第97話

 暗い整備室の中で診察台の上に乗せたサンの身体を見つめ、トキヤが静かに涙を流していると、ウルフカットとくすんだ赤色の瞳が特徴的なJDが整備室に入ってきた。

「……ライズ?」

 そのJDの名はライズ。ライズは数日前に首都から増援として来たJDであり、バル達と比べれば、サンとの関係が深いとは言えないJDであった。そんなライズがこの基地にいるJDの中で一番最初にサンの顔を見に来たことを少し不思議に思いながらも、トキヤは涙を拭い、少し横に移動した。

「……?」

 そして、黙って横に移動し、診察台の上のサンの身体を見えやすくしたトキヤのその行動の意味が理解できず、ライズはその場で首を捻ったが。

「――――って、いやいや、違うよ、トキヤ氏」

 トキヤの今までの言動などを振り返り、ライズは、トキヤは自分が機能停止したJDのボディに手を合わせに来たのだと勘違いしている可能性が極めて高いと判断し、首を横に振った。

「……? じゃあ、お前は、どうしてここに来たんだ?」

「いや、どうしたもこうしたもないよ。トキヤ氏、君は、君がこの整備室に閉じ籠もってからどれくらい時間が経っているかわかってるかな?」 

「……時間?」

 時間がどうかしたのか……? と、トキヤは思考が停止しているような表情を浮かべ、ぼんやりとした言葉を零した。

「……」

 そんなトキヤの姿を間近で確認したライズは。

 ――――ああ、ダメだね、これ。

 と、今のトキヤの状態は大変よろしくないと判断し、ライズは予定よりも少しきつめにトキヤと会話をすることにした。

「……トキヤ氏。君は人間だ。休養はちゃんと取らなくちゃいけないし、精神の安定のために今みたいにに使う時間も必要だろう」

「……?」

 ……今、趣味……?

 ライズは何を勘違いしているんだ。俺はサンの様子を見ていただけだぞ。遊んでなんかいない。と、思考が鈍り、ライズの語ったが指し示すモノを全く理解できていないトキヤが見当違いの反論を考えている間にもライズは言葉を続けていく。

「けどね、そういうのはあくまで平時の場合だ。戦闘が終わったとはいえ、いや、終わった後だからこそ、JD技師である君は仕事をしなければならない」

「仕事……?」

「そう、JD技師としての仕事だ。まずはすぐここに来るJDをしっかり直すんだ。彼女は貴重な戦力だからね」

 そして、ライズがその言葉を発した直後に廊下の方から足音が聞こえ始め。

「……っ、やはりここですか。少し目を離した隙に……」

 整備室の扉が開いていることに気づいた足音の主が小さな呟きを零しながら、整備室に近づき。

「……っ、ライズ……! 先程から何度も言っているように、今はトキヤ様とサンを二人だけに……」

 月の輝きのように美しい銀の髪を揺らしながらエースクラスのJD、シオンが二人の前に姿を現した。

「……シオン」

「――――……トキヤ様」

 ここに来る前にライズと何か言い争っていたのか、シオンは珍しくその表情に怒りの感情を滲ませていたが、トキヤと目が合うとすぐに動きを止め、申し訳なさそうに目を伏せた。

