第117話
宿泊先のホテルに桜色の髪のJD、モルガンを連れ込んだトキヤは、その後、ある目的のためにモルガンを浴室へと誘った。
そして、トキヤは湯気が立ち込める浴室の中で――――
「違う違う違う、これ想像と違うー!」
思っていたシチュと違うー! と叫ぶ
「やーん! あたし、モノみたいに扱われちゃってるー……!」
「馬鹿言うな。ちゃんとJDとして扱ってる」
まったく失礼なことを言う奴だな。と、モルガンの言葉に心外だと唇を尖らせながらトキヤはお風呂を嫌がる幼子のように頭を振るモルガンの全く幼くない戦闘用JDらしい力任せの動きを上手くいなしながら己のスキルを遺憾なく発揮していた。
「――――」
ホテルに置いてあったJD用の洗浄液はトキヤが仕事で使っている洗浄液よりもだいぶ弱い成分のモノだったが、大量に使うことで洗浄力の低さをカバーすることに成功した。
「ぶくぶくぶく……」
しかし、そのせいでモルガンの全身は大量の泡に包まれ、モルガンの身体は桜色の髪以外殆ど見えなくなっていた。
「――――」
だが、トキヤは大量の泡に隠れているモルガンの身体がまるで見えているかのような動きで、モルガンの身体についている泥汚れを専用の洗浄器具も使わずホテルのハンドタオルを駆使し、的確に、素早く落とし続けた。
「……よし、身体は終わった。後は頭だけだ。少し目を瞑ってろ」
そして、モルガンの身体の汚れを全て落とし終えたトキヤはモルガンの身体の泡を軽く洗い流してから、桜色の綺麗な髪をたっぷりと濡らし、髪用の洗浄液を手のひらで泡立てることはせずそのまま髪につけ、それからゆっくりと泡立て始めた。
「……」
……この匂いは……。
そして、髪用の洗浄液としての機能よりも人の五感に訴えかけることを優先しているこの国の洗浄液らしい果物のような甘い香りを嗅ぎ、アヤメとの生活を思い出したトキヤは懐かしい気分になりながらも髪を洗う手を休めることはせず、モルガンの髪を洗い続けた。
「……よし」
それからトキヤはモルガンの全身に残っている洗浄液をしっかりと洗い流してからモルガンの小さな身体を持ち上げ、半分ほどお湯の貯まった浴槽にモルガンを入れた。
「全身の洗浄は終わったが、雨に長時間濡れていたせいか身体がかなり冷えていたみたいだから、余計な負荷を身体に掛けないためにも、少しの間、お湯に浸かってろ」
「……もー、洗ってくれるにしても、おにーさんってば、ちょっと強引だったよー? それにあたし人魚だからこのまま消えちゃうんじゃないかって思っちゃった。……あ、でも、身体、ぴかぴかのつるつる……。髪もいい匂い……。え、おにーさん、凄い。あたしの身体がこんなに綺麗になったの初めてかも……」
「このぐらいは当然だ。プロをなめるなよ」
「プロ……。おにーさんって、もしかして、JD専用の美容師さん?」
「……まあ、似たようなものだ」
モルガンの洗浄作業を終えたトキヤは自分の職業について少しぼかして話した後、浴室から出ようとしたが。
……ここの方が話しやすいかも知れないな。
浴室は部屋の中よりも更に強力な防音処理が施されているため、ここなら廊下の様子をいちいち気にすることなく話せると考えたトキヤは、服が濡れることも気にせず浴室の床に座り、モルガンに視線を向けた。
「……」
そして、美しい少女の身体でありながら耐水耐圧に特化した水中戦用のカスタマイズがされているモルガンの身体を見て、人魚という表現もあながち間違いではないか、というようなことをトキヤが考えていると。
「きゃあ、おにーさんのえっちー」
トキヤの視線に気づいたモルガンが、わざとらしく身体を隠した。
「でも、おにーさんがちゃんと見たいって言ってくれたら、……見せて、あげるよ? それにこんな場所に連れ込むってことは、おにーさんもその気だったってことだよね? あ、もしかして、さっきの泡たっぷりの身体洗いはおにーさんなりの照れ隠しだったのかな? そう、あたしの身体を綺麗にした後でー…………あはっ」
