第103話

「化物退治だと……?」

 ジャスパーの口から想像もしていなかった言葉が飛び出し、トキヤは困惑の声を上げた。

「……」

 日本へ向かう理由は化物退治であるとジャスパーは明言し、そのジャスパーの言葉が嘘ではないと感じ取ったトキヤは化物という存在に思いを巡らせた。

 日本で化物と言えば鬼や妖怪の類いを連想するが、この世界でそういった存在が実在することが証明されたことは無かったため、トキヤはそういうモノではなく現実に存在する可能性のある化物を想像し……。

「……まさかとは思うが、反政府軍が条約を無視して生物兵器を作り、それが日本に逃げたとかそんな話じゃないよな……?」

 鬼や妖怪の方がよっぽどマシな化物を想像してしまったトキヤがジャスパーにおそるおそる尋ねると、ジャスパーは生物兵器の類いは作っていないぞ、と笑って否定した。

「ハノトキヤよ。あの男、カムラユイセは間違いなく愚か者だが、それでも愚の骨頂である生物兵器や化学兵器を使ってコトを進める気は無いようだから、それだけは安心すると良い。しかし、日本に逃げたというところだけは貴様の予想が当たっていたな。自分は逃げた反政府軍仲間のJDを追っているのだ」

「……逃げた仲間のJD? ……普通のJDが逃げるというのは中々考えられないな。……そいつ、ネイティブか」

「うむ、その通りだ」

「……逃亡したネイティブ。生物兵器に比べれば遙かにマシだが、十分に厄介だな。しかも、ジャスパーお前に化物なんて呼ばれているんだ。そいつはかなり強力なJDなんだろうな」

「む? いや、別にそういうわけでは無いぞ。自分が追っているJD、モルガナイトは強者と呼ぶに値しないJDだ。貴様のパートナー、ペルフェクシオンならあっという間に倒してしまうだろうな」

「何? そんなに強くないのか……? しかしそれなら、なんでお前が……と、その前にジャスパー、一応訂正しておくが、シオンと俺は、その、パートナーではないんだ」

「む、そうなのか? それは意外だな。貴様とペルフェクシオンは自分と我がパートナーぐらいにお似合いだと思っていたのだが……」

「……まあ、パートナーだと思われてもおかしくないぐらい俺はシオンの世話になっているし、シオンのことを俺は心から信頼しているが……。……シオンは軍の所有物だ。それに……、それに俺には……」

「……? 俺には? 何だ?」

「……まあ、色々あるんだよ」

「……?」

 貴様の言ってることがよくわからんぞ。と、ジャスパーが珍しく歯切れの悪いトキヤの態度に首を傾げていると。

「ねえ、トキヤくん」

 ジャスパーとは違う疑問を抱いたアイリスがトキヤに話しかけた。

「今、トキヤくん達が話していたパートナーってどういう関係を示してるの? 前にも聞いたことがあったけど、わたし、よく意味を理解してないんだ」

「ん、ああ、そうか。アイリスには説明したことがなかったな。えっとな、この場合のパートナーというのは、頭に『生涯の』という言葉が省略されているんだ」

「生涯のパートナー……?」

「ああ、そうだ。戦闘用JDが山ほどいるあの国にいるとあまりピンとこないかも知れないが、JDってのは中々に高価な存在だし、JDと生活したいと思う人間は一人のJDに強い思い入れを持つ場合が多い。だから、これから行く日本のように戦闘ではなく仕事や日常生活でJDと共に過ごす時間が多い国の人間は、自分にとって一番大切なJDのことをパートナーと呼ぶことがあるんだ」

「へー……」

 そして、時々聞いたことがあったパートナーという言葉の定義をトキヤから詳しく聞いたアイリスは、へえ、そうなんだー。と、呑気に頷いていたが。 

「――――あ」

 暫くして、何故トキヤがこの話題で口ごもったのか、その理由にトキヤの過去を知る者として思い至ったアイリスは、顔を青くしながら慌てて口を開いた。 

「ご、ごめんね。話がそれるようなこと聞いちゃって」

 ささ、元の話に戻って。と、顔を青くしたアイリスにさっきまでの話をするようにと促されたトキヤは、アイリスに気を遣わせてしまったなと思いながらジャスパーに視線を向けた。


