第109話
「――――わたしを、スカウト」
「……ああ、そうだ」
イオンが二つ目のとろろ昆布おにぎりを食べ終え、一息ついたタイミングでトキヤはその話を切り出した。
トキヤがイオンとジャスパーに語ったのは、反政府軍を抜けて政府軍に来ないか? という単純明快な勧誘だった。
元々、敵でありながら何度も自分を助けてくれたジャスパーに信頼に近い感情を抱いていたトキヤは、日本へ一緒に来た偶然を利用し、このしがらみのない土地でジャスパーを仲間にできないかと密かに考えていた。
だが、その計画を実行するためには、決して無視できない存在がいた。それがジャスパーのパートナー、イオン・キケロである。
アイリスと血縁関係にあると思われる少女イオンはジャスパーの寵愛を一身に受けており、ジャスパーを仲間にするには彼女を仲間にすることが大前提であったため、彼女がこちらを嫌悪していたり、非道な人間であった場合、ジャスパーを仲間に誘うことはできないとトキヤは考えていた。
だが、イオンはこちらを嫌悪するどころか、何も言わなくとも勝手についてきたり、こちらが困惑するぐらいに友好的だった。そして、イオンと一緒に行動したことで彼女が悪逆を良しとする非道な人間ではないと見定めたトキヤは、イオンに次のような言葉を投げ掛けた。
『――――世界征服などという世迷い言をいう人間がトップの反政府軍にいるぐらいならば、政府軍に来ないか。そして、それからは政府軍の一員として共に戦ってくれるのがこちらとしては一番ではあるが、戦いたくないのなら反政府軍を抜けるだけで良い。その後の身の安全は俺が上の人間と掛け合って絶対に何とかする。だから、どうだろうか……?』
そのトキヤの発言はかなりわかりやすい勧誘の言葉であったのだが、自分が勧誘されることをまったく想像していなかったのか、そのトキヤの言葉を聞いてもイオンは首を傾げ、何を言っているのだろうこの人は。というような目をしていたので。
『……一言で言えばスカウトだ』
と、トキヤがハッキリ言うと、イオンはようやく理解してくれた。
そして、トキヤが黙ってイオンの返答を待っていると。
「――――ふ、面白い」
何故かイオンではなくジャスパーが声を上げた。
「……面白いと評してくれるということは、ジャスパーは乗り気と考えても良いのだろうか」
「いいや、そういうわけではない。トップのカムラユイセを始め、
「……そうだな」
そして、それが普通だ。と、トキヤは心の中でジャスパーの意見に頷き、やはりこの勧誘は無謀だったかと考えたが。
「――――まあ、我がパートナーがそちらにつくと決めたら、その瞬間に反政府軍など躊躇なく裏切るがな!」
と、一瞬で先程とは真逆のことをジャスパーが言い出したため、トキヤは引き攣った笑みを浮かべることしかできなくなった。
そして、正直、ブルーレースと本気で壊し合ってみたくもある……! とか言い出したジャスパーに適当に相づちを打った後、トキヤはこの話の決定権を持つイオンに視線を向け。
「それで、どうだろうか、イオン」
こちらの勧誘に対する返答は決まっただろうかと尋ねると。
「――――それは、厳しい」
と、イオンは否定的な言葉を口にした。
……厳しい、か。
だが、その否定は完全な拒絶ではなく、僅かに可能性の芽を残している否定であったため、万に一つの可能性があるのならと、トキヤは会話を続けることにした。
「……イオン。その厳しいというのは、何が厳しいのだろうか? もしかして、お金の問題か……? 反政府軍から大量のお金を貰って活動しているから、政府軍の通常の給金では物足りないとか、そういう感じだろうか」
「ううん、違う。わたしの実家は超お金持ちで、捨てたわたしにも未だにお金をたくさんくれるから何も困ってない。ジャスパーの装備を全部最強にしても有り余っている」
「……ジャスパーのあの装備、自腹だったのか……。しかし、それなら厳しいというのは……まさか思想的な問題か? イオンはあいつの、ユイセの世界征服という野望に賛同しているのか……?」
「賛同はしていない。けど、拒絶もしていない。わたしはカムラの目指す世界を肯定も否定もしないことにしている。だって、誰が世界のトップに立ってもみんな幸せに生きられるなんてことは絶対にないから。……それに、カムラが本当に世界を征服したとしても、幸せの数も、不幸の数もそんなに変わらないと思う」
幸せと不幸の入れ替えがほんの少し起きるだけ。と、自軍のトップの目指す世界は殆ど無意味であるというようなことを言ってからイオンは。
「でも、思想的な問題があるというお兄さんの推測は正しい。わたし、イオン・キケロは
自分が政府軍に入ることが難しい理由を語った。
「……過剰で過激。……つまり、自分の性格がアウトロー寄りだと言うのか? ……俺にはそうは見えないが……」
「見えない?」
「ああ、少なくとも今日一緒に行動したイオンは、普通の女の子だった」
「そっか」
そういえばそうだったかも。と、顎に手を当て、日本に着いてからの自分の行動を思い返し小さく頷いたイオンはスッと立ち上がり。
「それなら、お兄さん。これから――――この施設で一緒に遊ぼう?」
そうすればきっと、わたしがわかるから。
そう言ってイオンは、トキヤに手を差し出した。
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