第一章 君から始まる三千世界 💧

紹介

 本当にいい天気だ。このままずっと、ここにいたい……。

 ああ、眠くなってきた……。


「こらー!!! 龍水りゅうすい! またさぼりかー!」


 無粋な声が鳴り響き、俺は道場の屋根の上から転がり落ちた。

 まったく、素晴らしき居眠りから覚めてしまった。それどころか、俺の頭上にかわらが数枚落ちてきて、激しい頭痛におそわれた。

 ダメージ60。まじで痛え。


「お前いいかげん真面目に稽古けいこしろ! 兄弟子のくせに、なんで弟弟子の尚草しょうそうより不真面目なんだ!」

「うるさいな~。師匠は頭固すぎんだよ。門弟がたった2人しかいない剣術道場なんざ、稽古もあってないようなもん、いや、ないようなもんだろ」

「稽古はあるもんだ!! ふざけんな!」

「じゃあ、してもしなくても同じようなもん、なんだよ。俺にとってはな。ほら、俺って天才キャラだから」

「確かに、お前の兄は天才だった。その上、努力家だった。だがな、お前はその100分の1の才能もないし、1000分の1の努力もしていない!」

「おいおい師匠。兄貴をだせば俺が稽古すると、まだ思ってるのか? 俺が兄貴に憧れてたのは、この道場に入りたてのころの話だぜ」


 本当は思い出したくもない過去だが……。


「もう無駄ですよ、師々しし師匠」


 そのとき、俺とクソ師匠との実り多き雑談のさなかに、1人の男の声が割り込んできた。

 真ん中だけを黒に染めた白髪の短髪で、するどく目を光らせたやせがたの男。どことなく、カラスを思わせる若い男だ。

 俺の弟弟子、時期じき尚草しょうそうである。


行雲こううん先輩はやる気が0なんですから。そんな先輩を無理やり稽古させても、時間の無駄。強くなるわけありませんよ」


 俺が兄貴に憧れてこの道場に入ったように、こいつは師匠に憧れてこの道場に入門したから、師匠に心酔し切っているのだ。盲信と言ってもいい。

 だから、このように師匠の行動に反論(と言うほどでもないが)するのはとても珍しいのだ。

 ちなみに、こいつが俺のことを馬鹿にするのはちっとも珍しくない。


「尚草、そうは言ってもたった2人の門弟のうちの1人なんだ。こいつがいないと稽古にならん。それだとお前も強くなれんぞ」

「さすが師匠。私の考えが浅はかでした。こんな先輩でも見捨てず、その上私のことまで気遣っていたとは。

 今のお言葉を聞いたでしょう先輩? さあ、とっとと動いてください。師匠のお気遣いを無駄にしないために」


 あっさりと意見をひるがえしやがったな。このままこいつが俺の稽古に反対してたら都合がよかったのに。

 こうなってしまったら問答しても仕方ない。尚草と話すのは疲れるからな。

 まだ稽古した方がましだ。


「分かりました、師匠。稽古に励みます。ご指導よろしくお願いします」


 尚草の前では俺も師匠に敬語を使わざるをえない。ため口だと、いちいち突っ込んでくるからな。

 こうして俺は、なんだかんだいっていつものように、竹刀を振るう羽目になるのだった……。


 俺の名前は行雲こううん龍水りゅうすい。17歳。

 片田舎にあるオンボロ剣術道場(一気通館いっきつうかん)に居候している。

 ここで日々、愛すべき仲間たちと共に稽古に励んでいる。

 それでは俺の愛すべき仲間たち(2名)を紹介しよう。

 まずはこの道場の師範代、師々しし孫々そんそん。年齢不詳。

 一応は俺の父親代わりとなっている人だ。

 師範にして俺の兄貴であるところの(また俺を置き去りに道場を出て行った)行雲こううん龍炎りゅうえんの旧友である。

 その昔(っていつだよ)おこった大戦争、その名も『神々の邂逅かいこう』で兄貴と師匠、またもう1人の誰かさんは大活躍を繰り広げ英雄となったらしい。

 その話を聞いて、純粋に兄貴と師匠を尊敬していた時期が、俺にもあったんだけどね。今じゃ、それが本当かどうかも疑わしいと思っている。

 ちなみに、そんな人物が師範代の道場に、なぜ門弟がいないかというと、単純に稽古があまりに厳しすぎて、続けるものがいないからである。

 それはもう、俺という超ハイパーウルトラ真面目一徹マンが、少し長めの休憩をとりたくなるくらいに。

 つづいて、それでも辞めないもう1人の男。俺の弟弟子、時期じき尚草しょうそう。16歳。

 師匠に憧れて入門するものは確かに相当数いたが、ここまで続けてきたのはこいつだけである。

 そのため、こいつの師匠への思いの強さは病的といってもいいくらいで、何かあるたびに、いや何もなくても師匠・師匠と連呼しているくらいだ。

 ところで、この道場で教えている剣術は『右応左追うおうさおう流』という。

 その名の通り、右手で相手の攻撃に応じ、左手で持った刀で追い打ちをかけるという剣術である。

 兄貴は剣術、師匠は体術をそれぞれ得意としていたので、それを1つに合わせたらしい。

 つまり師匠に憧れるものは、体術を習いたいと思うのだが、実際には主に剣術を教わるのである。

 最初この道場に入門した尚草も第一声は


「体術を教えてください」


だった。

 剣術道場に来て体術を教えてほしいって、こいつは漢字が読めんのか?(あるいは空気が読めんのか?)と思ったものだ。

 なので今でも尚草は『右応』の練習は熱心だが、『左追』の練習だと途端に集中力を切らしてしまったりする。

 師匠曰く


「尚草は体術家としては一流だが、剣術家としては三流だ」


とのこと。

 ちなみに俺については、このような会話をしたことがある。

 俺がいつものように(いや、つい魔がさして珍しく)稽古をさぼっていたときのことだ。


「まったくお前という奴は、剣術家としても体術家としても二流で、しかも人間としては百流だ」

「百流っていうと逆にすごそうな響きがあるぜ、師匠。剣術を百流派極めた達人みてえだ」

「だったらお前は0流だ!」


 俺は人間としては0流らしい。

 まあ確かに、当たらずとも及第点て感じかな。


 そんなこんなでここからこんなところから神々の物語は始まる。

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