「……」

 そんなシオンの気まずそうな表情をぼんやりと眺めながらトキヤは、ここに来るJDを直せ、という先程のライズの言葉を思い返し。

 ……シオンを直せと言われてもな……。

 シオンはもう直したぞ。と、トキヤは心の中で呟いた。

 トキヤはアゲートとの戦闘で負傷したシオンが基地に運び込まれた直後にシオンの修理を行った。

 腹部の一部のパーツは交換が必要だったが、かなりの時間嬲られていたというのにそれ以外の部位の損傷は少なく、シオンの修理は三十分も掛からずに終わった。

「……ライズ」

 そして、その事実をライズに説明するためにトキヤが視線をライズに向けると。 

「んー」

 ライズは診察台のすぐ隣にある処置台の引き出しを開けてその中に手を突っ込んでおり、引き出しの中を掻き回していたライズは中から何かを取り出し。 

「ペルフェクシオン。これはそこのJDのパーツだ。――――ちゃんと取るんだよ」

 その何かをシオンに向けてポンと投げた。

 ライズがシオンに投げた物、それはJDの身体に使う金属製のパーツだった。

 だが、そのパーツはサンの身体の規格に合わないパーツであり、使用しないため引き出しの奥底に仕舞われていたのだが、それをライズはサンのパーツだと語ってから投げ。

「っ……!?」

 そのパーツがどういうものなのかをトキヤのように一瞬で判別する能力を持たないシオンは本当にサンのパーツだと思い込み、慌てて手を伸ばした。

 そして、そのパーツはシオンの手のひらの上に落ち――――

「――――っ」

 シオンは、一度は手の上にのったそのパーツを床に落としてしまった。

「――――」

 静かな整備室に金属音が響き渡る中、その光景を目にし、頭を殴られたような衝撃を受けたトキヤは。

「……さて、JD技師として、トキヤ氏は今のペルフェクシオンの状態をどう見るかな?」

「……」

 ライズに煽るような言葉を投げ掛けられてもトキヤは冷静に頷き、自身の見解を語るために口を開いた。

「……今のシオンの症状は一見すると腕の人工筋肉の異常に見えるが、これは電子神経系の異常だ。身体の記憶媒体を使っていると統合知能ライリスから身体を動かすよりも遙かに熱が出る。それは正常な状態なら何の問題もないぐらいの熱だが、負傷したシオンは冷却機能が一時的に使えなくなっていたから、内部に籠もった熱と記憶媒体の熱の両方の影響で腕の電子神経が一部焼き切れたんだ」

 そして、クリアになった頭でトキヤがシオンの状態を正確に診断すると、ライズはへえ、と感心したような声を上げた。

「流石、極東生まれのJD技師。一瞬でそこまでわかるんだね。普通に凄いよ。……そう、君はそれだけ凄い人なのに、最初の修理の時にこの異常に気づけなかったのは何でだろうね?」

「……俺が純粋に見落とした」

 それだけだ。と、トキヤはライズの疑問を聞き、二つの理由が頭に浮かんだが、一つの理由しか言葉にしなかった。

「……」

 シオンが修理に時間の掛かる電子神経系の異常を隠したのは、自分に気を遣ってのことだろう。と、トキヤはクリアになった思考でもう一つの理由を推測しながら、シオンの修理を始める前にもう一度サンの顔を見ようと視線を動かし――――

「……ライズ?」

 トキヤはサンと自分の間に移動していたライズと視線を合わせることになった。

 そして、トキヤと向き合ったライズは呆れ果てたような表情を浮かべ。

 

「しかし、幾ら極東生まれとはいえ、――――壊れたに執着し過ぎるのはいただけないんじゃないかな?」

 

 ライズは共に戦った仲間サンを――――壊れたモノだと断言した。

「っ……! ライズ……!」

 そして、そのライズの発言を聞いたシオンが反射的に怒りの声を上げ、前に足を進めたが。

 

「――――」

 

「……トキヤ、様……」

 トキヤの背中から自分とは比較もできないほどの怒りを感じ取ったシオンがそれ以上、前に出ることも言葉を紡ぐことも出来なくなっていると、シオンに替わってトキヤが静かに口を開いた。

「……ライズ、そこにいるのは俺たちの仲間、サンだ。壊れたモノなんかじゃない」

「いいや、壊れたモノだよ。モノであるJDが壊れたんだ。それ以外の表現はできないよ。……トキヤ氏、君は何でそんなにこのモノに入れ込んでいるんだい?」

「サンは大事な仲間だ。思い入れはあるに決まっている。そして、仲間の命を救いたいと思うのは当然のことだろう」

「――――?」

 それはまさか、これのことを言っているのかい? と、ライズはサンを横目で見ながら苦笑した。

「トキヤ氏、君は何を言っている。これ……いや、壊れたこれに限らず、我が身もそこのペルフェクシオンも、全てのJDは命を宿していない。我が身も昔、その辺りを弁えろと命ある者人間に意味の無いをされたこともあるけど、そんなことを言われずともJDの我が身だってそのぐらいわかっていた。だというのに人間の君が、こんな当たり前のこともわからないのかい? ――――君、少しおかしいよ」

