第75話
そこは即席の闘技場だった。
何も無かった砂漠に大量の輸送ボックスが砂の中から現れた後、その輸送ボックスは大きな円を描くように配置され、その円の中心で、二人のJDが激しい戦闘を繰り広げていた。
「――――」
一人は、最強のJDを超える力を持つという反政府のJD、ブルーレース。
「……っ!」
そして、もう一人は援軍としてトキヤのもとへと送られてきた、政府軍所属のJD、ライズである。
ライズがブルーレースとの戦闘を開始してから既に五分以上の時が経過しているが、ライズはブルーレースを破壊するどころか、ブルーレースの身体に傷を付けることさえ出来ていなかった。
「……っ」
今も二丁のサブマシンガンで攻撃をし続けているというのに、一切ダメージを与えられない。その信じられない事実を前にライズは、自分がトキヤと出会ってから彼に語った言葉の数々を思い出していた。
『
『人間とJD、それぞれの得意分野で頑張って、さっさと反政府を殲滅し、この国に平和をもたらそう!』
『最強を語るJDが相手なら、――――身体の慣らしに、丁度良さそうだ』
「…………うゎー」
JDの優れた記憶能力は自分の発した言葉を一言一句間違えずに思い出すだけでなく、自分がその時、どういう心持ちであったかも確認でき、余裕や自信に満ち溢れた態度で自分が彼と会話をしていたことを確認したライズは、胸を掻きむしり、顔を伏せたくなるような初めて味わう感覚を得ていた。
……やー、やー、これ、もしかすると、顔から火が出る程の恥ずかしさ、ってヤツを我が身は感じちゃってるのかなー?
きっついなあ、羞恥……! と、身体や武器は違えども政府軍でナンバー2の実力を持つ自分が何一つ成果を出せない。そんな全く想定していなかった状況にライズは恥ずかしさから目を背けたくなったが、それでもブルーレースに攻撃を続け。
……認める。認めるよ。我が身が油断してたってことは間違いない。……けど、けどさ、――――これは反則でしょ……!
ライズは、サブマシンガンの銃弾を幾ら浴びても傷一つ付くことのないブルーレースの理不尽な防御力に心の中で叫びを上げた。
……何なんだよ、これ。この敵の異常な防御力は装甲が厚いんじゃなくて、何らかの力場を発生させて、その力場を身体にコーティングするように纏うことで防御力を上げているんだろうけど……間違いなく既存の技術じゃない。
完全に未知の技術だ。と、少なくとも政府軍には存在しない技術によって作られているブルーレースの身体を睨みつけながらライズは、この五分間の戦闘で得られた情報を整理し始めた。
……この敵、回避行動を殆ど行わないけど、顔と下腹部だけは時々手で守っている。特に顔。最初はホログラムのフェイスベールを作っているイヤリングが壊れないように守っているだけかとも思ったけど……、それだけじゃなさそうかな。
身体を守る力場を発生させる装置が仕込まれているのは頭部か下腹部であると当たりを付けたライズは。
……また潰すつもりでやるしかないか。
決して上品とは言えない戦い方をすると決めた。
「……!」
銃撃よりも効果が期待できる接近戦を行う覚悟を決めたライズは後ろに跳び、弾切れになったサブマシンガンを捨てて、今の身体が入っていた輸送ボックスの中に手を入れた。
そして、輸送ボックスから拳銃とダガーを取り出したライズは。
「それじゃあ、行くかな、三連撃……!」
今の自分の身体が出せる最大の速さで走り出した。
「――――……!」
そして、走りながらもブレることのない正確な射撃でライズはブルーレースの顔に銃弾を撃ち込み続け。
「――――」
ブルーレースがイヤリングに当たりそうになった銃弾をはじくために右手を顔に近づけたその瞬間に、ライズは、ブルーレースの下腹部を抉るためのダガーを持つ手に力を込め。
「――――……!」
ライズは足が壊れることを前提とした限界を超えた動きで走り出し、瞬く間にブルーレースに手が届く距離にまで近づき、ブルーレースの柔らかい右脇腹にダガーを突き刺して、そのまま下腹部まで切り裂こうとライズが腕を動かした。
その瞬間。
――――ライズの瞳には、自分を掴もうとする、小さな手のひらが映っていた。
「――――……!」
そう、ライズの目にはその手が見えていた。認識できていたのだ。
だが。
……身体、また、間に合わない……!
