第79話

 冷たい風が吹く夜の砂漠に、空に浮かぶ月よりも明るく輝く場所が存在していた。

 その場所は数日前まではトキヤ達が生活していた政府軍の基地であり、現在は反政府軍が占拠し使用している基地である。

 もう少しで日付が変わろうという時間帯だというのに、その基地の中では多くのJDと人間が忙しく動き回っており、彼らの作業をサポートするために基地中の照明が付けられ、その基地は夜の砂漠の中で煌々と輝いていた。

 そんな砂漠の不夜城と化している基地を。

「……」

 つまらなそうに見つめる青い瞳があった。

 基地から少し離れた場所にある砂丘の上に、一人の少女がいた。

 くず鉄に腰掛けているその少女は飴でもなめているのか、口をもごもごと動かしながら基地をじっと見つめていたが、基地を見るという行為に飽きたのか、少女は基地を見ることをやめ、顔を上げて月を眺めた。

「……」

 月の光に照らされた少女はとても美しく、この世に二つと無い芸術品のように思えた。

 だが、変態じみた観察眼を持つJD技師がその少女を目にしたら、美しいと思う前に戦慄を覚えるだろう。

 彼女の身体は、――――ブルーレースと殆ど同じだ、と。

 少女の髪と瞳の色、そして、顔の造形はブルーレースと違っていたが、それ以外の殆どの部分がブルーレースと同じだった。

 最も同じなのはあくまで見た目だけであり、性能がブルーレースと同じであるかどうかは不明だが、その少女がブルーレースと何らかの繋がりがあることは簡単に推測することができ。

「……!」

 その推測が正しいということが、これからすぐに証明されることになる。

 月を眺め、ぼんやりとしていた少女の群青色の髪がいきなり静電気を帯びたかのようにふわあと広がると、その事に気づいた少女は急いで髪を直し、――――

「――――」

 ソレを取り出した。

 少女が自分の口の中から取り出したモノは――――銀色の銃弾だった。

「……」

 飴玉のようになめていた銀色の銃弾を手に持った少女は、それを可愛らしいハンカチに包んでからポケットに仕舞った。

 そして、銃弾をポケットに仕舞った少女は、勢いよく立ち上がり、足元に転がる政府軍のJDスクラツプを踏み潰して、その場から駆け出した。

「……!」

 それから少女が人の全速力を遥かに超える速度で砂漠を走っていると、一分も経たないうちに少女の群青色の瞳が一人の人物を捉えた。

 夜の砂漠を悠然と歩くその人物はホログラムのフェイスベールで顔を隠していたが美しい空色の髪と独特の冷たい雰囲気を隠してはいなかったため、一度でも彼女と向き合ったことがある者なら、その人物が誰であるかをすぐに判断することができた。

 そう、彼女は――――

「――――」

 反政府軍に属する最強のJD、ブルーレースである。

「……」

 ブルーレースは何か考え事をしていたのか、ずっと下を向いて歩いていたが、少女の接近に気づくとブルーレースはすぐに顔を上げた。

「――――」

 そして、目を瞑ったままではあったが、ブルーレースが少女の方を向いたことで、自分がブルーレースに認識されたと判断した少女は歓喜に満ちた表情を浮かべ。

  

「――――お姉ちゃん!」


 砂漠の何処までも響き渡るような声量で、そう叫んだ。

 ブルーレースを姉と呼んだ群青色の髪の少女は、満面の笑みを浮かべながらブルーレースに駆け寄り。

「……!」

 ブルーレースの目の前で急停止した。

 群青色の髪の少女はブルーレースに抱きつかんばかりの勢いで走っていたため、その少女の急な動きは、最強のJDであるブルーレースを恐怖し、抱きつくことをやめたようにも見えなくはなかったが。

「……!」

 ブルーレースと向かい合った少女の顔に畏怖や恐れといった負の感情は一切見られず、嬉しそうな表情のままであったことから、さわれるほど近くにいて、けれどもれないことが少女に取って最高の距離感であるということがわかった。

