっそう険しい表情になった。

「怖いね。身バレでもしてんの?」

「してないと思うけど。ていうか私は東の生徒じゃないし」

 私もアスカも旭岡中学の生徒であり、旭岡東ではない。

「うーん……。でも気になるよね。荒らすにしても普通そんなコメントしないし……」

「ユリの住所を特定したっていう意味合いのコメントじゃなくて、ユリに語りかけて誘導してるように思えるよね」

 アスカの言葉を聞いて、アヤ先輩がきつく口を結んだ。

「アヤ先輩?」

「やっぱりアスカの言う通り……」

「え?」

「いや。さっきアスカが話してくれたんだけどね、私たちって篝火乙女事件が始まってからさ、ずっと何かに誘導されてるみたいなんだよね」

 私はアスカのざっくりとした説明を聞いて腑に落ちた。私自身、アスカの意見と似たような事は何度も考えたけど、やっぱり誘導されてると確信するべきだろう。

「うーん……」

「行ってみる? どうせすぐそこだし」

 アスカがさらりと言った。

「えー。マジ言ってんの?」

「私はいつもマジに生きてるよ」

「えぇ……もうちょっと手抜いてよ……」

「アヤ先輩は? 行く?」

「いやちょっと待って。ユリは可奈子さんからライン来た?」

「ライン?」

 スマホをチェックしてみると、確かに可奈子さんからラインが届いていた。内容は花火大会へのお誘い。なんだこんな時に。この人はバカなのか。

「ねぇ。全ての真実ってなんの話」

「さぁ……」

「行くの?」

「うーん……」

 煮え切らないアヤ先輩にイラついたように、アスカが「ぱんっ」と手を叩いた。

「今から旭岡東に行って、そのあと花火大会に行けば良いんじゃない?」

「やる気満々じゃん」

 アスカはかぶりを振り、声のトーンを落として言葉を続けた。

「旭岡東も花火大会も本音言えば行きたくないよ。怪しすぎるし危ないもん。だけどさ、今さら逃げ出したって意味無いし何も解決しないよね」

「そりゃそうだけどよ~」

 助けを求めるようにアヤ先輩に視線を移すと、残念な事にバンジージャンプをする直前の人みたいな顔になっていた。アスカの言葉で火が付いてしまったのかもしれない。

「……行くか」

「正気?」

「私はいつも正気だけど」

 いや、結構取り乱して正気失う事多いと思いますよ。

「正気でも狂気でもいいけどさ、さすがに旭岡東に行くのは危なすぎね? 花火大会ならまだ分かるよ。可奈子さんが私らに危害くわえるとは思えないし」

「心配しなくて良いよ。学校には私一人で行くから」

「えっ」

「当たり前でしょ。特にユリは絶対来ちゃダメだよ。アンタに向けて飛んできたコメントなんだから、ユリが危ない目にあう可能性は捨てきれないでしょ」

「なんかそう言われると私も行きたくなるんだけど」

「私一人で行く。アスカもお留守番してな」

「いや私も一緒に行く。ユリだけ留守番してればいいよ」

「えーいやいや。アスカが行くなら私も行くってば」

「ダメ。アスカとユリは危ないからケウトゥムハイタに居なよ」

 しばらくあぁだこうだ議論したけど、結局三人で旭岡東中学まで行く事になった。アヤ先輩は自分が私とアスカの側に居たほうが安心かも、と思ったのかもしれない。この人はそういう性格なんだ。

 旭岡東中学校。夏休みだから本当なら誰も居ないはずだけど……。

 あのコメントがイタズラではないとしたら、果たして何が待ち受けているんだろうか。

 人が死ぬよ。

 誰が?

 どうして?

 なんで私にそれを伝えるの?

 もう十分に腐りきった夏は、まだ腐るというのか? 百年間サハラ砂漠で放置し続けたミカンは最終的にどうなるんだ?

 夏。ドロドロした夏。時間が止まったような閉塞感。

 輝く夏ってもんはどこにあるんだろうか。誰か教えてくれ。欲しい物はいつだって手に入らない。

 旭岡東中学校で人が死ぬよ。もし私が死ぬのであれば、別にそれでも良い。人はいつか必ず死ぬ運命。

 ……必ず?

 いや。

 そうだっけ?

 人って絶対に……。

 死ぬんだっけ?


EP23 屋上にて

・明日風真希


 夏の始まりは花火だった。

 七月七日に真駒内のセキスイハイムスタジアムで開催された有料の花火大会は、音と光をテーマにした演出がとっても素敵だった。

 毎年七月の下旬に行われる豊平川の花火大会も当然見物した。こっちは無料だしケウトゥムハイタは豊平川の目の前にあるから、庭にキャンプ用の椅子やテーブルを置いて、みんなで美味しいものを食べながら輝く夜空を見上げ八月という夏の本番に向けて心を踊らせていた。

 夏は順調だった。何がどう順調なのかは分からないけど、概ね問題無しだった。今思えばそうだ。多分その時は退屈だったんだろうけど、今は違う。あの時の私は退屈とは無縁で最高に幸せだった。過去の記憶や感情なんてランダムに変化する。過去に起きた出来事を変えるのは不可能だけど、心はそうとも限らない。

 つい最近までは幸せだった。今は不幸だ。今の私が抱えてるものはなに? 不安、不信、恐怖、絶望、困惑、驚愕、怠惰、後悔、憤怒、怒り、苦しみ、悲しみ。更に負の感情が増えたらヒップホップ歌手としてデビューできそうだ。絶望、恐怖、不安、ネガティブ次々押し寄せ爆発寸前イェイイェイ! ……作詞は誰かに依頼しよう。

 ズキリ。なんの脈絡もなく頭が痛む。もうたくさんだ。どうして人生ってのはこんなにもクソまみれなんだ? 

 ちょっと前までは平和だった。でもそれは偶然人生ゲームの青マスばかり踏んでいたに過ぎない。人生なんてちょっと運悪く赤マスが続いたら、あっというまに平和な日々はドブの中に消えてしまう。

 所詮、人生なんてそんなものなんだろう。

 それなりに幸せな人生を過ごしていたけど、ある日突然病気になりました。事故で車椅子生活になりました。結婚した旦那にDVを受けて離婚しました。リストラされました。レイプされました。今より良いマンションに引っ越したら、隣人が死ぬほどうるさくてすぐにまた引っ越しました。大切な人が死んじゃいました。

 そんな風に、ありふれた幸せな人生が脆くも崩れ果てる可能性は誰にでもある。だからこそ人は今この瞬間を必死に生きるものだと思ってる。でも、私は今この瞬間を必死に生きている人間というのをあまり見たことがない。それが不思議でしょうがない。

 ふと父親の葬式を思い出す。お父さんは病気で死んだ。あっけなかった。私はお父さんが死んでから人生というものに道を見いだせなくなった。誰にでもあっけなく死ぬ可能性は潜んでる。それを考えたら、人生にエネルギーを消費することが虚しく思えてしまうから。

「アヤ先輩。花火大会も行くの?」

 ユリが不安そうな声でアヤ先輩に問う声でハッと我に帰る。私たちは豊平川を横目にとぼとぼ歩いている最中だった。旭岡東中学校を目指して。

「行くよ。花火大会まで時間あるし間に合うでしょ。可奈子さんには返事しといたよ。あの人あぁ見えて寂しがり屋だから、返事しとかないといじけちゃうし」

「大丈夫かな?」

「んー。まぁ小樽なんて電車ですぐ行けるしね。帰りの電車だって遅くまで出てるし大丈夫でしょ」

「いやそういう意味じゃなくて。危なくないかなっていう意味で」

「それ言ったら旭岡東の方が危なそうだけど」

 ユリは大げさに両手を広げてかぶりを振った。アヤ先輩はムッとして頬を膨らませる。

「私だって本当はどこにも行かないで籠城してたいよ」

 籠城ねぇ……。そういえば今年は色々あったせいで、小樽の潮祭り行けなかったんだよね。最悪。

「ていうかオタネ浜の花火大会つってもさ、かなり小規模なんでしょ」

「そうだね。二千発だったかな」

「すくねぇ~」

 真駒内の花火大会は二万二千発。豊平川は四千発。潮祭りは三千発。豊平川の半分で潮祭りよりも千発少ないなら、確かにちょいと盛り上がりに欠ける。

「花火か……」

 北海道の短い夏。いつか記憶の片隅に消えていくだろう輝く夜空。

 真駒内。豊平川。潮祭り飛ばしてオタネ浜。三度目花火。

「イメージ沸かないな」

「は? なんの?」

「三度目花火のイメージが」

 ユリが風で髪を靡かせながら、怪訝な表情で私を見つめる。

「何が言いたいの」

「別に」

 私はセイコーマートで買った北海道メロン味のアイスをかじった。もう一口か二口分くらいしか残ってない。アイスなんて手軽に買えるものなのに、残り少なくなると何故か無性に悲しくなる。

 ユリはスイカバー、アヤ先輩はラムネを手にしている。大きな川の横をアイスや炭酸飲料を飲み食いしながら歩く。普通に考えたら素敵な夏の一幕なんだけど、もちろん私たちの夏は素敵じゃない。悲劇だ。

 ケウトゥムハイタの庭で花火を見ていたあの日に戻りたい。庭に居ても豊平川や周辺に群がっている大勢の見物客の喧騒が伝わってきて、花火もそうだけどあの騒がしさも私は好きだった。花火が打ち上げられている時だけは世界と同化できた気持ちになれた。不登校で居候っていう鬱で不安で罪悪感にまみれた日常が、なぜか許されたような気がしたから。

「……なんでこんな事になったのかなぁ」

 思わず呟くと、アヤ先輩が遠い目をしながら「さぁ」と気のない返事をした。

「人生はなんで、なんでの連続だね」

「現実世界のクソっぷりは普通じゃない」

「だからこの世界は小説とか映画とかゲームとか、娯楽で溢れてるんだよ。人は娯楽無しじゃ生きていけない。覚せい剤、麻薬、タバコ、お酒。それが無くても人は生きていけるけど、娯楽が無かったら人間の心は確実に腐り果てる」

「根本的な問題解決にはならないけどねぇ……」

 豊平川の景色がゆっくりゆっくり流れていく。私は豊平川を見るたびに体中が悪夢で満たされる。川の周りに乱立しているビル群。穏やかな川の流れ。涼し気な夜。景色はモノクロのようで、思い出はもう戻らない輝かない夢だった。手に入らないオモチャを見てると壊したくなるように、もう手に掴めない栄光の過去はただの毒だ。

 だから、私は過去から目を背ける。河川敷から目をそらしてまっすぐ歩き続ける。旭岡東中学校に向けて。

 何かが待ち受けているかもしれない、その場所に向けて。


 ケウトゥムハイタからまっすぐ西へ行くと札幌の中心部、大通に出る。大通から北の方へ行くと札幌駅、大通から南西の方へ行くとススキノがある。この三つのエリアが札幌の中心地である。

 旭岡東中学校は大通からちょっと外れた場所、大きな映画館などが入っている大型の複合施設『ファクトリー』からほど近い場所にあり、旭岡東中学校からは大通公園のさっぽろテレビ塔も見える。

「とーちゃく」

「うん」

 旭岡東中学校の前に立つ。そしてすぐに異変に気がついた。いや異変っていう程でもないんだけど、屋上に三人の少女が立っているのが見える。一人は金髪で、もう二人は黒髪だった。黒髪の二人は旭岡東の制服で、金髪は私とユリと同じ旭岡中学の制服姿だ。水色のスカートが遠目にも目立っている。

「……ん?」

 目を細めて屋上を注視してみると、制服姿の少女たちは激しく掴み合いをしているように見えた。

「なんかあれ喧嘩してない?」

「……また金髪」

 ユリの呟きが重く響く。

 金髪。

 まさか。

「あ……」

「アヤ先輩?」

「あいつだあぁ!!」

「マジで!? 本当にあのエルノア・なんたらリックとか言う……」

「そうだよ! あの金髪! 絶対にあいつだ!」

 アヤ先輩が屋上を指さしながら叫ぶ。三人の少女はただそこに立っている訳じゃなくて、やっぱり明らかに激しく格闘しているように見えた。

「ていうかあれヤバイでしょ。殴り合ってんじゃん」

 ユリも屋上に居る三人の異変に気がついたらしい。

「うん。じゃれ合ってるとかそんな穏やかな様子には見えないね」

 そもそも学校の屋上ってのは基本的に立ち入り禁止で生徒は上がれないはず。しかも今は夏休みで、こんな時に生徒が屋上に居るなんて普通はありえない。少なくとも夏休みの屋上でなんとなく三人の女子中学生がファイティングするなんて状況はまず考えられない。

 嫌な予感がする。ユリの配信中に意味深なコメントがあって、いざ旭岡東中学に来てみたら人が居て……。なんか物騒な雰囲気で……。しかもあそこに居る女は例のエルなんたらなんたらって奴かもしれない訳で……。

 やっぱり誘導されてる。絶対にそうだ!

