第95話

「……え?」

 自分を守るように戦場に立つジャスパーの背中を見ながら、シオンは困惑の声を上げた。


『さて――――悪いが、今日だけは此処で止まって貰うぞ。アゲート』 


「……」

 ……今、ジャスパーがあのJDに向かって、この先に、トキヤ様のいる基地には行かせない、と言ったような気がしましたが……私の聞き間違いというわけではなさそうですね。

 一体、貴方は何を考えているんですかジャスパー。と、シオンは敵であるジャスパーが発した想定外の言葉を聞き、戸惑い、困惑したが、この場にはシオン以上に困惑しているJDがいた。

「――――」

 それはシオンと戦闘をしていた敵JD、アゲートである。

 砂漠に突き刺していた青い剱を抜き、その剱でシオンにトドメを刺そうとしていたアゲートはシオンを守るように立っているジャスパー味方の姿を見て。

「――――?」

 この戦場で初めて表情を大きく変え、頭の上に疑問符を浮かべているような、きょとんとした表情になった。

 

 ――――何をしてるの?


 そのアゲートの表情はジャスパーの行動が理解できないと明確に訴えており、敵対しているシオンでさえ、アゲートの表情からその意思を読み取ることができた。

 だが。 

「はは。相変わらず、貴様の考えていることはさっぱりわからんな、アゲート。だが、別に喋らないことを悪いとは言わんぞ? 何せ――――」

 ジャスパーは、アゲートが何を考えているかわからないと言い切り。

 

「自分たち戦闘用JDは――――拳で語るのが一番だからな……!」

 

 ジャスパーが嗤いながら両腕に装備している巨大な拳を合わせて激しい音と火花を散らした、――――その瞬間。

「――――!?」

 アゲートの背後からジャスパーが拳を合わせた音よりも遙かに大きな音が聞こえ、アゲートが慌てて振り返ると、そこにはアゲートをサポートする大型兵器と。

「――――」

 その大型兵器を破壊するアルマジロのような形をしたディフューザーの姿があった。

 大型兵器の主砲と背部のパーツを押し潰した二機のディフューザーは、自分たちの仕事はこれで終わりだと言うように、すぐに大型兵器から離れ、ジャスパーの側に行った。

 そして、近くに来た自分のディフューザーをジャスパーが褒めるように見つめていると。

『――――』

 アゲートのディフューザー全機がジャスパーに銃口を向け。

「――――!」

 アゲート本人も宝石のように青く輝く剱の切っ先をジャスパーに向けた。

「――――……!」

 そして、味方と思っていた相手から騙し討ちのような攻撃を受けたことで、今まで殆ど感情を見せていなかったアゲートが怒りの感情を隠すことなく顔に出すと、その表情を見たジャスパーは、嗤いに嗤った。

「ああ、その目はわかりやすいな。相手を破壊したいという思いに染まった良い目だ。ブルーレースとは何度も手合わせをしたが、貴様とは一度も戦ったことがないからな。最初の戦闘が本気の壊し合いというのは実に良い。――――だが、その前に少し自分の話を聞くといい」

 このまま戦い始めたら、闘いの後味が悪くなりそうだからな。と、ジャスパーは一瞬でも隙を見せればすぐに攻撃してきそうなアゲートの様子を特に気にすることもなく、そのまま言葉を続けた。

「まず第一に自分は貴様達を裏切るつもりはない。我がパートナーが反政府軍にいる限り、自分は今後も貴様達と共に敵である政府軍のJDを破壊し続けると誓おう。今回、自分が貴様の侵攻の邪魔をしているのには深い理由があるのだ」

「――――」

 深い理由……? と、アゲートは怪訝そうにジャスパーを見つめたが、先程までの一触即発という雰囲気は僅かに和らいだ。おそらくアゲートは、新しい指示や自分の知らない情報をジャスパーが持っている可能性もあると考えたのだろう。

