イオン会議

第106話

 

 ――――この世に不変不朽のモノはない。

 

 からへと変わる始まりの時に物理法則に縛られてしまったこの世界では、それは絶対の法となっている。

 どれ程強固な存在や概念だったとしても、それらは必ず時と共にうつろい、やがて消える。

 そんな全てが必ず消失してしまうこの世の中でも特に脆いモノは、生命や、その生命が創り出したモノ達であろう。

 生命が積み重ねてきた歴史も、大事に守ってきた文化も、吹けば飛ぶようなものであり、あまりにも儚い。

 だが、それでも生命は懸命に在り続けようとし、その間に多くの尊きモノを創り続け――――その中の一つが今も此処に存在していた。

 そう、それはギリシア神話の永劫を司る神アイオーンのように、この時代も消えることなくこの国に在り続け、人々の社会生活を支え続けていたのだ。

 

 その施設存在とは――――

 

「――――おお、フードコートから見える景色も中々ではないか。流石、我がパートナーを褒め称えている施設だ」

「……別にお前のパートナーを褒め称えているわけではないと思うぞ」

 というか何の関係も無いだろ。と、トキヤはジャスパーに小声で突っ込みを入れた。

 ――――落ち着いた場所でゆっくり話そう。そんなジャスパーの誘いに乗ったトキヤ達は今、あるショッピングモールにいた。

 そして、フライト中ずっと眠っていたジャスパーのパートナー、イオンがショッピングモールに到着後すぐに空腹を訴えたため、まずは食事をしようということになり、この施設を利用したことのあるトキヤのオススメで一階の飲食店街ではなく、外の景色がよく見える三階のフードコートへと来ていた。

 何故トキヤがフードコートを選んだかというと、イオンの食事の好みがわからなかっため、ここなら無難な料理を出してくれるチェーン店があるからと考えた、ということもあるが、最大の理由は先程ジャスパーが褒めたフードコートから見える外の景色をアイリスに見せたかったからである。

「どうだアイリス。ここがこの辺りで一番景色が良いところなんだが、結構良い眺めだろ。奥の方には海も見える。記憶を失う前はわからないが、今のお前が海を見るのはこれが初めての筈だ。……まあ、本当は航空機に乗っているときに窓から海を見るように言うべきだったんだが、色々ありすぎて失念していた。すまん」

「う、うん。けど、それは仕方ないよ。飛行機の中では二人であの子、イオンちゃんの寝顔をジャスパーとの話が終わった後もずっと見てたんだから。それであの奥にある水溜まりが海なんだね。へー……。……ねえ、トキヤくん? たぶん、ここでわたしは、わー、海って凄く綺麗なんだね……! ……って言って喜ぶべきなんだろうけど、正直な感想を言っていい? ……海、そんなに綺麗じゃないね……? 何ていうか、わたしが思っていたよりもだいぶ暗い色をしているというか……」

「――――あ。……そうか、そうだよな。映像とかで見る海の方がもっと綺麗で、曇天の下のこの暗い海は綺麗、とはいえないか。すまん、俺にとって海といえばこの色だからこれで十分綺麗だと思ってしまっていた」

 帰る前に太平洋側の海を見せる。あちら側ならばもう少し青くて綺麗なはずだ。と、アイリスが暗い海を見て微妙な表情を浮かべたことに気づいたトキヤがミスを挽回しようと慌てる姿を見て、アイリスは楽しそうに笑った。 

「うん、それじゃあ、その反対側の海を楽しみにしているね。けど、このおっきな施設を迷うことなく歩いたり、ここの眺めが良いことを知ってたりするってことは、トキヤくんって前にここに来たことがあるのかな?」