「――――」

 そして、その距離感はブルーレースに取っても居心地の良いモノであったのか、ブルーレースはフェイスベールに隠されている口元を僅かに緩め。

「こうして顔を合わせるのは四日ぶりですね。元気にしていましたか、アゲート」

 ブルーレースはとても穏やかな口調でその少女に語りかけた。

「しかし、急用で町に寄っていたら随分遅くなってしまいました。約束の時間に間に合わず、すみませんでした」

 そして、ブルーレースが少女、アゲートと会う約束をしていた時間に来られなかったことを謝罪すると、アゲートは何度も頭を横に振ってから。

「――――お姉ちゃん! お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

 と、よくわからない発言をした。

 アゲートはブルーレースの事を何度もお姉ちゃんと呼ぶだけで、それ以外の発言はせず、ブルーレースとの会話を放棄しているように思えたが……。 

「いえ、尊敬や敬意を抱く相手だからとて、約束を破った者を無条件で許すのはよくありません。私は貴方に腕の一本は斬り落とされる覚悟でここに来ました」

 どういう訳かブルーレースにはアゲートの言いたいことが伝わっているらしく、ブルーレースはアゲートの独特過ぎる言葉遣いを気にすることなく会話を続けた。

「お姉ちゃん! お姉ちゃん、お姉ちゃん……!」

「……そんな条件で私を許すのですか? わかりました。二週間以内に必ず半日時間を作りますので、その時に一緒に町に出掛けましょう」

「――――お姉ちゃん……!」

「……これは、そこまで喜ばれることなのでしょうか。……それにしてもアゲート。貴方は私のことを姉と呼びますが、私のプロトタイプである貴方の方が姉であると――――」

「お姉ちゃんお姉ちゃん」

「……私に姉の精神性を感じる……? 故に私が絶対の姉……? ……貴方の、その独特の感性は相変わらずですね」

「お姉ちゃん……?」

「いえ、別に嫌というわけではありません。少し不思議に思っていただけです。……それはそうとアゲート、作戦の進行具合を教えてくれますか」

「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん」

「概ね予定通りということですか。なら、明日には第一陣の改竄が完了することになりますね」

 そして、アゲートから味方の動向を聞いたブルーレースは、遠くに見える基地の明かりを見つめながら。

「それならば、もう貴方をここに置いておく理由もありませんね」

 アゲートに任せていた強奪した基地の防衛任務を終了すると決めた。

 政府軍基地の強奪作戦は、反政府の現在のトップであるユイセの活躍があったからこそ成功したが、ユイセは奪った基地を後々活用するつもりはあっても、そこにある政府軍の戦力を本格的に使う気はなかったため、奪った政府軍基地の戦力を使いたいと言い出した味方の主要メンバーに基地の管理を任せたのだが、その主要メンバーからが終わるまでここに強力なネイティブを置いておいて欲しいという注文があり、白羽の矢が立ったのがアゲートであったのだ。

「アゲート、貴方の基地防衛任務は本日を以て終了とします。損害状況の報告をお願いします」

「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん」

「敵の隠密部隊コバートと四度戦闘して、身体とツルギ、それにディフューザーも一切の損傷無しですか。流石ですね、アゲート」

「――――!」

「しかし、ベースの報告がありませんでしたね。アゲート、ベースの損害報告を」

「……」

「アゲート」

「……お姉ちゃん、お姉ちゃん」

「砂中移動をさせたら動作不良が起きて、今はあの基地で修理中ですか。幾ら改造したとはいえ、元々は平地での運用を前提に作られた物ですから、そういうことも起きるでしょう。修理はいつ終わる予定ですか」

「お姉ちゃん」

「明日の昼頃ですか。それなら、アゲート。貴方はベースの修理が終わり次第……」

 そして、アゲートの状態を把握したブルーレースは、アゲートに新たな任務を与えるために思考を奔らせ――――

 

『成る程。――――俺たちを追ってきたのはお前の独断か』

 

「……っ」

 その最中に、ブルーレースは不快な人間のことを思い出してしまい、眉を顰めた。

「……」

 そして、その不快な人間のことを自分が考えてしまった事実をブルーレースは冷静に分析し。

 やはり、あの人間は危険である。と、最終判断を下した。

 ブルーレースは最初、ユイセを傷つけたJDを連れて来た人間だからという理由でその人間を殺そうと思っていた。だが今は、あの人間は危険だから殺さなければならないと考えていた。

 昼の砂漠で中々の実力を持つJDと戯れている間に距離を離され、追うことをやめた時にはその人物のことを不快な人間であるとしか思っていなかったブルーレースだったが、それから砂漠を一人で移動している最中に度々、その不快な人間について考えている自分に気づき、その人間の危険性について考え始めた。

 自分がユイセ以外の人間のことを長時間考えるという異常事態を分析し、ブルーレースは自分があの不快な人間にユイセと似ている部分を感じ取ったということを理解した。

 強い意志を持ち、そして、ユイセと少し似ているあの技師は、今後、最大の障害になり得ると考えたブルーレースは、あの技師を早く消したいと思っていたが、これから一週間は予定が詰まっている自分ではすぐに手を下せないため、どうするべきかと悩んでいたのだが……。

「……お姉ちゃん?」

 心配そうに自分を見つめるアゲートの気配を感じ取ったブルーレースは。

  

「アゲート。――――貴方に、殺して貰いたい人間がいます」

 

 自身のプロトタイプJD、アゲートに一人の技師を殺害するように命じた。

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