第十八打席

 オープン戦も最終戦まで消化し、いよいよレギュラーシーズンが間近に迫ってきた。選手たちの長い戦いが幕を開けようとする中、ケビンは選手寮にいた。この施設は遊鯨寮という名を持ち、若鯨──新人選手たちがプロ選手として力をつけるためのサポートをする施設だ。トレーニング施設は充実しており、いつでも納得するまで練習できる。だが、そこは横浜。一部のトレーニング好きを除いて、あまり使われていなかった。

「チー」

「うわ、また一発消しかよ。ミヤお前ほんと性格悪いなあ」

「ヒロ、仕方ないよ。こいつ誘ったのが間違い」

「それもそうか。ちっ、これじゃない」

「ロン。三色ノミは1000点の二本付け」

弘田はため息をついて点棒を渡す。宮岸はそれを受け取ると、何も言わずに牌を洗い始める。

「あー、つまんな。これで三回連続ミヤの一人浮きかよ。おい内藤、飲み行こうぜ」

「そんな金ないだろ。だいいち、俺たち筋トレしてることになってるんだから」

「わかったよ。でもどうする、もうやることねえぞ」

あの。徹が小さく手を挙げる。

「僕、もう戻っていいですか」

「ああ? 勝手にしろ。顔も見たくねえ」

「じゃあ失礼します」

徹は緩慢な動作で立ち上がると、先輩の部屋を後にした。

 実のところ、トレーニングの途中である。ウエイトルームに向かう足取りは彼にしては軽い。先にメニューをこなすケビンに軽く手を振るほどには上機嫌だった。

「やあ、トオル」

大卒ルーキーで一歳年上だが、徹ではない。ほとんど外国人であるケビンは、どことなくそういった枠組みから外して考えられているからだった。本人同士も、それがいいと思っている。

「麻雀どうだった。勝てたか?」

そう聞くと、こともなげに指を立てた。

「三連勝。フルスイングする相手、僕得意だから」

そう言ってレッグプレスマシンに寝転がる。荷重は最大からふたつ下で、クリンナップやクローザーなど筋力がものを言う選手が使うレベルだった。彼は何も言わず、歯を食いしばってそれを持ち上げる。上から言われるトレーニングは露骨にさぼることがある彼だが、決して練習が嫌いなわけでも向上心がないわけでもない。ケビンはこの奇人といるのが好きになっていた。

「よし、トオル来たらやる気出たぞ。もういっちょ頑張るか」

ケビンはそう言って、今一度自らの背筋と向き合い始めようとした。

「ケビン、いるかい」

遠くから聞こえる声に、ケビンは即座に反応した。

「シンジ、こっちこっち」

それを聞くと、大きな足音が聞こえる。二人の目の前に現れた頃には、慎二の息は軽く上がっていた。

「おめでとう、開幕一軍決まったぞ」

「ほんとか、ほんとか」

ケビンはそう言って立ち上がろうとするが、その前にふと徹の方を見た。慎二はそれを察して、リストを確認する。彼がいるならば、先発ローテーションだ。支配下でこそないが、裏ローテも確約されている場合は書いてある。そして、その名前はなかった。

「なに、僕の顔見て」

「いや、その」

「宮岸さん、開幕戦でだめでも次がありますよ。頑張ってください」

そう言われて初めて理解したのか、徹は首を傾げる。彼は二試合に先発していずれも四回までにペースを崩している。スタミナ切れではなく、これが治らない限り一軍はなかった。

「どうでもいい。どうせいつかチャンスはくれるんだから、今じゃなくていいよ。後の方が強くなってて有利だし」

慎二とケビンは顔を見合わせると、にこりと笑みを見せた。今までの悩みが、ひどく小さなものに思えてくる。

「ケビン、チャンスまで時間がないぞ。今から先発対策、できるな?」

「ああ、もちろんだ。今日は一万回だってバット振れるぜ」

「言ったな。僕も嫌と言うほど投げてやる」

そう言って立ち上がると、逆さ向きの徹が声をあげた。

「なになに、面白そう。まぜてよ」

「いいぜ、シンジのボール見て腰抜かすなよ」

宮岸はくるりと起き上がり、ふたりに続く形でウエイトルームを後にした。


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