 と思った途端、金髪の少女が黒髪の少女を思い切り突き飛ばした。少女が柵にぶち当たり、金髪が容赦なくまた突き飛ばす。

「あ!」

 多分、三人同時に叫んだと思う。黒髪の少女があっさりと校庭に向かって落ちていく。立て続けに金髪がもうひとりの少女を突き飛ばすと、その少女は無抵抗にあっさり落下した。

「見ちゃダメ!」

 アヤ先輩が私達の前に立つ。

 その時、少女が地面に落ちた音は多分、聞こえなかった。あるいは聞こえていたけど、パニックで聞こえていなかったのか。

 私はよろよろと後ろに下がった。ユリが「あ……」と情けない声を漏らす。アヤ先輩の頭越しに屋上を見上げる。

 金髪少女は、長い髪の毛を風でなびかせながら私達を見下ろしていた。

 もちろん、顔なんて良く見えない。それでも目が合った……ような気がした。その刹那。

 少女が叫んだ。

「かーがーりーびーおーとーめーはーだーれーでーすーかー!!!」

「かがりび……」

 篝火乙女は誰ですか。

 頭に電撃が走ったような気がした。

 篝火乙女事件。

 この事件に巻き込まれたのは何度目だ?

 私達が篝火乙女事件に巻き込まれる理由はなに?

 いや……。

 巻き込まれる必要性を、誰か教えてくれ。

「篝火乙女は誰ですかー!?」

 キンキン声で叫ぶ少女を朦朧としながら見上げ、ふと違和感を覚えた。

 さっきから、なんであいつは右手を掲げてるんだ?

 目を細めてよーく見てみると、少女は右手に何か持っているみたいだった。さすがに遠すぎて良く分からないけど、手に持っているのはスマホじゃないだろうか?

「……っ!」

 篝火乙女。殺害現場。動画サイト。

 旭岡東で人が死ぬよ。

 死んだ。本当に死んだ。

 あいつが、殺した。

 ヤバイ。

ヤバイやばいやばい!

 絶対ヤバイ!

「に、逃げよう!」

「捕まえよう!」

「え?」

 アヤ先輩が猛烈な勢いで走り出した。でもすぐに振り返って躊躇する。

「アヤ先輩……?」

「……そこで待ってて!」

 と言って結局また走り出す。なに考えてんだこの人は。

「ちょ、ちょっとアヤ先輩!?」

 私は慌ててアヤ先輩の背中にしがみついた。

「落ち着いてよ! 捕まえるとか正気!?」

「一人で行くから大丈夫! そこで待ってて!」

 何がどう大丈夫なんだ。

「い、いやいや! そうじゃなくて……」

「あ、危ないってば! あんな奴追いかけて……」

「顔を見たいの」

「え?」

「あいつ絶対にエルなんたらリックだよ。ハル・ケラアンで助けてくれた奴。今ここであいつを捕まえて、知ってること全部吐かせるんだ! 旭岡東で人が死ぬってコメントしたのもどうせあいつだろうし!」

 アヤ先輩は興奮マックス状態でまくしたてると、私を振りほどいて一目散に学校に向かって走り出した。ユリが手を伸ばして捕まえようとしたけど空振りしてしまう。

「あーもう! 絶対ヤバイってあいつ」

 ユリが情けなさと怒りのこもった声をあげながらアヤ先輩の後を追う。荒ぶる先輩を一人で行かせる訳にはいかないと判断したらしい。

 こうなったら私一人だけ残る訳にはいかない。私はなんか色々諦めて走り出した。


EP24 ここにもバグの影響が

・明日風真希


 アヤ先輩は勢い良く門に手をつき、がしゃがしゃとよじ登り、長い足をふわっと真横に投げ出してビビるほど華麗に向こう側に着地した。

ユリもまるで犬か猫のような身軽さで門を飛び越えた。私も二人と同じように両手を門のてっぺんに置いてよじ登ろうとしたけど……。

 ガシャン!

 ガシャン!

 足が上がらない。

「ちょっと待って! ごめん上がれない!」

「あーもう! どんくさいな!」

 門を登ろうとモゾモゾしてる私にユリが手を差し伸ばしてくれる。

「ありがとう!」

「どういたしまして! 早くしてよもう!」

 なんとか門の向こう側に着地して走り出す。アヤ先輩が玄関ドアの前でイライラしげに叫んだ。

「カギかかってる!」

「えぇ!」

 ガラス張りのドアは横開きで、アヤ先輩は懸命にドアをガチャガチャ横に引っ張っている。なぜ人間は開かないと分かってるドアや箱を開けようとしてしまうのだろうか。

「ね、ねぇ。このまま待ってればあの女ここに来るんじゃない?」

「はぁ!? 人を殺して? のこのこ玄関から出てくるって? 窓とか裏口とか別の所から逃げるかもしれないじゃん。だから逃げられる前にこっちから行くの!」

「で、でもカギ……」

「力ずくで開けるんだよ!」

 私が静止する暇も無く、アヤ先輩はおもむろにドアを蹴り飛ばした。

 パリン! あっさりガラスのドアの中央に穴があいて、ガラスの破片が散乱した。

「ちょ、ちょっと! 怪我するよ!?」

「んな事言ってらんない! 逃がすかよちくしょう!」

 若干いつもと違う口調になってるアヤ先輩は尚もドアを蹴りまくって穴を拡大させているけど、正直このドアに開いた穴をくぐっていく気にはならない。ちょっとでも尖ったガラスが体に刺さったら大変だ。

「アスカ! ユリ! 裏の方見てて!」

 さっきは一人で追いかけるとか言ってたクセに。私は周囲を見回して人の姿が見えない事を確認すると、ユリと並んで校舎の裏に向かって走った。もしこの有様を誰かに見られていたら大変だ。

 校舎の裏側にまわると、視界の隅っこに何かが映り込んだ。ユリが大きな声で叫ぶ。

「いた! 逃げるぞ!」

 ユリが指さした方向には、確かにボロボロの制服姿の金髪少女の姿があった。塀を乗り越えようともがいている。

「くそっ!」

 ユリが金髪めがけて走り出す。私も追いかけようとしたけど、アヤ先輩を置いていく訳にもいかない。

「アヤ先輩! 金髪いたよ!」

 はちきれんばかりの声で叫ぶと、すぐに校舎の表玄関の方から鬼気迫る美人が走ってきた。長い髪の毛は顔にまとわりつき、後ろ髪はぶんぶん振り乱れている。塀をよじ登れず苦戦している金髪はアヤ先輩を見てギョッとしたような表情になり、突然動きが機敏になってあっさり塀を乗り越え街の方へ走っていってしまった。アヤ先輩にビビったせいで火事場の馬鹿力を発揮してしまったのかもしれない。

「嘘でしょ!? あの姿で逃げる気!?」

 驚きつつも金髪を追従しようと走り出し、私の横を通り過ぎていく。

「待ちなさーい! 逃げんなこのクソ金髪おんなぁ!」

 金切り声をあげてアヤ先輩が飛んでいく。既に走り出していたユリは塀を越え、アヤ先輩も続いて塀を越えた。

「あーもう!」

 焦りに駆られながら私も走り出す。だけどこの時既に私は後悔していた。失敗したという直感があった。

 金髪がまだ塀を乗り越えられずもがいている時に、足の速い私が一目散に追いかけていれば、あいつを捕まえられた可能性は十分に高かったはずだ。

 シナリオやHTMLやプログラムというのは、たった一箇所ミスをするだけで全体が大幅に変わってしまう事がある。彼は死んだ、と書くはずの文章を「彼女」は死んだと書くだけで、意味は大きく変わってしまう。

 それは人生でも同じ事。些細なミス、些細な選択肢が世界を大きく変える。

 やらかしたかもしれない。必要以上に、根拠も無く後悔の念が押し寄せる。

 それでも、時は止まらない。私はそれこそ火事場の馬鹿力を発揮して塀を乗り越え、全速力で金髪を追いかけた。


・大和谷駆


 アスカとアヤがユリの様子を見ている間、俺は自分の部屋にこもってパソコンで情報収集をしていた。そして一息ついてユリの部屋を覗いたら無人で、リビングにも誰もいなかった。

 おかしいなと思い玄関を確認したらアスカ、ユリ、アヤの靴は無くなっていて、どこかに出かけたのだと気がついた。

 みんなどこに行ったんだろうか。ラインを送っても返事は無し。既読すら付いていない。

 一人でソファに座り、静かにコーヒーを飲む。

 みんな俺の事が嫌いになって、ケウトゥムハイタを出ていってしまったのだろうか。そうだとしたら凄く悲しい。

 それにしても。こんな状況であまりふらふら出かけないでほしいのだが。ていうか結局花火大会には行くのか?

「……」

 アヤのスマホに電話をかける。応答無し。

 ひとりぼっちのケウトゥムハイタは静かすぎて、寂しくて、心細い。

 どこかに遊びに行ったのだとしたら、俺も連れて行って欲しかった。


・明日風真希


 あっさり見失った。金髪は大通の街の中に消えてしまって、三人で辺りを探したけど全く見つからない。どこかの建物にでも入ったのかもしれない。

「あーもう! 目の前で逃がすなんて……」

「ファクトリー辺りで見失っちゃったね。建物に入ったのかも」

「ほんとにね! ていうかあれ間違いなくエルなんとかなんたらだったよ。絶対にね」

「とにかく落ち着こう。騒いでもしょうがないし」

 ユリがなだめるように言った。アヤ先輩は一瞬キツイ瞳でユリを睨んだけど、特に何も言わずにため息をついた。多分「騒いでもしょうがない」というユリの物言いが気に障ったんだろう。

「でもほんと惜しかったよね」

「うん」

 私とアヤ先輩はアイツを全速力で追いかけて、一旦は捕まえられそうだった。事実私はぐんぐん距離を縮めて、あの金髪のクソ長い髪の毛をあともう少しで掴めそうな所までは追いつけたんだ。

 でも寸前の所で振り切られ、通行人をどけようとしてオロオロしている内に見失った。運動神経抜群のアヤ先輩も、人を避けるのに悪戦苦闘してけっきょく金髪を捕獲する事は出来なかった。

当たり前と言えば当たり前だ。街中で常にトップスピードで走るのは難しい。しかし金髪はそうではなかった。あの金髪は決して足が速い訳じゃなかったけど、まるで通行人の動きを予測しているかのように滑らかに人を避けて走っていた。

 混雑している街の中で、あんなにスムーズに人を避けながら走れるなんてありえない。あの金髪マジで何者なの? 単純な脚力勝負なら私の圧勝だったのに! 通行人さえ居なければ捕まえられたのに! イライラする。ムカつく!

「ていうかマジ疲れた……。なんか最近走ってばっかり」

 ユリがため息をついてうなだれた。それを見て、アヤ先輩と同じように叫びたくなるのをグッと堪える。笹岡に襲われた時も今だって、ユリは確かに走ってはいたけど戦力にはなっていなかった。疲れたなんて言ってほしくない。

 まぁ疲れたのは事実だけどね。本当に最近走ってばっかりだし。

 私達はさっぽろテレビ塔の真下にあるベンチに座り、ペットボトルの水を一気に飲み干した。まだ余力がある私とアヤ先輩とは違い、ユリは完全にバテている。

 辺りを見回すと、大通公園はいつも通り大勢の人間で溢れていた。外国人観光客、時速0.000001キロで歩く散歩中のジジババ、噴水前のベンチに寝転がって居眠りしている暇人、忙しなくスタスタと歩いていく営業マンっぽい人、はしゃぎ回るちびっ子。平和でいつもと変わらない日常が目の前にあり、なんだか腹ただしい。きっとあのベンチで寝てる奴なんか、ロサンゼルスにエイリアンが襲来しても微動だにしないんだろう。

「はぁ……」

 うつむいて頭を抱える。こんな白昼堂々、殺人者と追いかけっこする羽目になるなんて言語化できないレベルで最悪だ。いよいよ平成最後の夏は狂ってきている。しかし狂ってるのは私たちの世界だけであり、四方八方そこら中が平和で溢れている。もうヤダ。景色を直視したくない。

 噴水広場の周囲で楽しそうに景色を眺めている外国人は笑顔なのに、なんで私は笑顔じゃないの。あちこちに置いてある花壇は何のために置いてあるの。花壇で公園を彩れば自殺志願者が減るのか? 花はIQ指数の低い人間の脳内でこそ美しく咲くものであって、街中で咲く花なんて美しくないしなんの価値もない。そこら中でウロウロしてるハトさんはちょっとお気楽すぎないか?

