第88話

 ――――オールキット。それはトキヤがJDの整備の際に使っている整備補助機の名称である。

 統合知能ライリスが破壊されて基地から逃げなくてはならなくなった時、オールキットに戦闘能力があれば、と思ったトキヤはそれからオールキットに戦闘能力を持たせるための改造プランを考えていた。

 だが、それはあくまで緊急時に使うだけの機能であり、銃を搭載可能にし、目標に向かって撃つ程度の機能を付けるだけの予定だったのだが、複数の武器を扱うことに適性があるバルに新武装を用意して欲しいと頼まれたトキヤは、オールキットを戦闘で使えるようにする換装パーツを制作して、オールキットをバルの新武装にしようと決断し、一晩でその換装パーツを作り上げた。

 そして、既存の武器をカスタマイズした銃砲や小型のミサイルを大量に積み込み、戦闘補助機というよりも動く火薬庫と表現した方がしっくりくる存在となったオールキットは、サブマスターとして登録されたバルの背を追って砂漠を駆け。

「――――オールキット! 全射撃装備展開!」

 コマンドとして登録されている音声を認識したオールキットはサブマスターの指示通り、バックパックや装甲に取り付けられている機銃だけでなく、内蔵されている射撃武器も展開し。

 オールキットはそれら全てを空を飛ぶ青い蠍目標へと向けた。

「……」

 ……さて、敵の動きは……。

 そして、オールキットのサブマスターであるバルは、遙か遠くに見える蠍の形をしたディフューザーを注意深く観察し。

「――――一機ずつに分かれましたね」

 編隊飛行をしていた四つのディフューザーが分かれ、こちらのJDと一対一で戦おうとしているような動きを見せたため、バルは敵がこのパターンの行動を取ってきた場合の作戦を思い返した。

 ……バルとサンは襲ってくるディフューザーの破壊。シオンとライズは襲ってくるディフューザーと交戦しながら敵JDとも戦闘をする。

 この場合は、そういう作戦でしたね。と、シオンとライズに重い負担が掛かる作戦プランを実行することになってしまい、バルは統合知能ライリスに入っていないシオンを心配したが、実力と実績を考えれば、シオン達が敵JDの相手をするのは至極当然のことであるとバルは自分を納得させた。

 ……それにこれは別に難しい話でもありませんしね。バルがすぐに二人の援護に向かえばいいだけのことです。だから、そのためにも……。

「まずはバルのお仕事をきっちり終わらせましょう……!」

 一刻も早くシオン達の援護に向かうため、バルはトキヤの手によってカスタマイズされたサブマシンガンを構えた。

 そして、銃口を向けられているというのに真っ直ぐに飛んでくる蠍のような形をしたディフューザーに視線を向けたバルは、JDとは違い純粋な破壊兵器である筈のディフューザーの、その凝ったデザインを改めて見て、苦笑いを浮かべた。

「……しかし、空飛ぶメカアルマジロの次は空飛ぶメカサソリですか。何というか、あの島国の住人が好きそうなデザインが続きますね。……けど、そうですね」

 それならこっちもそういう感じでやらせてもらいましょうか。と、呟いたバルはケーブルで繋がっているオールキットの視覚情報も参考にして、数秒後のディフューザーの位置を予測し、トリガーを握る指に力を込め。

 

「――――一斉射撃フルバースト……!!」


 バルは、自らが手に持つサブマシンガンと、オールキットの全射撃兵装を同時に発射させた。

 それは全てを避けきることは不可能な銃撃だった。

 空へと向かう大小様々な銃弾に、大量のミサイル。同時に発射されたそれらは面の攻撃となり、幾らディフューザーが空を縦横無尽に動き回れても、バルに近づいていた蠍のディフューザーが今更その攻撃を避けることは不可能であった。

 故に、蠍のディフューザーは既に不可能になっている回避行動をそれでも行おうとし、右往左往するしかないとバルは予想していたが――――

『――――』

 空を舞う蠍のディフューザーは、数多の銃弾が迫り来る状況でも動揺することなく、銃口を鋏のような装甲で覆い、可動部位を守るような姿勢を取って――――銃弾の嵐の中へ、躊躇無く突入した。

