第94話

 ――――それは一方的な暴力だった。


 皆が必死に戦った砂上の戦場は今、虐殺を行うための処刑場と化していた。

 バルとサンを逃し、一人戦場に残ったシオンと敵JDの戦闘はすぐに決着が付いた。――――シオンの敗北という形で。

 敵の戦力はシオンと同等かそれ以上の実力を持つJDに加え、六機のディフューザーと大型兵器である。幾らシオンでもその圧倒的な布陣に一人で立ち向かうことは無謀としか言い様がなく、その戦闘は最初から勝ち目が無いどころか、時間稼ぎをすることすら不可能な戦いだった。

「……」

 そして、戦いに敗北したシオンは砂に埋もれ、その身体はサンと同じように胸を貫かれ――――てはいなかった。

「……っ」

 仰向けに倒れていたシオンの指先が僅かに動き、紫の瞳が敵JDを捉えると、シオンはゆっくりと口を開き。

「もう、終わりですか……?」

 シオンは敵JDを挑発するような言葉を作った。

 そう、シオンは、武装を剥ぎ取られ、身体はボロボロになり、全身砂塗れの見るも無惨な姿になっていたが、それでも機能停止することなく意識を保っていた。

「……」

 しかし、それはシオンが致命傷になるような敵の攻撃をギリギリのところで躱し続けた結果、というわけではない。

 

 シオンは今、――――なぶられているのだ。


「がっ……!」

 いつの間にかシオンの背後に回り込んでいたディフューザーが、蠍の尻尾のような部位をシオンの首に巻き付け、砂に埋もれていたシオンの身体を砂漠の上に引き摺り出した。

「っ……!」

 そして、首をへし折ろうとしているのか、凄まじい力で締め付けてくるディフューザーの尻尾をシオンが苦悶の表情を浮かべながら力の入らない両手で引き剥がそうとしていると、敵JDが群青色の髪を靡かせながら近づいてきて。

「――――」

 敵JDは、シオンの柔らかい腹部を容赦なく踏み付けた。

「――――!」

 身体の中で何かが破裂する感覚と激痛を感じ、声にならない叫びを上げ、悶絶したシオンは全身に力を入れることができなくなり、腕をだらんと下ろし、自分の首を絞めている尻尾を取ることもできず、されるがままになった。

 だが。

「……もう、終わりですか……?」

 そんな状態でもシオンは群青色の瞳を見つめながら、再び敵JDを挑発する言葉を作った。

「――――」

 その言葉を聞いて敵JDが表情を変えることはなかったが、敵JDはシオンの身体を蹴り始めた。

「……くっ、……ぎ」

 そして、全身を激しく蹴られる痛みに呻き声を漏らしながらもシオンは敵JDの瞳を観察し続け。

 ……まだいますね。

 この方法でもう少し時間を稼げると判断したシオンは、今暫く敵JDに嬲られたままでいようと考えた。

 シオンが決定的なダメージを受けて動けなくなった後、敵JDがトドメの一撃を放つことなく、拘束したり、装備を全て引き剥がしたりとやけに回りくどいことをし出した時に、シオンは敵JDの目的に気がついた。この敵は――――自分を嬲るつもりなのだと。

 おそらくブルーレースからそういった指示が出ていたのだろうと推測したシオンは、敵JDの瞳孔の動きから映像を誰かに送っていることを見抜き、敵JDが映像を撮っている間はあえて痛覚を切らずに、激しい痛みに悶絶し、みっともない表情を浮かべる自分の姿を見せて、その誰かを愉しませ――――援軍が来るまでの時間を稼ごうと考えたのだ。

 ……しかし、これでハッキリしました。この敵JDは何があっても、どんなことをしても基地に――――トキヤ様に近づけてはならないと。……子供染みた憎しみを私やトキヤ様に向けているブルーレースは、この敵JDを使って拷問まがいのことをした上で私やトキヤ様を殺害するつもりなのでしょう。

 こんな痛みを、苦しみをトキヤ様に味わわせる訳にはいかない。と、強い思いを抱いたシオンは敵JDに取り上げられ、砂漠に転がる自身の専用武装、プロキシランス・アルターに視線を向け、自分がした直後、一番敵が油断する瞬間に発射するように調整した。

