第七打席

 ケビンがサンアントニオに帰ってきてから、ふたりは以前のような生活に戻った。

 生活拠点が同じであることは大きく、アウェイ戦が長引かない限り慎二が毎日相手をすることができる。それは確かに、彼の打撃成績を向上させた。いつしか彼はジャイアントキラーの異名を取り、調整で降りてきた投手に手痛い一撃を浴びせることで人気を博した。規定打席に到達してからシーズンを終えるまで、ついにリーグ首位打者の座を譲ることはなかった。

 しかし彼にはひとつの問題があった。それはメジャーで一切活躍できないことだ。ミルウォーキーから大陸中を移動する生活では、とても慎二とともに対策などをしている余裕はない。つまり、投手の研究がいつまでたっても進まないのだ。ゆえに彼は、いつも同じ壁にぶつかった。そうして少しずつ、彼の評価も変わってきた。メジャーでは通用しない、クアトロAのスラッガー。彼が打てば打つほど、彼の評価は下がっていった。いつしかフロントはそんな彼を重用しなくなり、一度はメジャー水準まで上がった年棒も据え置きとなった。頼みの綱は、変わらずにいてくれるサンアントニオのファンだけ。だが彼らの存在も、ケビンにとって慰めにはならなかった。

 試合が終わったロッカールームで、ケビンは携帯を取り出していた。

「シンジ。試合後いいか?」

――ごめん、今日は無理だ。明日エルナンデスだろ、実績はあるが大丈夫。シンカーさえ見えたらあとは当たるはず」

「わかった、すまない。なあシンジ、俺はこれからどうすりゃいい」

――弱気はお前らしくないよ。どうしたんだ?

「俺ひとりでは、進む先がないんだ。チームメイトやコーチの助言も試したけどしっくりこない。自分で見極めようと思っても、うまくいかない。スイングだけは崩さないようにって思うと、何もよくなっていかないんだ。もう、無理かもしれない」

――僕も考えているよ。今はどうにか頑張ってくれ。

そう言われると、ケビンは頷くことしかできない。一方の慎二は通話を切ると、外していた席へと戻った。

 その後も彼はマイナーで十分な成績を残すが、いくら好調でもメジャーには呼ばれなくなっていった。

 チームも精彩を欠き、ポストシーズンの当落線上にまで落ちていた。どうにかワイルドカードだけはというファンの願いもむなしく、負け越しの日々が続いた。レギュラーシーズンが終わってみれば、結果は中地区二位、リーグ勝率六位。ポストシーズンはなく、ビアーズは今年のすべての日程を終えた。

 そして契約更改の季節となる。彼に言い渡されたのは、自由契約だった。慎二にとって寝耳に水だったのは、彼がトレードにもマイナー契約にもかからなかったことだ。ビアーズはこのオフシーズンに、かなり太いメスを入れるつもりらしい。この地元生まれのスラッガーを切ってでも取りたい選手が誰なのかは知る由もないが、ともかくそれは非情な宣告だった。

 だがケビンにしてみれば、試せることはすべて試した。だからどんな結果になろうとも、振り返ることはない。落ち込むこともない。荷物をまとめながら、ボールパークで自主練を共にするチームメイトに見せる笑顔を苦心してつくりあげていた。ボールを受ける左手も、投げる右手も、抵抗を失って空転するようによく動いた。

 そうしてトレーニングを終える。外には、慎二が待っていた。

「お疲れ様」

その柔らかな表情を見たとき、石膏で厚く張り付けたはずの笑顔は脆くも崩れ落ちた。崩れれば、もはや積み重なった感情を抑えることができない。涙だけは見せぬよう、ケビンは慎二の胸に体重を預けた。

「よしよし。また頑張ればいいよ」

木枯らしが、慰めるように目尻を拭った。

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