第74話

『大変長らくお待たせしましたー。どんな状況でも技術屋さんのもとへと集う、頼りになる仲間達、騎兵隊の登場ですよー』

『バルー、キヘイタイって何ー? ヘンタイみたいなのー? サンはヘンタイじゃないよー?』

『あー、ノリで言っただけなので気にしないでくださーい。それとサン、自分が変態じゃないと否定するのは良いんですけど、その言い方だとバルは変態だって言ってるように聞こえますよー』

『……違うの?』

『違います……! 何でそこだけマジトーンなんですか……!?』

 と、楽しげに会話をしながら、砂漠を駆ける二人のJDがいた。

 短いツインテールが特徴的なJD、バルと金髪碧眼のJD、サンである。

 彼女たちは砂上用非装軌走行装備、簡単に言うと、小型エンジンを搭載したサンドボードを足に装着し、砂上を駆けていた。

 二人はその小さな体躯に似合わない長大な狙撃銃を持ちながら、サンドボードで時速二百キロ近くを出している車と併走するという、人間では決して不可能な荒業を悠々と行っていた。

 ……サンとバルも来てくれたのか。

 既にブルーレースとの戦闘を始めたと思われるライズだけでなく、サンとバルが自分達の窮地に駆け付けてくれたことをトキヤはとても嬉しく思ったが、それと同時に、ほんの少しだけ心に不安を抱いた。

 ……中、近距離戦を得意とするサンとバルが遠距離戦用の装備をしているから、心配はないと思うが……。

 一応、念を押しておくか。と、トキヤは、その僅かな不安を解消するために、二人に守られている車の中から声を出した。

「バル、サン。いいか、敵との戦闘はライズに任せて、お前達は俺の護衛に――――」

『はいはい、技術屋さんの言いたいことはわかってますよ。技術屋さんが大好きな胸の中にデータを入れてるバル達は、無理せず、技術屋さん達が逃げるためのサポートに回ります。だから、安心してください』

 今回は戦いを任せられるJDもいますからねー。と、トキヤが不安に思っていたことを読み取っていたバルが的確な返答をすると。

「……そうか」

 それならいい。と、トキヤは呟き、心から安堵したような表情を浮かべた。

『……』

 そんなトキヤの安心した表情をバルは暫くの間、車の外から穏やかな顔で見つめていたが。

「バル、私の遠距離戦用の装備は持ってきてくれましたか?」

『え……!? あ、はい……!?』

 シオンに話し掛けられ、我に返ったバルは慌ててトキヤから視線を外した。

『えっと、それで、シオンの装備ですね。もちろん用意してありますよー。この先に……』

 そして、バルはシオンの質問に答えるために声を出したが……。

「……バル?」

『……』

 その途中でバルは自分が持っているカロンとの演習でまともに扱えなかった狙撃銃を眺め。

『――――シオン、運転を代わります』

 バルはシオンにこの場で遠距離戦用の装備をして貰うと決めた。

「バル……? それはつまり……」

『ええ、バルの武装を渡すということです。シオン用に持ってきた銃もこれと同じですし、この走行装備も共通規格ですから、シオンが付けても何の問題もありません』

「……バル」

 そのバルの言葉に何か思うことがあったのか、シオンは一瞬だけ逡巡したが。

「――――わかりました」

 すぐにバルの提案を受け入れ、車の速度を落とし始めた。

『――――』

 そして、シオンが車の速度を落とし始めたことを確認したバルは、車の停車位置を計算し、その場所に先行して、走行装備を取り外し。

「――――バル。トキヤ様とアイリス様をよろしくお願いします」

「ええ、任せてください」

 車から降りてきたシオンに狙撃銃を手渡し、車へと向かった。

「――――はい、というわけで、長時間の運転は御法度ですし、良い子ちゃんの自動運転だといざって時に困りますから、運転手の交代となりましたー。それじゃあ、二人とも、行きますよー」

 そして、短いツインテールを揺らしながら運転席に座ったバルは、すぐにアクセルを踏み込み、車を急発進させた。

『サン、私は追っ手が来た場合、先手を打てるよう車から少し離れます。サンは今まで通り、車と併走し、敵襲に備えてください』

『わかったー!』

「……」

 そして、トキヤは車の外にいるシオンとサンの声をデバイスで聞きながら、運転するバルの横顔を眺め。

 ……少しだけ、らしく、ないな。

 バルの今の行動に疑問を抱いた。

 遠距離戦が得意ではないバルがオールラウンダーであるシオンに遠距離戦を任す。それ自体は何もおかしくない。バルはしっかり状況が読めるJDであり、最終的には絶対にその結論に達するからだ。

 だが、今日のバルは物分かりが良すぎる。と、愚痴や小言を一つも吐かないでその行動を行ったバルをトキヤは少しだけおかしいと思ったが……。 

「あらら、どーしたんですか、技術屋さん。バルの横顔をじっと眺めちゃって。まさか、本当にバルに惚れちゃいましたか? いいんですかー、バルは中古ですよー?」

「……いや、何でもない」

 その事は後で落ち着いてからゆっくり聞こうと決めたトキヤは、今必要な情報をバルから聞くために口を開いた。

「それで、バル、母艦はどこにある? レタさんもそこにいるのか?」

「……って、それ見抜いちゃってますか。バル、びっくりです。お察しの通り、もう少し先に大型の装甲車を駐めてありますし、レタさんもそこにいらっしゃいますけど、どうしてわかったんですか?」

「母艦の有無はお前達の装備を見ればすぐにわかる。あの走行装備は良い速度が出るが燃費が悪い。あの装備だけで基地からここまで来ることは不可能だ。そして、レタさんがいると思ったのは、ライズがレタさんを基地に残してくるわけがないと思っただけだ。後、カロンは装甲車の上で待機していて、レタさんの護衛兼最後の砦になっているというところか」

「……うわー、ぜんぶ、正解です。ここにシオンがいたら絶対にべた褒めしてたと思いますけど、バルは絶対に褒めませんからねー。……とまあ、おふざけはこのぐらいにして、技術屋さんが状況をほぼ完全に把握しているなら、この後について少し相談したいんですが、いいですか?」

「……この後?」

「装甲車と合流した後のことです。ライズが偽フィクスベゼルを倒せればそれで終わりですけど……、倒せなかった場合、あの基地に戻っても、まともな戦力はありません。だから、逃げ込む先を決めて欲しいんです」

 これがこの付近の友軍基地のリストです。と、バルが言うと、トキヤの持つデバイスに周辺の地図と味方の基地の場所が映し出され、トキヤはその画像に視線を向けた。

「そうだな……、第七の方に向かうべきだと思う。今の俺たちの基地に一番近いし、あの基地には知り合いがいるから、少しは融通が利くかもしれない」

「わかりました。それじゃあ、そういう感じでいきたいと思いますが……」

「……バル?」

 そして、今後の方針が決まった後、バルは車の操縦を自動運転に変更し、ハンドルから手を放して、自由になった手で自分の戦闘用スーツを触りながら、再び口を開いた。

「これから基地に着くまで暫く暇になりますけど、技術屋さんは何かしたいことありますか? 音楽でも聞きます? それとも――――」

 そして、バルは戦闘用スーツから剥ぎ取ったモノを手にのせ。

「あのネイティブ戦の時のように、敵JDとの会話でもしますか? ――――JD特攻スキル持ちの技術屋さん?」

 自分の手にのせた超小型ドローンを起動させたバルは、期待の籠もった眼差しをトキヤに向けた。

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