第78話
『技術屋さんの――――一晩をください』
熱を持ったその言葉は、間違いを起こす切っ掛けになってもおかしくない台詞だった。
「……シオンにバレたら大変なことになりそうだな」
「……そうですね。けど、覚悟の上です」
そう、もし、ここにいる二人がうら若き乙女と初心な少年であったのならば、このまま二人は熱い夜を過ごすことになっただろう。
だが――――
「……」
「……」
ここにいるのは、自称経験豊富なJDと若者の癖にその方面では達観してしまっている二十歳の男であり。
「――――で、俺に徹夜で何をしろっていうんだ、バル」
その言葉の意味を取り違えることなく正確に理解したトキヤは心乱すことなく自分に何をして欲しいのかをバルに訊ねた。
「実は技術屋さんにお願いしたいことが……って、その前に、あの、技術屋さん。今、覚悟してるとは言いましたけど、この事、シオンには黙っててくださいよ? バルが無理言って技術屋さんに
「……善処する。それでバル、俺にお願いしたいことってなんだ? 流石にこの状況で、映画鑑賞を一緒に、とか言うのなら断らせて貰うぞ」
「あれ? 技術屋さんって、こんな状況じゃなかったらバルの映画鑑賞に付き合ってくれるんですか? それは良いことを聞きましたー」
今後の楽しみが増えましたねー。と、トキヤと軽く冗談を交わし、笑うことで肩の力を抜いたバルは。
「……その、技術屋さん。バルに――――新しい武器を用意してくれませんか?」
落ち着いた声音で本題を切り出した。
「……それは、お前が今使っている、あのバールのようなモノを改造するのではなく、全く新しい専用武器が欲しいということか?」
「はい」
「……理由を教えてくれるか?」
「……わかりました」
そして、新しい専用武器を必要とする理由が知りたいというトキヤの言葉に素直に頷いたバルは、少し話が長くなると前置きしてから、静かにその理由を語り出した。
「……最初にバルが、あれ? って思ったのは、この基地であのネイティブ、ジャスパーと戦闘をした後のことでした。あの戦闘中、バルは自分の目と首の動きに意識が回らず、いつもよりも視界が狭い状態で――――」
「――――いや、待て。いきなり俺が黙って聞いていられない事を言い出すな。お前、あのギリギリの戦闘をそんな致命的な不調を抱えながらやっていたのか……!?」
「……あらら、怒られるのは予想していましたけど、予想以上に怖い顔をされますねー……。隠していたのは悪かったですけど、結果良ければ全てよし、って事になりません?」
「ならない。……いいか、バル。もし、またそんなカロンみたいなことをしたら、冗談抜きで罰を与えるからな」
「……まあ、もうしない予定ですけど、技術屋さんの冗談抜きの罰って少し興味がありますね。それ、どんな罰ですか?」
「シオンに頼んで、一ヶ月間、お前に、心配と
「ああ、――――シオンへの申し訳なさで心が死んじゃうやつですねソレ」
罰の内容を聞き、もう二度と不調のまま出撃はしませんと、トキヤに固く誓った後、バルは説明を再開した。
「……えー、それでですね。その不調の理由を調べてみたら、何処かが悪いとかじゃなく、人格データを身体に入れているという慣れていない状態だったから、身体をうまく動かせていなかっただけという結論に辿り着きました。身体の動かし方に慣れた今はその不調を全く感じませんしね。……で、その不調をバルは、これ、技術屋さんに心配させないために黙っているだけでみんな感じている不調なんでしょうねーと思ってたんですよ。けど、戦闘終了後にその話をサンとカロンにしたら、二人とも、――――え? いつも通りだったよ? って言うんですよ」
「……」
「サンとカロンがバル相手に虚栄を張るわけがありませんから、それは間違いなく真実なんです。あの二人が違和感なく身体を動かせたというのなら、シオンもすぐに普段通りの動きができていたと思います。……バルだけがすぐに対応できなかったんです」
「……それは、もしかしたら、人格データが成長し、その能力に身体が合わなかっただけの可能性もある。少し検査を――――」
「いえいえ、そんなことをする必要はありませんよ。これは人格データに身体がついていけないって話じゃないんです。その逆、いつもと違う身体の動きにバルがついていけなかったんですよ」
ほんと、ダメダメですよねー。と、バルは自分の対応力の低さを冗談めかして笑ったが。
「――――弱いんですよ。バルは」
唐突に笑うことをやめ、自分を弱いと断言したバルは、濁った瞳でトキヤを見つめ。
「純粋な戦闘能力はせいぜい並。そして、対応力は下の下。……なんでこの国は、こんな使えない中古の人格データを買い取ったんでしょうね?」
トキヤの瞳に映る自分を卑下し、笑った。
「……」
そんな、暗い表情を浮かべ、諦観したように笑うバルを、トキヤは目を逸らすことなく見つめ続け。
……これがバルが抱えてしまった
冷静にバルのことを思って、思考を回した。
そのバルの悩みを聞き、最近のバルらしくない行動にも納得がいったトキヤは、バルのために今、自分ができることは何かと真剣に考え始めたが……。
「――――とまあ、以上で弱音を吐くのは終了でーす」
その結論が出る前に、あっさりといつも通りの表情に戻ったバルが、濁りの消えた瞳に強い意志を籠めて、トキヤを見つめた。