「もうヤダ。なにもかも」

 私は空っぽのペットボトルでベンチを叩いた。理不尽な事ばかりで、ランダムに増えたり減ったりする無数の世界に辟易する。

「同感。うんざりしすぎて死にそう」

「あークソクソ! あの金髪マジでどこ行ったんだろ……」

 脱力している私とユリとは違い、アヤ先輩は一人元気に悔しがっている。だらしなく大股状態でベンチに座りながらペットボトルをぶんぶん振り回す有様で、相も変わらず残念美人ぶりを発揮している。

あれ、そういえばヤマトは今どこに居るんだろう。完全に連れてくるの忘れてたんだけど、男のヤマトがいればあの金髪を捕まえられたんじゃないかな? ヤマトって確かあぁ見えて足は速かったし。

「あの、アヤ先輩」

「なに!?」

「……なんでもない」

 ヤマトのことを聞こうと思ったけど、ブチギレ先輩に睨まれて口を噤んでしまった。今はまともに質問を出来る状態ではない。

 しょうがなく、ヤマトに連絡をしてみようとスマホを取り出そうとした時、ふいに淀んだ目のおっさんが通りかかった。その視線は明らかにアヤ先輩のスカートの中に向けられていた。こんなに堂々とスカートの中を覗く奴は珍しい。失うものが何もないスター状態の人種なのだろうか。

「……何か?」

 アヤ先輩がギロリと睨む。おっさんが睨み返す。アヤ先輩が微笑む。

「み・る・な! 殺すぞ変態」

 おっさん、ギョっとした顔になる。立ち去る。アヤ先輩、ペットボトルをおっさんの背中に投げつける。抜群のコントロールで放たれたペットボトルが背中に命中する。おっさんは振り返りもせず足早に立ち去っていく。

「ほんとクソキモい。なんで日本人ってロリコンばっかりなの?」

 怒れる先輩がキーキー喚くと、ユリが嘲笑しながらまくし立てた。

「根本的に、日本人はいじめっ子体質だからロリコンなんだよ。自分より弱い立場の奴には強気で、自分より強い立場の奴にはぺこぺこする。クラスで自分より弱そうな奴には威張り散らすしいじめるし、コンビニの店員が客に逆らえないの分かってるから偉そうに訳分かんないクレームつけまくる。それと同じだよ。同い年とか年上の女は怖いし対等の立場として渡り合える自信が無いけど、明らかに年下の女相手なら強く出られる。つまりいじめっ子体質の日本人は常に自分より弱い人間を求めてるって訳」

「ほんとその通り。日本人はいっつも自分より弱い奴とか不幸な奴を探してんの。なーんで自分を強くして誰とでも対等に渡り合える人間になろうとか、誰よりも幸せな人間になろうっていう発想を持てないんだろうね。やっぱ日本人は劣等民族だよ。こんな気持ち悪い国さっさと滅びちゃえば良いんだ」

 アヤ先輩は相当荒れくれているご様子だ。あまり刺激しないようにしよう。

「私のお父さんもさ、あのおっさんみたいな目をしながら女の子を買ったのかな」

 私とユリは黙り込んだ。そんなこと言われても、何を言えば良いのか分からない。

「もしかしたら私のお父さんって、私のこともあんな目で見てたのかもしれない」

「いやそれは……」

 って言いかけたけど否定できない。アヤ先輩を模した3Dモデル作るくらいだし。

 会話が途切れ、さっき取り出しかけたスマホを手に取った。案の定ヤマトからラインと電話が何件か来ていた。とりあえずラインで「いま大通にいるよ」と返事を送り、にゃんにゃんニャンダフルのにゃん太郎のスタンプもついでに送信しておいた。

 連絡は可奈子さんからも来ていた。大量のラインと電話の着信。さてどうしたもんかと悩み始めた所で、手に持っていたペットボトルをうっかり落としてしまった。ボトルがころころ転がっていく。

「くそっ」

 悪態をついて立ち上がろうとすると、たまたま通りがかった女の人がペットボトルを拾ってくれた。

「落としたよ」

「あ、ありがとうございます」

 差し出されたペットボトルを受け取り、ぺこりと頭を下げる。

 女の人はニコッと笑って立ち去っていった。世の中良い人もいるもんだ……ん?

 ふと、ベンチのそばに何かが落ちているのに気がついた。それは指でつまめるほどに小さい瓶で、中には紙切れが入っているみたいだった。

 慌ててスマホをポケットにしまい、小瓶を手に取る。そして、気がついてしまう。

 この小瓶は間違いなく……。

「何そ……え?」

 アヤ先輩が、私の手の中にある小瓶を見て絶句している。ユリはキョトンとした顔をしていたけど、すぐに気がついたのか「えっ」と声を漏らした。

「その小瓶って……可奈子さんが持ってたやつと同じじゃない?」

「うん。私も見覚えある。それよりも……」

 私はフタを開けて紙切れを取り出した。富士ポップかよと突っ込みたくなるほどに丸っこい手書きの文字が書き込まれている。

『イポカシ・ウエカルパに来て下さい』

「は……?」

「イポカシって……」

 この紙切れは、私達に向けて書かれたものなのか? そんな偶然はありえないけど、今この状況なら普通にありえる。

 これも誘導の一つか? この文章を書いたのはあの金髪か? だとしたら、なんでここに落ちてたの? 私達がここに来るのを分かってたの?

「……」

 篝火乙女。

 未来予測。

 未来を見たのか?

 過去を見たのか?

 それとも、情報を基に予測したのか?

 何も分からないけど、ただ……。

 やっぱり、答えだけが見えている。


LOG:二千十八年八月七日


可奈子:エル?

可奈子:おい、エル。返事しろ。

可奈子:まさかお前……。

可奈子:永遠に、この世界で生きるつもりじゃねぇだろうな?

エル:それは無い。


EP25 ユリが居る限り

・百合ヶ原百合


 明らかに誘導されている。私の配信動画のコメント。そしてあの紙切れのメッセージ。

 ここまで来て、その誘導に乗らないなんて手は考えられなかった。

 もちろん、誘導に乗ったら新たな不幸が舞い降りる可能性は高いけど、そうと分かっていても自ら泥沼に足を踏み入れてしまう。私たちは愚か者なのだろうか。それとも。

「いらっしゃい」

 イポカシ・ウエカルパが入っている雑居ビルに行くと、ビルの前には真木柱莉乃が立っていた。

「ちゃんと来てくれたわね」

「莉乃さん……」

 アヤ先輩とアスカは険しい顔で莉乃さんを凝視している。二人とも作家としての真木柱莉乃は知っているけど、顔は知らないはず。莉乃さんは顔を一切公開していないから。

「知り合い?」

「うん。イポカシは良く来るから。ていうかこの人、真木柱莉乃だよ」

「……は?」

「アヤ先輩が大ファンの真木柱莉乃」

「嘘でしょ」

「本当よ」

 アヤ先輩はギロリと莉乃さんを睨みつけた。それに応じてか、莉乃さんもガンを飛ばし返す。

「莉乃さん。別に応戦しなくて良いですよ」

「あらそう? ていうか貴方私のファンなの?」

「いや確かに真木柱莉乃のファンですが。貴方が本当に……?」

「真実よ。さぁ私の胸に飛び込んで来なさい。私ファンを抱くのが夢だったの。さぁ、ほら、早く! ウェルカム!」

「……」

「莉乃さん。ここで待ってたって事は……」

「なんのこと? 私はここでカカシごっこをしてただけよ。でもほら、私ってこの美貌でしょ? 外敵が逃げるどころか近付いて来ちゃって困るのよねぇ」

「莉乃さん?」

「ノリ悪いわねぇ……。まぁ本当の所を言うと、ここで皆をお出迎えしようと思ってた訳。エルが招待したみたいだからね」

「やっぱりあの金髪と繋がってたんだ?」

 アヤ先輩は尚もじぃ……っと莉乃さんを睨みつけている。相当警戒しているみたいだ。

「あぁ……その視線良いわ……ゾクゾクするわ……もっと睨んでちょうだい……もう少しで新しい扉を開けそう……」

「莉乃さん」

「なによ」

「もういちいち何も聞きません。貴方が何者なのかも今は置いておきます。とにかく金髪の所に案内してください」

「はいはい。じゃあついてきなさい。でも一応言っておくけど、中に入っていきなりエルに襲いかかるとかやめてよ。昨日掃除したばっかりだから」

「掃除?」

 アスカが首を傾げた。

「なんの話?」

「いやだから。この人がイポカシ・ウエカルパの店長なんだよ」

「はぁ?」

 アスカとアヤ先輩はまじまじと真木柱莉乃を見つめた。明らかに信用していない。多分、莉乃さんの事はイポカシの常連だとでも思ってたんだろう。

「嘘だ~。だってこの人めっちゃ若いじゃん。こんな若い人がお店の店長って……」

「私が年寄りだったら、店長だとあっさり信じてくれたのかしら?」

 莉乃さんはにべもなくそう言ってつかつかとビルの中に入っていく。振り返った瞬間に甘い大人の匂いが漂った。

「ほらアンタたちも早く入る。ぐだぐだしてると背骨引っこ抜くわよ」

 促され、私たちは言われた通り莉乃さんの後に続いていく。ビルの地下の一番奥にイポカシ・ウエカルパのドアがある。でもドアには「閉店中」の札がかかっていた。

 莉乃さんがドアノブに手をかけ、ドアを開ける。さて、その向こうには一体何が……?

「……は?」

「え」

 店の中が視界に飛び込んできた瞬間、ありえない光景に愕然とする。

 いつも騒がしい店内にはたった二人の客しかいなかった。その二人の内一人があの金髪で、もう一人はあろうことかヤマトだった。

 お目当ての金髪女はソファに座って楽しそうにカクテルを飲んでいる。さっきはおろした状態の髪型だったけど、今はツインテール状態。なおかつ破れてボロボロだった制服姿ではなく私服だった。

 アヤ先輩が口をあんぐり開けている所を見ると、やっぱりエルなんたらって奴で間違いないんだろう。

 もちろん金髪がここに居るだけでも信じられない光景なんだけど、ここにヤマトが居る事も摩訶不思議で、思考が追いつかなかった。アスカは目を点にして棒立ちになってるけど、私も同じような顔になっていると思う。

「ねぇヤマトくぅーん。エルるん力弱くてぇ~フォーク持てないのぉ~。だからおねがぁいケーキ食べさせて~。あ~~ん」

「実は俺、フォークを持てないような非力でか弱い女の子がタイプなんだ。ほら行くぞエルるん。美味しいモンブランだぞ~。あ~~ん」

「あ~~ん。……ん……もぐもぐ……もきゅもきゅ……だはっ。おーいし~い! ねぇもう一口もう一口。あ~~ん」

「俺はお前にケーキを食べさせるために産まれてきたんだ。あ~~ん」

「あ~~ん。あーおいしい~。エルるん幸せ~エンドレス幸せ~。フォーエバーユートピア~。ねぇもう一口お願い! モンブランアンコールウェルカムトゥ私!」

「あいよ! いくらでも! あ~~ん」

 私の口が色んな意味であ~~んしそうになった。

 恐る恐るアヤ先輩の顔を見ると……。

 本当に、お口があ~~んって感じになってた。

「だはー! ヤマト君がくれたモンブランお・い・し・い~」

「可愛い女の子の笑顔を見られて、俺は嬉しい」

「だはー! ヤマト君と出会えてエルるん嬉しい~」

「俺もうれしい~」

「しかもー今日って北海道は七夕じゃん? なんかエルるん運命感じちゃうかもー。かもかもー」

「七夕の出会い。良い響きだ」

「どぅどぅっは~。結婚式いつにする?」

「今すぐにでも」

「だはー嬉しい~幸せ~エルるんハッピ~」

「俺もハッピー! エルるんとの出会いにかんぱーい!」

「かんぱーい!」

 私は両手で顔を覆いそうになった。情けない。私がヤマトの母親だったら、体中串刺しにしてバックドロップしてさっぽろテレビ塔から突き落としてると思う。ごめんなさい。神様ごめんなさい。こんなバカな男を野放しにしてすみませんでした。私の責任は重いです。このバカは私が責任持って地獄へ突き落とします。

「ねぇさっきの話の続きしてほしいなぁ。篝火乙女事件の調査をするために色々な場所を探ってるんだよね~?」

「そうだよ」

「なんか面白そーう! エルるん興味あるある~」

「面白がってる場合じゃないけどな。とりあえず今は篝火乙女事件に関係ありそうな場所をしらみつぶしに調べてる所なんだが、イポカシに来たのもそれが理由さ。ここはアムリタ・ハントの連中も結構たむろしてたらしいし」

「アムリタのたまり場だったんだ? じゃあイポカシに来たのは合理的だね。あ、エルるんが火つけてあげる~」

 ヤマトが取り出したセブンスターに、金髪がライターで火をつける。私よりも幼い顔でその仕草は不似合いだったけど、なんとなく慣れた手つきにも見えた。

 ヤマトはうまそうにタバコを吸う。金髪は媚びた顔で媚びた声を出す。

「ねぇねぇ。ヤマト君は高校生だよね? どこの学校?」

「旭岡。エルるんは?」

「あっ。旭岡なんだ? 私は旭岡東中学なんだよー! じゃあ住んでる場所も近いのかな?」

 旭岡、東?

