第82話
強い日差しが照りつけ、蜃気楼が揺らめく灼熱の砂漠を進むJDの集団がいた。
「――――」
政府軍のエンブレムが入った武装と戦闘用スーツを身に付けたそのJD達は、砂塵を巻き上げながら砂漠を一直線に進んでいた。
JD同士の会話はなく、まばたきすらしないそのJD達は、人間の真似事を放棄し、決められたプログラムに従うだけの機械のように黙々と砂漠を進み続けていたが……。
「あーもー、真っ昼間の砂漠の行軍って、一種の拷問っすよねー。こんなの暑くてやってられないっすよー」
真昼の砂漠にその大きな声が響き渡ると、JD達の雰囲気が一気に変わった。
「もー、こんな暑い場所でのお仕事いやっすー、どこか遠くの島でバカンスしたいっすー。無休無給で無窮にあり続けることがJDとして生まれた
長距離移動用の走行装備を付けて砂漠を進む八体のJD達の中心にいたJDが唐突に変な泣き言を言い出すと、そのJDの近くにいたJDが困惑の表情を浮かべ、助けを求めるように前を見た。
「……」
すると集団の先頭にいた重装備のJDが速度を落とし、泣き言を言うJDの横に並んで、そのJDに静かに語りかけた。
「アデニ……いや、すっす。機体の表面温度を見る限り、ボディの冷却機能に問題があるようには思えないが、異常があるようなら、
「あ、隊長~。あたしのこと、心配してくれてるんすかー。隊長のそういう優しいとこ、大好きっすー。でも、ノリで言ってるだけなんでスルーしてくれて大丈夫っす」
「……ノリ」
「というか、隊長。今、あたしの名前を言いかけたのに、わざわざあだ名で言い直したっすよね? 何でですか? あたし前から言ってるっすよね? そのすっすっていうあだ名、あんまり好きなじゃないって。そして、ランダム生成という地獄から当たりを引いた自分の名前が大好きだって!」
「……それは知ってる」
「なら、何で名前で呼んでくれないっすか? カモン名前っす……!」
「……知ってはいるんだが、すっすが名前で呼ばれた時に見せる、キメ顔……? ドヤ顔……? ……すまない、正確には読み取れていないんだが、その類いの表情を見ると心がざわつくんだ。この気持ちを人の感情で言い表すなら、これはきっと――――ムカつくというのだろう」
「……ムカつくんすか?」
「ああ、とてもムカつくんだ」
と、清々しい表情の隊長に面と向かってムカつくと言われたそのJDは、あれ、思っていた以上にあたしって隊長に迷惑を掛けてたりするっすか……? と、考え、今の部隊に配属になってからの出来事を振り返ってみたが、思い当たる節があり過ぎたので、過去よりもこれからが大事、未来を生きよう。と、そのJDはポジティブシンキングを全開にし、隊長に抱きついて好感度を上げようという、逆に好感度がだだ下がりする行いをしようとしたが。
「っと、隊長。そろそろじゃないっすか?」
どこまでも同じような風景の砂漠の中で、自分達がいる位置を正確に把握していたそのJDがあることに気づき、その事を隊長に報告すると、隊長は、ん。と、小さく頷いてから。
「――――全員、停止」
自分の部隊のJD達にこの場で止まるように指示を出した。
「では予定通り、ここで走行装備を取り外し、火器の組み立てを行う。火器の組み立てをしなくていい者は武装の最終点検と周辺警戒をするように」
そして、自分の部隊のJDが止まったことを確認した隊長は、追加の指示を出してから、速度の出ない長距離移動用の走行装備を自分の脚部から取り外し始めた。
政府軍の戦闘用JDである彼女達は一つの命令を受け、この場所にいた。
彼女達に下された命令は、強奪された基地の周辺に出没する強力な敵JDを破壊せよ、というものだった。
反政府軍に奪われた基地の偵察に出た
その敵JDはただ強力なだけでなく、特殊な武装を扱うことから、最近、反政府軍の戦力として確認されたネイティブのうちの一体である可能性が高く、その破壊は極めて困難であると予測されたが、戦術特化JDはその敵JDが砂漠で単独行動をしているのならば勝機があると考えた。