「――――なっ……!?」

 そして、一瞬で銃弾の嵐を抜けたディフューザーを見て、バルは驚きの声を上げた。

 だが、そのバルの驚きはディフューザーが想定外の動きをしたから、ではなく、ディフューザーが銃弾の雨を浴びてもであることに驚愕したのだ。

 蠍のディフューザーがダメージを負わない理由。それはこの蠍のディフューザーがジャスパーのディフューザーと同等の防御力を持っていたから、ということではない。バルはまだ気づいていないが、この蠍のディフューザーの装甲は薄く、先程オールキットが発射した小型ミサイルが数発当たれば破壊できる程度のものでしかない。

 ならば何故、蠍のディフューザーが殆ど無傷であるかというと、銃撃が放たれた瞬間に一番威力の低い攻撃を蠍のディフューザーが見極めたからである。

 様々な火器から攻撃が放たれたのだ。ならば当然、武器によって攻撃の威力も変わってくる。

 蠍のディフューザーは弾幕の中から多少攻撃を受けても大丈夫な攻撃を見定め、更に突入角度も調整し、弾を跳弾させたため、殆どダメージを負うことなく――――

「――――っ!」

 バルと後、数メートルの距離にまで一気に迫った。

 そして、驚愕の表情を浮かべたまま、身体を固まらせているバルの瞳に、鋏の中から現れた機銃が映り。

『――――』

 その次の瞬間に、ディフューザーの機銃が火を噴いた。

 だが――――

「――――え?」

 蠍の攻撃は何故か一発もバルに当たることなく、全ての弾が砂漠の中へと吸い込まれていった。

 ……外した……!?

 この至近距離で……!? と、バルはその事実に蠍のディフューザーが弾幕をほぼ無傷で抜けてきた時以上の驚きを覚えたが、何にしてもこれは好機だと銃を構え直し。

「こんのぉっ……!」

 バルは連射速度に優れた銃器を使用し、蠍のディフューザーに容赦なく銃弾を叩き込もうとした。

 ……っ、速い……!

 だが、バルから離れ、本格的に回避行動を始めたディフューザーにバルの攻撃は一切当たらなかった。

「……っ!」

 偏差射撃を基本にし、直接狙いの射撃、ランダム行動を予測しての射撃、と決して悪くない方法で射撃を続けても蠍のディフューザーに弾が当たることはなく、バルはここで初めてディフューザーの真価を思い知ることになった。

 機械的な動きをするミサイルやドローンなどには、ほぼ確実に弾を命中させることができるJDだが、弾を当てることが難しい存在がいる。それが生物である。

 興奮や恐怖といった感情の変化はもちろん、バイオリズムの僅かな変動によっても変わる生物の動きをJDは完全に予測することができず、それらを攻撃するときは命中率が極端に下がる。

 もっとも、人間のようにろくに回避行動も取れない生物を撃つ際には止まっている的を撃つようなものであるから特に問題なく当てることができるのだが、人間に近い特性を持ちながら、それでいて優れた運動能力を持つ者がこの時代の戦場には山ほどいる。――――そう、JDである。

 ハイスペックな機械でありながら、時折、人間のように感情的な動きを見せるJDに攻撃を当てることをJDは苦手としている。

 そんなただでさえ攻撃を当てることが難しいJDが、空を縦横無尽に駆け回っている存在。それが、JDの操るディフューザーである。

 まるでJDが空を飛び回っているように動くディフューザーに攻撃を当てることは、並のJDではまず不可能である。

 バルがディフューザー相手でも何とかなるという自信を持っていたのは、ジャスパーのディフューザーに攻撃を当てた経験があったからだが、自分から攻撃に当たりに行くジャスパーのディフューザーは例外中の例外であり、殆どのディフューザーはこの蠍のディフューザーのように回避行動を取るため、攻撃を当てることが非常に難しいのだ。

「……っ!」

 そして、バルも攻撃を続けるうちにその事実に気づきつつあったが、蠍のディフューザーが時々してくる攻撃も全てバルやオールキットに当たっていなかったため、バルは、敵もこちらの猛攻を受け、まともに狙いが付けられていないのだろうと考えていた。

 ――――それがとてつもない勘違いであることに気づかずに。

『――――』

 青い蠍のディフューザーを操る敵JDがバルに攻撃を理由。それは――――違和感だった。

 こちらの戦力である四人のJD全員と既に交戦中の敵JDは、バルにだけ違和感を覚えていた。

 直接戦っている二体のエースクラスのJD。奔放な動きでディフューザーを翻弄する金髪碧眼のJD。と、強力なJDと交戦する中で――――わけのわからないJDが一体混じっている。そのことを敵JDは警戒していた。

