第101話
搭乗待合室に入ったトキヤは、航空機に搭乗する前にここで元気のない二人の同行者と少し話しておこうと考え、まず最初にもう一人に比べればまだマシな顔つきをしている少女と話をすることにした。
「……」
明るい赤色の髪が特徴的なその少女の名前はアイリス。戦うことを何よりも好み、
そんなアイリスは今、いつもの格好とは全く違う可愛らしい服を着て、人形のように黙って椅子に座っていた。
「……」
自分よりも先にセキュリティチェックに行ったアイリスがトラブルを起こすことなくこの場所にいることから、前に作った
「……あ、トキヤくん」
そして、自分の隣にトキヤが座ったことに気づいたアイリスはすぐにトキヤに視線を向けたが、いつも透き通っているアイリスの青い瞳が今は少し濁っているように見えた。
「もう用事は済んだの?」
「ああ」
「……そっか」
そして、一応はトキヤと会話をしたアイリスだったが、一言二言話したらまた顔を伏せてしまった。
「……」
そんなアイリスのいつもとは違う様子を見て、どうすればアイリスを元気付けることが出来るだろうかと、トキヤが少しの間、黙って思考を巡らしていると。
「……ねえ、トキヤくん」
アイリスが、顔を伏せたまま。
「……わたし、戦うのやめた方が良いかな」
トキヤが想像もしていなかった言葉を呟いた。
「……何?」
アイリスが戦うことをやめる。それはトキヤが心の中で願い続けていた望みの一つであった。
トキヤはアイリスの意思を尊重し、アイリスが戦い続けることに反対はしないと誓っていたが、心の中ではアイリスを戦わせたくないと常々思っていた。
そもそも今回アイリスを日本に連れて行くのも、護衛はあくまで建前で本当の目的はアイリスに戦い以外の道もあるということをしっかり教えるためであった。
落ち着いたら、戦争が終わったらアイリスに戦い以外の事を色々と教えていこう。と、トキヤは今まで思っていたが、ブルーレースが自分を狙っていることやサンのこともあり、今後自分がどうなるかわからないから、できるうちに色んな世界をアイリスに見せてアイリスの見識を広げようとしていたのだが、その旅に出る前にアイリスの口から、戦いをやめた方が良いのだろうかという言葉が飛び出してきたのだ。
「……」
それはトキヤにとって願ってもない話であった。
だからトキヤは、ああ、やめるべきだな。今の時代に人間が戦闘をするなんて馬鹿げてる。丁度、日本に向かうし、俺が向こうで人間らしい穏やかな生活ってのを教えてやる。それであの国が気に入ったら、そのまま住めば良い。というような言葉をアイリスに投げ掛ければ、今のアイリスならば首を横に振ることはしなかっただろう。
だが、トキヤは――――
「……何故、そんなことを言うんだ、アイリス」
お前は、アイリスという人間は、戦うことが何よりも好きなんだろう? と、まるでアイリスが戦うことをやめることに反対するような言葉を口にした。
「……トキヤ、くん?」
そのトキヤの発言はアイリスにとっても想定外のモノであったらしく、アイリスは顔を上げ、驚いた表情を浮かべながらトキヤの顔をまじまじと見つめた。
「……」
そして、アイリスは、トキヤが己の願いを押しつけるのではなく、今、自分が思い悩んでいることに真摯に向き合おうとしてくれていることに気づき。
「……あの、ね」
アイリスは、自分の心の
「……わたし、この空港に着くまでずっとデバイスで
しっかり、センサーで捉えて表示してた。と、語ったアイリスは、その表情にこれ以上ないという程の悔しさを滲ませていた。
「……わたしが撃たれる二秒も前に、
やられることはなかった。と、アイリスは苦悶に満ちた表情を浮かべながら、自身が抱えた罪の意識を全て吐き出した。
「……そうか。アイリス、お前が戦うことをやめるべきか悩んでいるのは、サンが破壊されたことに責任を感じているからなんだな」
そして、その告白を黙って聴いていたトキヤは。
「なら、その決断は――――保留すべきだな」
それは今、決めるべきことではないと、迷うことなく言い切った。
「……え? 保留……?」
「ああ」
