第108話
「――――いや、久しぶりのフードコートで俺が少し手こずってしまった」
情けない話だ。と、苦笑しながら二人のJDが座る窓際の席に戻ってきたトキヤは、自分の食事を載せたトレーをテーブルに置いてからバルの隣に座った。
「……」
トキヤは食事を選んでいる時も常にバルとジャスパーの様子を観察しており、二人の雰囲気があまり良くないと感じ取ったトキヤは、少し急いで戻ってきたが……。
「うむ、どうだったハノトキヤ。我がパートナーのエスコートができてこの世に存在していてよかったと心から思えたのではないか?」
「……はあ。このネイティブは何を言っているんですかね。ここは普通、技術屋さんにねぎらいの言葉を掛けるとこでしょうに」
ジャスパーは大きな悩みが解決したというような清々しい笑みを浮かべており、バルはそんなジャスパーを見て呆れたと言わんばかりの表情をしているものの、二人とも相手に強い敵意を抱いているようには見えなかった。
「……」
そんな二人の表情を近くで確認したトキヤは少し心配しすぎたかと反省した上で二人が何を話していたかのを今聞くべきか、後でバルに聞くべきかというようなことを考えていると、トキヤより少し遅れて戻ってきたアイリスとイオンがそれぞれの椅子に座った。
「おお」
そして、自分の隣に座ったイオンが持ってきた湯気が立つ料理をジャスパーは興味深そうに見つめた。
「流石、異国。あの国では見たことのない料理だ。我がパートナーよ、これは何という料理なのだろうか」
「……ん、名前、なんだっけ」
そして、ジャスパーに料理名を尋ねられたイオンは少し自信なさげに、UDONとONIGIRIで、いい……? と、向かいに座るトキヤに確認を取り、トキヤはすぐにそれであっていると頷いた。
「より正確に言えば、かけうどんの白エビかき揚げのせととろろ昆布おにぎり鮭フレーク入り、というのがその二つの料理名だ。日本の、というよりもこの地域の名物を食べてみたいとのオーダーだったから、その中でもポピュラーであまり激しい味付けではないその二品をすすめさせてもらったが……」
どうだろうか? と、今度はトキヤがイオンに尋ねると、イオンは木のレンゲでうどんの透き通った汁をすくい、ふーふーと二度息を吹き掛けてから、その汁を口に入れ。
「……ん、なかなか」
という言葉を呟いたイオンはそのままフォークを使って黙々とうどんを食べ始めたので、どうやら気に入って貰えたようだと、トキヤは安堵の息を吐いた。
「うん、ほんと、おいしいと思うよ。ウドンって確か軍の食堂でも食べたことがあったと思うけど、それよりも全然おいしいよこれ」
「お、そうか。……それはよかった」
そして、イオンと同じメニューを頼んだアイリスがおいしい、おいしいと言いながらうどんを食べる姿を見て笑みを浮かべたトキヤはそのまま自分の食事に手を付けようとしたが。
「……? どうかしたか、バル」
自分が持ってきたトレーを不可解なものを見るような目で見つめているバルに気づき、声を掛けた。
「あ、その、……あれ? ……もしかして、バルの方がおかしい感じなんでしょうかこれ……。あの、技術屋さん? 今、技術屋さんが食べようとしているその三品の料理の組み合わせって、独特というか……、割と変わってますよね……?」
そして、バルの問いかけを受けたトキヤは視線を落とし、自分のトレーを見た。
トキヤが持ってきたトレーに載っている料理は、ざるうどんとめんつゆに薬味。そして、熱々の卵焼きと豚汁であった。
それら一つ一つは普通の日本食であったが、この組み合わせは普通では無い気がするとバルは疑問を抱き、その疑問にトキヤは頷くことで返答した。
「ああ、バルの言うとおりこの組み合わせを好んで食べるって人は少ないだろうな。この三品もうどん屋と牛丼屋の二店舗を回って調達したぐらいだからな。まあ、本当はうどんではなくそうめんがよかったんだが、このフードコートにそうめんを出してる店がなかったから、ざるうどんにしたんだ」
「うどんではなく、そうめん……? うーん……? まあ、それなら……いえ、いいえ、それにしたって変わった組み合わせですよこれ。……技術屋さんが甘い物好きなのは知ってましたけど、特殊な組み合わせの日本食が好きなのは初めて知りました。技術屋さんって、食事にも変わった好みがあったんですね」
「ん? いや、別に俺もこの組み合わせが特段好きってわけじゃないぞ」
「……はい? え、なんです? それじゃあ、好きでもないのに、このよくわからない組み合わせを頼んだんですか? ――――あ、もしかして何かこのメニューを頼まざるを得なくなるような、魅力的な
「いや、そういったキャンペーンはやっていなかったな。……そう、別にこの組み合わせが好きってわけじゃないが……、ちょっと確かめたいことがあってな」
「……確かめたいこと?」
そして、料理の変わった組み合わせで確かめることっていったい……? と、頭の上に疑問符を浮かべて悩み始めたバルをトキヤはいったん放置し、いただきますと言ってから料理を食べ始めた。
「……成る程」