 おいおい。さっきお前旭岡の制服着てたじゃないか。

「実家は厚別だ。でも住んでる場所は中央区。確かに近い」

「厚別なんだ? 新さっぽろとか?」

「大谷地」

「へぇそうなんだぁ。中央区の家は下宿か何かなのぉ~?」

「友達の家。居候だよぉ~」

「えー何それエルるん気になる気になる~。ねぇねぇせっかく会ったんだしさぁ、今度遊びに行ってもいい?」

「さすがに中学生の女を家に呼ぶのはなぁ」

「えー良いじゃん良いじゃん。実家ならともかく友達の家なら別に大丈夫でしょ。ていうかこんな可愛い女の子を家に呼ばない気なの? 私を呼べばセックス出来るかもしれないんだよー? 私とセックスする機会をみすみす見逃すなんてあ・り・え……なくないですかぁ~?」

「それは確かに一理ある」

「無いわよ!」

 アヤ先輩がキレた。ずんずんヤマトと金髪の元に向かっていく。そして右手を振り上げ、ヤマトの頬をバチィン! と強烈にビンタした。

「なにがエルるんよ頭イカれてんの? ねぇそんなイカれた頭必要無いよね? 今すぐアンタの頭を電子レンジに突っ込んで溶かしてあげようか? わざわざシール買ってきて粗大ゴミに出すのも面倒だし」

「エルるん。助けて」

 アヤ先輩がもう一発ビンタをお見舞いした。アスカは私の後ろで、心底どうでも良さそうに指の爪を眺めている。

「あ、やっぱりアンタの脳みそでみじん切りの練習してもいい? ついでに刻んだ脳みそ豚のエサにでもしようかな」

「いや、待ってくれアヤ。俺は意味もなくここに来た訳じゃ……」

「えー何この人もしかして彼女ー? こわーい。エルるんこの人こわーい。凶暴な女ってだいきらーい」

「エルるんもそう思うか? やっぱいつどんな時でも暴力だけはダメだよな」

 アヤ先輩が思い切りヤマトの腹を蹴った。ヤマトは「ごふっ」と声にならない声を漏らしてソファに倒れ込む。コイツは本物のバカだ。

「おい」

 ヤマトを黙らせたアヤ先輩は冷たい眼差しで金髪を睨みつけた。今すぐ人を八百人くらい殺しそうなイっちゃってる目だったけど、金髪は全く動揺していない。

「お前」

「ほいさ?」

「ハル・ケラアンではありがとうございま・し・たっ。さっきは屋上で何してたの?」

 アヤ先輩が金髪のむなぐらをつかむ。それでも金髪は動じない。

「だははっ。お久しぶりです~」

「ねぇアンタさ、名前なんだっけ」

「ほよ?」

「エルしか思い出せない」

「エルグランド・フォーエバー・グランドクロス」

「アンタの肉という肉、今ここで引き千切ってあげようか」

「エルノア・エンゲルリック」

「そう。エンゲルリック。アンタさっき、屋上で何してたの?」

「うん? なんの事ですか?」

「一緒に鬼ごっこした仲じゃない。隠し事しないでよ」

「え~エルるんはぁ~何も分からない~ていうかこわーい睨まないで~ぶ~ぶ~」

「ぶ~ぶ~」

 さっきからずっと黙ってた真木柱莉乃がエルの真似をした。……本当に何なのコイツら? なんか一周回って恐怖すら感じるんだけど。

「喧嘩売ってんの?」

 アヤ先輩が拳を作って殴るフリをした所で、ヤマトがむくっと起き上がり、冷静な口調で言った。

「こんなに可愛い女の子に暴力はどうかと思うぞ」

「あ? なんか言った? ていうかヤマト君なんでここに居るのさ?」

「インターホンが鳴ったんだ」

「はぁ?」

「でも誰もいなかった」

 アヤ先輩がまたヤマトをビンタする。この二人はいつもどんなセックスをしてるんだろうってちょっと気になった。

「あのさ」

「誰も居なかったけど、ドアの前に紙切れが落ちてたんだ。開いてみると、そこにこう書いてあった。イポカシ・ウエカルパに来て下さいって」

「……」

 アヤ先輩は開いた口が塞がらないと言った様子で呆然としている。気持ちは分かる。

「怪しいと思ったけど、怪しい所で火は燃える。色々覚悟して来てみたら真木柱莉乃が待ち構えていたし、店の中にはエルノア・エンゲルリックが居た。俺の行動は決して間違っていない。なのに俺はお前にボコボコにされた。でも、もしもこれがお前なりの愛情的なプレイだったらすまん。俺はMじゃないからどんなにビンタされても気持ち良くはなれない」

 アヤ先輩はヤマトから金髪に視線を移し、また拳を握りしめた。

「何度も言うが、可愛い女の子に暴力を振るうのは良くないと思うぞ。街中で9条改正反対、自衛隊廃止と叫びながら火炎瓶を投げるようなデモ集団と同じレベルに成り下がるつもりか。意思は言葉でぶつけるもんであって、暴力でぶつけるものじゃない」

「……なんでコイツを庇うのさ。あんたロリコンなの?」

「違う。ただ俺は可愛いから可愛いと言っただけだ。何か問題あるのか」

「ヤマト君の脳みそに問題があるんじゃないの?」

「確かにそうだな。今の俺の理屈だと、ブスには暴力を振るっても良いという理屈になる。俺は間違ってた。殴っていいのは性格がブサイクな奴だけだ」

「アヤ先輩。ヤマトに構ってたら大晦日になるよ」

 アスカが割って入り、アヤ先輩は大きなため息をついた。

「とにかく。アンタは何者な訳? アンタもアムリタ・ハントの信者?」

 金髪少女はニヤリと笑った。小悪魔のような媚びた笑み。

「改めて自己紹介しようか。私の名前はエルノア・エンゲルリック。旭岡東中学三年生の十五歳。日本人とロシア人のハーフ。アムリタの信者かどうかは……どうでも良くない?」

「アンタ……」

「だはー! なんちてー!」

 と言って、金髪少女は両手で自分のツインテールをぶんぶん振り回し始めた。顔面に飛び蹴りしてやろうかと思った。ていうかコイツ年上かよ。すっごい童顔だから中学一年生くらいだと思ってた。背も小さいし。

「あ、ちなみにあだ名はエルっていうんだけど、皆は年近いし、親しみ込めてエルるんって呼んでね~」

 尋常ではない長さのツインテールを両手でぶんぶん振り回しながら、金髪はのん気なことを言う。バカにしてんのかコイツ。

 私と同じくそのふざけた態度にカチンときたのか、アスカが声を荒げた。

「ねぇ、アンタさっき学校の屋上で何してたか言ってみてよ」

「分かんなーい」

「言えよ」

 アスカがドスの効いた声で言いながら睨みつけると、金髪の顔から一瞬にして笑顔が消えた。いや消えただけじゃない。鉄仮面のような冷たい顔に変貌した。

「鈍い奴ら」

「は?」

「ここまでしてあげたのにさ、まだ思い出してくれないの?」

「なに?」

「私たち愉快なペンラムウェンの仲間じゃん。なんでなーんにも思い出さないの? いい加減うんざりしてきた。エルるん激おこ」

「あ? なに? ペンラムウェン?」

「皆がぜーんぶ思い出してくれなきゃ困るんだよね。それが稲穂の一番の願いだし、稲穂の個人的な願望はペンラムウェン九十八年の妄執が紡いだ理想に繋がるんだよ。しっかりしてよマジで! さすがのエルるんもぷんぷんモード突入だよ!」

「稲穂……?」

 頭が混乱してきた。こいつはマジで何を言ってんの?

「ここまでされてんのに思い出さないとか……望海って案外薄情なんだね」

「な……なに言ってんの? さっきから……」

「分かったしょうがない。無駄なおしゃべりはここまでにしようか」

 空間が凍りついたような気がした。

 金髪がテーブルに置いてあった小さな紙袋から何かを取り出す。

 それは小瓶だった。

 小瓶。イポカシ・ウエカルパ。

 心臓に穴が開くような気持ち。

 ワタシハアスカガダイスキ。

 分かってしまう。

 これから何が起きるのか。

 アスカとアヤ先輩は多分気づいてない。いや、アヤ先輩は気がついている。気がついていない、信じていないのはアスカだけか。

 金髪が小瓶をテーブルに置き、ハッキリと断言する。

「時は熟した。皆には全てを思い出してもらう。時間が無いから」

 キョトンとした顔のアスカ。

 何かを諦めたような顔のヤマトとアヤ先輩。私は二人と似たような顔をしているだろう。

「これはナノボットです。本物です。もう可奈子のナノボットを目の当たりにしてるんだから信じてくれるよね。とにかくこの世界には魔法じみた力を持つナノボットが実在するのです。そして」

 乾いた唇を舐める。やっぱり、事件のキーは……。

「篝火乙女事件の加害者は、ナノボットによって操られた殺人マシーンなんだ」

 予想的中。むしろ、もうそれしか無いだろって諦めていた。

「もちろんさすがにこの時代で殺人マシーンを作るのは無理だよ。でもナノボットの力があれば可能なの。それだけの力を持ったナノボットはこの時代には無いけど、いつかは完成する。ほら、答えはもう見えてるでしょ」

 分かってる。私は分かってる。

 私はアスカが好きだけど。

 そこに恋愛感情はない。

 ヤマトの顔を盗み見る。

 アヤ先輩にはヤマトしかいない。

 ヤマトの身近にはアヤ先輩がいた。

 アイカプクルで受けた絶望を共有出来るのは、アヤ先輩とヤマトの二人だけ。

 でも。そこに恋愛感情はない。

 だけど。真実は違う。

 私はアスカが大好きだし。

 アヤ先輩はヤマトとセックスをする。

 それが事実。

 であるならば。

 ここにあるナノボットは。

「おっと? もしかしてアスカ以外の三人は信じちゃってるんですか? いや良いんだよ。むしろ信じてくれないと困るから」

「……」

 ごめん。アスカ。

 でもさ、アスカ。

 まだその方が、良かったでしょ?

「アスカ。ごめん」

「え? な、なにが?」

「私ね、ナノボット使ってたの」

「……え」

「自分の心を作ってたの。ねぇアスカ。アンタなら分かるでしょ。私がどういう目的でナノボットを使ってたのか」

「……分からない。なに言ってんのユリ? 全然分かんないよ。ねぇユリどうしちゃったの? ねぇってば!」

「俺も」

 ヤマトが大きな声を出して、アスカの声をさえぎる。

「俺もナノボットを使ってた。自分にじゃない。アヤ。お前にだよ」

「……」

「俺がお前にどういうナノボットを投与してたのか、概ね想像できてるんだろう?」

「……まぁ、大体は」

「ま……待って待って。みんなマジで何言ってんの? ねぇってば」

 ごめん。ごめん。本当にごめん。

 確証が持てなかったんだ。ずっとずっと。

 でも。

 目の前にいるこの女は、全部知ってるんだろう。

 高く積み上げられた積み木がガラガラと崩れていく。

 恐怖で逃げ出したくなる。

 この世界の真実。

 知りたくない。どんな真実であれ、それは間違いなく笑顔になれる世界ではない。絶対にそうだ。

「……こほん。今から大事なお話をしますので、えーなんと言いますか。国会議員のように静かに冷静に人の話を聞いて頂けると助かります」

「ふ……ふざけてる場合じゃないから!」

「うるさいなぁ。ねぇ、アスカはいつも冷静な女の子だよね。感情的になるとヒステリックになって人の話も聞かずに中身の無い言葉を吐き続けるようなバカじゃないよね?」

「だ……だから……」

「アスカ。話を聞いて」

「……」

「よろしい。では……こほん。こほんこほん」

 怖い。

 ただただ、怖い。

 すべてが否定される。

 いや何言ってんだ。

 私たちはずっとあの世界に、未来に、憧れてたじゃないか。

「笹岡はいま警察に居る。そして私はさっき屋上で二人の女の子を殺した。実は他にも何人か殺してる」

 頭がズキズキ痛む。これまでは何も分からなかった。でも今は分かる。理解できる。もちろんまだ分からない事もある。

 でも。

 分からない事があるという事実が当然だと、私は分かってしまっている。

「で! 警察に身柄を拘束されてる笹岡は別として、実はこれでアムリタ・ハントの生き残りはもういないんだ。さっきの二人で最後だったから。でも間接的な生き残りはまだ四人残ってる。綾瀬望海、明日風真希、百合ヶ原百合、大和谷駆。そう君たち四人だ!」