 そして、アゲートがジャスパーの次の言葉を待って、おとなしくしていると。

「今回の自分の行動は、敵味方など関係無い、ある約定と信念に――――」

 大きく口を開いたジャスパーが、その深い理由を堂々と語ろうとした、のだが。

「――――あ」

 喋っている途中に何かに気づいたジャスパーは、チラリとシオンの遙か後方に視線を向けてから、巨大な装備ごと腕組みをし。

「……少し待て」

 ジャスパーは唸りながら考え事をし始めた。

 アゲートの所持する兵器を攻撃してまでアゲートの侵攻を止めたその理由を語ると言っておきながら、急に話すことをやめて物思いに耽るジャスパーのその自由すぎる行動は。

「――――……!」

 当然のようにアゲートの不興を買い、アゲートの表情には再び怒りが滲み始めたが、ジャスパーはアゲートを無視して考え事を続けた。

「……これは、別の理由、言い訳が必要か。……むぅ、何かそれっぽい理由は無いものか……、そういえば、我がパートナーが読んでいた極東の書物に……」

 そして、時々、小さな声で言葉を漏らしながら何か考え事をしていたジャスパーは、暫くして自分の中でしっくりくる答えが見つかったらしく、自信たっぷりの笑みを浮かべながら、大きく口を開き。

「自分が貴様の邪魔をした理由、それは――――この強者、ペルフェクシオンが自分の獲物だからだ!」

 ジャスパーは、割と本当にジャスパー自分なら言ってもおかしくなさそうな、それっぽい理由を語った。

「――――」

「そして、ペルフェクシオンの強さはハノトキヤがいてこそのモノでもある。故に、ハノトキヤも殺させるわけにはいかん! だから、今日はここで退いて貰うぞアゲート!」

「――――」

 そして、ジャスパーが理由を語り、静まり返った砂漠では。

「……ふ」

 いやー、とっさの思いつきにしては、中々のものだったな! と、自分の発言に手応えを感じ、満足げな表情を浮かべているジャスパーと。

「――――」

 呆れるを通り越した表情を浮かべ、ジャスパーを睨み付けるアゲートが無言で見つめ合い。

 そして―――― 

「……」

 先程、ジャスパーが戦場の様子を撮っているドローンに視線を向けた時に、ようやくこの状況を理解できたシオンが。

 ……私はまた、トキヤ様に助けて頂いたのですね。

 自身の無力さ、不甲斐なさを痛感し、静かに目を伏せた。 

 ――――ジャスパーはトキヤの要請を受けて此処にいる。そうシオンは推測した。

 昨日、会談の場にいる間は必ずトキヤを守ると豪語していたジャスパーは、トキヤが施設内で負傷したことに負い目を感じ、帰り際、詫びの品と言ってトキヤに何かを渡していた。

 シオンはそれが何なのかまでは把握していなかったが、ジャスパーがこの場に現れ、更にこちらの味方をするような行動をしていることから、それがジャスパーとの連絡を可能にするモノであり、連絡を受けたジャスパーはトキヤに怪我をさせてしまったことの詫びとして一度だけこちらの力になるというような事を言ったのではないかとシオンは推測した。

「……」

 ジャスパーは仲間のJDの侵攻を止めようとするだけでなく、この戦場がドローンによって映像はもちろん音も拾われているということに気づいてからは、トキヤが会談の場で反政府との繋がりを持ち、スパイになったのではないか。というような疑いを軍に抱かせないように気を使い始めたため、自分の推測はまず間違っていないだろうとシオンが考えていると、暫く黙っていたジャスパーがアゲートを見つめながら口を開いた。

「アゲート、貴様は今すぐ、あの基地へ戻れ。ブルーレースには、ジャスパーがベースの主砲と潜行用のパーツを破壊したため、希少な兵器であるベースの修理を優先するために帰還した。とでも報告すれば、幾らブルーレースでも貴様を処罰することはあるまい」

 だから、ほら、さっさと帰れとジャスパーが巨大な手を使ってハエを払うような動きをすると。

「――――!」

 ベースを破壊した張本人が何をえらそうに……! という思いがヒシヒシと伝わってくる表情を浮かべながらアゲートはジャスパーに剱を向け、臨戦態勢を解こうとしなかったため。

「ふむ……」

 ジャスパーは困ったように眉をひそめながら。

 

「なら――――闘うしか、ないな?」

 

 とても愉しそうに、嗤った。

 

 ――――闘うしかないな。その言葉を零した瞬間にジャスパーの雰囲気が一変した。

 巨大な拳を握り締める動作が只のポーズからその装備の力を発揮させるための予備動作に変わり、快活な笑みは、獰猛な獣が犬歯を剥き出しにするだけのモノへと変貌した。

 少し落ち着いていた戦場が本来のひりついた空気を取り戻し、その中で、黄金の獣がゆっくりと口を開いた。 

「――――アゲート、最後に言っておく。戦った場合、自分は貴様の四肢をもぎ取って胴体を持ち帰るつもりだが、統合知能ライリスに入らず、その身に魂を宿す貴様の場合、もしもの事もある。それでもいい、終わる覚悟をしているというのなら――――いつでも来い」