 命を救うという言葉は人間に向けて語るものだとライズは笑い、その嘲笑を受けたトキヤは。

「――――」

 一歩前へと足を進めた。

 この時、ライズはもちろん、シオンでさえ、トキヤはライズを殴るために前に出たのだと思った。

 だが、トキヤは――――

「……誰が言った」

 意味がよくわからない言葉を呟き。

「……うん?」

「誰が言ったと聞いているんだ」

「え、いや、何を……?」

 そして、トキヤは――――

「何処の何奴がお前にJDに命はないなんて戯れ言を言ったのかと聞いている……! そいつをここに連れてこい! ――――俺がぶん殴ってやる……!」

 何の迷いも無くJDに命がないということを戯れ言だと言い切り、ライズではなく、ライズにその戯れ言を語った人間をぶん殴ると本気で語った。

「――――」

 その発言をした時のトキヤの目を間近で見たライズは、トキヤの瞳に異常な熱量が籠もっていることを感じ取り、絶句した。

 このハノトキヤという人間は、少しおかしいのではなく――――

 トキヤの目を見てそう理解したライズは。

「っ――――」

 大きく口を開き。


「――――あっはは……!」


 とても楽しそうに大笑いをした。

「……どうした、ライズ。急に笑い出して」

 楽しい話題を振ったつもりはないぞ。と、トキヤがいきなり笑い出したライズに訝しげな視線を向けるとライズは、やー、ごめんごめんと笑いながら謝罪した。

「いや、まいった、まいった。――――降参だよ、トキヤ氏。ヒール悪役になって君のサンドバッグになるのも一興かと思ったけど、これは無理だね。JDに演技を断念させるって中々のものだよ」

「……演技?」

「やー、君のメンタルがだいぶ弱っている感じがしたから、我が身を仮想敵にして奮い立って貰おうと思ったんだけど、余計なお世話だったようだ。だから、そろそろ本題を話そうと思うんだけど、その前に、戦い壊れたこのJD、サンを必要以上にけなしたことは謝罪するよ」

 すまなかったね。と、ライズはサンの身体に頭を下げて謝罪してから、再びトキヤに視線を向けた。

「……けど、全部が全部演技ではなかったということも白状しておくよ。正直、このサンというJDを凄まじい労力と貴重な時間を掛けてまで価値があるのか、悩んではいたんだ。君とのここでの会話次第で、その話をすることをやめることも考えていた」

 だから、我が身が他のJD達のように善意だけで動いているとは思わないようにね。と、ライズは自分はシオン達とは違うということをトキヤに忠告したが。

「……待て、ライズ」

 トキヤの頭の中は、その忠告の最中にライズが発した言葉で一杯になっており。

「今、お前は、――――サンを直すと言ったのか?」

 トキヤはサンを直すと言ったライズの真意を聞くために言葉を作った。

「うん、言ったよ」

「……ライズ、お前の気持ちは嬉しいが、流石にJDのお前では直すことは不可能だ」

「え? いやいや、我が身が直すわけじゃないよ? 直すのは人間の技師だよ。人間の」

「人間の技師が……? ……いや、だとしても、サンの損傷は並の技師はもちろん、例え世界最高のJD技師がここにいたとしても直せないものだ。……ライズ、こればかりは幾らレタさんでも無理だと思う」

「そうだね、ストレッタ氏も白旗を揚げてた。けれど、ストレッタ氏は、なら直せるんじゃない? と、我が身と戦闘に間に合わなかった援軍三人組に相談してきてね。彼女をよく知る我が身達四体が出した結論が――――なんか直せそう。という、JDにあるまじき曖昧な肯定だったんだよね」

「――――」

 サンを直せるかもしれない。そんな奇跡のような話が舞い込みトキヤは歓喜の叫びを上げたくなったが、その声を上げるのはサンが本当に直った時だと自分に言い聞かせ、トキヤは冷静にライズとの会話を続けた。

「……ライズ、サンを直せるかもしれない人というのは、もしかして前にレタさんとお前が話していた……ルート、……ルトさんだったか? その人のことなのか?」

「やー、愛称はそれであってるね。シュルト氏。この国一番の兵器開発者だよ」

「……その人、武器畑の人だよな? JDの技師としても優秀なのか?」

「いいや、ストレッタ氏よりはマシだろうけど、君の技術には遠く及ばないだろうね。けど、だからこそ、シュルト氏ならば直せるかもしれないんだ」

「……それは、どういうことだ?」

「彼女は君とは全く別の視点からJDを見ているんだよ。だから、修復の方法も全く別の方面からのアプローチになる。彼女は今、首都で少し変わったモノを作っていてね。それを使えばもしかしたら……と、我が身達は思ったんだ。もちろん、絶対に直せる、完全に元通りになるとは断言できないけどね。ま、詳しい話は本人から直接聞くといいよ」