「……」
そして、濡れた桜色の髪と同じような色の妄想を零すモルガンを見てトキヤはため息を吐いてから。
「お前が何を想像しているのかは知らないが……、俺は単にお前を心配しているだけだ」
トキヤは自分の本心を吐露した。
「……心配?」
「ああ。……モルガン。お前、
「――――」
そして、トキヤがある事実を言葉にしたことでモルガンは驚き、口に手を当てた。
「……おにーさん、そういうことって見ただけでわかるものなの?」
「いや、普通はわからないだろうな。俺が特殊なだけだ。
アゲートとの戦いが終わった後の、本当に最近の話だけどな。と心の中で呟いたトキヤは。
「……」
モルガンを本気で心配していることが一目でわかる表情を浮かべていた。
「……」
トキヤはモルガンを見つけた時、今の自分は只の旅人でしかないから助けても深く関わらないようにしようと考えていたのだが、モルガンが
「……おにー、さん?」
モルガンが
「なあ、モルガン。悪いことは言わないから
お前が身体を失う可能性の高い戦闘用JDであるのなら尚更入るべきだ。と、トキヤはモルガンに
「――――や」
あっさり嫌だと言われてしまった。
「……理由を聞かせてくれるか」
「……あたし、前に
だから、
……嫌い、か。
嫌だという相手に無理強いすべきではない。ということをトキヤはもちろん
「あ、でも王子様と二人っきりの
条件付きでなら入ってもいいとモルガンが言い出した。
「……王子、様? 何だモルガン、お前、好きなJDがいるのか」
「あはっ、好きなJDなんていないよ。あたしが好きなのは――――人間の王子様!」
「……いや、人間は
「え? そうなの?」
そして結局、じゃあ入らないー、と言って意思を変えなかったモルガンは、
「そうそう、おにーさん。王子様で思い出したんだけど……、その、あたしがこの国で
「……虐げられた? ……お前、この国の人間に何かされたのか?」
「そうなの……! あたし、ちょっと前にこの国に王子様を探しに来たんだけど、街で、あ、この人いいかも。って思った何人かの男の人に、『あたしの王子様になってくれませんか?』って声を掛けたんだけど、無視されたり、中には鼻で笑う人までいたの!! ヒドイよね!? あたし、虐げられちゃったよね……!?」
「……いや、それはお前が悪い」
「え!?」
「急にあたしの王子様になって、なんて声を掛けられたら普通、そいつと関わろうなんて思わなくなるに決まってる」
「そ、それは確かに大男のJDとかにそんなこと言われたら、驚いちゃうかも知れないけど、あたし、こんなに可愛いんだよ? 人魚で、お姫様、だよ? あたしみたいなJDにそういうことを言われたら、普通、ご褒美で嬉しいんじゃないの?」
「それは相手が悪かったな。この国の住人は可愛いだけのJDなんて見慣れている。容姿や言葉だけの誘惑が効く奴はそうはいないさ。それ以上のものがないとな」
「……それ以上のもの」
「ああ」
というか、そんな理由で落ち込んでいたのかお前は……。と、管理地域外で雨に打たれ、まるでこの世の終わりのように打ちひしがれていた理由が――――逆ナンに失敗したから。という想像の斜め上のものであったことにトキヤが悪い意味で驚いていると。
「それ以上のもの……。それが――――愛、なのかな」
「――――」
モルガンは今のトキヤがドキリとする言葉を呟いた。
「あのね、おにーさん。あたしはね、このJDの生まれた国に捜し物をしに来たの」
「……捜し物、だと?」
「うん。あたしはこの国に、王子様を、――――愛を探しに来たの」
そして、モルガンは。
「ねえ、おにーさん、愛って何なのかな?」
トキヤにその形なきモノの正体について訊ねた。
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