「それは……。……まあ、な。俺の生活圏内ではなかったから、食料品とかを日常的に買いに来ることはなかったが、それでも十回以上は来たことがある」

 ――――最愛のJDアヤメと一緒に。という言葉を呑み込んだトキヤは、アヤメとは全く違う表情を浮かべるアヤメの元となった少女、アイリスの顔を見つめ……。

「? トキヤくん、どうかした?」

「……いや、何でもない」

「そう?」

「……ああ」

 ……そう、あいつとの思い出がある場所に来ても、本当になんともないんだ。

 と、この国に来てもずっと落ち着いている自分の心に驚きながらもトキヤはそのまま足を進め、窓際の席へと腰を下ろした。

 そして、トキヤの座った席の右隣にアイリスが座り、左隣にバルが座った後。

「……技術屋さん」

 敵JDであるジャスパーを誰よりも警戒しているバルが、ジャスパーとイオンが少し離れた場所で外の景色を見ていることを確認してから、小声でトキヤに話しかけた。

「まさかとは思いますけど、この国にいる間、あの敵達とずっと一緒に行動する、何てことは考えてませんよね? それは本気でお薦めしませんよ。今、バルは統合知能ライリスに入ってませんし、あのネイティブの統合知能ライリスに情報を上げていないっていう話もたぶん、本当だとは思いますけど、こんなことばかりしているといつか敵と接触していることが軍にばれて、敵と裏で通じているとか、スパイじゃないかとかそんな疑いが技術屋さんに掛かってしまいますよ?」

「……バルにしては珍しく正論しか言ってないな」

「……それだけ切羽詰まってるってことです。……ええ、本当に一杯一杯なんで、建前だけじゃなく本音も言っちゃいますね。あのですね、技術屋さん。今は互いに武装はしていないとはいえ、あのネイティブと戦闘になってしまったら、正直、バルでは万に一つも勝ち目はありません。だからバルは常に技術屋さんとアイリスを連れてどう逃げるかということを心の中で延々とシミュレーションしてるんですけど、これがかなりしんどいんです。もし技術屋さんに仲間のJDのことを大事に思う気持ちが僅かにでも残っているのなら、バルとしては、さっさとあの二人とは別れて欲しいです。――――はい。以上が技術屋さんの護衛をするJDの本音でした……!」

「……お、おう。……すまん、まさかお前がこの状況をそこまで重く捉えているとは思っていなかった。けどな、ジャスパーはそんなに悪い……よし、その目はやめてくれバル。普通に怖い。後、感情のままにシオンに告げ口をするのだけはやめて欲しい。安全だと思っていた日本にジャスパーがいるなんてことを知ったら、あいつ、日本に来そうな気がするんだよな……」

 まあ、何にしても少し落ち着いてくれ。と、トキヤはバルを宥めながら、バルに負担を掛けていたことを反省し、これからの行動予定をバルにちゃんと話すことにした。

「バルには悪いが、今すぐあいつらから離れることはできない。だが、ここでの食事が終わるまでに成果を得られなかったら、あいつらとは距離を取るつもりだ」

「……成果、ですか?」

「ああ」

 これは好機チヤンスなんだ。と、呟いた直後に景色を眺めていたジャスパーとイオンがこちらに向かってくる姿を確認したため、トキヤはバルとの会話を中断し、二人の方を向いた。

「二人とも、もう景色はいいのか?」

「うむ、取り敢えずはな。それで、そろそろ我がパートナーに食事をとって貰おうと思うのだが、自分たちはこの国の仕組みには不慣れでな。だから、ハノトキヤよ。、我がパートナーをエスコートして欲しい」

「……何?」

「む? 何だその顔は。まさか、嫌なのか?」

「あ、いや、そういうわけじゃない。全然構わないが……、ジャスパー、お前は俺達が食事を選んでいる間に何をするつもりなんだ?」

「いや、別に何もしないぞ」

 自分は此処で待たせて貰うだけだ。と言ってバルの向かいの席に座ったジャスパーを見てトキヤは、大して距離が離れないとはいえ、最愛のパートナーであるイオンを自分に任せ、ここで待機する意図は何だ……? と、ジャスパーの思いがけない動きに頭を悩ませたが。

「技術屋さん、それにアイリス。バルもここで待ってますので、二人でその子を連れて食事を買ってきてください」

 ジャスパーの動きは自分が監視する。という意味合いの言葉をバルが口にしたため、トキヤは小さく頷き、この場はバルに任せることにした。

「……そうか、わかった。それじゃあ、アイリス、イオン。俺達は食事を選びに行こう」

 そして、トキヤはアイリスと共に立ち上がり、イオンを連れ、フードコートに出店している飲食店に向かって足を進めた。

「……」

 向かい合って座っている二人のJDの姿を常に視界の端に入れながら。

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