「本人から直接って……まさか、連絡ができるのか? そのシュルトさんと」

「連絡ができるというか、シュルト氏は今、ストレッタ氏と通信でご歓談中だよ。元々、我が身は君を呼びに来ただけなんだけど……」

 その道中で色々あってねー。と、呟いたライズがシオンの方に視線を向けたことでトキヤはここに来る途中でライズはシオンの不調を知り、話すべきことが多くなってしまったのだろうと推測した。

「……行こう、レタさんの部屋に」

 そしてトキヤは、シオンの修理も早くしなければならないが、いつまでシュルトさんと会話ができるかわからないため、先にシュルトさんと話をつけなければならないと考え、シオンに申し訳ないと思いながらも、トキヤはレタの部屋に行くために足を動かしたが。

「やー。……と、言いたいところだけど、トキヤ氏。君はシュルト氏と話す前に、他に話さなくちゃいけない人間がいるんだよね」

 シュルトと話す前にまだやることがあると、ライズがトキヤを制止した。

「……俺が話さなくちゃいけない人間? 誰だそれは」

「それはペルフェクシオンから聞くといいよ」

「シオンから……?」

 そして、トキヤがシオンに視線を向けると、シオンは、トキヤが誰よりも先に話さなければならない人間の名前を語るために、ゆっくりと口を開いた。

「……実はトキヤ様に緊急の連絡が入っているんです」

「緊急の……? 誰からの連絡だ?」

 

「それは――――」

 



「……」  

 整備室で自分に緊急の連絡をしてきた人物の名を聞いたトキヤは、シュルトとその人物のどちらを優先すべきかと悩んだが、シュルト氏は逃げないというライズの言葉を信じ、トキヤは先に司令室に向かうことにした。

 そして、司令室に入ったトキヤは。

「――――」

 自分がこの国で生きていくための下地を作ってくれた恩人の姿を目にした。

 色白で中性的、年齢不詳な外見をしているが、齢は五十をとっくに過ぎているその男性はトキヤが司令室に入ってきたことに気づかずに、老眼鏡を掛け、手元の本のページを捲っていた。

 トキヤは彼の好きな読書の邪魔をするのも悪いと一瞬躊躇ったが、多忙な彼をこれ以上待たせる方がよっぽど悪いと考え、すぐに声を掛けた。

「――――お久しぶりです、リトルさん」

 そして、彼に挨拶をしたトキヤが長い時間待たせてしまったことを彼に深謝すると、彼、リトルはそんなことは気にしないで欲しいとトキヤに言葉を投げ掛けてから、老眼鏡を外し、本を閉じた。

『むしろ、謝らなければならないのは私の方だよ。戦時中だから、只の軍人ではなくなったからと多忙を言い訳にし、重要な用件がなければ、通信とはいえ、こうして君と直接話すことはしなかっただろう。私のことを親のように思ってくれ、と、かつて私は君に言ったのにね。……今の自分が情けなくて仕方ないよ』

 すまないね、本当に。と、謝罪するリトルの顔には疲労の色が見え、前に話したときよりも少し痩せたようにも見えたためトキヤはリトルの体調を心配したが、トキヤが心配の言葉を口にする前にリトルが再び言葉を発した。

『さて、本来なら、せっかく君と話せるのだから、この前の私の無茶な指示について話したり、君の近況を聞きたいところなのだが、そちらも相当立て込んでいると最初に通信に出てくれたペルフェクシオンから聞いたからね』

 だから、まずは重要な用件から話させて貰う。と、言葉を句切ったリトルは、覚悟を決めたというような表情を浮かべた。

『……時矢君。私は君がどういった思いを抱いてこの国に来たのかを少しは理解しているつもりだ。……その上で、私は君にこの命令をする』

 そして、リトルは、これは君にしかできないことなんだ、と前置きをした上で。

 

『羽野時矢。君にはこれから――――日本へと向かって貰う』

 

 国防副大臣リトル・ネロは、一介の技師でしかないハノトキヤに、国家存亡の危機を乗り越えるための重要な任務を与えた。

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