 全力で壊し合おう。と、最終通告を言葉にしたジャスパーはアゲートと同じように完全に臨戦態勢となり、二人はいつでも戦闘を始めることが可能になった。

 だが――――

「――――っ」

 アゲートはその足を前に進めることができなかった。

「――――」

 同じ反政府軍のJDであり、同じネイティブであるからこそ、アゲートは知っていた。

「どうした、来ないのか。ブルーレース傑作プロトタイプ試作機よ」

 黄金の装備を身に纏ったジャスパーは、最強のJDであるブルーレースに比肩する存在であると。

  

 ――――百回戦えば百回勝てる。けれども、百回闘えば百回負ける。

 

 それが自分とジャスパーの関係である。という話をアゲートはブルーレースから聞いたことがあった。

 策略を練りながら、多種多様な兵器を扱いながら、多くのJDを従えながら、そういった普通の戦いならば、ジャスパーに負けるはずがない。けれども、決められたフィールドで一対一で殴り合う。そんな馬鹿みたいな闘いをしたら、ジャスパーに勝つことは不可能であると最強のJD、ブルーレースが断言したのだ。

「――――っ」 

 そんなブルーレースとの会話を思い出しながら、アゲートは今の状況について思考を巡らした。

 戦場は何もない砂漠。駆け出せばすぐに戦闘が始められる距離で立てる作戦など何もなく、互いにディフューザーを従えてはいるが、ディフューザーとは結局のところ自分の分身に過ぎないため、一対一であるのと同義である。

 つまり、この状況は――――あのブルーレースでさえ勝つことは不可能だと言ったジャスパーの闘いに最適な状況であると言っても過言ではなかった。

「――――……」

 そんな状況下で自分はジャスパーに勝てるのかとアゲートは自問し。

「――――」

 少なくとも、この身体は無事で済まない。と、勝ち負けとは別の結論を出したアゲートは、ブルーレースと同じ形をした大事な自分の身体を見下ろした後、戦闘態勢を取っているジャスパーを見つめ。

 

「――――ッ」

 

 最大級の怒りと憎悪と殺意を込めた、とても大きな舌打ちをしてから、ジャスパーに背を向けた。

「――――」

 そして、そのままアゲートは一度も振り返ることなく、ディフューザーと大型兵器を引き連れ、来た方角へと戻っていった。

「……」

 それから暫くの間、アゲートが戦場から離れていく姿を見つめていたジャスパーだったが、アゲートの姿が豆粒のようにしか見えなくなった頃に戦闘態勢を解き、肩から力を抜いた。

「……」

 そして、ジャスパーは砂漠の上に倒れたままのシオンに視線を向け。

「――――敗北は人だけでなく、JDをも強くする。という言葉があるそうだ」

 独り言のようにそんな言葉を呟いた。

「自分も貴様に敗北した身なのだが、ネイティブなせいか、元から強すぎるせいか、残念ながらあまり強くなった実感はないのだが――――貴様はどうだろうな。ペルフェクシオン」

 そして、何かを期待するような表情を浮かべながらジャスパーは横たわるシオンを少しの間だけ眺めていたが、すぐにアゲートの向かった方角へと歩き出し、戦場を去った。

 

 それから暫く経った後。

 

「……」

 アゲートが去り、ジャスパーも去った戦場に一人残ったシオンは腕に力を入れ、起き上がろうとしたが。

「……っ」

 両腕が完全にダメになっており、起き上がることができず、僅かに浮いた上半身を再び砂漠につけ、シオンは顔も身体も砂塗れの惨めな姿のまま、ライズに戦闘終了の報告と自分の回収をお願いする通信を送った。

 そして、シオンは。 

 ……トキヤ様、……サン。

 守りたいものと失ったものを思い浮かべ。

 ……強くならなければ。

 自分の大事なものを守り、失わないために、もっと強くなる必要がある。そう考えたシオンは、その決意を胸に刻み込み。

「……――――」

 冷却機能がうまく働かず熱暴走しかけている身体をこれ以上壊さないために、静かに意識を落とした。

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