第十三打席

 二月。暦の上では春になり、ホエールズのキャンプが幕を開けた。選手たちは沖縄に向かい、慎二も飛行機に乗った。本来であれば、同行してケビンのチェックをしたいところだが、彼にはほかに仕事があった。

 それは無論、投手の研究だった。映像資料は球団から支給されているが、慎二としては生のピッチングを見た方が完成度が高まる。ゆえに慎二はキャンプ地を転々としている。スコアラーの見習いという名目でチームに上げる選手情報を集めながら、セリーグ五球団の投手を記憶していた。


 一方で選手たちは、沖縄の陽気の中で一年戦い抜くための身体づくりを行う。と言った触れ込みにはなっているものの、このチームは慢性的な練習不足が指摘されている。

 慎二の懸念材料はここだった。ケビンの当面の目標は開幕一軍。ゆえにどんな雰囲気でも、彼には十分に追い込んでもらわねばならない。

 そして欲を言えば、スタメン起用がいい。代打で起用される場合、対戦するのはリリーフになる。そのレベルは3Aより高く、選手として途上段階のケビンに結果は求められない。ゆえにスタメン。調整が可能な先発なら打てる。慎二には確信があった。

 

 そうしてキャンプも終盤に差し掛かり、紅白戦が行われる。選手の力量やコンディションを測るためと、実戦感覚を取り戻す意味合いもある。ケビンは紅組だった。宜野湾球場のベンチで試合前の短い時間をひとりたたずんでいると、横で一軍選手の声が聞こえる。

「相手はドラ一の大卒ルーキーだ、鼻っ柱へし折ってやろうぜ」

「俺金さんの前なんで、カットでいじめときます。もし逃げたらやっちゃってくださいよ」

選手たちが談笑する間も、ケビンはじっと投球練習を見ていた。宮岸という左腕はこれと言った武器を持たないように見える。球速も速くなく、コントロールもややアバウト。多くの選手が、力量に疑問符をつけていた。おそらくは、普通にいけば打てる。むしろケビンは、打ち気になっている自分の方を危惧していた。

「グレアムどうした」

「いえ、何でもありません」

「そんなこと言って、ビビってるんじゃないか? しょうがないな。俺が先頭で目覚ましてやる。打球よく見とけよ」

そうしてプレイボールが宣言される。ケビンは三番ライト。勝負強い中距離ヒッターとして打線に組み込まれている。一回の表、紅組の攻撃が始まった。

 果たして、ケビンの打席はすぐに回ってきた。一番の山田、二番の金井と一軍選手を三振に抑えている。ケビンはバッターボックスに立ち、その投手を見た。気迫はなく、佇まいもどこか頼りない。そんなことを考えていると、一球目が飛んできた。低めギリギリのスライダーはストライク。二球目。カーブだとわかったケビンはそれに食らいつくが、そのあまりの遅さに泳がされる。そして三球目はストレート、それもど真ん中だった。ケビンは最短でバットを出すが、ボールは既にミットに収まっていた。これで三球三振。

 ベンチへ戻ったケビンは、山田に声をかけられた。

「どうだった。あいつやべえだろ」

「はい、自分も差し込まれました」

「ガン見たら145だってよ。いやもっとあるだろ」

そうして三回までが終わる。結局、打者一巡しても宮岸からヒットを打てるものは現れなかった。こちらの投手も無失点に抑えているが、四安打三四球と内容には大きな差があった。そして四回、息巻く紅組打線は突然の事態に当惑した。

 三回までとほぼ同じフォームで投げているのに、球速は140を切り制球も定まらない。捕手も苦心して配球していたが、すぐに捕らえられた。山田にカーブを痛打されたのを皮切りに、この回打者一巡の七失点を喫した。監督役のヘッドコーチは、この人が変わったような投球にため息をつき、あとアウト一つ残して投手の交代を告げた。

「あのムラっけさえのうなりゃ、左のエースなんやけどなあ」

そこから先は、乱打戦だった。ケビンは六打数三安打二打点と申し分ない成績だが、しかし周りも似たようなものでありあまり評価に期待はできない。むしろ守備での活躍が大きかった。

 ホエールズは投手含む守備に大きな課題がある。そのため、守備の伴うケビンは貴重だった。ファーストだけでなく、サードやライト、レフトでの起用も考えられた。さまざまなポジションを受け持つのは日本人選手の出場機会を奪わないためでもある。

 守備はよし、あとは打撃。開幕一軍に向け、ケビンの評価は順調に上がっていた。

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