第89話

「――――」

 太陽が沈みゆく世界で、月の光のように美しい銀の髪を揺らしながら戦うJDがいた。

 エースクラスの実力を持つそのJD、シオンは、蠍のディフューザー二機を相手に互角以上の戦いを繰り広げていた。

 空中を縦横無尽に動き回りながら攻撃をしてくるディフューザーは、空を飛べず、地上を走ることしかできないJDにはこれ以上無いほどの脅威である。それは間違いない。

 だが、シオンは今、二機のディフューザーを相手に互角以上の戦いをしていた。その最大の理由は――――ディフューザーの武装の使い方がなっていなかったからである。

 蠍のディフューザーの武装は機銃と小型ミサイル。両方とも強力で堅実な武装ではあるが、それだけである。

 空を飛べるという圧倒的なアドバンテージに胡坐あぐらをかき、平凡な武装をただ使うだけで倒せるのは並のJDだけであり、エースクラスのJDであるシオンには通用しない。

 蠍のディフューザーが使っている武装は、ディフューザーに搭載できるように改造されているがシオンが今まで戦ってきた敵の戦闘用JD達が使っていた武器と殆ど同じモノである。そんな武装の対策は戦う前からできている。

 シオンは蠍のディフューザーが使う武装によく似た武器を持ったJDに高台から攻撃された時のデータを参考にしながら、戦闘開始からものの数秒で対ディフューザーの回避行動を最適化した。

 そして、最適化したデータと今までの戦闘経験を掛け合わせた動きで砂漠を駆けるシオンに、ディフューザーは未だに攻撃を当てることができていなかった。

 だが、それはシオンも同じで空中を飛び回るディフューザーに攻撃を全く当てることができていない――――わけでもなかった。

 地上からの攻撃を空高く飛ぶことで回避する蠍のディフューザーとシオンが主力武器としているプロキシランス・アルターは、最高に相性が悪かった。

 プロキシランス・アルターは一般的な銃器よりも射程が長く、そして、何よりも稲妻のような凄まじい弾速が特徴的な武器である。

 高度を上げ、距離を取ることで敵の攻撃を回避する余裕を作っていた蠍のディフューザーにとって、銃弾とは比較もできない程の速度で迫ってくる紫の稲妻は天敵と言ってもよかった。

 最初は一対一でシオンと戦っていたディフューザーだったが、戦闘開始直後、プロキシランス・アルターのに装甲の一部を持っていかれたことで、ディフューザー一機でシオンの相手をすることは不可能と敵JDは判断したのか、すぐにもう一機のディフューザーがシオンに襲い掛かり、敵JDは二機のディフューザーを使い、何とかシオンを押さえ込むことに成功した。

「……」

 そして、その二機のディフューザーと戦闘を続けるシオンは、機銃から弾を撒き散らすディフューザーの姿を見て、改めて敵の習熟度の低さを感じていた。

 堅実な武装というものは、ただ使うだけでは決め手に欠ける。使いこなしてこそ真価を発揮するのだ。

 もし敵JDがディフューザーの武装を完全に使いこなしていたら、シオンでも一機を相手にするのがやっとだっただろう。どんな武器でも使いこなせさえすれば、一気に強力な武器に変わるのだ。


 そう、――――今のライズのように。

 

 シオンと二機のディフューザーが交戦している場所から十メートルも離れていない砂上で火花が散っていた。

「――――」

 群青色の髪のJDが、宝石のような輝きを放つ青い剱を、力の限り振るい。

「――――」

 ライズがその重い一撃を、戦場の何処にでも転がっているような短剣で受け止めていた。

「――――」

「――――」

 剱と剣が火花を散らし、群青色の瞳とくすんだ赤色の瞳が至近距離で暫く見つめ合った後、ライズが軽く後ろに跳躍し、短機関銃を敵JDの頭部に向けてトリガーを引いた。

 そして、敵JDはその攻撃を防ぐため、宝石のような剱で顔を隠し、全ての銃弾を弾き。

「――――」

 敵JDが顔を隠した瞬間にその腹部を抉ろうと、一気に距離を詰めてきたライズの短剣による一撃を敵JDはギリギリのところで躱し。

「――――」

「――――」

 二人は再び剱と剣を交え、火花を散らし始めた。

 それは異様な光景であった。

 敵JDが持つ、現実感のない青い宝石のような剱は、まず間違いなく専用武装である。専用武装であるのだから、その異常なまでの耐久力や切れ味にも納得がいく。

 だが、その一方、ライズが使っている短剣はどんなJDが持っていてもおかしくない武器。悪い言い方をしてしまうと、安物である。

 そんな安物の武器が、何百倍、下手をしたら何千倍もコストが掛かっている青い剱と斬り合うその光景は、安物の短剣をこれ以上ないほどに使いこなすライズの尋常でない実力を証明するものになっていた。

「……」

 そんなライズの凄まじい戦闘能力を横目で見たシオンは、今がではないかと考えた。

 今、ライズが相手をしている敵JDは、とても強力なJDである。もし彼女が操る四つのディフューザーと彼女自身を一人で相手にしたら、まず勝てないだろう。

 だが、本体、彼女だけを相手にしたらどうだろうか?

