何度も何度も手を伸ばそうとしたんだ。


届くかはわからないけれど。行き過ぎたお節介なのかもしれないけれど。


いや、違うな。どうかそのお節介が行き過ぎていますように──そう願っていて、実のところ何もできていなかったのかもしれない。


---


昔から、困っている人を放っておけないタチだった。


腕っぷしが強い訳ではないけれど、小学生の時はいじめっ子といじめられっ子の間に割って入ったことが幾度となくあるし、街中でも困っている人がいたら積極的に声をかけるような子どもだった。


それはきっと、幼い頃に見ていた戦隊ヒーローが原点だったように思える。悪を挫き、弱きを助けるヒーローは画面の中で輝いていたし、自分もそうでありたいと自然と思うようになった。


そんな幼い憧れが長い間継続していたのは、周囲に恵まれていたからだろう。自覚はある。普通そんな暑苦しい正義漢が周囲にいたら煙たがられ、排斥されるに違いない。もちろん邪険に扱う者もいた。でも多くは僕の理想論に耳を傾けてくれ、支持してくれた。


しかし、それも中学生くらいまでだ。それこそ正義とは何だ、とか、自分の助けが押し付けがましくなっていないかとか。成長につれ、あらゆることに疑問を持つようになり、正義を自分に課していたからこそ常に向き合わなければならなかった。それすら、最初はヒーローの苦悩だ、とらえていた。


ただ、そんな僕も自分の幼さであったり、現実と向き合う中で段々と大人になる。それでも自分は、常に正しくありたいと思っていた。格好よくなくてもいい。称賛されなくてもいい。それでも自分に恥じない生き方をしたいと考えている。妥協なのかもしれないけれど。


そんな生き方をしていた僕が、彼女と出会ったのは、必然だったのかもしれない。生喜ちゃん。僕の彼女。愛しい人。彼女は決してぱっと見で目を引くタイプではない。だけれど、よくよく見ていると人のことを常に思いやっているのがわかるのだ。自分を押さえ込むのに慣れている──そんな振る舞いは、先輩ながらときにやきもきしてしまうけれど、どことなく僕と似た部分を感じた。


だから僕は彼女とそれとなく会話を重ねようと思った。生喜ちゃんは気付いているかわからないけれど、告白する2カ月前くらいからアプローチをしていたつもりなんだ。いや、気付いていないだろうな。彼女は自分に大きな価値を感じられるタイプではないだろうから。そういうところが放って置けないんだけれど。


だから、付き合えたときは本当に嬉しかったんだ。彼女ももしかすると僕に何かを感じてくれたのかもしれない──そう考えると、心が踊った。


しかし、彼女は僕に心の一番深いところを見せてはくれなかった。どれだけデートをしても、何回体を重ねても、彼女は孤独だった。


最近はとくにそうだ。何かを思い悩んでいる素振りはあっても、それをひた隠しにしているような。けれど、それを無理やり掘り出すのも正しいことではないように思えた。それで彼女を傷つけてはいけない、それが正しいことだと自分に言い聞かせたのだ。もっとも、それはただの臆病だったのかもしれないが。


ある日、夢を見た。生喜ちゃんが、同僚で、よく会話でも名前が上がるほどの親友であるヒロコさんを滅多刺しにしている夢だ。生喜ちゃんは、とても苦しそうだった。悲しそうだった。でも、そうしなければならないみたいに、何かに体を乗っ取られているかのようにナイフを繰り返し振るっていたのだ。そして、その側には人間離れした見た目の少年がいた。彼はそれをニタニタ笑って興味深げに見ているだけ。なんだこれは、と思った。タチの悪い悪夢であってくれ──そう願った瞬間に目が覚めた。ぐっしょりとかいた汗を拭きながら、心底これが夢であってよかったと胸を撫で下ろした。


次に生喜ちゃんに会った時、彼女は尋常ではなかった。生喜ちゃんが突然泣き出すだなんてこれまでなかったし、夜を自分から誘うなんてこともない。そんないつもと違う彼女だったが、彼女はそれでも僕に胸のうちを明かすことはしなかった。ただ、物理的に甘えてくれたことは確かだった。そうか、これが僕の役目なのかと感じた。多分彼女は何か問題を抱えているんだろう。だけれど、それは僕がどうにかできる問題ではないらしい。ならばそっと抱きしめることくらいはしてあげよう、と。


でも、それも僕の臆病ゆえの言い訳だったのだと、今ならわかる。


それから彼女は会社にも来なくなったし、連絡は取れるけれど家にもいなかった。入院しているとのことだったが、病院名は頑なに答えてくれないし、どの病院に問い合わせても「そんな名前の人はいませんが」という答えしか返ってこない。


心底焦った。何をやっているんだ僕は、と。


何が支えてあげる、だ。ただ理由をつけて手を離してしまっただけじゃないか、と今更ながら大きな後悔をした。


それから僕は会社を休み、彼女を探した。けれど、それでも見つからない。


そんなある夜のことだ。その日は、眠っているのにやけに意識が覚醒していた。僕は大きな暗闇の中にいた。そして、遠くに真っ白い光が見える。闇の中では歩けないから泳ぎでしか移動できない。それも質量を持った闇の中を、だ。体感かなりの時間を要して、その白い場所までたどり着く。ようやく足をつける。やっと余裕を持ってあたりを見渡せる。


白い部屋は、まるでどこまでも続いているようだったが、遠くに何かものが見えた。そちらへ向かって歩を進める。ゆったりと歩いているのももどかしく、段々と小走りになる。そして、その何かを理解する。


そうか、君は罪を犯してしまったんだね。


全力で走る。走れ──まだ間に合う!


その時頭には「正しさ」もクソもなかった。彼女を救いたい、それしか考えられない。まるでタックルを仕掛けるように、生喜ちゃんに後ろから抱きつき、言った。


「もう、やめよう。やめていいんだよ生喜ちゃん」


やっと、やっと捕まえた。

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