第67話

 ――――紫の稲妻。そうとしか表現できない眩い光が教会の壁に深々と突き刺さり、光の中心にある黒い球体が小さな爆発を起こした。

 すると、その爆発の衝撃で教会の壁に大きな亀裂が走り、壁が轟音を響かせながら一気に崩れ落ちた。

「――――トキヤ様……!」

 そして、崩れた壁の向こう側から、一人のJDがトキヤの名を叫びながら現れた。

 粉塵に塗れても輝きを失わない銀の髪と、紫の稲妻よりも強い光の灯った紫の瞳を持つそのJDの名はシオン。トキヤがこの国で最も信頼しているJDである。

 シオンは待機していた駐車場から教会までの最短距離のルートを、行動を開始してからわずか二秒でトキヤのもとへと駆け付けたのだ。

「――――」

 そして、壁を破り、教会へと突入したシオンは、トキヤとアイリスが無事であることを確認し。

「――――!」

 トキヤ達と脅威の間に割って入り、自分の専用武装であるプロキシランス・アルターを即座に展開させた。

 シオンの手から離れた黒い球体がふわりと宙に浮くと、その黒い球体は瞬く間に光を纏い、紫に輝く光の槍となった。

 そして、その槍の切っ先は。

「――――」

 最強のJD、フィクスベゼル、と思われる存在へと向けられた。

 デバイスを通し、トキヤとユイセの会話を聞いていたシオンは、『死ぬことになる』『殺す気』というような不穏な言葉を敵であるユイセが口にする度に教会へ向かって走り出しそうになっていたが、それはルール違反であると自分に言い聞かせ、人間のように歯を食いしばり、何とか堪えていた。

 だが、、と、トキヤが呟いた瞬間に、シオンの我慢は限界を超えた。

 ――――フィクスベゼル。それは、これからどれだけ技術が発展しようとも絶対に超えることができないと言われている最強のJDの名である。

 シオンは過去に統合知能ライリス内で行われた集会で、最強のJDと謳われるフィクスベゼルについての知識を得ていたため、その実力だけでなく、な外見も把握しており、眼前にいるフィクスベゼルと思われる敵JDの髪の色が、淡い青色であることに疑問を抱きはしたものの。

「――――」

 その顔、その瞳は記憶にあるフィクスベゼルのモノと完全に一致にしたため、その敵JDをフィクスベゼルと認識し、最強のJDが敵であるという最悪の状況を前に、完全に余裕が無くなったシオンは、敵JDに先制攻撃を仕掛けようとしたが―――― 

「――――待て、シオン」

 落ち着いたトキヤの声がシオンの耳に入り。

「――――」 

 トキヤの声を聞いたシオンが人差し指を僅かに動かすと、敵JDに切っ先を向けていた紫の槍が向きを変え、シオンが開けた壁の穴を通って空へと飛んでいった。

「……」

 そして、その槍が空高く飛んでいったことを確認した後、トキヤは静かに言葉を続けた。

「……ここまでなら、まだ幾らでも言い訳できる。だが、これ以上は駄目だ。シオン、先に攻撃をすることだけはするな」

 そうしたら、取り返しがつかなくなる。と、トキヤに言われたシオンは、自分に攻撃をされそうになったというのに、一切動くことのなかった敵JDに視線を向けながら。

「……申し訳ありません、トキヤ様」

 自分のJDらしからぬ短絡的で浅はかな行動が、トキヤをより窮地に追いやってしまったことを、心の底から謝罪する言葉を発した。

 そして、シオンは、トキヤが自分に対する失望の声を発することを何よりも恐怖しながらも、それでも敵JDからは決して意識を逸らさず、待機していると。

「いや、謝る必要なんてない。……来てくれて、助かったぞ、シオン」

 トキヤは、シオンにありがとう、と感謝の言葉を投げかけた。 

「――――え」

 その言葉を聞き、失望の声や叱責の言葉が飛んでくるものとばかり思っていたシオンは流石に驚き、それはいったいどういうことかと横目でトキヤの様子を窺うと。

「……トキヤ、様……?」 

 トキヤは、冷や汗を流しながら、身体を震わせていた。

「……っ」 

 トキヤの視線の先には最強のJD、フィクスベゼルと思われるJDがいた。

 トキヤはJDの気持ちを推し量る事を得意としている。それ故に、そのJDの金色の瞳を見た瞬間に、気づいてしまった、理解してしまったのだ。

 こいつは、俺たちを燃えるゴミ程度にしか思っていない、と。

 殺意ですらない、部屋の掃除をするような感覚で自分たちを殺しかねないそのJDの狂気を感じ取り、トキヤは恐怖に限りなく近い感情を抱いていた。

「……」

 だから、シオンが駆け付けてくれたことをトキヤは心の底から感謝していた。

 主であるユイセの命令に従い、顔を見せた後は動いていなかったが、ユイセが別の命令をしたら、否、ユイセがここにいなかったら、すぐにでも自分たちを片付け殺していると、そう確信させる狂気が空色の髪のJDからありありと感じられた。

 故に、心から信頼できるJDに守られてでもいなければ、あの狂気を無視し、ユイセとの会話に集中することは不可能だと思っていたトキヤは、此処に来てくれたシオンに感謝の言葉を贈り、自分達を守るように指示を出すことにした。

「……シオン、あの空色の髪のJDから絶対に意識を逸らさないでくれ。そして、万が一、あちらが攻撃を仕掛けてきたら、俺とアイリスを連れてここから脱出だ。……できるな?」

「――――勿論です」

 そして、自分の指示に力強く頷くシオンを見て安心したトキヤは、狂気のJDから視線を外し。

「――――おう。話し合いは終わったか?」

 慌てふためいていたトキヤ達の様子を愉しげに眺めていたユイセと向き合った。

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