第81話

 食糧配給所で些細な誤解からライズに軽蔑の眼差しを向けられたトキヤはその後、何とかライズを宥めることに成功し、飲食スペースでドライフルーツ入りのグラノーラを食べながら、サンとアイリスに何故、ああいう特殊な発言をしたのかを尋ねると、少し意外な答えが返ってきた。

 サンとアイリスのあの行動にはトキヤの予想通りバルが関わってはいたのだが、バルはサンに悪戯をするように指示するどころか、むしろ逆のお願いをしていた。

 技術屋さんは今、とても疲れているだろうから、部屋には行かないように。そして、もし部屋の外で会ったらねぎらってあげて欲しい。と、バルに頼まれたサンは、統合知能ライリスに入っていた時に覚えた極東出身の男性が喜ぶ言葉の中から自分でチョイスしたものをアイリスと一緒に披露したのであった。

 そんな思いやりしか感じられない行動理由を聞いたトキヤがこれは怒るどころか褒めるべきなのではないか……? と、食事をしながら悩んでいると、レタにカレーを届けたライズが戻って来たため、取り敢えずトキヤはライズにアイリスとサンが自分の事を父と呼ぶ理由を説明することにした。

「……ということもあって、アイリスはここにいるんだ」

 そして、自分とアイリスの関係をライズに簡単に説明したトキヤは一息つき、まだ少し残っていたグラノーラを食べようとしたが。 

「――――次はサンの話! トキヤ! サンとトキヤの話も早くライズにしてあげて!」

 自分の話も早くして欲しいとサンに急かされたトキヤは、手に持ったスプーンを置いて、サンが自分の事を父と呼ぶ理由の説明を始めた。

「あー……、サンが俺の事を父親と呼ぶのは……、一言でいってしまえば、俺の不注意が原因なんだ。ライズ、お前はこの国の政府や軍が所有しているJDの名前は自動生成ツールで作られたものが付けられていることを知っているか?」

「やー、それはもちろん知ってるよ。我が身のライズという名前だってその例に漏れず自動生成で作られたものだしね。そして、そんな話を出すということは、そこのJDのサンという名前は自動生成で作られたものではないということなのかな?」

「そうだ。サンには最初、ツリーという自動生成で作られた名前が付けられていた。だが、俺がサンのことを呼び間違えてしまったことが切っ掛けになって名前を変えることになったんだ」

「呼び間違え?」

「ああ、……俺が二徹か三徹をして少し寝不足の時にサンが基地に来てな。それでサンと初めて挨拶をする時に俺がデバイスに表示された文字を見間違えて言ってしまったんだ。よろしくな、スリー。と」

「スリー……ああ、TreeをThreeと見間違えたということだね」

「……その通りだ。そして、自分はスリーじゃないと否定するサンに向かって俺が、ん? スリーだろ? 数字の3、さんのスリー。……と、寝不足のせいか、しつこく食い下がってしまってな。それで少し言い争いになって、その時に気を遣わせてしまったのか――――」

「ううん! サンはあの時、トキヤに気を遣ってなんかいないよ! 純粋にサンって名前が良いなって思ったんだよ!」

「……とのことだが、まあ、何にしてもその時、俺が口にしたサンという名前にしたいとサンが言い出したから、データベースを調べてみたら、まだ太陽が名前として使われてなくて、それならいっそのことSUNにしようと俺が決めて、名称変更を申請したんだ」

「やー、なるほどね。そこのJDが君のことを父と呼ぶのは君が名付けの親だからということか」

 そして、トキヤの説明を聞いたライズが二人の関係性を理解したと小さく頷いたのだが、何故かサンが頭を何度も横に振り。

「ライズ! サンがトキヤと仲良くなったのはそれだけが理由じゃないんだよ! トキヤ! サンが三馬鹿のことをサンばかり凄いって意味で言われてると勘違いしてたことや、それが原因でケンカしたこと、後、仲直りしてからのことも全部、全部、ライズに話してあげて! サンよりトキヤの方がきっと上手に説明できるから!」

 ライズはまだまだ自分とトキヤの仲の良さを理解できていないから、もっと話を聞いて欲しいとサンが言い出し、ライズは一瞬、目を丸くしたが。

「いや、もう疑問は解決したから、これ以上の話は結構だよ」

 すぐに普段通りの表情に戻ったライズは、そのサンの提案を拒否し。

「……トキヤ氏は、このJD、サンにとても好かれているんだね」

 あの特殊な発言も君の命令ってわけじゃなさそうだ。と、トキヤの耳元で囁いたライズはそのまま立ち上がり、食料配給所の出入り口に向かって足を進めた。

「ライズ、レタさんのところに行くのか」

「そうだね。我が身の武装トラブルもまだ解決してないし、やることがたくさんある。……けど、それは皆、一緒か」

 そちらもそちらで頑張ってね、トキヤ氏。という言葉を残し、配給所の外に出たライズを目で追っていたトキヤは。

「……」

「……」

 今日は流石に食事中のトキヤの邪魔をするのは気が引ける、という雰囲気を身に纏ったバルとその付き添いのカロンの姿を配給所の出入り口近くに見つけ、苦笑した。

「……そんな遠慮なんかしなくていいってのに」

 ほんと、不器用な奴だな。と、小さく呟いたトキヤは僅かに残っていたグラノーラを口の中に入れながら、サンの隣に座っているアイリスに話し掛けた。

「アイリス、俺はこれからバルの新武装の試験に行くがお前はどうする?」

「え? うーん、そうだね。ずっと基地の周りを見回っているシオンちゃんを迎えに行こうかな。この後の周辺警戒はわたしがやろうと思ってるし」

「そうか。それなら先に鋼の獅子に火を入れておくか」

「うん、お願いできるかな」

 そして、アイリスと会話をしつつ、グラノーラを食べ終えたトキヤは、アイリスと共に席を立ち。

「……むー」

 ライズがちゃんと話を聞いてくれなかったことが気に入らなかったのか、少し不機嫌そうに唸っているサンの頭を軽く撫でて。

「サン。さっきの言葉、少し特殊ではあったが、元気が出たぞ」

 ありがとな。と、自分をいたわってくれたサンに感謝の言葉を述べてから、トキヤはバルに近づいていった。

「あ、技術屋さん。もう食事はいいんですか?」

「ああ、もう十分食べた。それで新武装の試験の前に鋼の獅子のところに行くことになったんだが、お前達もついてきてくれるか。色々話したいことがある。それと念のために言っておくが、バル、火力の出る新武装を手に入れたからといって、危険な前線には行くんじゃないぞ。統合知能ライリスに入るまでお前達は俺やレタさんの護衛に専念し、戦闘はライズに……」

 そして、配給所の出入り口でトキヤはバルと会話を始め。

「……」

 その二人の様子をサンはトキヤに撫でられた頭を触りながら、暫くの間、ぼんやりと眺めていたが。

「……? サン、どうかしました? この後の模擬戦、付き合ってくれるんですよね?」

「……調子が悪いってわけじゃなさそうだな。ほら、サン、こっちに来い。みんなで一緒に行くぞ」

 なかなか席から立ち上がらないサンを不思議に思ったバルとトキヤに声を掛けられたサンはすぐに立ち上がり。

「――――うん! 今、行く!」

 満面の笑みを浮かべて、仲間のもとへと駆け出した。

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