第68話
空色の髪のJDが正体を現したことで、シオンが乱入し、政府と反政府の会談をするような雰囲気では無くなった場所でトキヤは。
「……ユイセ、お前に聞きたいことができた」
ユイセとの会話を続けるための言葉を紡いだ。
トキヤは空色の髪のJDの狂気を感じ取った後、最初は逃げるべきだと考えたが、すぐに考えを改めた。もし、ユイセが空色の髪のJDに逃げた自分たちを追うように命じ、ユイセの目が届かない場所で空色の髪のJDと対峙した場合、最悪の戦闘になるとトキヤは予想した。だから、この会談を、ユイセとの会話をしっかりと終わらせて後腐れなくこの場を立ち去るのが一番安全であると、トキヤは判断した。
故に、トキヤはこの会談を終わらせるための会話を始めたのだ。前に出ることなく、心から信頼しているシオンに守られながら。
「……ユイセ。お前の力だという、そのJD。――――
「……へえ」
そして、空色の髪のJDをよく観察し、瞳に統合知能内でやり取りをする際に発光するパーツが組み込まれていることに気づいたトキヤがそのJDは最強のJD、フィクスベゼルではないと断言すると、ユイセは感嘆の声を上げた。
「すげえな。技師ってのは顔を見ただけでそのJDが
「……やはりそうか。しかし、ならどうしてそのJDはフィクスベゼルを真似ている。フィクスベゼルを知っているのなら、当然、あの噂も知っているだろう。……危険だぞ」
「ん? 何の噂だよ?」
「フィクスベゼルを真似たJDを作ったり、ディフューザーを製造すると、フィクスベゼルが現れ、辺り一面が焦土と化すまで破壊の限りを尽くすという噂だ」
「あー、はいはい、何かと思えば、都市伝説のことな。ったく、どいつもこいつもフィクスベゼルを怖がりすぎだろ。どんだけ『大破壊』とやらは凄まじかったんだよ。けどよ、幾ら最強のJDとはいえ、フィクスベゼルはオマエが言ったように
「……その可能性もあるだろうが、何処かの国が匿っているという噂もある」
「はっ、さっきからウワサ、ウワサって、オマエ、案外、デマに踊らされるタイプなんじゃねえの? バカみてえだぜ。……ま、例え、その噂が本当でも、何の問題もねえけどな」
「何……?」
「こいつ、ブルーレースは――――フィクスベゼルを超えるために造られたJDだからな。旧式の最強ごときが最新の最強に勝てる道理はねえ」
「……」
……やはり、そういうことか。
空色の髪のJDがフィクスベゼルではなく、それでいてフィクスベゼルと瓜二つの顔をしているという事実に気づいた時にトキヤは、ユイセが今語ったようなことを可能性の一つとして考えていたため、その話を聞いても、特に驚くことはなかった。
「……」
そして、それが事実ならば、と、トキヤは更に思考を進めた。
……能力は低いが尖兵として使える大量のダーティネイキッド。一つの国家と三ヶ月以上やり合ってきた実力のあるJD達。そして、最強を語るJDに、ジャスパーやまだ見ぬ強力なネイティブ達、か。……凄まじい戦力としか言い様がないな。
「……」
世界有数の軍事力を誇るこの国だから抑え込めているが、小国や極東の島国のような自衛力の低い国なら一週間と掛からずに攻め落とすことが可能な戦力をその手に持つ少年、カムラユイセ。彼は何のためにその力を得たのか。トキヤはその疑問を解決するために、再び口を開いた。
「……ユイセ。その力を持って、お前は何を成したい。この国の政府の不祥事に義憤を抱き、救われぬ人々の嘆きの声を聞いて、立ち上がり、今の政府に代わってこの国を背負っていく――――なんてつもりは毛頭無いんだろう」
「……へえ、どうしてそう思ったんだよ」
「……俺は人の心を読むことに長けているわけではないが、そのぐらいはわかる」
お前は社会のためには生きられない、俺と同じ匂いがする男だ。と、会話を再開したトキヤはユイセを煽ることで、ユイセが心から思っていることを、真意を聞き出そうと試みたが。
「くっ……」
ユイセの口から出てきたのは。
「――――ははははははははははははは……!」
これ以上はないというぐらいの、大笑いだった。
「はははは……! いや、ホントに長けてねえな。大ハズレだっての。下手したら、オマエ、自分の心さえもわかってねえんじゃねえか……? くっ、はははは……! ……あー、笑った笑った。残念だったな、トキヤ。オレはな、オマエがそれは無いだろうと思ったことを、もっとドデカくやろうとしてんだよ」
「何……?」
……それはどういうことだ? まさか、本気で苦しむ人々のために立ち上がったというのか……?
