第102話

 国防副大臣から重要な任務を授かったトキヤは、護衛のバルとアイリスと共に日本へ向かうことになったが、日本に行くための航空機が軍用機だと反政府軍に撃墜される恐れがあったため、トキヤ達は隣国の空港から民間の旅客機に乗って日本に向かおうとしていた。

 そして、トキヤ達が空港内の搭乗待合室で航空機に乗るまでの時間を過ごしていると、そこに想定もしていなかった二人の人物が現れた。

 搭乗待合室に現れたのは、最強のJDブルーレースと同等の力を持つJD、ジャスパー。そして、ジャスパーのパートナーである人間の少女、イオン・キケロだった。

 トキヤはジャスパーが会談の場で護衛をしてくれたことや前の戦いで仲間シオンを助けてくれたこともあり、彼女に対して敵意は抱いていなかった。

 だが、それでもジャスパーは反政府軍のJD。政府軍に所属するトキヤの敵なのである。

 更にジャスパーはネイティブという特殊なJDでもあり、同じネイティブのブルーレースの命を受け、トキヤの命を奪いに来たという可能性も十分に考えられた。

 そのため、トキヤ、というよりもトキヤの護衛であるバルとアイリスが、ここで戦う気はないとジャスパーが断言しても警戒し続けた。

 そして、バルとアイリスに守られながらトキヤは航空機に乗り、その後、ジャスパーとイオンもトキヤ達と同じ航空機に乗った。

 それからすぐに航空機は空港を飛び立ち、数分後には安定した水平飛行になったため、乗客達は皆、ある程度自由に機内を動き回れるようになった。

「……」

 そんな少し騒がしくなった機内で、トキヤは――――

 

「……すぅ……すぅ」

 

 機内サービスのかぼちゃプリンを食べながら、ジャスパーのパートナーの少女、イオン・キケロの寝顔を鑑賞していた。

「……」

 ――――何だこの状況、意味がわからん。と、心の中で呟きながらもトキヤはおいしいかぼちゃプリンをパクパクと食べながら、十一歳の少女のあどけない寝顔を見つめ続けていたが……。

「……」

 暫くしてトキヤは、これ――――絵的にかなりマズいんじゃないだろうか? ということに気づいた。

 今のトキヤは、浅く胸が上下している以外は殆ど動かない、身体から完全に力が抜けている十一歳の少女の寝姿をプリンを食べながら、じっと見つめている二十歳の男でしかない。

 そうトキヤは今――――完全に変質者のムーブを決め込んでいたのであった。

「――――」

 イオンの寝顔を見るようにと強要されているとはいえ、今の自分の姿は誰が見ても逮捕されるレベルの変態だ。と考えたトキヤは助けを求めるように視線を動かし。

「……」

 自分と同じようにイオンの寝顔を見つめることを強要されているアイリスの姿を見たトキヤは。

 ……ほんと、アイリスとイオンは姉妹にしか見えないな……。もしかしたら、俺も年の離れた親戚のお兄さん的な存在に見られて、セーフか……? アイリスが隣にいるから、あぶなさが色々と緩和されてセーフ、セーフだろうか……? 

 と、一瞬考えたが。

「……」

 いや、これ、セーフとかセーフじゃないとかそういう問題じゃないよな。と、すぐに考えを改め、トキヤは自分が犯罪者に間違われかねないこの地獄の時間を終わらせるために、全ての元凶に視線を向けた。

 すると、その元凶は最高の笑顔を浮かべ――――

「――――アイリス、ハノトキヤ、どうだ我がパートナーの寝顔は……! 国宝級の愛らしさ、いや、人類の宝、星が生み出した奇跡といっても過言ではないはずだ……! そうだな……!?」

 イオンのパートナーであるJD、ジャスパーはトキヤとアイリスに、イオンの寝顔は素晴らしいだろうと凄く面倒な自慢をしてきた。

「お、おう……」

 小声で叫ぶという器用な発声方法でイオン最高というプレッシャーを与えてきたジャスパーの勢いに押され、トキヤは頷いたものの、本当はイオンの寝顔よりも機内サービスのかぼちゃプリンの美味しさの方がよっぽど感動的だと思っていたのだが、そのことをジャスパーに語ることが危険であることは火を見るより明らかであったため、トキヤはその言葉を呑み込んだ。

