第105話

「ごめん、お待たせー! トイレでちょっと戸惑っちゃって……。何ていうか、仕組みが全然違ってて……。全自動っていうのかな? あれ凄いね! ちゃんと良い感じに動いて……」

 と、駅のトイレから出てきたアイリスに日本のトイレの感想を詳細に語られ、トキヤは少し変な気分になりながらもアイリスがこの国のモノに興味を持つことは良いことだと考え、トキヤはアイリスにトイレの技術も含め、この国の人間がとことんこだわった末に生まれた幾つもの超技術について話しながら日本の整備された道を歩き始めた。

「……む」

 そして、その道を歩いている途中で雑木林へと繋がる草むらを見つけたトキヤは、この国の実情を知らないアイリスに日本の隠れた危険について説明することにした。

「アイリス、もしこれからお前がこの国で一人で行動することになっても、今歩いている道みたいに整備されている場所以外は歩くなよ。特に管理されていない森に繋がるような草むらには、緊急時以外は絶対に入るな」

「え? う、うん。それはいいけど、何でかな?」

「単純に危ないからだ。一応四季があるとはいえ今の日本は殆ど熱帯みたいなものなんだ。そのせいで毒を持つ虫や危険な獣がそこら中に生息している」

「え、そうなの……? その、危険な虫とかって普通、駆除とかするんじゃ……」

「もちろん管理地域ではしている。けれども、この国は管理されていない場所が多すぎるんだ」

「管理されていない場所が多すぎる……?」

「ああ、この国は四十七の都道府県で構成されているが、この国の総人口である二千万人程度の人口では全都道府県を活用することができないから、実際に機能しているのは一都六県だけなんだ。そして、今、俺達がいるこの県は、機能している県の中で一番の田舎県で、人口もJDの数も少なく色々と管理が杜撰ずさんで管理されていない土地にどんな生物がいるのかも把握できていないんだ。まあ、この国の医療技術は世界的に見ても高水準だから即死するような強毒を持つ虫に刺されでもしない限り最終的には助かるだろうが、出来る限り気をつけてくれ」

「……ねえ、トキヤくん。もしかして、この国って結構危険だったりする?」 

「戦争をしている向こうとは意味合いが違うが、結構危険だな。この国は今言った危険生物もそうだが、自然に関係する危険が多い。大雨、洪水、台風、山火事、……地震。そういった天災に見舞われる頻度はあの国とは比較にならないほどに多い。だが、天災が多いことや二つの大国が通常の戦争をしなくなったことから、この国に軍事的価値は皆無であると他国に判断されていて、他国が侵略してくることがないから、人間同士の争いにはまず巻き込まれない」

 だから、ここでは穏やかで静かな生活を送ることができるんだ。と、この国にはデメリット以上のメリットがあるからこの国で生きていくのも悪くないぞ。というようなことをトキヤはアイリスに更に説明しようとしたが……。

 

「――――ジャスパー。今、遠くの草むらでおっきなバッタが跳ねた。しかも、青く光ってた。――――わたし、写真を撮ってくる」


 自分たちの少し後ろを黙って歩いていたアイリスと同じ髪の色をした少女が急に声を上げたため、トキヤは次の言葉を紡げなくなった。

「――――ほう、それは珍しい生き物もいたものだ。しかし、我がパートナーは虫を得意としていなかったと自分は記憶していたが……。っ! まさか、自分の記憶違いか……!? もし自分が最愛のパートナーの苦手なものを勘違いしていたというのなら、この国の文化にのっとり、切腹をして詫びる必要が――――」

「ううん、正しいよ、ジャスパー。わたし、自然が好きだけど、虫とかちっちゃい生き物はちょっと苦手。そう、別荘で隔離生活をしていた時、開けていた窓からカエルの集団が部屋に入ってきて、それを見つけたとき、ひやよぁ、って変な悲鳴を上げるぐらいには苦手。……その後、部屋に入ってきた十二匹のカエルを傷つけないように全部庭に戻したのが、人生で一番頑張ったことかも知れない……。カエルは苦手だけど、気に入らないってわけじゃないから、生きているのなら生きたままにしてあげたかった」

「おお……。破壊者でありながら、なんと慈愛に満ちた行動であろうか。流石、我がパートナー……! ――――して、我がパートナーよ。苦手だというのに何故、小さき生物を自ら見に行く。絵の資料にするのか?」