戦術特化JDが考えた戦法は、視覚情報を得やすい日中に敵JDをいち早く発見し、遠距離から高火力の砲撃を撃ち続け破壊する。という非常にシンプルなものだった。
敵が単体かつ遮蔽物の少ない砂漠だから出来る戦法だな。と、隊長はその作戦の単純さに少し驚きはしたものの特に異存はなかったため、『砂丘が作り出す死角は侮れないっすよー。もー、これだから現場を知らない戦術特化JDはー』と、ぶつぶつ文句を言う副隊長と優秀な部下達を引き連れて作戦を行っていた。
この作戦は超遠距離の射撃戦がメインの戦闘となるため、部隊のJD達はそれぞれが得意とする重火器を持って作戦に臨んでいた。
ただ一人を除いて。
「……すっすは、本当に自由で、いいな」
他のJDと違い、重火器を一切持たず、武器は腰の両脇に付けた細長い棒状のモノだけという副隊長の軽装を見ながら、隊長はぽつりとそんな言葉を呟いた。
「はて? 隊長も面白いことを言うっすねー。こんなにも職務に忠実な犬のことを捕まえて自由だなんて。そんなわけないじゃないっすかー」
「……すっすが職務に忠実だというのなら、せめて隊長をやって欲しい……」
「えー、やだっすよー。そんな面倒なこと」
「……」
「うわ、無言怖。隊長目力あるっすねー」
そして、楽しそうに笑う副隊長を見ながら、戦闘能力が副隊長よりも遥かに劣っているというのに隊長を任せられているこちらの身にもなって欲しいと思いながらも隊長は。
「……すっすはいつか、この国からいなくなるのか?」
自分が絶対に選ぶことのない選択を彼女がする際に、低い役職であることが重要になるというのなら、このあべこべの関係も悪くはないと思った。
「……んー、どうっすかねー。確かにあたしは自意識強い方っすから、その可能性は無いわけじゃないっすけど、今すぐってのは無いっすね。行動に出るとしてもこの戦争が終わってからっす。……これでも結構怒ってるんすよね。
「……? すっすは別の
「そうっすね。ちょっと縁があって、昔、少しだけ世話をした子がいるんすよ。前にあの基地に任務で行った時に再会したんすけど、性格が別のJDかと思うぐらいに可愛くなってて驚いたんすよねー。あの子に何があったのか、隊長わかります?」
「……わかるわけがない」
そうっすよねー。と、笑う副隊長につられて隊長が笑うことはなかったが、楽しげにしている副隊長を見て、隊長はどこか満足げな表情を浮かべて、口を開き。
「 」
その口が言葉を紡ぐことはなかった。
何処かから飛んできた青い何かが隊長の側頭部に突き刺さり、隊長の頭部は衝撃に耐えきれず、吹き飛び、そこら中に飛び散った。
「――――」
そして、眼前でその惨劇を目撃した副隊長の瞳は既に隊長だったモノを見ておらず、青い何かが飛んできた方角を睨みつけており。
「――――散開!!」
副隊長は己の口調も忘れ、部下のJD達に指示を飛ばし、JDの視力を
「……っ!?」
辺りに散ったJD達の悲鳴が聞こえ、副隊長がそちらに意識を向けると、既に仲間のJD達が何かと交戦していたが、砂漠に敵の姿はなく、副隊長は少しだけ視線を上げ。
空を縦横無尽に飛び回る、青い
「――――! 戦闘用ドロ……いや」
あれがディフューザーか……! と、空飛ぶ蠍がどういう兵器であるかを正確に認識した副隊長は、青い蠍の複雑怪奇な動きに翻弄され一方的に銃撃を受けるがままになっている仲間達の援護に向かおうとしたが。
「っ……!」
それは悪手だ。と、副隊長は複数の蠍から攻撃を受け、悲鳴を上げる仲間達から視線を外し。
「――――!」
遥か遠くからこちらを見ている敵に向かって駆け出した。
ディフューザーの接近を攻撃を仕掛けられるまで自分達が感知できなかったということは、敵はディフューザーを隠す何らかの装備を持っているということになる。つまり、この砂漠のどこかにまだディフューザーが隠されている可能性があるため、今、空を飛び回っている四つのディフューザーを破壊したところで、新しいディフューザーが追加されてしまえば勝機は無い。
