遭遇

第115話

 ――――俺はよく写真を眺めていた。


 良かったことがあった時は、喜びを分かち合いたくて。

 

 疲れた時や辛かった時は、励ましてもらいたくて。

 

 何もなくても穏やかな気持ちになれたからよく眺めていた。


 だが、いつの頃からか、――――俺は殆ど写真を見なくなっていた。


「……」

 強い雨が降りしきる中、トキヤは小さな橋の上でデバイスを見つめていた。

 トキヤが持つデバイスには一人のJDの画像が映し出されていた。

 発色の良い赤の髪に青色の透き通った瞳を持つ、アイリスにそっくりなそのJDの名はアヤメ。トキヤが愛したJDである。

 彼女、アヤメは地震で崩壊した家からトキヤを助け出した際に致命的な損傷を負い、それから暫くして機能を停止した。彼女はもうこの世からいなくなったJDなのだ。

「……アヤメ」

 そんなアヤメが元気だった頃に家の玄関先で撮った写真を見てトキヤは思い出す。この写真の穏やかなアヤメの表情を見て、自分がどれだけ癒やされてきたかということを。

 そして、この写真を見ることが――――随分久し振りだということも。

「……」

 基地が反政府軍に奪われてから怒濤の日々を過ごしてきたとはいえ、以前の自分なら心の安らぎを求めて一日に何度もこの写真を見ていただろうとトキヤは考え。

「……っ」

 シオンとの定時連絡後に気づいた、自分のアヤメに対する気持ちが前と変わっているということをより明確に理解してしまった。

「……」

 この写真を見ることで、日本ではアヤメが生きて普通に生活していて、俺は遠く離れた国にいるから会えないだけ。と、前はそんな風に思っていたこともあったため、今の自分の気持ちの変化は、現実逃避をやめ、アヤメがいなくなってしまったことを本当の意味で受け入れたが故のもの、であるのならまだいいとトキヤは思った。

 だがもし、時と共に気持ちが移ろい、アヤメへの愛が薄れたというのなら……。

「俺は……」

 自分自身を許せそうにない。そう強く思ったトキヤはデバイスをしまい、再び暗闇の中を歩き始めた。

 アイリスやバルに黙ってホテルから出たトキヤが目指している場所は、愛したJDアヤメの眠る場所である。

 眠るアヤメを前にした時、今の自分が何を思うか、それを確かめるためにトキヤは一人夜の道を歩き続けた。

「……」

 そして、暗闇の中でもわかる程に馴染みがある景色を見て、もう少しで目的地に到着すると、トキヤがそう思ったその瞬間。


 トキヤの瞳に――――桜色の輝きが映った。


「――――」

 ……桜の、花びら……?

 一瞬、本当に一瞬だけ自分の視界の端に薄ピンク色の何かが見えたことに気づいたトキヤはすぐに身体の向きを変え、その何かを探し始めた。

「……」

 トキヤが今視線を向けているのは管理区域外の山へと続く林道であり、その林道もまた管理されていない土地であるため危険な生物や植物が存在している。そのため病気に弱い桜の木が自生する筈がないのだが、トキヤはそこに桜色の何かを見つけた。

「……」

 光の反射か何かで偶然見えたその桜色の輝きが心に引っ掛かったトキヤは、デバイスのライトをつけたり望遠機能や暗視機能を使って自分が目にした何かを探し始めた。

 そして、トキヤがその場に足を止め、二分が経過した頃――――

 

「――――!」

 

 トキヤはその何かを見つけた。

「……」

 そして、ソレを見つけたトキヤは何故自分がソレを見つけようと必死になっていたのかを理解すると同時に深く悩んだ。もしソレと関わりを持てば、この後、アヤメの眠る場所に行くことは難しくなるだろうと。

 今後のスケジュールを考えるとこの夜を逃せば一人でアヤメの眠る場所に行くのは難しくなる。それに今アヤメの眠る場所に行かなかったら、アヤメへの気持ちを確かめることから逃げることになるのではないかと、トキヤは葛藤したが……。

「……いや、違うな」

 トキヤはすぐに己の思考を否定した。この選択で悩み、葛藤することがアヤメへの――――何よりの裏切りであると気づいたのだ。

「……ああ、そうだ。俺が愛したあいつは、大事なことを放り投げて墓参りになんて行ったら怒るに決まっている」

 そして――――

「あいつが愛してくれた俺は――――助けられる奴を見捨てるような人間じゃない筈だ」

 俺はアヤメあいつと同じ時間を過ごしたことでそういう人間になれたんだ。と呟いたトキヤの瞳にもう迷いはなく、トキヤはすぐに行動を開始した。

「――――」

 今まで歩いていた整備されている道から外れ、昼間散々アイリスに危険だから入るなと言った管理地域外の道に躊躇無く入り、その道を真っ直ぐ進み始めた。

「……」

 そして、五分も経たないうちにソレの側に辿り着いたトキヤは、傘を前に出し。

  

「――――立てるか?」


 ソレに語りかけた。

  

 トキヤが真っ暗闇の林道で見つけたソレは――――一体のJDだった。


 大木の側で顔を伏せて座り込んでいたそのJDが、呼び掛けた際に身体をピクンと動かし、僅かでも人間の声に反応してくれたことをトキヤは喜んだ。

 ……まあ、反応したからといって安心はできないがな。……薄ピンクの髪のかなり小柄な女性型JDか。……やはり、飽きられて捨てられたJDという可能性が一番高いか。

 一部の男が好む髪色と体型をしたそのJDの姿を見て、トキヤはそのJDが捨てられた、より正確に言えば、管理地域外でに持ち主に命じられたJDだと推測し、トキヤはそのJDの持ち主に激しい怒りを抱きながら、これからどうするかを考え始めた。

 ……こいつの持ち主にそれ相応の罰と地獄を与えるのは当然として、こいつはどうするかな……。人間不信になっていない……なんて都合の良いことはないだろうし、ある程度回復するまでは俺が面倒を見て、その後はじいさんの知り合いがやってるJD保護団体に預けるのが無難なところか。

「……ちょっと明るくするぞ」

 そして、今後の大体の方針を決めたトキヤは少なからずこの面倒事に付き合って貰うことになるであろうアイリスとバルに心の中で謝罪をしながら、このJDが統合知能ライリスに対応しているか、管理協会に登録されているか等、このJDの素性を調べるためにデバイスのライトをつけた。

「……」

 そして、トキヤはそのJDの身体をしっかりと確認し―――― 

「――――!」

 

 そのJDの身体が――――人の命を容易に奪うことができる力を持った身体であることに気づいた。

 

「……お前、――――戦闘用JDか」

 そして、トキヤがその事実を口にすると。

「…………え」 

 そのJDはゆっくりと顔を上げ。

 

「……おにーさん、あたしが――――人魚だってわかるの?」

 

 そのJDは桜の花びらのような綺麗な瞳をトキヤに向けた。

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