それからトキヤはうどんをすすり、卵焼きをかじり、豚汁の具を食べ、一口ずつ順番にその三品を口に運び、時々、何かに納得したというように、うんうんと一人頷いていた。
そして、トキヤがその三品を半分ほど食べた頃。
「――――ひわぁ」
という未知の小動物の鳴き声のような音が向かいの席から聞こえてきたため、トキヤが食事を中断し、その音の発生源を確認するために視線を上げると。
「――――」
そこにいたのは未知の小動物ではなく、口を押さえて震えているイオンであり、そんなイオンの姿を見てトキヤは慌てて声を出した。
「っ、どうした。まさか、かき揚げが、白エビの殻が口に刺さったか?」
あれ、地味に痛いんだよな。と、過去の体験を思い出しながらトキヤはイオンを心配したが、麺は残っているものの、白エビのかき揚げは既に完食している器が視界に入り、そして、イオンが一口だけかじった跡のあるとろろ昆布おにぎりを持っていることに気づいたトキヤは少し考え。
「……もしかして、美味しさに感動しているのか?」
アイリスに似ているということもあり、他の人間よりは感情を理解しやすい気がするイオンの気持ちをトキヤは推測し、それを言葉にするとイオンはすぐに頷いた。
「そう、その通り。――――かなりの驚愕。ウドンもなかなかだったけど、これは画期的。……これは、何……?」
「いや、何って……、――――とろろ昆布おにぎり鮭フレーク入りだが?」
とろろ昆布おにぎり鮭フレーク入り……。と、呪文のようにトキヤの語った言葉を繰り返してからイオンは。
「あむ」
もう一口とろろ昆布おにぎりを食べ、身体を震わせた。
「……最初、食べる前は独特なビネガーの香りを感じたから、酸っぱいのかなと思ったけど、全然、そんなことはなくて、ライスを覆うように散らされている海藻は粘り気があるのにふわふわしてる面白い食感で風味も凄く良い。更にそれが口の中でライスと混ざることで旨味が現れてとまらなくなって、そこに加工された鮭の塩味が追加されると……、もうどうしようもなくなる。……本当に、これは、何……?」
「いや、だから……、――――とろろ昆布おにぎり鮭フレーク入りだが?」
とろろ昆布おにぎり鮭フレーク入り――――覚えた。と、トキヤの言葉に頷き、この極東の地で出会った一品を心に刻んだイオンは手に持っていたおにぎりをパクンと食べて、そのおにぎりを売っていたうどん店を見つめた。
「――――もう一つ、食べたい。けど、わたしの胃の容量がそれを許さない。ウドンを残せばいけるけど、それはきっと、食べ物に対する、不義理。いったい、どうすれば……」
そして、イオンがもう一つおにぎりを食べたいが、うどんを残すのも気が引けると悩み始めると。
「あ、それなら、わたしが残ってるウドンもらっていい? わたしもそのオニギリ食べたけど、どっちかっていうとウドンの方が好みだったから」
イオンと同じセットメニューを既に食べ終わっていたアイリスが、うどんを食べてあげようかとイオンに助け船を出した。
「――――ありがとう、アイリス」
そして、アイリスのその言葉を聞いたイオンはアイリスに感謝の意を表し、ささっと自分の食べ掛けのうどんをアイリスに渡して目を輝かせながら早足でうどん店へと向かっていった。
「――――うむ。我がパートナーがここまで食事を褒めるのは珍しいからな。自分も行って店員のJDを褒めてこよう」
そして、イオンが
「……」
そして、再び椅子に座り、水を一口飲んだ後、トキヤは。
「――――アイリス。お前はイオンのことをどう思う」
「え? ……うーん、前に会談の場でトキヤくんに噛みついた時はマズい子かなと思ったけど、今日一緒に行動してみたら、ちょっと変わってるけど元気の良い普通の女の子って感じたかな」
アイリスにイオンをどう思うかと聞き。
「――――バル。お前はジャスパーのことをどう思う」
「――――ろくでもないJDですね。強力なJDであることを鼻に掛けた態度が何よりも気に入りませんし、察しが悪いところがダメダメのダメなJDです。…………けど、バルが聞いていたネイティブとはだいぶ印象が違うというのも事実です。暴力的ですけど、理性というか自分ルール……? みたいなので衝動を完璧に制御している気がしますし、コミュニケーションもちゃんと取れる。……正直、普通のJDとそんなに変わらない気がします」
バルにジャスパーをどう思うかと聞いた。
「……そうか。二人もあいつらをそんなに悪いやつらじゃないと思ってくれたか。少なくとも戦争と関係のない場所でなら――――敵である理由はない、と思うぐらいには」
そして、うどん店でおにぎりを注文するイオンとジャスパーを見ながら、トキヤはそんな言葉を発し。
「え? トキヤくん、もしかして……」
「……ちょっと待ってください技術屋さん。まさか、さっき言ってたここで出したい成果って……」
そのトキヤの言葉から、トキヤがここで何をしようとしているのかを察した二人が驚いてトキヤの顔を覗き込むと、トキヤは二人に自分の意思を示すように、強く頷き。
「俺は、あの二人を――――
トキヤは、この異国の地で、強力な敵を味方に引き込むと明言した。
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