 整備補助機とケーブルで繋がった状態で戦闘をしている不可解なJD。他の三体のJDと比べると異様に弱いJDが戦場で誰も見たことがないような戦い方をしているのだ。何か罠があるのではないかと警戒するのが普通である。

『――――』

 だが、それも数秒前までの話。バルの攻撃方法や動きを見て、罠ではないと判断した敵JDはディフューザーを回避行動から攻撃行動へと移行させることにした。

「……! ――――ようやく来ましたね」

 そして、敵JDが不要な警戒をしていなければ自分が既に三度は破壊されているということを露程も知らないバルは、自分の危機的状況に気づかぬまま、向かってくるディフューザーに最大火力の攻撃をぶつけるための準備を始め――――


 あ、バルが危ない。と、直感的に感じ取った者に助けられることになった。

 

「――――よいしょー!」

 元気な声が砂漠に響き渡るのと同時に、空に何かが舞った。

 それは砂漠移動用の非装軌走行装備であり、誰かが飛ばしたそれはディフューザーの近くまで真っ直ぐに飛んでいき、それをディフューザーは回避しようとしたが。

「ドカーン!」

 その前に走行装備に銃弾が撃ち込まれ、走行装備が爆発し、辺りに黒煙を撒き散らすと。

『――――』

 蠍のディフューザーは黒煙の中に入ることを嫌がるように、少し過剰とも言えるような動きをし。

 

「スキ、だら、けー!!」

 

 ディフューザーの動きが止まる瞬間を狙っていた三本爪の獣が爆煙の中から現れた。

「やーー!」

 そして、急制動をかけた直後で動きが鈍っていた蠍のディフューザーは三本爪の攻撃を避けきることができずに、尻尾を切り落とされた。

「よし、やったー! ――――って、わわ!」

 だが、そこで終わる蠍のディフューザーではなく、蠍のディフューザーは切り落とされた尻尾の先端から小型ミサイルを発射し、ディフューザーとは違い、飛行能力を持たない金髪碧眼のJDは空中でうまく回避行動が取れず、その攻撃を受けてしまったが。

「あ、危なかったー……」

 右腕の装甲爪アーマークローで防御し、何とか一命を取り留め、砂漠へと着地した。

「あー、でも、爪にヒビ入っちゃったなー」

 大丈夫かなー、これ。と、ヒビの入った爪を見ながら、そのJDはスタスタと砂漠を歩き。

「バルー、大丈夫だったー?」

 そのJD、サンは笑顔でバルに話しかけた。

「……え、ええ、大丈夫ですよ。まだ、何も損傷してませんし」

「そうなんだ! それならよかった!」

 そして、戦闘中でも平時と同じように喋るサンと会話をしながらバルは、サンが援護に来てくれたということは、もうサンは蠍のディフューザーを一機破壊したということなのだろうか、と考えたのだが。

「――――って」

 バルは、尻尾を失い少しこちらと距離を取った蠍のディフューザーとは別の蠍のディフューザーが凄まじい勢いでこちらに向かってきていることに気づき、目を丸くした。

「――――サン! 後ろ! 後ろ!」

「え? 後ろがどうしたの?」

「サンが相手をしてたディフューザーが近づいているんですよ……! というか、あのディフューザー、何か滅茶苦茶怒ってるように見えるんですけど、何でです……!?」

「えーっと、……サンがメチャクチャをしたから?」

「一体、何をしたんですか……!?」

 というか、早く攻撃をしないと……! と、言ってバルが近づいて来るディフューザーに攻撃を仕掛けようとしたが。

「バルー、そんなに慌てなくても大丈夫だよー」

 サンは背後から敵が近づいてくるという緊急事態だというのに、とても落ち着いた様子でゆっくりと言葉を紡いだ。

「だって――――みんなで戦えば絶対に勝てるから」

 そして、サンが太陽のような笑顔を浮かべると。

 

 サンの背後から迫っていたディフューザーが爆発し。


『――――!!』

 

 鋼の獅子の咆哮が砂漠中に響き渡った。

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