 群青色の髪のJDは強力なJDだ。一対一でも苦戦はするだろう。しかし、シオンは敵JDと自分の実力に絶望的な差を感じていなかった。

 ブルーレースと対峙した時絶望的な差ジャスパーと戦った時別次元の強さ、そういったモノをシオンはここ数日の間に何度か感じていた。

 だが、群青色の髪のJDからはブルーレースやジャスパーのような圧倒的な力を感じられず、シオンはこの敵に、強力なJDであるというシンプルな感想しか抱けなかった。

 本体はエースクラスと同等か若干上、ディフューザーはエースクラスよりも劣る。戦闘を開始してから測ったその敵JDの性能評価に誤りはないと判断したシオンは。

「――――」

 遙か遠くから放たれた銃弾を回避するために高度を上げたディフューザーを見ながら、本体への攻撃を行うと決めた。

「……」

 ……援護を感謝します、カロン。 

 二機のディフューザーと互角の戦いをしていたシオンが、互角以上の戦いができるようになったのは、このカロンの援護射撃のおかげである。

 アイリスが操縦する鋼の獅子と共に戦場に駆けつけたカロンは、まず最初に相手の不意を突くような形でサンと交戦していたディフューザーに大きなダメージを与えたが、それ以降は敵もカロンの射撃を警戒し、まともにダメージを与えられなくなっていた。

 だが、シオンに取ってはそれで十分だった。ディフューザーがカロンの狙撃を警戒するがあまり積極的に攻めてこなくなったことで――――本体を狙う余裕が生まれたのだから。

『――――ライズ、私もそちらに加勢します。ただ、ディフューザーの抑えが完全ではなくなるので、少しでいいのでディフューザーを警戒してくれますか』

『ああ、そのぐらい最初からやっているから問題ないよ』

 そして、シオンがこれから援護を始めるという旨をライズに伝えると、ライズはすぐに短機関銃をタクティカルホルスターに収め、短剣だけに意識を集中させた。

 そして。

 

『――――一気にケリを付けよう』

『――――一気にケリを付けましょう』


 同じ言葉を重ねた二人は、一気に攻勢に出た。

 空からは紫の稲妻が降り注ぎ、地上ではくすんだ赤色の瞳が致命的な損傷を与えようと短剣を振り翳す。

 それは猛攻を超えた猛攻であった。一気にケリを付けるという言葉に嘘はなく、シオンとライズは一瞬で決着を付けるための攻撃を仕掛けたのだ。

 だが、敵JDも意地を見せ、青い宝石のような剱で紫の稲妻を弾きながら、短剣の攻撃を剱の柄で防ぐという、限界を超えた動きでシオンとライズの攻撃に対応した。

 しかし、一つしか得物を持っていない敵JDの戦い方には限界があり、敵JDは二人の猛攻を凌ぐのが精一杯のようだった。

 そして、敵JDはこの窮地を乗り切ろうとディフューザーを操り、二人の背中を狙おうとしたが。

「――――」

 そのわかりやすい動きを待っていたと言わんばかりの射撃がディフューザーを掠めたため、ディフューザーは攻撃をやめ、シオンやライズから距離を取った。

「……」

 そして、その時に初めて敵JDは遠くに見える鋼の獅子とその背に乗っているJDに視線を向け、ディフューザーの機銃はもちろん、剱の投擲すら届かぬ超遠距離からの一方的な射撃を。


 ――――邪魔だ、と思った。


『――――』

 そして、その意思に呼応するように、が動き出した。

 ソレが動くことによって生じるのは、砂中に響く僅かな音と、少しの振動。

 もし、ソレが動き出したときの一番大きな振動を誰かが感じ取っていたら、この後の展開は全く別のものになっていただろう。

 だが、この戦場にいる者は皆、相対する敵に意識を集中させていたため、誰も砂の下にまで注意を払う余裕など持っていなかった。

 故に、シオン達は誰一人、砂中を征くソレに気づくことはできず。


 その瞬間を迎えることになった。

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