日の昇る国へ
第96話
何が悪かったかと問われれば――――全て俺が悪かったとしか言い様がなかった。
「――――」
整備室の冷たい床に座り、未だに信じられない、信じたくない現実を前にしたまま、トキヤは麻痺した脳で今回の戦闘を振り返る。
「……」
今回の敵の襲撃は反政府軍の攻撃ではなく、反政府軍に所属しているブルーレースが個人的に仕掛けてきた戦いだったと思われる。
敵JD、アゲートがシオンを破壊せずにいたぶっていたことや、ジャスパーの発言から考えると、それはほぼ間違いないだろう。今回の戦いはブルーレースの一方的な怒りと憎しみが作り出したものだ。
そして、その戦いは――――起こらないで済んだかもしれないものだった。
……俺があの会談の場でもっとうまく立ち回り、ブルーレースの不興を買わなければ……。
この戦いは起こらなかった。悲劇は未然に防げたのだ。と、トキヤはこの戦闘が起こった原因も責任も全て自分にあると考えた。
そして、その上。
……俺は選択を間違えた。
アゲートの接近に気づいてからの自分の行動も最善のものではなかったとトキヤは己の行動を振り返る。
ブルーレースに似た敵JDが接近しているという報告を受け、トキヤがまず最初に考えたのは、その敵をどう撃退するかということではなく――――ジャスパーは助けに来てくれるだろうか、ということだった。
トキヤは会談の場で、ジャスパーから怪我をさせた詫びとしてあるモノを渡されていた。
それは、――――如何なる時でも貴様を一度だけ守ろう。と書かれた紙とジャスパーと直接通信をするためのチップだった。
知らず知らずのうちに黄金の獣の力に魅入られていたトキヤは、ジャスパーが力を貸してくれればこの窮地を切り抜けられるという考えで頭が一杯になっており、仲間のJD達とは碌に話し合いもせずにライズに後を任せ、司令室を後にした。
そして、ジャスパーと連絡を取り、ジャスパーが来てくれるということになり、これで何とかなると浮かれていたトキヤの耳に飛び込んできたのは、ライズだけでなく、シオン達も出撃したという信じられない情報であった。
その話を聞いたトキヤが司令室に到着する頃には、シオン達はもう戦場に辿り着いており、トキヤは三人に戻ってくるように指示を出そうとしたが……、トキヤは、こんなことを考えてしまった。
もしかしたら、シオンは何か特別な考えがあって戦場に出たのではないか、と。
元々、只のJD技師でしかない自分が指揮能力や立案能力にも長けているという話に懐疑的だったトキヤは、自分よりも遙かに優秀なシオンならば、自分では絶対に思いつかないような最高の作戦を考えた上で戦場に立っているのではないか、というようなことを考え、シオン達を止めるべきかどうか悩んでしまったのだ。
そして、そうこうしている間に戦闘が始まってしまい、戦闘中に声をかけたら集中力が途切れるのでは。カロンとアイリスが参戦し、優勢になってる今、撤退する方が余計に危険なのでは。等々、様々な理由からトキヤが通信をすることを躊躇っていると。
――――まず最初に鋼の獅子が破壊された。
砂中から突如現れた敵の大型兵器の一撃を受け、鋼の獅子が砕けた瞬間、トキヤは自分の心臓が止まり、このまま死ぬのではないかというような感覚を得た。
だが、まだギリギリのところで冷静さを失っていなかった頭が、敵の攻撃はコックピットには当たっていないということを理解しており、トキヤは大きく深呼吸をしてから、鋼の獅子からアイリスを引き摺り出し、戦線を離脱したライズに連絡を取った。
そして、アイリスは意識を失ってはいるものの怪我一つしていないという報告をライズから聞いたトキヤは安堵の息を吐き、それからすぐにトキヤは残った戦力で戦線を維持することは不可能だと判断し、戦場に残っている三人に撤退命令を出すために戦場の様子を撮っているドローンの映像に目を遣り。
――――サンの
トキヤは、それからの自分の行動を正確に記憶していなかった。
いつの間にか、司令室を出て。
いつの間にか、緊急用の整備道具を手に持ち。
いつの間にか、車を走らせていた。
そして、バルに抱かれたサンを砂漠の中で見つけた。
そして――――
そして――――
「……」
トキヤはそこで過去を振り返ることをやめ、ゆっくりと立ち上がり、診察台の上を見つめた。
そこにあるのは――――
「……サン」
目を瞑り、ぴくりとも動かないサンの身体だった。
「……」
自分が目を離している間に奇跡が起きないかとトキヤは夢想したが、当然、そんなことが起きるわけもなく、そこには、表情を変えない、何も喋らない、サンだったモノが変わらず置いてあるだけだった。
――――記憶媒体の物理破壊。
それは遙か昔から証拠隠滅によく使われる方法である。記憶媒体からデータを消すよりも直接破壊した方が圧倒的にデータの修復が難しくなる。それはいつの時代も変わらない。最新技術の粋を集めた
「……また、俺は失ったのか」
サンの顔に、記憶媒体が破損し、死んだ
「……っ」
もう枯れたはずの涙がとめどなく溢れ、サンの頬を濡らす。
「仮にも俺のことを親と言ったんだ……。親より先にいくなよ、馬鹿娘……」
だが、幾ら泣いてもサンが再び笑顔を浮かべることはなく、ただただ時間だけが過ぎていき……。
それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。唐突に整備室の扉が開いて、一人のJDが部屋の中へと入ってきた。
そして、ウルフカットとくすんだ赤色の瞳が特徴的なそのJDは、トキヤの後ろに立ち。
「――――少しいいかな、トキヤ氏」
いつも通りの調子で、そのJD、ライズは、泣き続けるトキヤに話しかけた。
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