「な……」

「もちろん皆はアムリタの信者じゃないけど、それは問題じゃない。篝火乙女事件はアムリタ・ハントの信者だけが事件の当事者になる訳じゃないから」

 金髪はみんなの顔を見回し、偉そうに頷いて話を続ける。

「結論を言うけど、篝火乙女事件の首謀者は稲穂南海香で間違いないよ。稲穂はアムリタ・ハントの信者を操って事件を引き起こしたの。でもアムリタの存在についてはもう頭から外して良い。アムリタそのものは事件に大きく関係してるとは言えないから。もっと大切な事は他にある」

 アスカが息を呑むのが分かった。稲穂南海香、宿敵の相手。

「稲穂南海香の目的は綾瀬望海を追い込むこと。肉体的にではない。精神的にね」

 金髪はそこでタバコに火をつけて煙を吐き出した。私たちの顔を舐め回し、小さく笑う。

「綾瀬望海が精神的に極限まで追い込まれた時、稲穂南海香の願いが叶う。稲穂南海香は幸せな形で綾瀬望海と再会できる」

「南海香が……私を……」

 アヤ先輩が呪文のように呟き、ソファにがくんと座り込む。私はちょっと失望していた。いつも頼りがいのあるアヤ先輩が誰よりもうろたえている。

 ただそれだけではなく、アヤ先輩はさっきからしきりに右手で頭をおさえている。明らかに混乱して目が泳いで、室内はエアコンのおかげで涼しいのに汗をかいている。

「望海だいじょーぶ? 顔真っ青だよ」

「……気安く呼ばないで」

 アヤ先輩がそう突き放した瞬間、金髪はちょっとだけ寂しそうな顔をしたけど、すぐに気を取り直して話を続けた。

「……さっきも言った通り、稲穂の願いはペンラムウェンの理想に繋がる。でも稲穂の願いがペンラムウェンの最終目的に繋がる訳じゃないんだ。私たちは稲穂の願いを利用してるだけだから」

「願い?」

「望海を追い込んだところで、あっちの世界には帰れない。望海はスイッチにはなり得ないから。そもそも、稲穂はあっちに帰る気なんてサラサラないしね」

 金髪の言葉の意味は分からない。なのに、なぜか私の脳みそは納得している。私はどうして脳みそが納得しているのか理解していない。まるで脳みそと心、いや百合ヶ原百合という人間が分離しているみたいな不思議な感覚に陥る。

「でね、篝火乙女事件はお察しの通りアスカとユリが死ぬように仕組まれてたの。本当ならヤマト君もね。でもそこに望海は含まれない。望海が死んだら望海は絶望できないから」

「私以外のみんなが……?」

「イグザクトリー。だからこそ、私はハル・ケラアンで笹岡のナイフを取り替えたし、篝火乙女事件の加害者になるはずだった奴らを片っ端から殺したの。アスカとユリとヤマト君が死なないためにね。世界は多くの見えない努力で成り立ってるんだよ。誰もそんな事気にしないし誉めもしないし、最悪なぜかバカにされたりするけどさ」

「……え?」

 その行動理由だけ聞けば、このエルノア・エンゲルリックという女は味方のように思える。

 でも。コイツが篝火乙女事件についてここまで知っているっていう事は、確実に稲穂南海香と繋がっているはずで……。

 分からない。

 全く。全然。

「それとね、私はみんなにわざと非現実的な諸々を見せつけてたんだよ。思い当たる節はいっぱいあるでしょ? まぁケウトゥムハイタのパソコンにインストールされてた篝火乙女だけでも、十分にありえない事象のサンプルになるけどね」

 喉がカラカラに乾いている。心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。

「そして言うまでもなく、篝火乙女事件もこの世界で起こりえない非現実的な事件だよね。ゼロとは言い切れないけど、まぁほぼ九十九パーセント考えられない事件と言い切っても良いでしょ。もちろん、人を自由自在に操れるナノボットもね。でもそのありえない事象は確かに存在する。それはつまりどういう事だと思う?」

 誰も口を開かない。

 開いてしまったら、全てを否定する事になってしまうから。

「稲穂にとっての篝火乙女事件は、あくまでも望海を絶望させる事が最終目的だけど、ペンラムウェンにとって望海の絶望はぶっちゃけどうでも良くて、あくまでもみんなにありえない物事を見せつける事にあるの。その上でみんなが全てを思い出す道程が第一幕で、その後の展開が未知の第二幕になる。あ、まぁ私の可愛さも現実的にありえないと表現出来るけどね。だはー!」

 沈黙。誰も笑わない。エルはわざとらしく咳払いをした。

「ねぇ。もう分かるでしょ。篝火乙女事件は稲穂が引き起こしたもの。でも一人の女がこんなビッグな事件を起こせる訳がない。ナノボットだって存在するはずがない。未来にはあるけど二千十八年には無い。でもここにあるナノボットが本物だって事はヤマト君とユリが証明してくれてるし、皆は可奈子が持ってきたナノボットの効果をその目で見てる。ねぇ、ありえない物事が確かにあるんだよ。だけどこの世界にタイムマシンなんて無いんだ。ねぇ、だとしたらもう答えは……」

 バン! とテーブルを叩いてヤマトが立ち上がった。その瞳はギラついている。

「さっきから何を言っている? 全然分からねぇな。おいエル。そんなバカみたいなたわごとを信じると思うか? それにお前は表面的な事しか言っていない。なにも納得できない。もっと信憑性のある話をしやがれ! 訳分かんねぇことばっかり言ってるとてめぇの髪の毛全部むしりとって坊主にして毎日お経を唱える人生にしちまうぞ!」

 ヤマトは強烈にまくし立てると、エルの長いツインテールを両手で掴んで引っ張った。

「痛い! 痛い痛い! やめてやめて抜ける抜ける! マジそんな引っ張ったらスポンって抜けるって!」

「あぁクソ! もう何が何だか分からねぇ! おいエル! 本当の事を言え! あれ? なんで俺こんなにお前のこと馴れ馴れしくエルなんて呼んでるんだ? おいエル。あれ? なぁ、お前は本当にエルノア・エンゲルリックなのか?」

 ゾクリとした。コイツ途中からなに口走ってんの? 頭バグったのかって思った。

 ヤマトの両手から力が抜けていく。エルはその手を優しく振りほどき、乱れた髪の毛を整えた。ヤマトの手を振り払う時の表情はなんだか慈悲に溢れた女神のように見えなくもなかった。

「だーもう髪めっちゃ乱れたじゃん。これから仕上げをするから落ち着いてよねもうっ。暴力振るわれるとね、さすがの優しいエルちゃんもぷんすか怒っちゃうよ」

 エルはわざとらしく頬を膨らませた。かと思いきや、突然疲れ切ったような顔になる。なんだコイツ。顔芸でもしてんのか。

「あともう少しなんだ。……ヤマト君」

「……なんだ?」

「私の本当の名前を教えてあげる」

「なに……?」

 エルは小さく深呼吸をした。

 本当の名前?

 なんでアンタは名前を隠してるの?

 いや、そもそも。

 本当の名前を教えられた所で別に何も……。

「エルヴィラ・ローゼンフェルド。これが私の本当の名前だよ」

「は? な、なに言ってんだお前? エルヴィラって……」

 その瞬間、ヤマトが険しい顔で頭をおさえた。

「や、ヤマト君!? 大丈夫?」

「エルヴィラ……エルヴィラ? エルヴィラ……。エル……洞窟……」

「や、やややヤマト君? マジで大丈夫? ねぇどうしたの? ねぇってば」

「だはっ。もう少し。もう少しだね。……出てきて良いよ!」

 と言って、エルがすまし顔で指をパチン……と鳴らしたつもりらしいけど、しゅっ! みたいな小さい音が発せられただけだった。

「……なに?」

 刹那。

 ガチャリ。音がする。

 VIPルームのドアがゆっくりと開く。

 人影が現れる。

 唾を飲み込む。

 そこに立っていたのは。

「こんばんわ。稲穂南海香です。お邪魔してもいいかな? ていうかもうお邪魔してるんだけどね」

 存在してはいけない人間だった。あらゆる意味で。


EP26A 稲穂南海香

・明日風真希


 稲穂南海香。ツヤが悪く、うねりまくって縮れた強烈なくせ毛が目立つ黒髪ロングヘアー。細くて今にも陥没しそうな瞳。パーツの全てが歪で、深海魚のようにぐちゃぐちゃで潰れた醜い顔。ネトネトした奇妙な笑顔。

まるで二歳児が落書きで作り上げたようなアンバランスで気持ち悪い外見。それが稲穂南海香だ。

 憎しみの対象。ずっと憎しみ続けた相手。

 私を苦しめ、アヤ先輩とヤマトをアイカプクルから追い出し、売り上げを横取りして名誉も努力も何もかもパクった非の打ち所のない極悪人。産まれながらに性根が腐ってるどうしようもないクズ。世界に必要のない可燃物。生きていても意味が無いどころか、生きているだけで人に迷惑をかける公害。

 篝火乙女事件の第一被害者はそういう女だった。

 なんで。どうして。お前がここに居る?

 せっかくゴミが消えたのに。

 それなのに。

 どうして。

「嘘だ!!」

 私は叫んでいた。嘘だ。だってお前は……。

 死んだじゃないか。

「嘘……?」

 稲穂はにたぁっと唇を吊り上げ、歪んだ笑顔のまま口を開いた。

「何が嘘なの?」

「何がって……お、お前は……」

「死んだはずだって?」

 稲穂が静かに歩み寄ってくる。一歩。二歩。三歩。

 途端、何かが起きた。気がついたら私は稲穂に胸ぐらを掴まれていた。

 は? なに? おかしいでしょ。

 なんでお前私の胸ぐら掴んでんの? お前にそんな権利ある訳ねぇだろ。

「ねぇ。稲穂南海香は死んだはずだって思ってるんでしょ? 本当にここに居る私は稲穂南海香なのか? 別人じゃないのかって思ってるんでしょ?」

 ニタニタ笑う稲穂は気色悪かった。ねとつく笑み。歪む細い瞳。

 不気味だ。誰よりも気持ち悪い顔だ。

 稲穂は頭を後ろに下げて思い切り深呼吸をして、大声で言った。

「ざんっっっねんでしたーーーーー! 嘘じゃありませええええええええぇぇええんん! 私はアンタに母親を見殺しにされた稲穂南海香ちゃんでーす! そ・し・て! アンタは私にいじめられてた哀れな女の子でーす!」

 急激に、苛烈に、頭に血がのぼってきた。

 家の隣に住んでいた女。稲穂南海香。私の敵。悪魔。憎しみの対象。

「いっつもいっつも私に呼び出されて? 公園でリンチされたり? 殴られたり? あはっ。面白かったよね。楽しかったよね。私は楽しかったよ。アスカの顔面を殴る瞬間がどんな時よりも幸せだった。何が傑作ってさ、アンタが親にちくって親子でウチに抗議に来たのにさ、私の親が一切認めなかった事だよね。今でも覚えてる。南海香はいじめなんてする子じゃありません。ははっ! 私のお母さんの一言で全て解決。証拠なんか無いもんね!」

 呼吸が苦しくなる。

 屈辱が。

 絶望が。

 忘れたい過去が押し寄せてくる。

 私は中学一年生の冬ごろまで、稲穂南海香と同じピアノ教室に通っていた。そして授業が終わった後は必ず稲穂に近くの公園まで連れて行かれ、ひどい仕打ちを受けていた。殴られたり蹴られたり、お金を取られたり。

 どうしようもなくて最終的には大嫌いな母親を頼ったけど、問題は解決しなかった。

 終わらない悪夢。憎い母親しか頼る人がいなかった恥ずかしさと悔しさと情けなさ。プライドも何もかも捨てたのに問題が解決しなかった絶望感。

 私は理不尽に苦しんでいた。稲穂も稲穂の母親もいじめの存在を認めなかった。それは大罪だ。だけどその罪は法じゃ裁けない。法で裁くことの出来ない罪は罪にはならない。そして世界中の人間はニュースで報道された事件でしか怒る事が出来ない。それどころか、どんな凶悪な事件が発生しても怒れない人間が増えている。

 私はどうするべきだった? 言わずもがな、世界の片隅で膝を抱えていても何も変わらない。理不尽で間違いだらけの世界に対して、醜い稲穂に対して私は吠えるべきだったのか? それは無い。日本という国は、世界や人間の間違いを指摘し吠える人間を「中二病」の一言で片付け、聞く耳を持たずあざ笑う人間で溢れている。どんなに正しい言葉を吐いて世界や人間を是正しようとしても、地獄から抜け出そうと躍起になっても「中二病」のレッテルを貼り付けられた瞬間、もうどんなに言葉や行動を尽くしても笑いが起きるだけで何も変わらない。むしろ更に人生が黒ずむだけだ。中二病という言葉は、理不尽で間違った世界を永遠に続けるために作られた言葉に違いない。

 世界の片隅で膝を抱えている人間は、綺麗事満載の歌や映画に触れても心は晴れない。これが真理だ。しかし日本人的にこの真理はありふれた中二病発言に過ぎない。

 私はいじめで苦しんでいます。

 誰か助けてください。

 世界はおかしいです。

 稲穂を罰してください。

 そうかい。辛かったね。じゃあ苦しんでる君に元気になれる曲をプレゼントするよ。

 私は音楽なんか聞いても元気になれないし、私が音楽を聞いた所で稲穂はいじめをやめてくれません。綺麗事で溢れた歌詞ばっかり書くあなたは間違ってる! ねぇ、誰か私を助けてよ!

