第六打席
この日、慎二はグラウンドでケビンと待ち合わせていた。
「よお、シンジ」
電話を受けていた慎二は、手を振って笑顔を見せた。ちょっと待ってと合図をして、電話に戻る。
「荷物ありがとね。うん、誕生日に届いたよ。練習行ったって聞いたけど、吉浜監督元気そうだった? それならよかった。うん。聞いた聞いた、冴木とたかひろがプリマハムだってね。はは、たかひろは本社だもんね。確かにプリマハムには違いない。うん。うん。え、山岡さんが。わかった、連絡してみる」
その後も一分ほど話したのち、携帯をしまう。シンジは申し訳なさそうに合図をした。
「ごめんね」
「今のってカリン? まだ続いてるんだ」
「そんなんじゃないよ、ちょっと昔の話してた。しかしよく来たね。明日は交流戦だろ?」
ケビンは肩をすくめ、小さくため息をついた。
「厳しいぜ。なんたってオオタニだからな」
「知ってるよ。やる?」
慎二がそう言うと、既にケビンはミットを取る。いつもより、さらに二歩少なかった。
「このあたりだな」
「いや、もう一歩進んでいい」
「八十マイル、出るのか?」
「ああ、ほぼ全力だけどね」
そう言って、まずはフォーシーム。回転数は控えめだが、球持ちがよく速く感じる。体格の部分は再現に限界があるが、慎二の関節の可動域なら不可能でもなかった。
「これで百マイル相当だな。速え速え」
そうして変化球を投げたのち、実戦形式に入る。
「いつも通り、十打席分頼む」
「オーケー」
五打席は三振に打ち取った時のもの。そして、六打席目からは打たれたときのもの。いずれも、ケビンのようなパワーのある右打者を相手取ったときの配球だ。
「どうだ、打てそうか」
「無理だ。真似できるデータで頼む」
「はいはい、でもこれ数少ない打てるコースだぞ。残る四回も、そんなのしかない」
「わかったよ。やってみる」
といって、実際に打つわけではない。受けながら、一球一球の意図を読み解き攻略の糸口を探す。頭を使うより、目で見てイメージする方が性に合っていた。
そして、調整が終わる。結局、手応えを得ることはなかった。仮想的に対戦数を稼げるといっても、それだけで攻略できるわけではない。圧倒的な力で押してくる投手に対しては、ケビンはまだ実力が足りていなかった。
「出発はいつだ」
「もうそろそろだな。ほんとはお前をミルウォーキーまで連れていきたいが」
「給料は払ってくれよ」
慎二の冗談を、ケビンは笑わなかった。お前さえいれば。そう言えるだけの自信がないことに、ケビンは歯噛みしていた。
「なあ、俺のここまでの成績を知ってるか」
シンジはすらすらと答えた。打率.194、本塁打1、OPS.622。他の打撃指標も、高校時代に使ってきたものは全て挙げることができた。
「たしかに、使えないというほどじゃない。でもあの日以降目立つ活躍がないのが痛いね」
「まだこれでもいい方さ。守備ではどうにかアピールできてるが、もうファンの心も離れ始めてる。ビアーズは打撃のチームだ。相手エースに対して仕事ができないファースト、レフトなんか必要とされていない」
確かにケビンのファースト守備は軽妙で、指標もいい。こなせる程度だった外野の守りは、観戦する慎二の目から見ても上達していた。打球反応と送球で遅い脚を補えば、メジャーレベルの守備陣にも全く見劣りしていない。
だが、そんな評価を皮肉としか取れないほどにケビンは行き詰っていた。打てない投手の中には、マイナー調整中に慎二とともに打ち崩した相手もいる。ここに来て、メジャーに対する単純なレベルの差を痛感していた。
そして二日後、慎二がバス停前で見たのは大荷物を抱えたケビンの姿だった。彼は自嘲するように、ふっと笑みを見せた。
「君が言った通りのコースだ。打てなかったよ」
「その荷物、お前」
「ああ、今日からまたやり直しだ。頼む」
その湿った笑みを見て、慎二はただ頷いた。ケビンの挫折を残念に思うばかりでない自分がいることにも、慎二は気付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます