禁忌

「いいか、あの箱は絶対に開けるなよ」


 そんなことを言われて、開けたくならない人間は、多分いないんじゃないだろうか?

 あるいは、開けてもいいと言われると開けたくなくなるとか、そういう天邪鬼あまのじゃくな奴もいるらしいけれど。

 とにかく、後者よりも前者の方が、多くの人間が思うことだろう。

 俺もまたそうだった。


            ◆


 いつもどおりの稽古をし、『左追』の練習が一段落したころ。

 これまたいつものように師匠がこう言った。


「じゃあ誰が蔵に行って、弓矢を持ってくるか決めるか」


 剣術の稽古に、どうして弓矢を使うんだと、普通の人なら疑問に思うだろう。

 これからやる『右応』の稽古では、師匠が放つ矢を右手1本でさばくというメニューがあるのだ。

 しかも掛け値なし、実際に戦でも使えるような弓矢である。下手すれば、腕が1本なくなる危険さえある。

 どんな稽古だよ。本当に……。

 いつもは3人でじゃんけんをして、勝った人が取りに行くのだが、(と言っても、師匠が勝った場合は「師匠にそんなことはさせられません」と言って、尚草が取りに行くので、実質3分の2の確率で、尚草が取りに行くことになる)この日は違った。


「そうだな。2人で試合をして、負けた方に行ってもらうか」

 

 師匠はとうとう最初から自分を除外しやがった。まあ、尚草がそうさせるのだから仕方ないことだが。


「試合ですか……確かに、先輩とは久しく戦っていませんでしたね。

 つまり、今日は1分の1の確率で、先輩が行くことになるというわけですか」

「おいおい、ちょっと戦ってないうちに、俺を超えたつもりになっていたのか? 調子に乗り過ぎだぜ」

「まさか。そんなわけないじゃないですか。超えるも何も先輩のことなんて、この道場に入ったときから私より下だと思っていましたよ。 

 それどころか、この世に生れ出た時点でそう思っていました」

「それが本当なら、知能戦でおまえには敵わねえだろうな。IQいくつだよ? 

 だがな、思っていることと違うことが、この世の中には山ほどあるんだぜ」

「先輩はそうなんでしょうが、私の場合は思い通りになることが海ほどあります」

「んなわけねえだろ!? お前は全知全能の神様か!!」


 相変わらず、こいつは俺の言うことに片っ端から反抗してくる。死んでしまえ。


「これから死ぬことになる人の独白ではありませんね」

「独白にまで突っ込んでくるなよ。あと死ぬのはお前だからな」


 この辺で師匠の怒声が飛んできて、試合を始めることとなった。

 実際に俺と尚草の実力に大きな差異はない。

 体術(守り)では尚草が、剣術(攻め)では俺が相手より勝るので、総合的にはほぼ互角なのである。

 まずは先手必勝とばかりに、俺が尚草に斬り込んだ。だがどれだけ攻めても、尚草の守りは崩せない。

 尚草は刀での攻撃が苦手、もっと言えば極度に嫌っているので、ほとんど反撃してこない。

 結局、均衡状態になった。俺が尚草の守りを打ち崩すか、俺が攻め疲れて尚草にとどめを刺されるか。

 つまりは、根性の度合いで勝敗が決まる。

 そのとき、俺の太刀を尚草は刀を持っている左手で払いのけた。

 そしてそのまま、右手での肘鉄を俺の腹にさく裂させた。


「おい! ぐっ……」


 驚きと痛みで俺はひるんだ。

 その隙に、尚草は返す刀で俺の右側頭部を狙う。

 が、俺は間一髪右腕(手甲がつけてある)でその攻撃を受け止める。

 そこに尚草の頭突きが飛んできた!

 俺は無様にもひっくり返り、気が付くと尚草の刀が、俺ののど元に突き付けられていた。


「そこまで! 尚草の勝ち!!」


 審判の師匠の判定によって、試合はそこまでとなった。

 っておいおい。ちょっと待てよ。


「納得いかないぜ。左手ではじいて、右手で攻撃するって型とは逆だろ。あの肘鉄、それに頭突きは無効だろ?」

「審判の言うことは絶対ですよ。師匠の言うことも絶対です」

「お前は黙ってろ! この禁じ手野郎! ねえ師匠、もう1度戦わせてくださいよ」

「いつも言ってるだろう。真剣勝負にもう一度はない。それに尚草の行為は別に禁じ手でもない。 

 『右応左追流』は攻めと守りを分けているのではなく、あくまで体術と剣術の複合だ。

 場合によっては、左で守ることも右で攻めることもあるし、刀を右に持ち替えて戦うことだってある」

「えっ? 俺は入門7年目だけど、そんなの聞いたことないですよ。どうしてですか?」

「それはお前が真面目に稽古してないから、聞き逃してたんだろうが!!! 分かったら、とっとと弓矢を持って来い!」

「先輩、いってらっしゃい」


 それは頭突きを認める理由になるのかと思ったが、口には出さず、俺は30キロはあろう特別性の弓矢を運んでくることとなった。


「そうだ。ちょっと待て、龍水。蔵の中央に、しめ縄で囲われた桐箱が置いてあると思うが、いいか、あの箱は絶対に開けるなよ」


 そんな言葉を背中に受けて……


「おっ! 本当だ。桐箱が置いてある」


 蔵に入った俺の目に最初に飛び込んできたのは、師匠の言っていた、しめ縄で四方を囲われ、中央の台に置かれている桐箱だった。

 こんなもの前はなかったのにな。中央を占領しているその陣のせいで、いつも中央に置いてあるものは、無理やり奥の隅に追いやられていた。

 まあ弓矢は入り口近くにあるので、奥に行く必要はないんだが。


「しっかし、なんだってわざわざこんなもん置いたんだ? なんかの封印っぽいけどな……」


 目が慣れてきて、桐箱に大量のお札が張られているのが分かった。

 なんて書いてあるんだろ?

 俺はしめ縄をくぐって陣の中に入り、桐箱に近づいた。


「読めねえ……」


 意味不明な筆文字が、そのお札には書かれていた。

 日本語じゃないのか?

 俺は裏にもお札が張ってあるのか確かめるために、その桐箱を持ち上げた。

 スポッ。

 軽快な音とともに桐箱が開かれた。

 そう、ふただけを持ち上げてしまったのだ。


「やっべ、開けちまった」


 次の瞬間、4つの球が箱の中から飛び出して、強烈な光が放たれた。

 一瞬の間のことだった。


 あとには空っぽの桐箱だけが残っていた。

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