「……っ」

 ――――刺し違えてでも倒す。苦悶の表情を浮かべ、短い悲鳴を零しながらもシオンは胸の奥に鋭い闘志を隠し持っており。

「――――」

 そんなシオンの感情に気づいたのか、シオンの瞳を見た敵JDは急に蹴ることを止めて、シオンに背を向けた。

「……」

 そして、自分に背を向けて歩き出した敵JDの進行方向に青い剱があることを確認したシオンは、敵JDが自分にトドメを刺すつもりなのだと理解した。

「……」

 だが、敵JDが剱を投擲して自分を殺すつもりなのか、切り刻んで殺すつもりなのかまでは判断できなかったシオンは、敵JDを見つめ続け、砂漠に転がるプロキシランス・アルターに敵JDの最新の位置情報を送り続けていた。


 そんな時だった。――――ソレが現れたのは。


 最初、シオンはソレが視界の隅に黒い点として現れたとき、身体の損傷が激しいため、視界の一部が欠けたのだろうと思った。

 だが、その黒い点がどんどん大きくなり、その黒い点に主翼が付いていることに気がついたシオンは、ソレが何なのかを正確に認識した。

 そうソレは――――航空機、軍の輸送機だった。

「……!」

 援軍が来てくれた。これでトキヤ様は基地から脱出できる。と、軍の輸送機が来たことにシオンは歓喜したが、少しして、シオンは何かおかしいと思った。

 満身創痍の自分は輸送機の接近にギリギリまで気づくことができなかったが、余裕のある敵JDはだいぶ前から輸送機が近づいていることに気づいていたはずなのだ。だというのに敵JDは未だに輸送機に視線を向けていない。ディフューザーで簡単に撃墜できるはずの輸送機を無視しているのだ。

 その事実を理解したシオンは嫌な予感を抱きながらも、こちらに向かってくる輸送機をしっかりと見つめ。

「……っ!」

 その輸送機が政府軍味方の輸送機ではなく、反政府軍の輸送機であることを認識した。

「……」

 まだ敵が増えるというのか、と、シオンはその絶望的な事実を前に愕然としたが、それでもその瞳には抗うという意思が燃え続けていた。

 だが――――

「――――な」

 輸送機から投下された存在を目にしたとき、シオンの瞳は、絶望に染まった。

  

 宵闇の空より堕ちてきたのは――――黄金の獣だった。


 四肢に装着した金色の装備を煌めかせながら、輸送機から飛び降りたそのJDは大きな音を立てて、砂漠に着地した。

「……」

 そして、巻き上がった砂塵の中心で、そのJDは黄金の装備の調子を確かめるように巨大な指を動かし。

「ふむ……、急がせてしまったから、多少の不備には目を瞑ろうと思っていたが――――完璧だ」

 技術者達は良い仕事をしてくれた。と呟き、満足げに笑ったそのJDは、巨大な拳を強く握り締めた。

「……そんな」

 燃え盛る炎のような赤い髪を持ち、巨大な金色の装備を四肢に装着するそのJDの名をシオンは知っていた。

「ジャス、パー……」

 ――――そのJDの名はジャスパー。シオンが数日前に倒した反政府軍所属のJDである。

 だが、シオンが倒したといっても、トキヤの立てた綿密な作戦と仲間の活躍があったからこそ倒せた相手であり、一人で戦って勝てる相手かと問われればシオンは間違いなく、ノーと答えるだろう。

 そんなジャスパーがあの夜と同じ装備を身に纏い、目の前に現れた。それは絶望を超えた地獄のような光景としてシオンの目に映った。

 群青色の髪のJDと同等――――否、群青色の髪のJDよりも遙かに強力なJDであるジャスパーを止めることなど、万全の状態でも一人ではまず不可能なのだ。満身創痍の状態でどうにかできるわけがない。それに今は確認できないものの、プロキシランス・アルターを防げるジャスパーのディフューザーが仲間のJDを守った場合、こちらの最後の攻撃が無意味になってしまう。それだけは何としてでも避けなくてはならないとシオンは思考を回した。

 ……会談の場での行動を見る限り、ジャスパーは、意味も無く人間を、トキヤ様を傷つけることはないと、……私は信じたい。

「……っ」

 だから、せめて、群青色の髪のJDだけは確実に倒していく。と、シオンはジャスパーを止めるという選択を最初から切り捨て、ジャスパーの妨害を受けることなく、最後の攻撃を通すための方法を必死になって考え始めた。

「……」

 ろくに身体も動かせず、瞳は絶望に染まっても――――それでも諦めない。そんなシオンの姿を横目で見ていた黄金の獣は。

「……ふ」

 とても愉しそうに笑った。

 そして、黄金の獣、ジャスパーは、笑みを湛えたままシオンに背を向け。

「……ジャス、パー……?」

 ジャスパーは、シオンを守るように戦場に立ち。

 

「さて――――悪いが、今日だけは此処で止まって貰うぞ。アゲート」


 その巨大な装備を、群青色の髪のJD――――アゲートに向けた。

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