「技術屋さん。バルは今、恥を忍んで弱っちいことを白状しました。それは――――みんなの足を引っ張りたくないからです。……技術屋さん。だから、どうか、バルがみんなと肩を並べて戦えるようになる武器を用意してくれませんか? バルが弱くても、武器が強ければ……きっと……」
そして、バルはトキヤに、お願いしますと頭を下げた。
「……」
そんなバルを見て、バルが自分にして欲しいことをトキヤは十分に理解したが、トキヤの脳裏には自分よりも遥かに優秀な技術者の顔が浮かんでいた。
……きっと、レタさんに頼んだ方が良いんだろうな。
今、この基地には世界トップクラスの実力を持つ、武器の専門家がいる。何処にでもいるような只のJD技師が武器を作るのではなく、彼女に頼んだ方がより良いモノができあがるだろうという当然の予想をトキヤはしてしまった。
「……」
……けど、レタさんは今、通常業務に加え、ブルーレースの性能調査や、ライズの専用武器に発生したトラブルを解決するために動いている。そこにバルの……って。
いや、違うなこれは。と、トキヤは今の自分の思考を否定した。
トキヤは今、自分は多忙なレタを気遣い、その代わりにバルの武器を作るということで自分の行動を無意識のうちに正当化させようとしていた。
だが、それは違うと、トキヤは、自分がレタに頼まないでいい理由探しをしているだけであることを理解し、反省した。
「……」
そう、トキヤはただ、単純に。
……悩み、苦しんでいるバルのために、俺が何かをしてやりたいんだ。
「――――よし」
そして、自分がしたいこと、自分がしてやれることを把握してからの、トキヤの決断は早かった。
「バル。随分前の話だが、お前達三馬鹿がチームを組んだ頃にした適合テストのことを覚えているか?」
「え? あ、はい。どんな武器が合うかっていうテストのことですよね? 覚えてますよ」
「あの時、サンは近距離戦、カロンは遠距離戦が得意であるというわかりやすい診断が出ていたんだが、バル、お前は複数の武器を扱うことを得意とする。というあまり見たことのない診断結果が出ていたんだ」
「バルが複数の武器を……? ……確かにあの時は色々と武器を使いましたけど……、あの、技術屋さん。バルって大量の武器を使いこなせてました? バル的にはそんなに手応えを感じてなかったんですけど……」
「使いこなせていないわけではないが、特段凄いというわけでもないな。というのがあの時の俺の正直な感想だ。それにお前が軽くて扱いやすい武器が良いという意見を出したこともあって、複数の武器ではなく、あのバールのようなものが出来上がったんだが……今度はあの診断を信じてみようと思う。実はな、バールのようなものが完成する前に俺は幾つかの強力な武器をお前に合うように調整していたんだ。――――それをこれから用意する」
それがこの基地で出来る俺の精一杯だ。と、トキヤが新しい武器を作ってくれるという意思を示してくれたことにバルは。
「――――ありがとうございます! 技術屋さん!」
歓喜の表情を浮かべ、感謝の言葉を述べた。
「まあ、専用武器と言っても、あのバールのようなものとは違い、既存の武器をカスタマイズする方式だがな」
「いえいえ、それで十分です。強力な武器ということは、破壊力はバッチリなんですよね?」
「まあな。ただ、その分、バールのようなものと比べると扱いにくいだろうから、出来上がったら早めに慣熟訓練をすることを勧める。そうだな、これからこの基地にある武器を調整して作るが、たぶん、四時間ぐらいで完成するだろうから、明日の午前中に模擬戦をしてくれる相手を探しておけ」
「ええ、わかりました。……完成まで四時間なら技術屋さんをギリギリ徹夜させないで済みそうですし、シオンに頼んでも……いえ」
やっぱり、サンとカロンに頼みましょう。と、明日の模擬戦の相手を誰に頼むかを決めたバルは、部屋から出るために、扉の前に立った。
「それじゃあ、バルがここにいたら作業の邪魔でしょうから、バルはこれで。新しい武器、よろしくお願いしますね、技術屋さん」
「おう」
そして、バルはトキヤに別れの挨拶をし、扉を開け、部屋を出た。
「……」
それからバルはすぐに狭い通路を歩く――――ことはせず、部屋の中でデバイスと睨めっこを始めたトキヤの姿を穏やかな表情で見つめ。
「……バルは、もう二度と――――」
誰にも聞こえないような、小さな呟きを零してから扉を閉め、バルは去って行った。
そして、バルが部屋を出てから、数分後。
「……んー」
過去に自分が作った武器のデータを眺め続けていたトキヤが小さな唸り声を上げた。
……我ながら、悪くはない調整だ。だが、これでは当時の最良でしかない。
もう一捻りしたいところだな。と、トキヤはかつての最良に改良を加えたいと考え始めた。
「……命中精度を高めたり、威力を上げるといった性能面は数時間ではどうしようもないな。……複数の武器を持ち歩くことになるから、利便性……軽量化をしてみるか? ……いや、下手に軽くしたら破損の危険性が高くなる。……そうだな、いっそのこと――――」
そして、暫くの間、悩んでいたトキヤだったが何かを思いついたらしく。
「――――オールキット、整備室の前で待機していろ」
トキヤはデバイスに向かって声を出した後、すぐに椅子から立ち上がり。
「――――」
新装備を手にしたバルの姿を思い浮かべながら、早足で部屋を出た。
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