第87話
青空に浮かぶ大きな雲が徐々にオレンジ色に染まっていく。
「……」
その光景は極東のぐずついた空では滅多に見られない鮮やかな色彩を放っていたが、この国に人格データを買われてからバルはこの光景を何度も何度も目にし、既に見飽きた光景になっていた、筈だった。
「……」
だが、どういうわけか、今日はその見慣れた光景がとても美しく感じられ、バルが顔を上げて空を眺めていると。
『――――そろそろ、接敵しそうだね。走行装備を外すかどうかは各自の判断に任すけど、今を逃したらもう外せないものだと思っていた方がいいよ』
「――――」
これから戦場となる穏やかな砂漠を静かに見つめた。
「……」
そして、速度は出せるが動きが単調かつ機械的になりやすい非装軌走行装備を外したバルは、自分と同じように走行装備を外したシオンとライズを見てから、走行装備を付けたまま周辺警戒をするサンに視線を向け、それぞれが持つ武装について思考を巡らした。
「あれ? みんな外すのー? これ、走るよりも速くて良いと思うんだけどなー」
砂漠を駆けるサンが両腕に装備しているのは、
装甲爪はその名の通り巨大な三本爪による攻撃がメインの武装ではあるが、牽制用の機銃もついているため近距離だけでなく中距離でも力を発揮する武装である。
この装甲爪、一応は量産品ではあるのだが、扱いが難しく使い手を選ぶため、多くの戦闘用JDに好まれていない武装である。だが、近接戦闘を得意とするサンは装甲爪を愛用し、多くの戦果を挙げているため、装甲爪を完全に使いこなし、その力を最大限に発揮していると言っても過言ではないだろう。しかも今回はレタが装甲爪を少しだけではあるが強化しているため――――何の問題もない。
「……」
まだ現れない敵を警戒しているのか、黙って遠くを見つめているシオンが手に持つ武器は、プロキシランス・アルター。
プロキシランス・アルターはシオンの専用武装であり、ジャスパーを倒した武器でもある。
このプロキシランス・アルターは紫に輝く光の槍となって発射される時の破壊力だけを見ても凄まじい性能を持った武器であると言えるが、そこにシオンの実力が合わさることでどんな戦況でも対応できる万能の武器となっている。それ故に、これもまた――――何の問題もない。
「――――うん。今度は羞恥を覚えることなく、しっかり敵を破壊して作戦を終えたいところだね」
前回の戦いでの失態が余程恥ずかしかったのか、同じ轍を踏むまいと気合いを入れているライズが持つ武器は、短機関銃と短剣。
その二つの武器は戦闘用JDが初めての戦闘で使うような基本的な武器であった。
今のライズの身体に適した専用武装ではなく、大量生産品である普通の武器をライズが何故持っているのかというと、あるトラブルが起きてしまったからだ。
今回、レタが設計したライズの専用武装は生産ラインの都合で、いつも使っている工廠とは別の工廠で製造されたのだが、その際にレタがいつもの工廠に頼む感覚で製造依頼を出してしまったことが原因で、そのトラブルが発生した。
ブルーレースとの戦闘の後、基地に戻ったライズとレタが目にしたのは、たった一つの専用武装と二発の特殊弾薬だった。
ライズのすべての身体に装備できるように予備も含め百を超える専用武装と大量の特殊弾薬を発注したところ、――――普通にサンプルが送られてきたのだ。
それはレタの痛恨のミスであった。絶対に不備なんか無いから一気に製造しよう! という異常な環境で物作りをしていたレタは普通の工廠、工場は製品のサンプルを作って、それを使い、様々な検査をしてから大量生産を始めるということを完全に失念しており、レタは慌てて工廠に連絡し追加生産を依頼したが、生産ラインがどこもいっぱいで、最低でも後、三日は専用武装を造れないという結論が出てしまった。
そのためライズは試し撃ちしかできない専用武装は基地に置いたままにし、基本的な武装を持ってきたのだ。
たた、別にライズは専用武装が使えないからといって
ブルーレースに惨敗したことにより、初心に返り油断を捨てた今のライズは強い。だから、専用武装などなくとも――――何の問題もない。
「……」
そう、もし、ここに問題がある者がいるというのならば、それは……。
「……って、知らず知らずのうちに前と同じようなことを考えてしまってましたねー」
危ない危ないとバルはネガティブな思考を振り払い、前を向いた。
「……」
今、ここに近づいている敵は確かにとてつもない脅威ではある。だが、絶対に勝てないわけではないとバルは思っていた。
仲間達は皆、強力なJDであり、その中でもシオンはディフューザーを操る敵を倒した経験もある。そんな頼りになる仲間達がそう易々とやられるわけがない。
それに――――
「バルも新しい力を手に入れましたしね。……ええ、あの時とは違うんです」
もうジャスパー戦の時のような役立たずにはならない。と、バルは強い意志を込めた瞳を、トキヤから預かった――――
「――――今日は頼りにしてますからね? 技術屋さんの、一番弟子さん?」
そして、バルはいつもの軽い調子でその存在に話しかけたが、JDとは違い、意思を持たないその存在はコマンドにない音声に反応することはなく、バルが話しかける前と変わらず虚空を見つめ続けているだけだったが。
「うんうん、気合い十分って感じですねー」
ケーブルで物理的にも繋がっているその存在から戦意を感じ取っているかのような発言をしたバルは、笑みを湛え、その存在と同じ方向を見つめた。
そして、それから少しだけ静かな時間が流れた後。
『――――方位角315度にディフューザーを確認。距離は約2キロ、飛行高度はおよそ20メートル』
敵を発見したというシオンの報告が響き。
『了解。それじゃあ、各JDは敵の動きをよく見て、それに合わせた行動を取るように。では――――戦闘開始』
そして、戦闘指揮を執るライズが先陣を切って駆け出すとシオンとサンがそれに続き。
「――――」
敵が来たという報告を受け、その場で一人、深呼吸をするように身体を動かし、心を落ち着かせたバルは大きく口を開き。
「さあ、バル達も行きますよ……! ――――オールキット……!!」
トキヤの整備補助機からバルの戦闘補助機へとその在り方を変えた、
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