 あぁ、居るんだよねぇ君みたいな中二病患者。中二病って本当に綺麗事が嫌いだよねぇ。ていうか、いじめられてる君に原因は無いのかな?

 これが日本という国だ。私は諦めている。

 狂ってる。何もかもが狂ってるんだ。世界も、稲穂も、私の母親も、稲穂の母親も、学校も何もかも。

 私の母親は稲穂が通う旭岡高校に相談しに行った。でも学校はいじめの調査なんて全くしてくれなかった。学校内での出来事ならいざ知らず、対象がピアノ教室に通う中学生ってのがダメだったんだろう。

 稲穂と私の件はあくまでもピアノ教室の問題である。故に旭岡は一切関知しない。いじめが事実だとしても、謝罪や問題の解決はピアノ教室の運営者がやればいい。奴らはそんな風に考えていたはずだ。

 旭岡高校の教師陣はむしろ稲穂をかばい続けていた。自分の学校からいじめっ子という「事実」は出したくない。いじめが露見すれば学校の評判は落ちてしまう。だから必死こいていじめの存在を隠す。そういう努力はするクセに、いじめの解決はしてくれない。そして母親は結局、稲穂の母親にも旭岡高校にも屈してさじを投げた。

 稲穂と稲穂の母親は狂ってる。

 問題を解決出来なかった母親だって十分に狂ってる。頼んでもいないのに勝手に私を産んだんだから、私を守り私を傷つける奴らを裁き問題を解決するまで戦うのが当たり前じゃないか。それが出来ないなら子供なんて産むな。私が成人してりゃ話は全く違ってくるけど、私は自分で問題を解決する力も金もない中学生。たった一人で世界と戦う能力を持たない子供を守る事が出来ない親は親とは呼べない。

 稲穂をかばった学校の連中は精神障害者だ。いじめを無くす努力はしないけど、いじめを隠す努力はする。意味が分からないけど、旭岡の教師陣は間違いなく政治家に向いてるだろう。

 狂ってる。なんで世界はこんなに狂ってんの?

 どうして無実の罪で苦しんでる私は泣き寝入りする道しか無いの?

 絶望だった。

 挙句の果てには、対応した先生に「明日風さんが稲穂に何かひどい事をしたんじゃないですか」とか言われる始末。

 わお。びっくり。何もしてないのに私悪者になってるよ。

 なぜ。

 どうして。

 意味もなく人をいじめている稲穂は勝ち逃げして、苦痛を味わい続けた私がこんな目にあわなきゃいけないの?

 嫌いな母親に頼るなんていう屈辱を自ら選び。

 旭岡高校の教師にはなぜか被害妄想だと罵られ、冷たい目で見られ。

 そんなバカな事があってたまるか。

 私はアヤ先輩とヤマトの気持ちが良く分かる。

 何も悪い事をしていないのに絶望的な仕打ちを受け、攻撃した側が笑ってる。

 許せる訳がない。

 圧倒的な憎悪で私の心は満たされている。

 すべての元凶は、稲穂南海香だ。

「なぁアスカ。覚えてるか? 冬。そう冬だよ冬。お前は授業が終わったあとにコンビニの前でさ、大嫌いなお母さんにもらったお小遣いであったかいココアを飲んでたんだ。そして私がたまたま通りがかって、ココアを蹴り飛ばしたんだ。そしたらココアがお前の顔面にびしゃ! ってかかってさ。そしたらお前泣き出して。おかしくてさ。私どうしたっけ? そうそう。お前の顔面を蹴り飛ばしたんだ。ずっと泣きじゃくってた。面白かった。楽しかった。人を不幸にするのが楽しかった。理由なんてない。ただ楽しかったんだ。本当に」

 歯がガタガタ震えていた。足も震えている。どうした。おいどうしたアスカ。お前は強い。強い女の子だ。笹岡麻里奈だって撃退したじゃないか。あいつも稲穂と同じ高校二年生だった。何を怯えている?

「毎日毎日楽しかったね。殴って蹴って唾飛ばしてさ。でもやり方がちょっと甘かったかな? 顔にも体にも傷ついてないもんね。ってまぁ証拠にならないように注意してたんだけどね。つかもうマジで傑作。親に無理やり入れられたピアノ教室でいじめられるなんてね。しかもアンタさ、私の事が無くてもピアノやめたかったのにさ、親がなかなかやめさせてくれなかったんでしょ? お笑いだよね。イヤイヤやらされてるからお前全然上達しなくてさ、なんか親に根性が無いとか才能が無いとかボロクソ言われてたらしいじゃん」

「……わ……わた……しは……」

「んで? 結局最後は私にいじめられたのが原因でやめるっていうね。あれ? アスカがピアノ教室やめられたのって私のおかげじゃん。あははっ。感謝してよねマジで。まぁでもさ、大人のせいで苦しむ子供を見てるのマジでたまんなかった。あはっ。あははははっ! あれ? でも良く考えたらアンタの親がピアノ教室なんかに入れなきゃさぁ! アンタはそもそも私にいじめられる事にはならなかったよね! あははっ! あははははは!」

 心臓が脈打ちまくって、壊れそうだった。

 体中が煮えたぎる。

 なんで。

 なんでこんな目に。

 私は、なにも、悪いことしてないのに。

「なぁアスカ。楽しかっただろ。なのにさ、なんでお前……」

 ドン! 重く鈍い音がしたと思ったら、目の前で稲穂南海香が倒れていた。何が起きたのか一瞬マジで分からなかったけど、冷静な表情でガラス製の灰皿を持っているヤマトを見て状況を理解した。灰皿で稲穂の頭を殴りつけたのだ。

 唖然とする私たちを尻目に、ヤマトは表情一つ変えずに稲穂の顔を踏みつけて足でぐりぐりこねくりまわし始めた。

「最近ちょっと運動不足でな。サンドバッグで体を鍛えようと思ってたんだ」

 ヤマトがかかとで鼻を踏みつけた。でも稲穂は笑っていた。ヤマトに足でどれだけ顔をこねくり回されても、笑っていた。稲穂のくぐもった声がドロドロと部屋中に響き渡る。あははははは! という甲高い声が耳に痛い。

 ヤマトはそれが気に障ったのか、座り込んで稲穂の顔を殴打し始めた。両手の拳で稲穂の顔面をめちゃくちゃに殴る。稲穂の笑い声に苦痛が混じっていき、泣き笑いの断末魔が響き始める。

「足りねぇな」

 ヤマトはそう呟き、テーブルに置いてあるフォークを手に取った。

「なんか腹が減っててな。肉が食いたい気分なんだ」

 稲穂はここでやっと笑うのをやめた。顔が引きつっている。

「おい。そのクソ気持ち悪い顔で見つめるな。虫唾が走る」

 ヤマトは躊躇することなく、フォークを稲穂の首に突き刺した。

「あああああああああ!!!!!!」

 血が吹き出る。

 ヤマトは冷静だった。無表情だった。いつも通りだった。

 こうするのが当たり前。こうするべきなんだと、語っているような背中だった。

「アスカから大体の話は聞いてたよ。ケウトゥムハイタに来てしばらくした頃だったかな。毎日少しずつ、お前にされたことを話してくれた。それはアスカが俺の事を信頼してくれるようになったからだと思う。だったら俺はアスカの気持ちに応えなきゃいけない。アスカの信頼。アスカの勇気にな」

 フォークを鼻にぶっ刺す。稲穂の嗚咽が耳にぬるっと入り込む。

「なぁ稲穂。なんでお前がここに居るのか気になるけど、今はそんな事どうでもいいんだ。いいか? 俺は大多数の人間が嫌いだが、だからこそ一緒に笑い合える数少ない友達は貴重だし大事にしてるし尊敬もしてる。言いたいこと分かるよな?」

 ぺっ! と唾を吐きかけ、フォークを何度も何度も鼻の穴に刺しまくる。稲穂は白目をむいて体全体をジタバタさせて逃げようとするけど、馬乗りになっているヤマトは稲穂の体をがっつりホールドしている。

「おい逃げんなよ。なぁアスカ。ゲームショウよりも稲穂解体ショウの方が面白いだろ? 大丈夫。お前は大丈夫だ。俺がいつまでも、いくらでも、お前が笑えるもんを見せてやる。楽しい場所につれてってやる。お前は不幸なんかじゃねぇよ。不幸なのは稲穂だ」

 ヤマトが稲穂のスカートをめくる。そしてパンツをおろし、フォークを膣の中にぶっ刺した。稲穂の大事な所にどんどんフォークがめりこんでいき、稲穂は両足をバタつかせて叫び散らした。

「いたあああああああああい!!!」

「そうか痛いか。でもな稲穂。すべての人間に人権があるなんて思うなよ。人権が無い人間は人間じゃない。石ころ同然だ。石ころを傷つけたって罪にはならないんだよ。つーかお前処女だっけ? フォークが始めての相手か。悲しいな。でもお前みたいなブスの初体験はフォークがふさわしいよ。お前の顔見て勃起する奴なんかこの世に一人としていねぇ。勃起の対象にならない女に女としての価値なんかねぇんだよ」

 ヤマトは淡々と呟きながら、フォークをどんどん膣の奥にめりこませていく。

 稲穂はよだれを垂らして痙攣している。まさにぶっ壊れた人形だ。

 哀れ。哀れ哀れ。

 ゾクッとする。

 快感が心を満たしていく。

 思い出す。笹岡麻里奈の頭を蹴飛ばした瞬間を。

 憎い人間が苦しんでいる姿を見てると、どうしてこんなにも心が清らかになるんだろう?

 どうして? いや。

 当たり前だよね。

 だって今、目の前で世界が正常化されてるんだからさ。

「やめてええええ! やめてよおおおおお!」

「何言ってんだお前。アスカだってお前にやめてと言ったはずだ。でもお前はやめなかったんだろ? 俺はお前と同じ事をやってるだけなんだよ。自分は他人を傷つけるけど自分のことは傷つけないでねってか? そんな理屈が通る訳ねぇだろ。お前に俺の行為を否定する権利は無いよ。もちろん今更お前が過去に犯した罪を取り消して俺の暴力をやめさせることも出来ない。人生は取り返しつかないもんさ。もうお前に光は当たらない。お前は死ぬまで苦しむんだ。俺がお前を許さねぇからな。俺は永遠にお前の真似を続けるぜ」

 ヤマトは静かに、強烈な右ストレートを稲穂の顔面にぶちこんだ。そして拳を何度も何度も鼻に叩きつける。その間もフォークをめり込ませる手は止めない。フォークを奥まで突き刺すだけではなく、無造作にフォークを動かしてこねくり回す。稲穂はひぃひぃと過呼吸のような状態に陥っている。

「赤の他人がいじめられてようが死のうがどうでもいいが、アスカは俺の大切な友達だ。良いか? 俺の大切な友達を苦しめておきながら笑っていられると思うなよ。俺は自分の命を犠牲にしてでもお前を地獄に突き落とすからな」

 ヤマトがフォークから手を離し。

 両手で稲穂の右腕を掴む。

 そして。

 思い切り。

 ぎゅっとひねる。

 どこまでも。

 永遠に。

 稲穂の右腕をひねり続ける。

 稲穂が奇声をあげる。

 やがて。

 パキンッ。

 聞いた事が無いような音が響いた。

「うああああああああああ!」

「でも殺すのはつまらねぇ。殺しちまったらその時点で痛みも苦しみも無くなっちまう。俺は世の中に溢れてる殺人者ほど優しくねぇぞ。簡単には死なせてやらない。もう理屈じゃねぇんだよ。いさぎよく苦しみ続けろ」

