第104話
サラマティスタン第二空港から約三時間ほどのフライトを経て、トキヤ達は日本に到着した。
トキヤ達が降り立った場所は日本の首都にある空港だったが、トキヤ達は日本の首都に長時間滞在することはせず、公共の交通機関を利用してすぐに首都を離れた。
それから約一時間後。目的地である日本海に面するとある県に着いたトキヤは空調の効いている駅構内から外へと出て、空を見つめていた。
「……」
空全体を分厚い雲が覆い、太陽が見えない暗い空。
「……」
太陽の光が殆ど大地に降り注いでいないというのに、青空の下の砂漠とそれ程変わらない気温。そして、目を瞑ればお湯に浸かっているのではないかと勘違いしてしまいそうになる尋常ではない湿度。
「……」
昼なのに暗い空、身体に纏わり付く湿気。もう何年も見ていなかった、感じていなかった生まれ故郷の日常的な気候を肌で感じたトキヤは、小さく口を開き。
「……懐かしいな」
と、思わず呟いた。
そのトキヤの呟きは、例え、すぐ隣にいたとしても人間の耳では聞き取ることができない程に小さな声で発せられた独り言だった。
「……ええ」
だが、人間よりも遙かに優れた聴力を持つ存在はトキヤが発した言葉を正確に聞き取っており。
「……懐かしいです」
トキヤの隣で、トキヤと同じように空を見上げていたその
……バル。
シオンやサンと比べると少し幼く見える容貌に、黒く綺麗な髪。
バルの容姿はこの国によく馴染んでおり、日本の空を見つめ、物思いに耽るバルの横顔は一枚の絵画のように見え、とても美しかった。
「……」
と、自分の言葉に反応したバルの姿を視界に入れたまま、バルの美しさを再確認するようにトキヤがバルの姿をじっと見つめていると。
「……? どうしたんですか、技術屋さん。そんな熱い眼差しでバルを見つめちゃって――――あ」
トキヤの視線に気づいたバルが物思いに耽ることをやめ、トキヤをからかうような言葉を発しようとしたが、直前に自分が無意識のうちに零してしまっていた言葉に気づき、口を閉ざした。
「……なあ、バル。やっぱり、お前は昔、この国で――――」
「あー、あー。なんのことでしょう? 技術屋さんが何を言ってるのか、バルにはちょっとよくわかりませんねー。――――あ、アイリス! ほら、技術屋さんの大好きなアイリスが来ましたよ! アイリスー! こっちですよー!」
そして、バルはトイレに行っていたアイリスが駅の中から出てきた姿を確認すると、トキヤから視線を外し、アイリスに向かってブンブンと手を振り始めた。
……バル。
バルというJDの人格データは、トキヤが整備を担当している戦闘用JDの中で唯一、国が誰かから買い取ったモノである。
他のJD達のように国が一から育ててきた人格データではないバルは、あの国で戦闘用JDとして戦線に加わる前の記憶を保持している。
だが、バルが自分の過去の話をすることは殆どなく、軍がバルの過去のデータを強制的に引き出そうとしたこともなかったため、トキヤはバルが戦闘用JDになる前にどこでどう暮らしていたのかということを一切知らない。
だが、普段のバルの言動からこの日本と深い関わりのある国か、もしくはこの日本で暮らしていたのではないかとトキヤは前々から推測しており、丁度良い機会であったため、そのことをトキヤはバルに尋ねてみたのだが、あからさまに拒絶され、誤魔化された。
「……」
まあ、嫌がるのならば無理に聞く必要は無いな。と、これ以上、この話を続ける必要はないとトキヤは判断したが……。
「……」
けれども、任務が終わって落ち着いたら、この国でどこか行きたいところがあるかを聞いて、もしあるようだったらそこに連れて行ってやりたいものだな。というようなことをぼんやり考えながらトキヤは、駅からこちらに向かって走ってくるアイリスに視線を向けた。
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