「それもある。けど、一番の理由は単純に変わった生き物をこの目でしっかり見たいから。知的好奇心は――――苦手を超えるの」

「――――……おお、おお……! なんと貪欲な探究心か……! 素晴らしいとしか言い様がない……! 我がパートナーよ! その思いに微力ながら自分の力を加えて欲しい! 自分の肩に乗って草むらに入れば、高い位置から草むらを見ることで虫を発見しやすくなると思うのだが、どうだろうか……!?」

「グッドアイデア。ジャスパー、――――一緒に進軍しよう」

「――――無論! この身は何処までもイオンと共に……!」

 そして、トキヤ達についてきていた少女とJDのコンビは、合体……! と叫びながら肩車をし、トキヤが危険と言ったばかりの管理されていない草むらに向かって走り出した。

「……」

 そんな馬鹿みたいにハイテンションな二人の後ろ姿をトキヤが呆然と見つめていると、トキヤの両隣から困惑の声が上がった。

「……あのJD、酔ってるんですかね」

「……トキヤくん」

「……肩車を提案したことから考えると、ジャスパーは虫の危険性を理解しているようだし……、たぶん、ほっといても大丈夫だろう」

 だから、俺達は気にせず先に進もう。と、トキヤは二人の奇行を見なかったことにし、アイリスとバルを連れて整備された道を再び歩き始めた。

 そして、某JDの暑苦しさにあてられ、喋る気力を失った三人が黙って歩いていると、トキヤ達の前方の路上に車が止まり、車から一人の老婆が降りてきた。

 どうやらその老婆は自宅の前まで車で送って貰ったようで、老婆は運転手に軽く頭を下げてから目の前の自宅へと入っていった。

 そんな特に変わったことのない光景をトキヤ達は視界に入れながらも気にすることなくそのまま歩いていると、その車の運転席から長身の男性が降りてきた。

「こんにちは。帰省ですか? もしよろしければご実家までお送りしますよ」

 そして、車の運転手はトキヤを見てから軽く頭を下げ、車で送ると言ってきたが、トキヤはすぐに首を横に振った。

「帰省じゃない、観光だ。すぐ近くにある宿泊先のホテルまで景色を見ながら散歩をしているだけだから、車は必要ない」

「ああ、そうですか。ご旅行の最中に不必要にお声を掛けてしまい申し訳ありませんでした」

「いや、謝る必要はない。……しかし、お前、俺を見て帰省と推測したな? じいさんが……いや、もしかして、俺の両……」

「……?」

「……何でも無い」

 運転手の発言に引っかかりを覚えたトキヤは運転手に何かを尋ねようとしたが、それは気の迷いだとトキヤは抱いた気持ちを振り払い、運転手に仕事に戻るように言って会話を終わらせた。

 そして、運転手が車に乗り、この場からいなくなった後、今の運転手を見て、あることに気づいたアイリスがトキヤに話しかけた。

「ねえ、トキヤくん。もしかして、今の運転手さん。JDだったりする?」

「ん? ああ、そうだぞ」

「あ、やっぱりそうなんだ。へー……、あれが男性型JDなんだ。わたし、男性型JDって初めて見たかも」

「いや、それは違うぞアイリス。日本に着いてからここに来るまでの間、俺達は既に結構な数の男性型JDとすれ違っている」

「え、そうなの? わたし、全然気づかなかった……」

「まあ、それは仕方ない。今のやつはわかりやすかったが、この国のJDは本当に人間みたいなやつばかりだからな。ちなみにさっき車から降りて家に入った老婆もJDだったんだが、わかったか?」

「え、嘘……!? あのおばあちゃんもJDなの……!?」

 アイリスの目には普通の老婆にしか見えなかった存在が人間ではなくJDであったという事実を知り、アイリスは驚きの声を上げた。

「……JDの身体って色々あるんだねー……。……あれ、でも、JDって人格データが心であって、年齢とか性別って心に関係は……。ねえ、トキヤくん。さっきの運転手さんみたいな男性型JDの人格データを女性型JDの身体に移したりすることってできるの?」