もしそうだというなら、政府と反政府が歩み寄り問題を解決していく、そんな武力を用いない平和への道もあるかも知れないぞ。と、トキヤは希望を持ち、ユイセの話に耳を傾けた。
だが――――
「オレには唯一無二の友人がいてよ。ソイツ、バカみたいに人間が嫌いで、オレはいっつも人間の悪口ばかりを聞かされてたんだよ。そしたら、逆にオレは人間ってやつに価値を感じてきたんだよな。オレ、アマノジャクってやつだからさ」
そのユイセの話は、希望を打ち砕くだけでなく。
「で、価値があると思うモノなら、当然、――――手に入れたくなるだろう? だから、オレは行動することにした。面倒な二つの大国は取り敢えず無視して、それ以外の人の世界を――――管理、運営するためにな。この国を手に入れるのは、その足掛かりでしかねえんだよ」
――――決してわかり合えないということを明確にする絶望的な話だった。
「……待て」
そのユイセの発言はトキヤの頭の中に確かに入ってきた。だが、どういう訳かトキヤにはその言葉がうまく理解できず、頭の中で何度も何度も咀嚼して……。
「まさか、お前の目的は――――世界征服、とでもいうのか?」
トキヤは自分の理解を疑いながらも、その馬鹿みたいな言葉を口にし。
「まあ、そう思って貰って構わねえぜ」
「――――」
その言葉を躊躇することなく肯定したユイセを見て、絶句した。
――――世界征服。それは言葉にするだけで赤面してしまうような、あまりにも幼稚で愚かな文字の並び。
そんなモノを十五歳ぐらいの少年が成し遂げると言い切ったのだ。子供とはいえ、物事の分別がつく年齢である筈のユイセがそんな事を言うとは露程も思っていなかったトキヤは、とてつもないショックを受けた。
――――だから、トキヤは気づかなかった。
自分達の背後にある扉が開き、誰かが教会の中に入ってきたことに。
「……」
トキヤ以外でその人物が入ってきたことに気がつかなかったのはブルーレースの挙動に全神経を集中させていたシオンだけで、残りの四人は全員、その人物に気がついた。
「……はぁ」
ゆっくりと近づいてくるその人物を見て、ユイセは軽くため息を吐き。
「――――」
ブルーレースは気にも留めず。
「――――おお」
ジャスパーは歓喜の声を上げ。
「……え?」
アイリスは目を丸くし、まるで幽霊を見たかのような表情を浮かべた。
そして――――
「――――っ……?」
ユイセの発言を受け、呆然としていたトキヤは目が覚めるような感覚を得た。
それは、痛みという感覚。唐突に自分の手が痛み出したことに気づいたトキヤは、反射的に痛む左手を見て――――
……は?
そこに広がる光景を目にし、トキヤは声も出せないほどに、驚愕し、困惑した。
「……」
どういうわけか、トキヤの左手に――――赤髪の少女が噛みついていたのだ。
「き、急にどうした、アイリス……?」
そして、その髪の色に覚えがあったトキヤは、自分の知っている少女の名を呼んだが――――
「ち、違うよ……?」
……は?
名を呼んだ少女の声が自分から少し離れた場所から聞こえてきたことでトキヤは更に混乱した。
トキヤの手に噛みついているはずの明るい赤色の髪の少女、アイリスはトキヤから少し離れた場所に立っており。
「その子、わたしじゃない、よ……?」
アイリスはトキヤ以上に困惑した様子で、首を横に振った。
「……」
そして、アイリスと目を合わせた後、トキヤは視線を元に戻し。
「……は?」
まったく意味がわからない。と、自分の手に噛みついている、赤い髪の少女を見下ろした。
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