保留だ。と、首を傾げたアイリスを見つめながら強く頷いたトキヤは、そのまま言葉を続けた。
「確かにサンは破壊された。だが、死んじゃいない。あいつはちゃんと直って戻ってくる。だから、お前が責任を感じる必要なんてどこにもないんだ。……けれども、俺のこの言葉だけで割り切れるような簡単な感情ではないということは俺もよくわかっている。だから、今はまだ決断せずに、サンが直るまでその考えは保留しておくんだ」
「サンちゃんが直るまで……。……ねえ、トキヤくん。サンちゃんが直る可能性は半々だって、レタさんが――――」
「いいや、サンは絶対に直って戻ってくる。そして、あの太陽みたいな笑顔を俺にまた見させてくれるんだ。……絶対にな」
「……トキヤ、くん」
「だから、アイリス。サンが元気に戻ってきたら、その時にサンと話して、戦いをやめるかどうかを決めるといい」
これから暫くは戦闘もない。決断するのは、それからでも遅くないはずだ。と、トキヤがアイリスに語ると。
「……」
アイリスはトキヤの浮かべている、トキヤ自身が気づいていない、その表情をじっと見つめ。
「……うん、そうだね。そうする」
アイリスはトキヤに勧められた通り、サンが復帰するまで戦いをやめるかどうかの決断を保留すると決めた。
「そうか。……まあ、これから向かう日本が気に入って、そのまま住みたくなったなら、それはそれでいいけどな」
「えー、それはないよー」
「……何の迷いもなくシームレスに否定するな。いや、穏やかで良い国なんだぞ。本当に」
そして、数分前に語っていたら否定しなかったであろう言葉を即座に否定したアイリスを見て、いつも通りのアイリスに少し近づいたと感じたトキヤは、搭乗待合室内にある無料の軽食サービスに目を遣った。
「あー……、そういえば半日近く何も食べていなかったから、小腹が空いたな。アイリス、悪いが何か適当な食事を貰ってきてくれるか。自分で選んでばかりだと栄養バランスが偏って、後でシオンに怒られてしまいそうだからな」
そして、トキヤは少し元気を取り戻したアイリスに軽食を取ってくるようにお願いし、アイリスが席を立ったのを確認してから。
「……」
さて、問題はここからだ。と、気合いを入れ直し。
「――――」
トキヤは、アイリスと一つ席を空けて座っていたJD、バルへと視線を向けた。
「……」
姉妹同然の存在であったサンが破壊された後のバルの落ち込み具合はアイリスの比ではなく、トキヤの目に今のバルは――――まったく別のJDのように見えていた。
JDに対して尋常ではない理解力を持つトキヤがそのような所感を抱いてしまう程のバルの変貌は決して良い状態とは言えず、最悪、ショック療法的な解決策も選択肢に入れなければいけないかもしれないと、トキヤはバルに強い思いをぶつける覚悟をしてから、口を開いた。
「……バル、少し良いか」
「……はい」
そして、バルは、トキヤが知らない表情を浮かべながら、トキヤの方を向き――――
「ぶーーーー!?」
思いっきり吹き出した。
「……は?」
バルの口からいきなり吹き出された空気を顔に浴びながらトキヤが呆然としていると、いつの間にかいつも通りの表情に戻っていたバルが、はい? え? はい? と、呟きながら、トキヤの後ろを見つめ、目を白黒させていた。
「……?」
そのバルの様子を見て、自分の背後にバルを驚愕させる何かがあったのだろうと推測したトキヤが後ろを振り返ると。
「――――な」
トキヤはバルに勝るとも劣らない驚愕の表情を浮かべることになった。
そこにいたのは燃え盛る炎のような髪と瞳が特徴的なJD。
「ん? おお、誰かと思えばハノトキヤ。偶然だな。どうだ、息災か」
そして――――
「ふわぁ……」
ジャスパーに手を引かれ、可愛らしく欠伸をするその人物は、アイリスと同じ明るい赤色の髪と透き通った青い瞳を持つ十一歳の少女。
「……あ、手の肉付きが、良い感じのお兄さんだ」
ジャスパーのパートナー、イオン・キケロがそこにいた。
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