「可能だな。だが、どちらかの型に4000時間以上継続して入っていた人格データを違う型に入れることは推奨されていない。半年近く一つの性別で過ごすと、人格データが身体につられて、心がその性別っぽくなるんだよ。そんな状態で本人が望んでもいない別の型に入れると、人格データに異常が起きる可能性が出てくる。最悪、壊れることもある」

「へえー……」

「だから、JDは一度動かした性別の身体を使い続けることが望ましいと言われている。用途に応じて性別を変える必要があるほど性能に差があるわけでもないしな。女性型だから家事が得意ということもないし、男性型だから戦闘に適しているというわけでもない」

 大体、そんな感じだが、わかったか? と、トキヤはアイリスの疑問に対する回答を言い終え、アイリスの反応を待ったが……。

「――――うむ!」

 何故かそのトキヤの言葉に返事をしたのはアイリスではなく、いつの間にか草むらから戻ってきていた赤髪の馬鹿JDだった。

「それはハノトキヤの言うとおりだな。自分も武者修行中に男性型JDと戦い、一体残らず粉砕したことがあったが、特別強いというわけではなかった。女性型JDと同等、いや下手をしたら女性型JDよりも連中は弱かった」

「歯応えが無いのは、つまらないよね」

 そして、まるで昔からの仲間であるかのように普通にトキヤ達の会話に加わるジャスパーとイオンを見て。

「……っ」

 もう我慢の限界、といった感じの表情を浮かべたバルが、トキヤの脇腹を小突いた。

「……技術屋さん。流石にそろそろ突っ込んでくれないと、もうバルが突っ込んじゃいますけど……」

 どうしますか? と、明らかに苛ついているバルに詰め寄られたトキヤは小さく頷き、意味がわからなさすぎて放置していた反政府軍のジャスパーとイオンが自分たちについてくる理由をジャスパーに尋ねることにした。

「……なあ、ジャスパー。お前達にはお前達のやることがあるはずだよな? ……何で俺達についてくるんだ」

「む? それはだな、一言で言ってしまえば、――――暇だからだ……!」

「……暇?」

「うむ。装備とディフューザーが届くまで戦闘は出来んし、本格的な観光は化物を破壊した後と決めていたから今日は手持ち無沙汰であったのだ。だから、我がパートナーと話し合い、貴様についていったら面白いのではないかということになったのだが……そういえば、ハノトキヤ。貴様がこの国に来た理由を聞いていなかったな」

「俺が日本に来た理由か? 俺は……、昔、世話になった恩師に会いに来たんだ。アイリスは観光。バルは俺達の護衛だ」

 そして、トキヤは敵であるジャスパーに任務で日本に来たとは言えず、けれども嘘はつきたくなかったため、トキヤが少し考えながら一応は真実である言葉を作っていると。

「……そうか。ソレは護衛だったのか」

 ジャスパーは、本当に一瞬だけ、バルに酷く冷たい視線を向けた。

「ん? 何か言ったかジャスパー」

「いや、何も。それよりもハノトキヤ。その恩師に会うのはいつなんだ?」

「明日の午前中の予定だ」

「ならば、今日は貴様も暇ということだな」

「……まあ、そうなるが」

 そして、トキヤが暇であることを白状すると、ならば話は早いとジャスパーは嬉しそうに手を叩いた。

「それならばハノトキヤにアイリス、後、護衛。我々と共に来い! 先程少し調べたらこの近くに我がパートナーを褒め称える施設があることが判明したのだ……! そこでゆっくりと会談でもしようではないか……!」

 主に我がパートナーの素晴らしさを話す感じで! と、上機嫌な様子で語ったジャスパーがイオンと共に歩き出し、そんな二人の後ろ姿を見ながら、トキヤは少し考え。

「……反政府軍相手の内情を知ることができる良い機会かもしれない」

 そう判断したトキヤはアイリスとバルを連れて、二人の後についていくことにした。

「……」

 ……しかし、イオンを褒め称える施設って何だ?

 そして、トキヤは歩きながら、ジャスパーの発言の中でいまいち理解できなかった施設について考え始め。

「――――」

 すぐにトキヤは、この国日本といえばこれしかないというような施設を思い出したが、いや、まさか、そんなわけはないよな。と、トキヤは自分の想像に苦笑し、乾いた笑いを零した。


 だが、その足は、着実に郊外へ向かって進んでいたのであった。

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