「……」

 ……しかし、ジャスパーは本当にパートナーイオンが絡むと面倒くさくなるな。

 空港を出発し、航空機が水平飛行に移行した後、トキヤ達はジャスパーに色々と質問しようとしたのだが……。

『我がパートナーは昨晩絵を描くのに夢中になって、殆ど寝ていないのだ。だから、寝付くのを待て。そして、貴様達がパートナーの芸術的な寝顔を鑑賞してから、そちらの疑問に答えよう』

 と、ジャスパーに言われたため、トキヤとアイリスはその言葉に従ってイオンの寝顔を鑑賞するという意味不明な時間を過ごすことになった。

「……」

 だが、それでもトキヤは、この意味不明な時間に、ジャスパーとイオンが現れてくれたことに、内心、感謝していた。

 トキヤがジャスパーに感謝する理由。それは―――― 

「……はあ。もう、何なんですかこれ」

 と、ジャスパーと自分達の様子を呆れたように眺めているバルの姿にあった。

 サンが破壊された後、別のJDかと思ってしまう程に様子がおかしくなっていたバルだったが、ジャスパーが現れた後、バルはサンが破壊される前と同じような調子を取り戻した。

 最大級の脅威であるジャスパーの登場が最強のショック療法になったのだろうと推測したトキヤは、今のバルの状態が一時的なものでしかない可能性もあるが、それでもバルが元に戻る切っ掛けとなったジャスパーに心の中で何度も感謝の言葉を呟いていた。

 だが、その思いをトキヤは表情には一切出さずに。

「――――さて、ジャスパー。お前のパートナーの寝顔は十分に堪能させて貰った。だから、そろそろこちらの質問に答えてくれないか?」

 この航空機に乗った理由が不明瞭なジャスパーを警戒している、という雰囲気を感じさせる口調でジャスパーに話しかけた。

「……むぅ。永劫の時の間、見続けても飽きることのない我がパートナーの寝顔鑑賞を、たったこれだけの時間しかしなくて良いというのか……? 奥ゆかしいというか、少し遠慮が過ぎる気もするが……まあ、わかった。約束通りそちらの質問に答えよう」

 そして、トキヤにこの航空機に乗った理由の説明を求められたジャスパーは少し不満げに口を尖らしたが、すぐに頷いてくれた。

「そうか。なら、幾つか質問をさせて貰うぞジャスパー。まず最初に……これは、搭乗待合室でも聞いたことだが、重要なことだからもう一度確認させて貰う。……ジャスパー、お前がここにいるのはブルーレースに俺を殺すように指示されたから、というわけではないんだな?」

「ああ、そうだ」

「……本当だな?」

「本当だ。それどころか、ブルーレースあの癇癪持ちが貴様がここにいることを知ると色々と面倒そうだから自分は統合知能ライリスに貴様と同じ航空機に乗っているという情報を一切上げていないぞ」

「……そうなのか。それは正直助かる。……しかし、それなら俺達と同じ航空機に乗ったのは本当に偶然ということか。……お前達は何であの国に行こうとしているんだ? まさか、普通に観光だったりするのか……?」

「うむ。それもあるぞ。しかし、主な目的は――――コンバット、ということになるな」

「……戦闘だと? ジャスパー、幾らその身体が戦闘用とはいえ、お前の装備やディフューザーはこの航空機に載せていないよな?」

「ああ、自分の専用装備やディフューザーは後で船便で送られてくることになっている。船便なら色々と誤魔化しがきくからな」

「……」

 ――――日本で戦闘を行う。そのジャスパーの言葉が本気であるということを感じ取ったトキヤは、敵を見るような目でジャスパーを見つめた。

「……ジャスパー。俺はお前に幾つもの借りがある。どれだけ感謝してもし足りないぐらいにな。だが、もしお前が、反政府軍が、あの国を戦火に巻き込むというのなら、流石に無視はできない。俺は今すぐにでも増援を要請し――――お前を全力で止める」

「――――む」

 そして、トキヤに本気で睨まれたジャスパーは少し慌てて口を開き。

「待て、待て待て。誤解するなハノトキヤ。確かに自分は戦うためにあの国に行くが、戦う理由は貴様の想像とは真逆のものだぞ」

「何……? 逆、だと?」 

「ああ、自分はある意味、あの国を守るために戦うのだ」

 そして、ジャスパーは強い笑みを浮かべ。

 

「自分があの国で行うのは――――化物退治だからな」


 ジャスパーは、御伽おとぎ話の主人公のような台詞を口にした。

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