 稲穂の顔は血と涙と鼻水とよだれだらけになっている。それでも、稲穂は言葉を続ける。かすれた声で。

「アスカ……なんでお前さ……なんでお前さ! お母さんを殺したんだよぉお!」

 沈黙。思考停止。

面白い。

 なんか良く分からないけど、面白くなってきた。

 私は笑いだしていた。徐々に笑いが体の真ん中からこみあげてきて、体中がムズムズしたかと思ったら、突然爆発していた。

「アスカ……」

 ここでやっと冷静さを取り戻したのか、ユリが歩み寄ってきた。でもそんなことお構いなしに、私は唾を飛ばしながら叫んだ。

「そうだね! 殺したよ! 私はアンタのお母さんを殺したよ。それこそ傑作だった。目の前で車が派手にドーン! って電柱にぶつかったと思ったらさ、ドアから這い出してきたのお前だったんだもん」

 笑いが止まらない。

 夜。ひとけのない静かな住宅地を歩いていたら、目の前で車が電柱にぶつかった。私は呆然としていた。周囲の家からは誰も出てこなかった。不思議だった。あんなに派手な音がしたんだ。普通は誰か出てくるなり、窓から外を覗くなりするだろう。

 でも、確かに誰も出てこなかった。そのかわり車からは人が這い出してきた。

 まさに傑作だった。車から出てきたのは稲穂南海香だったのだ。

 その時の私は冷静に、コンピュータのように状況を理解した。目の前で交通事故が起きた。飲酒運転だったのか単なるよそ見だったのか知らないけど、とにかく車が塀にぶつかった。車内に居たのは稲穂南海香だった。もちろんコイツが運転している訳じゃない。ドライバーは父親か母親のどちらかだろう。

 そんな風に冷静に淡々と状況を整理整頓しつつ、心は踊っていた。このとき私は改めて脳みそと心は別物なのだと思い知った。

 車の中から出てきた血だらけの稲穂は私に気がつくと、神様でも見つけたかのように、すがりつくように私に言った。

「ママが……出られ……なくて……アスカ……助けて……車から……ママを出してあげて……じゃないと……ママが……死んじゃう……」

 もちろん助けなかった。私は何事も無かったかのように踵を返し帰宅した。けっきょく誰かが呼んだ救急車が到着した頃には既に稲穂の母親は死んでたらしいけど、当然の報いだろう。

 事故が起きた直後はまだ息があったらしいから、動けない稲穂にかわって私が救助してやれば助かった可能性は高いけど、稲穂の母親は娘のいじめを認めなかった。だから私はあのババアの命を認めなかった。当たり前すぎる話だ。

「お願い……アスカ……ママを……助け……て……」

 稲穂は必死に懇願してきた。私が立ち去っても、ひたすらに情けない声で私を呼び続けた。私を頼った。

 ビックリした。信じられなかった。

 助けて? えっ? 何それ? どういうこと? お母さんが死にそうなの?

 ……だから何? 心からそう思った。

 お前は私をいじめてただろ。

 ひどい事いっぱいしたじゃないか。

 でも。

 都合の良い時だけ私を頼るのか?

 私はアスカをいじめます。でも私のお母さんが死にそうになったら助けて下さい?

 は? いやいや。おかしいでしょ。意味分かんないよ。助ける訳ないでしょ。助ける義理がどこにある訳? 大丈夫? 私に助けを求めて私がイエスと言うと思ったの? もし思ってるんだったら大急ぎで精神病院に行った方が良い。

 反吐が出る。どいつもこいつもそうなんだ。いじめたい時はいじめる。助けてほしい時は助けを求める。普段は警察を税金泥棒だと罵り、何かあったら泣きわめきながら警察に助けを求める。もし警察が来なかったらなんで助けてくれないんだとキレまくる。普段は自衛隊なんかいらないとか言ってるくせに、災害に巻き込まれて被災者になったら必死こいて自衛隊の救助を待つ。

 ネットで面白いターゲットが居れば、赤の他人でも遠慮なく攻撃して個人情報を特定して晒してオモチャにして、ターゲットが絶望のどん底に落ちるまで追い詰める。でもいざ自分がオモチャにされ個人情報を特定されたら、「どうしてそんな事するんですかひどいですやめてください」と懇願する。

 一度も募金なんかした事ないクセに、自分が被災者になった途端に必死で援助を求める。援助をしてくれない国や個人を罵倒する。

 クソ。どいつもこいつもクソ。もう本当にマジでクソクソクソ。世界はクソの掃き溜めだ。

 付き合いきれないよ。こんな世界に。

「アスカああああああああ! 笑ってんじゃねぇよおおおおおおおおお! なんで助けてくれなかったんだよおおお!」

 いやなんでと言われても。むしろなんで助けてくれると思ったんだよ。アンタの思考回路どうなってんの?

 ていうか全部お前が引き起こしたんだろ。自分で打った打球が跳ね返ってきたんだよ。自打球だよ。なんでこの私が悪いみたいな言い草してんだよ。やべぇよコイツ。でもこういう奴が世の中には腐るほどいるんだ。おかしいよ絶対そんなの。そもそも全ての原因は事故を起こした稲穂の母親本人だ。恨むのなら助けなかった私じゃなくて、勝手に事故って電柱にぶつかった母親を恨めよ。

「アスカ……アスカ……。絶対許さない……お前だけは……」

 だから全部自分が悪いんだよ。

 つーかさ、たとえ私が稲穂の母親を助けたとしても、そこに本質的な解決なんて一つもないじゃん。私にメリットも無いじゃん。そして私はアンタにメリットを与える義務も何も無い。自由だ。そう自由なんだよ。

「……お前に私の幸せを踏みにじる権利があって私にひどい事をしたのなら、私だってお前の幸せを踏みにじって不幸にする権利があるはずだよ。もし私にその権利が無いのだとしたら、理由を教えて」

「はあああ!!? お前なんかにそんな権利ある訳ねぇだろばーーか!」

 ぐちゃ! 稲穂の顔が潰れた。アヤ先輩の靴が稲穂の顔にめりこみ、醜い顔がへこんで更に醜くなる。アヤ先輩は見たこともないような冷たい目をしていた。さっきまでの混乱はどこへやら。

「図星をつかれたら意味不明で理屈になってない理屈を叫び散らして自分を正当化しようとする。なんか良く分かんない政治活動してる奴らの見本だね。アンタ、独裁者と言ったらヒトラーしか知らないんでしょ。スターリンの名前すら知らないんでしょ。A級戦犯の名前は東条英機しか知らないんでしょ?」

 アヤ先輩は冷徹な声で言い、不敵に笑った。

「南海香。アンタは私とヤマト君のゲームを自分の作品だと偽った。私たちを追い出した。売上も全部かっぱらった。私の友達を地獄に落とした。悪魔だよアンタは。でもアスカが悪魔を産んだ母親を殺してくれた。こんな素晴らしい事が起きるなんて世の中捨てたもんじゃないよね。私はアンタの母親を見殺しにしたアスカを尊敬してる」

「うるさい! うるさいうるさい! 望海とヤマトが悪いんだ! 私のことバカにするから! 説教ばっかりしやがって! 努力しろとか! 本を沢山読まないと良い作品は作れないよとか! そんな事ばっかり言いやがって! 意味分かんないよ! ムカついてたんだずっと! だからお前らを追い出してやったんだ! ざまぁみろ! 売上全部私たちアイカプクルのもんだ!」

「大嫌いな私とヤマト君が作ったゲームを自分の作品だと偽って儲けて、虚しくないの?」

「ぜーんぜん! 最高の気分でえええええす! ていうかその態度もムカつくんだよおおお! いっつも偉そうにしやがって! 見下しやがって! 何様だよおおおおおお! 余裕しゃくしゃくでムカつくんだよおおおおお!」

 アヤ先輩が稲穂の頭を蹴飛ばした。ヤマトがパスを受けたかのように勢いをつけて蹴飛ばす。稲穂の首は右へ左と揺れる。このまま頭外れれば良いのにと思った。

 稲穂はふがふが、もがもが、とかなんか呻いてる。アヤ先輩は「キモっ」と呟いて足をどけた。

「ああああああ! いたああああああああい!」

 待ってましたとばかりに叫ぶキチガイ女。完全にぶっ壊れてる。

「アンタは何も努力してなかった。努力もせずに良い作品を作れる訳がない。だから南海香も色んな作品に触れて勉強して、良い作品を作れるようにしなよってアドバイスしただけだよ。なんでそれでキレんの?」

「うあああああ! うるさいうるさい! それだけじゃないそれだけじゃない! お雨ら散々私のこと馬鹿にしてただろ。私は知ってる。知ってるんだ……。くそ! くそくそ! お前ら私の作品にケチばっかつけて!」

「そりゃそうよ。だって南海香の作品ってさ、漫画にしてもゲームにしても何にしても、他人の作品をパクってばっかりだったじゃん。そういうのやめろって言ったよね。ケチつけた訳じゃないよ。まっとうな注意だよ。それにパクって名作にでもなりゃまだアレだけど、パクった上に死ぬほどクオリティ低いんだもん。処置なしだよ。それにクソみたいな作品をクソ呼ばわりして何が悪いの? 同人やってる奴らって褒め言葉しか聞きたくないとか批判は受け付けませんとか言うキチガイいっぱい居るけど、アンタまさにそういうタイプだよね。だけどさ南海香。それじゃ成長しないんだよ。偽りの褒め言葉をもらっても成長しないんだよ。本当に上手くなりたいならむしろ批判を聞くべきなんだよ。クソみたいな作品を作って批判されてキレるってヤバイよね。意味不明だよね。アンタの神経が理解出来ない。アンタ本当にホモ・サピエンス? ネアンデルタール人じゃなくて?」

「ほらああああ! そうやってえええええ! 私をバカにするううううう! なんでいつも上から目線なんだよおおお! ていうか本を読まなきゃダメな理由がわかんなああああああい! 分かんないよお母さあああああああん!」

「キャッチボールもした事ない奴がさ、野球選手になれる訳ないじゃん」

「知らないよそんなのおおおおおお!」

「私は別にプロとか目指してないけどさ、ヤマト君と二人でさ、頑張っていっぱい本を読んで、映画を観て勉強してあのゲームを作ったんだよ。ねぇ、頑張ってる人間にさ、頑張ってないアンタが勝てる訳ないでしょ。頑張ってない人間は頑張りなさいって注意されるのは当たり前でしょ。それがイヤで私らを追い出した訳? 意味分かんない。ザコの考える事は理解できないわ」

「ほらあああ! そーいう態度! それが! イヤなのおおおおおお! 私を怒らないでえええええええ!」

「く……狂ってる……」

 ユリが怯えたように呟く。

 そう、狂ってる。

 でもハッキリしてる。稲穂南海香は決して非現実的なものではない。

 こういう人間は大勢いる。むしろどいつもこいつも、大なり小なり稲穂みてぇな奴らばっかりなんだよ。根拠も無く言ってる訳ではない。稲穂はフィクションの存在ではない。実話だ。紛れもないマジな実話。

 最近の若い子はメンタルが弱いとか良く言われるけど、それは少し違ってる。

 実際はね。

 ただ単にね。

 頭が狂ってるだけなんだよ。

 悪い事をしたら怒られる。努力する気の無い奴は勝ち組になれない。そんな当たり前のことが分かってない。人生はもっと甘くて簡単だと思いこんでいる。だからちょっとでも人生がうまくいかないと社会のせいにする。努力っていう一番重要なキーワードが脳みそから完全に抜け落ちているから、思考回路が正常に回らない。

 しかも怒られる事に慣れてないから、どれだけ正論混じりの説教を受けても何も理解できない。反省しないからいつまで経っても人に怒られ続ける。挙句の果てに怒られたという事実だけで発狂して発作起こして、ツイッターにある事ない事書き立てて自分は悪くないアピールをして、バカなフォロワーに慰めてもらって貴方は悪くないとか自分が求めていた通りの言葉をもらい満足して、涙を拭いて就寝して笑顔を取り戻し、また誰かに怒られて発作を起こす。バカは永遠に愚行を繰り返す。意地でも成長しない。これは実話だ。根拠はある。

 そして。腐った子宮から産まれたような失敗作の人間はやがて壊れる。

「私はわるくなあああああああい!」

 ……まぁ壊れるというか、もはや人間ではない謎の生命体に生まれ変わる。

 本当にイカれた奴だ。アヤ先輩とヤマトのゲームをパクったところで、アンタが優秀なクリエイターとなってアイカプクルを引っ張っていける訳じゃない。本質的な前進はそこにはない。

 お前は本質が欲しくないのか?