ライズがその手に反応し、回避行動を取ろうとするも、ライズの意識に身体がついてこず、ほんの一瞬だけ、動きが遅れて。
「――――」
ブルーレースに顔を掴まれたライズは。
ぐしゃりと、潰された。
「 」
一瞬前まではライズだったソレは人間の血液のように
そして、その痙攣が止まった頃に、破壊された頭部から、小さな球体がポロリと落ちた。
それは、ライズの眼球だった。
そんな時だった。
「――――……!」
ブルーレースの真横に置かれていた輸送ボックスの蓋が轟音を立てて、吹き飛んだのは。
「――――これが、二撃目……!」
そして、輸送ボックスの中から現れたのは、ウルフカットが特徴的な、くすんだ赤色の瞳を持つJD、つい先程、破壊されたライズだった。
輸送ボックスから現れたライズはその手に持つグレネードランチャーから榴弾を放ち、ブルーレースに直撃させた。
「――――……!」
そして、小型のメイスを手にしたライズは、ブルーレースの頭部を叩き潰すために、ブルーレースを中心に上がる爆煙の中に突撃し。
「――――」
ブルーレースの手刀によって、身体を両断された。
そして、また、輸送ボックスの蓋が開く。
「――――三撃目……!」
今度はブルーレースの斜め前にあった輸送ボックスの蓋が開いた直後に、そこから現れたライズが大きく跳躍し、空中からブルーレースに向かって落ちていった。
「――――」
しかし、その空中に跳んだライズは武器を持ち、目を開き、ブルーレースの方に向かって落ちてきていたが、最初の言葉を発して以降、そのライズからは意思の力を感じ取ることが出来ず、ブルーレースは空から落ちてくるライズには構いもせず。
「――――」
背後から音もなく忍び寄ってきていたライズの首を切り飛ばし。
「――――」
その後、空から落ちてきたライズの身体を貫いて、砂上に投げ捨てた。
そんなライズにとって悲惨としかいえない状況を。
「……」
ブルーレースの正面にある輸送ボックスから静かに出てきたライズが、
今、暗い顔をしているライズ、破壊されたライズ達、それら全ては間違いなくライズである。
より正確に言うと、
「……」
今、破壊された四体と、その前の五分間の戦闘で破壊され、砂漠に埋もれている二十体の自分だったモノ達を眺めるライズはこう判断してしまった。
……セコい手を使っても攻撃が届かないか……。……もう、認めるしかないか。この敵は。
今の自分では勝てない相手だ、と。
自分の意思に応えてくれないボディと標準装備の武器ではブルーレースに太刀打ちできないと悟ってしまったライズは、せめて新たな専用装備だけでもあればと夢想した。
今のライズの身体に合わせてレタが設計してくれた武器は既に製造までされていたが、工廠からの輸送が間に合わず、今回の作戦に持ってくることができなかった。
もし、その武装があれば、まだ勝ちを目指す気にもなれたかもしれないと考えたライズだったが。
……ま、無い物ねだりをしても仕方ないね。
と、その夢想をあっさりと切り捨てて、作戦目標をブルーレース撃退からトキヤ達が逃亡するまでの時間稼ぎに変更した。
そして、ライズが残った身体を使って、ブルーレースとの戦闘をできるだけ長引かせる方法を考え始めた。その時。
「――――いい加減、本気を出したらどうです?」
凛とした声が広い砂漠に響き渡った。
「……」
その涼やかな声を聞き、ライズの表情は一瞬だけ驚きに染まったが、前髪を掻き上げて、すぐにいつも通りの表情に戻ったライズは。
「……へえ、喋るんだ。お喋りをするタイプには見えなかったよ。――――ブルーレース」
その声を発した、目の前にいる存在。ブルーレースの名を呼んだ。
「用がなければ喋りません。用があるから喋るだけです」
ブルーレースは相変わらず目を瞑ったままで、ホログラムのフェイスベールを消そうともしなかったが、ブルーレースから会話をしようとする意思を感じ取ったライズは、これは時間稼ぎに丁度良いと考え、ブルーレースと会話をすることにした。
「用……つまり、我が身に何か言いたいことがあると?」
「貴方は私が先に進まず、貴方と戦闘を行っている理由を理解していますか」
「いや、全然」
「貴方が強者だと思ったからです」
「……強者」
ブルーレースに強者と評価されたライズは、砂上に転がる二十四体の自分だったモノ達を眺めてから、やれやれと両手を上げた。