「本当にごめんね……?」

 ――――アイリスは慌て。

「いや、このぐらい気にすることはないさ。な、ジャスパー」

「む? まあ、そうだな」

 ――――トキヤとジャスパーは互いを見ながら、頷き。

「すぅ……すぅ……」

 イオンはよく眠っていた。

 

 だから、誰も気づかなかった。

 

「……」

 

 生涯のパートナーという言葉を聞き、激しい痛みに耐えるように手を強く握ったJDが、この場にいたことに。

 

「それで話を戻すが、ジャスパー、お前が追っているJDはそれ程強くないとの話だが……それなら何故、化物なんていう仰々しい呼ばれ方をしているんだ?」

「む? ……ああ、少し自分の説明が悪かったかもしれんな。自分が追っているモルガナイトが化物というわけではないのだ。自分が破壊すべき化物は、モルガナイトが操る――――ディフューザーだ」

「……ディフューザーが化物だと?」

「うむ。ハノトキヤ、前の戦いでアゲートと共に戦場に出てきた大型兵器のことを覚えているか? 潜水艦のような形をしていて、砂の下から出てきた兵器のことなのだが……」

「――――っ」

 ジャスパーのその言葉を聞き、宝石のように青く輝く剱を持った敵JD、アゲートとの戦闘を、敗北の記憶を強く思い出してしまったトキヤは奥歯を噛み締めながらジャスパーの言葉に頷いた。

「あれはディフューザーベースという兵器でな。元々はディフューザーの運搬を主な目的として作られた兵器なのだが、それだけでは戦力にならないと判断されアレには砂中移動能力と戦闘能力が加えられている。そんな兵器を更に改良し、にしたのが、モルガナイトが操るディフューザー、――――モンスターだ」

「……あの兵器をディフューザーそのものにしただと……?」

「ああ。そのサイズは小型のクジラと同程度。移動能力に関しては飛行能力以外の全てを持つ。陸上、砂中、水中はもちろん、多くの樹木が根付く土の中や、硬い鉱物だらけの鉱山だって掘り進むことができる。更に、移動形態から戦闘形態への可変機能を有し、戦闘形態となったモンスターは自分やブルーレースとほぼ同等の力を持つ存在となる。……あれは反政府軍のディフューザーの中で最高の性能を持つディフューザーと言ってもいいだろうな」

 まあ、攻撃力ならブルーレースの、防御力なら自分のディフューザーの方が上だがな! と言って笑うジャスパーの姿を見ながら、トキヤはそのモンスターというディフューザーの凄まじさに頭を抱えた。

「……まさに化物だな。そんなモノがあの国で暴れたら、まず間違いなく大惨事になるが……それをジャスパー、お前がどうにかしてくれるってことなんだよな?」

「うむ。反政府軍、カムラユイセもあの国と今、問題を起こすのは避けたいと言っているし、何よりも日本で観光をしたいと言った我がパートナーのために、モンスターは自分がどうにかしよう。……それにそもそもモンスターを操るモルガナイトは発言や行動に問題が多く見られるJDだが、自分のように好戦的なJDというわけではない。襲われでもしない限り、モンスターが戦闘を行うことはないだろう」

「……そのディフューザー、小型のクジラと同程度の大きさって言ったよな。そんなのが街中に現れたら、あの国の防衛組織、自衛隊が攻撃するぞ。絶対に」

「ああ、それは大丈夫だ。モンスターの位置は大体把握できていてな。あの国に着いてからモンスターは海の近くの地中からピクリとも動いていない。おそらくモルガナイトはモンスターを放置し、街へと向かったのだろう。自分は装備が届き次第モンスターを破壊、もしくは回収するつもりだが、その際にモルガナイトが戻ってきて戦闘になる可能性も十分にある。その場合は誰にも迷惑を掛けぬように戦うつもりだ」

「……」

 まあ、この件に関しては貴様が心配する必要は無いぞ。と、強い笑みを浮かべるジャスパーを見ながらトキヤは。

 ……化物、か。

 この旅はただ任務をこなすだけでは終わらないかも知れない。と、そんな予感を抱いたトキヤは自分の心を落ち着かせるために窓の外へと視線を向けた。

 

 多くの乗客の命と思いを乗せて空を飛ぶ航空機は、着実に日本へと近づいていた。

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