 もし本質が欲しくないのだとしたら。

 お前は人間なんかじゃない。

 稲穂のすがるような目を私は覚えている。忘れる訳がない。車から這い出てきたあの時の稲穂は、私の事をまるで生涯の友人かのような目で見ていた。

 ふざけるな。

 ふざけるなよ稲穂。

 怒りでどうにかなりそうだった。

「みんな嫌いだあああああああ! 望海もヤマトも私をバカにするうううううう! アスカはお母さんを見殺しにしたあああ! うわあああ!」

 だーかーら! 私がお前の母親を助けて何になるの? 何のメリットがあるの? ただ悔しいだけじゃないか。

 それに比べてお前は? 私をいじめて? 更にお母さんの命も助けてもらおうってか? メリットだらけじゃないか。ありえねぇだろ。

 ふざけるな。許せない。

 それだけは許容できない。私は負け組にはなりたくない。悔しい思いはしたくない。これはプライドの問題だ。人間としての尊厳がかかった問題だ。

 それにコイツはクソみたいな理由でアヤ先輩とヤマトを苦しめた。

 ゴミだ。

 カスだ。

 老廃物だ。

 あの時、私は去り際にこう言い放った。

「てめぇみたいな人間を産んだ母ちゃんも同罪だよ。ずいぶんと腐った子宮だったんだろうな。出来る事ならお前もここで死ね」

 稲穂はぽかんとしていた。あぁ、本物のバカだなって心底呆れた。

 私は全てをリセットしたくなった。稲穂が居ない世界、愚かな母親が居ない世界で生きたくなった。新しい世界が欲しかった。だから近所に住んでいた幼馴染のアヤ先輩を頼り、全てを話した。アヤ先輩は私の味方をしてくれた。家を出た私をケウトゥムハイタに住まわせてくれた。

 ケウトゥムハイタで暮らすようになってから、なんとなく学校に行くのがアホらしくなって不登校になったけど、自由で楽しい世界を手に入れる事が出来た。私は私だけの世界を手に入れたような気がしていた。

 そして篝火乙女事件が起きて稲穂は死んだ。私の世界は正式にリセットされた。後はもう自分次第だった。リセットされたとはいえ人生も世界も決してユートピアになった訳じゃないしまだまだクソったれだけど、希望はあった。色々文句を言いつつも、努力しながら人生をより良いものにするために進んでいく活路は確かにあったはず。

 それなのに……。

「なんでお前がここに居るんだよ!」

 私は稲穂の頭を蹴飛ばした。何度も何度も。全身全霊の力を込めて何度も何度も。

「このキチガイがっ!」

 私はスカートのポケットからライターを取り出して、稲穂の目に当てながら着火した。

「うああああああああ!」

 稲穂は全身をバタつかせて暴れたけど、ヤマトが抑えてくれてたからのんびりと目を焼き続ける事ができた。

 でも、私は頭の隅でちゃんと気がついていた。

 いや違う。今気がついたんだ。

 この世界は普通じゃないし、稲穂南海香は絶対に死んだはず。

 でも稲穂はここに居る! それが全てだ! だからこそなんでもできる。この予感は間違いじゃない!

「死ねえぇ!」

 床に転がってる椅子を振り上げ、全身全霊の力を込めて稲穂の顔面に振り下ろした。

 ぐにゃっ! という確かな手応え。この上ない快感。

「あああああああああああ!」

「おい、うるせぇぞ。俺たちとアスカが受けた苦しみはこんなもんじゃねぇ。絶対に勝ち逃げなんかさせねぇぞ!」

 ヤマトが叫び、稲穂の右足をありえない方向に曲げた。

 パキッ。

 また、聞いた事のないような音がした。

「いやあああああああああ!」

 稲穂は叫び続ける。私はまたライターで稲穂の目を炙った。やがて稲穂の動きは鈍くなり声も出さなくなった。

「ははっ」

 面白い。爽快だ。気分が良い。

 これが正常なんだよ。狂気に狂気をぶつければ全ては正常になるんだ。狂気が正気を一方的に炙る世界こそが狂気なんだよ。でも今全てが正常に戻った。私の人生は、世界は、正常になったんだ!

「もしもーし!」

 唐突に、甲高い声が耳に入ってきた。金髪、いやエルが呆れたように腕を組んでいる。その姿はどうしてこうも懐かしいんだろう?

「あのー。盛り上がってるところ悪いんだけどさ」

「なに?」

「あのね、意味ないんだよね。稲穂苦しめても」

「は? どういうこと?」

「ははっ……ははは……」

 死にぞこないの声が、ドロっと響く。

「は? お前なに笑ってんだよ! ブスが笑っても気持ちわりぃだけなんだよ!」

 稲穂の笑顔は人をイラつかせる魔力がある。私はライターを稲穂の鼻の穴に突っ込んで着火した。でも稲穂の反応は鈍かった。もう意識が朦朧としているらしい。

 一瞬だけ、コイツが死んで私が刑務所にぶちこまれてる姿を想像したけど、もうどうでもいい。

 だって確信があるんだもん。

 死んだはずの稲穂南海香がここに居る。

稲穂を苦しめても意味がない。

 そういう事なんだろ?

「あのー? 続き良いかな? あのね、稲穂もう少しでその……」

「だからなに!? ハッキリ言えよ!」

 エルはずっと気まずそうにしてたけど、やがてふっと息を吐き、優しげな表情に変わった。

「アスカ」

「……なに」

「人間はまだ宇宙の全貌を把握してない。でも人間はね、自力で宇宙を作っちゃったんだよ。ネットワークという名の宇宙をね」

 ズキリ。頭が痛み始める。

「稲穂はここで死んだとしても問題ないんだ。稲穂の本体はここに無いしね。だからまぁ、散々痛めつけたところであんまり意味は無いんだよね」

 頭の痛みが増していく。

「稲穂はあくまでもスイッチなの。だからここに皆を呼んだの。でもねぇアヌンコタンとペンラムウェンは相容れない存在だしぃ~ペンラムウェンの目的と稲穂の目的は違うんだよねぇ。そこが厄介なんだよねぇどぅはは~」

 アヌンコタン。

 その言葉が何かに結びつく。

 ペンラムウェン。

 頭痛がどんどん増していく。記憶にない記憶。

 エルヴィラ・ローゼンフェルド。

 痛い。頭が、痛い。

 篝火乙女事件。

 死んだはずの稲穂南海香。

 車が家の塀にぶつかったのに、誰も出てこなかった異常な事実。結局誰も助けてくれず死んだ稲穂の母親。

 ヤマトの言葉。お前は本当にエルノア・エンゲルリックなのか?

 エルの未来を予知したような行動。

 そして、篝火乙女そのもの。

 ペンラムウェン。アヌンコタン。

 ありえない。

 知らない。

 分からない。

 でも。気づいてる。私は間違いなく気づいてる。

 ありえない事だと分かりながらも、だからこそだって思ってる。

 エルが目をつむり、うつむき、黙り込み、そして目を再び開き。

 その言葉を、口にした。

「この世界は現実じゃない」

 頭に強烈な痛みが走る。

 やっぱり。

 この世界は。

「私の名前はエルヴィラ・ローゼンフェルド。みんなと同じペンラムウェンの仲間で、たった一つの願いを叶えるために眠った同志でもあるんだよ」

 頭の痛みは更に増していく。脳みそに誰かの思考回路が流れ込んでくるような感覚に陥る。

 現実を見ろ。価値観を捨てろ。

 大人は脊髄反射で否定をする。そういう大人にはなりたくないって思ってた。

 だから今この状況を否定するな。

 これはどう考えても。

 この世界は。

 これまでの十四年間は。

 急に体の力が抜けた。ふっと意識が飛ぶような感覚。膝から崩れ落ちる。

「アスカ!」

 ユリが肩をさすってくれたけど、ユリも腰が抜けているみたいだった。

 ねぇユリ。

 この世界はきっと。

 信じていた世界ではないんだね。

 頭にズキっと痛みが走る。電撃を食らったような、水が一気に流れ込んでくるような。

 私はその場にうずくまった。

 篝火乙女。

 そう、私は篝火乙女と呼ばれた女を知っている。

 本物の篝火乙女を確かに知っている。

 ちょっと待て。

 ふざけんな。

 違う。そうじゃない。

 良かった。喜ぶべきなんじゃないか?

 私が稲穂南海香を呪っていた日々は。

 ユリとの日々は。

 あれ? 違う。やっぱり悲しむべきで。

「稲穂。一旦消えて」

 エルの柔らかい声が響く。

 体を痙攣させている稲穂南海香は、小さく笑った。

「ははっ。あははっ。痛い。痛いよマジで。ごめんねみんな。でも、私はみんなの味方なんだよ」

「え……」

 稲穂が、のっそりと立ち上がる。

 嘘だ。

 ありえない。

 なんでこの状況で立てる訳?

 いや。まぁ。

 当然か。

「私とお前たちは同じ目標を持った仲間なんだよ。まぁ私はもう世界の行く末なんてどうでもいいけどね。だって自分でも何を望んでるのかもう分かんないんだもん。でもアスカ、望海。アンタ達だけはやっぱり許せない。その無防備な背中を一度でも見せてみろ。二度と笑顔になれないような傷をつけてやる」

「お前……」

「思い出せ。ほら……早く……思い出せよ……」

 稲穂が笑う。その途端。

 稲穂の全身にノイズが走った。壊れたブラウン管テレビのようなノイズが稲穂の体を支配する。

「篝火乙女さんに協力してあげる。こうすれば信じてもらえるでしょ? つーかお前らが全部取り戻してくれないと物語は完結しねぇんだよおおおおおおおお!」

 幻覚でも見たのかと思った。

 たったの一瞬で。

 その場から稲穂南海香が消えた。

 消えた。そう表現するしかない。

 一瞬で、パッと画面が切り替わるように稲穂南海香は消えた。

 ありえない。

 ありえない。

 いや違う。違うんだ。この期に及んで否定するな。

 普通だ。

 当たり前だ。

 そう信じるしかない。

 こんなものを見せつけられたら。

「……っ!」

 頭の激痛が増していく。

 耐えられないほどの痛み。

 ドーン! ドーン! 遠くで花火の音がする。

 花火。豊平川。打ち上げ? 違う。手持ち花火。誰がいた? 私、ユリ、望海、ヤマト、そして。

 エルと、凛音。

「エル……」

「思い出した?」

「エル……私……」

「大丈夫。稲穂は何も分かってない。私はさっきなんて言った?」

「え……」

「稲穂とペンラムウェンの目的は違う。稲穂は仲間なんかじゃない」

「なに……待って……ペンラムウェンは……」

「みんなは帰りなよ。何も心配することはない。SISAはユートピアを用意してるんだからさ」

「ちょっと……なに? SISA……まさか……先が……」

 意識が、遠のいていく。

 視界が暗くなる。

 薄れゆく意識の中で。

 最後の力を振り絞り。

「篝火乙女……望海? 違う? 違う……あいつだ……あいつだ……」

 言葉を絞り出し。

 叫ぶ。

「りんねえええええええええええ!!!!!!」

 ブツッ。

 消えかけた意識が、一瞬で覚醒する。

 意識がこの上ないほどにハッキリしている。

 ハッキリしすぎているせいなのか、自我が消失したような感覚に陥る。

 体の力が抜けていく。

 膝から崩れ落ちる。

 何が起きた?

 お腹。

 血。

 お腹にナイフが刺さっている。

 気配。

 顔を上げる。

 消えたはずの稲穂南海香が、目の前に立っている。

 エルが悲鳴をあげる。稲穂がまっすぐ見つめてくる。

「思い出した?」

「お前……良い奴だと……お祭りで……一緒に……」

 稲穂が、切なく笑う。

「あぁ、思い出したんだね。やっと」

 遠のき、一度は覚醒した意識が、また薄らいでいく。

「あ……わ……わたし……こんな世界で……」

「思い出したんなら、もうアンタは用済み。ばいばい、真希ちゃん」

 南海香が、私のお腹に刺さっているナイフを両手で握りしめる。

 そして。

 両手に力を込めて。

 奥まで押し込む。

 ナイフが体の更に奥まで侵入してくる。

 私は血を吐き出す。

 意識が真っ暗になり。

 わたしは。

 人生を。

 命を……。

「次はヤマト。その次はユリ。そして望海、お前が最後だよ」

 終わるのか。

 ズキリ。

 明確な痛み。頭痛。

 分かる。はっきり分かる。

 私は赤と白が良く分かる。

 未来は繋がる。

 相聞歌凛音。

 あいつがいる限り。

 だから叫ぶ。心の中で。消えゆく意識の中で。死にゆく運命の中で。最後の力を振り絞り、叫ぶ。


『右見ても左見てもクソしかいねぇ』

『なぁ凛音』

『見せてくれよ』

『最後の世界を』

『お前には義務がある』

『私を選んだ故の宿命がある』

『だから』

『凛音』

「早くぜんっじんるいぶっ殺せよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る