「それは皮肉かな? それとも、強者の我が身を倒しまくれる自分はとても強いという歪んだ自己賛美?」
「どちらでもありません。私は純粋に貴方を強者だと思っています。その平凡な身体では生かしきれない、凄まじい人格データであると」
「……」
「あるのでしょう。貴方の本当の身体と言えるようなモノが。早くそれを出しなさい。普通のJDや武器とは違う、莫大な資金と時間が掛けられた身体を破壊すれば、私は政府軍に打撃を与えられますし、貴方だって、もしかしたら私に一矢報いることができるかもしれないのです」
本気の戦闘だけが双方に利益を生むのです。と、全力で戦うようにと語りかけてきたブルーレースを見つめながらライズは。
……流石にメインボディを首都に置いてきてることまではバレてないか。
ブルーレースがこの場所に自分のメインボディがあると勘違いしている状況をどう活用するかを考え始めた。
……まあ、やっぱり。――――ふふ、そうだね。輸送ボックスの中から次々と現れる我が身を全て倒したら、本当の身体で勝負をしてあげよう……! と、煽るのが定石かな。身体は勿体ないけど、これならかなりの時間が稼げる。
よし、それでいこう。と、これからの行動を決めたライズは、今まで以上に余裕に溢れた笑みを浮かべて、口を開いたが。
「ふふ、そうだね――――」
「そうですか、もう結構です」
芝居がかった渾身の台詞を言葉にする前に、もう喋るなとブルーレースが口を挟んだ。
「は? え? まだ話してる途中なんだけど……?」
「貴方のその態度で、本気を出すつもりがないということがわかりました。そして」
今の会話は最後通牒でもありました。と、語ったブルーレースは。
「――――」
瞑っていた目を片方だけ開き、その金の瞳でライズを捉え。
「この場にあるモノ全てを処分し、――――先に進みます」
初めて自分から攻撃をするために、一歩前へと足を踏み出した。
その瞬間――――
ゴツン、と、何か固い物がぶつかる音が辺りに響いた。
「え?」
「――――」
その音は、ライズの横にあった輸送ボックスの中から聞こえ、ライズとブルーレースが視線をその輸送ボックスに向けると。
『ん、真っ暗だな……。おーい、バル。ちょっとデバイス見てくれるかー』
ライズ達が極限の戦闘を繰り広げている砂漠に、とある技師の呑気な声が響き渡った。
『はいはい、何ですかー。バルも装甲車の走行設定とかで忙しいんですよー? そっちは技術屋さんにお任せしますって言いましたよねー?』
そして、その技師の呼び掛けに応えた、とあるJDの声もその輸送ボックスの中から聞こえ始め、二人の会話が否応なしにライズとブルーレースの耳へと入っていく。
『いや、それがな、お前が仕込んでくれていたドローンの操作を始めたんだが……、視界が真っ暗な上に、まともに動かせないんだ。お前、どこにドローンを置いてきたんだ?』
『ライズの輸送ボックスの中ですよ? 技術屋さん、遠隔操作でロック解除できないんですか?』
『できない。輸送ボックスの設定を変更していないから、直接触らないと無理だ』
『……マジですか。それはちょっと予想外でした。少し待っててください。今、ライズに連絡してロックを解除して貰います』
『ん、いや、待て。今、ライズは戦闘中だろ? 邪魔しちゃ悪いから何か別の手を……』
『……はい? 何ですかその子供がテスト勉強中だからと気を遣うお父さんみたいな台詞は……!? 技術屋さんはJDのお父さんではなく長みたいなものなんですから、もっと、どっしり構えていてください……!』
『いや、でもな……』
「……」
……ハッ!?
その突然始まった二人の夫婦漫才のような会話を何となく聞き続けてしまっていたライズがふと我に返り、待機中にバルという仲間のJDが来て、輸送ボックスの中にドローンを入れさせて欲しいと言ってきたことを思い出し、そのドローンが入っている輸送ボックスのロックを解除すると。
『――――って、急に開いた……! 待て、操作が、うまく……!!』
その輸送ボックスからドローンが飛び出し、上下に激しく動いた後、砂漠に勢いよく突っ込んで動かなくなった。
そして、砂漠に不時着したドローンはカメラを動かし、自分を冷めた目で見つめるライズとブルーレースの姿を確認し。
『……すまん。取り込み中だったか』
申し訳なさそうに、そう呟いた。
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