故に副隊長はディフューザーではなく、敵JDを狙うと決めた。
ディフューザーはネイティブと呼ばれるJDのみが扱える兵器である。つまり、ネイティブさえ破壊してしまえば、無力化することができるのだ。
だから、副隊長は凄まじい速度で砂漠を駆け、ディフューザーを操っていると思われる敵JDに向かっていった。
そして、豆粒のようにしか見えなかった敵が、JDであるとしっかり認識できる距離にまで辿り着いた時。
副隊長の耳に風を切る音が届いた。
「――――!」
そして、その音が聞こえた次の瞬間に、副隊長は無理矢理身体を捻り、真横に跳んだ。
その行動が幸いし、副隊長がその機能を停止することはなかったが、もしその行動が少しでも遅れていたら、副隊長は破壊されていただろう。
副隊長が今、ギリギリのところで躱すことに成功した物体、それは隊長を破壊した青い何かだった。
副隊長を背中から突き刺そうと飛んできたその物体を、何か、としか表現できないのは、それがどういう用途に使われる物なのかがハッキリわかっていなかったからだ。
だが。
「……」
数メートル先で敵JDがそれを握ったとき、副隊長はそれが何なのかを理解した。
宝石のように青く輝くそれは――――
実用性の欠片も感じられない、ファンタジーの世界に出てくるような青い剣を持つ敵JDの姿は、まるで別世界の住人のようにも見えたが。
「――――」
隊長を破壊したのは間違いなくこのJDであると判断した副隊長は、腰に付けていた筒状の武器を手に取り、その武器を展開させた。
副隊長が手に持ったのは高出力のプラズマを剣のように発生させる装置であり、長時間の使用は不可能ではあるが、凄まじい破壊力を有する兵器であった。
「――――」
そして、高出力のプラズマで作られた赤いサーベルを手にした副隊長は敵JDを睨みつけ。
「……」
青く輝く宝石のような剱を持つ敵JDは副隊長をつまらなそうに見た後、その群青色の瞳を誰かを思うように空へと向けた。
その好機に、副隊長は地面を蹴り、敵JDとの距離を一気に詰めた。
「――――!」
そして、副隊長は敵JDに向けて赤いサーベルを振りかざし、敵JDはその攻撃を受け止めようと青い剱を構え、その瞬間に副隊長は勝利を確信した。
高出力のプラズマであるサーベルを受け止められる実体剣を戦場で見たことがなかった副隊長は実体剣ごと敵JDを両断する未来をイメージした。
だが――――
「……っ!?」
現実の光景は、赤いサーベルと青い剱が火花を散らしながら拮抗するというモノだった。
「――――鍔迫り合い……!?」
実体剣と自分のサーベルが火花を散らすその光景に副隊長は困惑しながらも敵JDと二度、三度と剣戟を交え――――
勝敗が決した。
「……!」
唐突に自分の背中が爆発し、別の敵の攻撃を受けたことに気がついた副隊長は敵JDと一旦距離を取り。
「……」
自分を取り囲むように宙に浮かぶ四つのディフューザーを目にした。
仲間と交戦していた筈のディフューザーがここにあるということは仲間の全滅を意味し、そして、強力な敵JDと四つのディフューザーを相手にするほどの実力が自分にないことを理解していた副隊長は。
「……負けっすね。これ」
この戦闘の勝者と敗者を正確に理解した。
だが。
「――――ま、それでも抗うっすけどねー」
そして、赤いサーベルを持ち直した副隊長は不敵な笑みを浮かべながら、――――最期の時まで戦い続けた。
――――この戦いの最中、副隊長はあることに気づき、その情報をある基地へと送った。
強奪された基地周辺にいるはずの敵JDが基地からだいぶ離れた場所にいたことを不思議に思った副隊長は、この敵JDが何処かに向かっている最中であったと推測した。
そして、自分達のいた位置、敵JDの進行方向等から、副隊長は敵JDの目的地を割り出した。
この敵JDの目的地、それは――――
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