喪失

 僕と憐と龍炎さん。

 3人の生活が続いていた。

 僕たちが住んでいるのは、僕が目覚めたあの廃屋。

 と言っても、龍炎さんが修繕しゅうぜんしてくれたから、雨粒をしのぐくらいには問題ない。

 ただ、人間が3人生活するには問題だらけだった。

 まずは大きさ、いや狭さと言うべきかもしれない。

 部屋は1つだけ。狭い部屋が1つだけ。

 3人で立っていてぎりぎりで、3人が寝ることはできない。

 いつも龍炎さんは外で寝ている。あるいは全然寝てないのかも……

 僕や憐が外で寝ると言うと、


「ガキがくだらない気を回すな。子供はよく寝て、よく食べてればそれでいい」


と言って、毎日外で眠る。

 問題は他にもある。

 水と食料がないことだ。

 井戸もないから水は雨水をためるしかない。

 食料は龍炎さんが村まで行って買ってくる。

 この廃屋からは一番近い村でもかなりの距離らしい。

 お金もどうやって稼いでいるのか分からない。

 龍炎さんに聞いても教えてくれない。

 そんな生活が続いていたある日のことだった。


「お前たち、村に行ってみないか?」


 龍炎さんの突然の提案に僕は驚いた。


「そろそろ、ここでの生活もきついだろ? 仮にそう思ってなくても、人と多く触れるに越したことはない」

「わたしはいいよ。人は……怖い」

「お前はどうだ? 聖」

「僕は……憐がいいなら、僕もいい」


 なんだかチャンスを逃した気もしたけど、僕も人が怖い。

 もしも憐が行くと言っていたとしても、僕は行かなかったと思う。

 その日の夜。

 龍炎さんは外で寝ているので、いつものように僕と憐は2人きりだった。


「聖はさ、今の生活は好き?」


突然、憐は言った。

 戸惑いながらも僕は答えた。


「好きだよ」

「わたしも好き。だけど大好きじゃないんだよね」

「どういうこと?」

「楽しいんだけど正しくない気がするの。

 昼間、龍炎さんが言ってたように、村で暮らしたりするのが人として正しいと思うから」

「それは……」


 それは反論のしようがないほどその通りだった。


「聖には夢ってある?」

「ないけど。なんで?」

「わたしにはね、夢があるの。すごく平凡だけど大切な夢。

 大好きな人とずっと一緒にいたい。そしてその人と大好きな生活をしたい」

「憐が好きな人ってどんな人?」

「好きな人は聖と龍炎さん。大好きな人は……まだいないかな」

「その言葉、結構傷つくよ……」

「聖はいるの? 大好きな人」


 僕が大好きなのは憐だよとは言えない。

 言いたいけど……。


「好きな人は憐と龍炎さん。大好きな人は……まだいないかな」

「あはは。本当だ。結構傷つくね」

「でしょ?」

「ところで聖はどういう女の子がタイプなの?」


 またまた答えにくい質問……。


「秘密。憐は?」

「わたしはね、強い男の人が好き」

「強い人? 龍炎さんみたいに?」

「うん。でも龍炎さんは年が離れすぎてるかな。同い年くらいの子がいいかも」

「ふ~ん。そうなんだ」


 同い年か……。

 その日はそのまま眠りについた。

 次の日。

 僕は龍炎さんにこう言った。


「僕と憐の年齢を決めようよ!」

「年齢? 決める意味あるのか? ガキはガキでいいだろ」

「いやだよ! 年齢決めなきゃいつまでもガキ・ガキって言われるじゃん」

「年齢ね。子供の年齢は大人よりは当てやすいかもしれないが、正確には分からないしな。

 めんどくさいから2人とも弟と同じ年齢にするか。17歳。今日が誕生日だ」

「弟? 龍炎さんの?」

「ああ、言ってなかったか。弟は俺にものすごく憧れててな。今も道場で剣術の稽古に励んでいるはずだ」

「そうなんだ。龍炎さんの弟は強いの?」

「さあな。何しろ、もう6年も会ってないからな。強いかもしれないし、弱いかもしれない」

「でもその弟は僕と憐と同い年なんだよね?」

「当たり前だろ。お前らを弟と同い年にしたんだから」

「よし決めた! 僕はこれから龍炎さんに剣術を教えてもらって、龍炎さんの弟よりも強くなる! これが僕の目標。僕の夢」

「おいおい、強いかどうかも分からない奴を目標にするなよ。せめて、俺を目標にしろよな」

「龍炎さんは競争相手じゃないもん。年が離れすぎてるからね。同い年の子より強くないと意味ないよ」

「よく分からないな? 何の話だ?」

「こっちの話」


 そしてその日から僕は龍炎さんに稽古をつけてもらった。

 龍炎さんは村から僕の剣術道具一式を買ってきてくれた。

 龍炎さんの稽古はとても厳しかった。

 僕が弱音を吐くとその度に


「このくらいでへこたれるな! 弟が今教えを受けている奴の厳しさはこんなものじゃないぞ!! 

 あいつは本当に鬼だ。鬼そのものとしか思えない」


と言った。

 龍炎さんがそこまで言うなんて、いったいどんな人なんだろう? いや、どんな鬼なんだろう?

 だけど龍炎さんの弟には負けるわけにはいかない。稽古量でも負けられない。

 そう思うことで僕はつらい稽古に耐えることができた。

 ある日のこと。

 龍炎さんとの練習試合を終えたときに、僕は何気なくこう言った。


「だけど龍炎さんは本当に強いね! 負けたことってあるの?」

「あるわけないだろ。俺は世界最強の男なんだからな」

「もしかしてさ。龍炎さんって『神々の邂逅かいこう』、あの大戦争に参加してたんじゃないの?」

「ああ……まあな」

「どうしたの? 龍炎さん?」

「聖。お前はあの戦争に対してどう思っている」

「どうって言っても……そもそも僕には記憶がないし、昔にあった大戦争ってことくらいしか知らないよ。

 だけど戦争そのものは嫌いだよ。僕や憐みたいな行く先のない子供を生み出したりするんだから。

 兵士を恨んだりはしないけど、戦争の原因を作った人は許せない」

「そうか……」

「やっぱりどうかしたの龍炎さん? なんだかおかしいよ」

「いや、なんでもない。さあ、稽古の続きを始めるぞ!」


 次の日から龍炎さんの稽古はなくなった……。

 当たり前だ。龍炎さんがいなくなったんだから。

 龍炎さんは何も言わずに僕らの前から姿を消した。

 手紙の1つも残さずに……。

 龍炎さんがいなくなって、僕が新しく得たものがあった。

 僕が得たもの。

 それは……喪失感。

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