第62話

 反政府との会談場所に指定された隣国の高級住宅街を目指すトキヤ達は、国境検問所で簡単なチェックを受けた後、隣国、サラマティスタンへと入国した。

 特に問題を起こすこともなく入国を果たしたトキヤ達は、目的地を目指し、人で賑わう市街地を通り抜け、普通の家屋とは掛かっているコストが一桁も二桁も違う家が何十軒も建っている高台が見える場所に辿り着き。

「――――到着しました」

 シオンは車を駐め、目的地に着いたことをトキヤとアイリスに伝えた。

「場所は高級住宅街と聞いていたが……、正確には、その手前って感じか?」

「いえ、ここも間違いなく高級住宅街です。ただ、ここは高級住宅街の住民だけでなく、他の場所に住んでる方々も招待することを前提に作られた施設であるため、高級住宅街の入り口にあるのだと思われます」

「ああ、なるほどな」

 そして、シオンの説明を聞いた後、トキヤは車のドアを開け、その足を隣国の大地に下ろし。

「金持ちだけでこんなに大きな施設でパーティをしたって、虚しいだろうしな」

 会談場所に指定された、巨大な施設に目を遣った。

「……」

 ……施設の敷地内にある建物は全部落ち着いた色合いで嫌味が無いが、建物から建物に移動する際に、花の咲き誇る庭園を眺めながら歩けるようになっているのが、実に金持ち御用達の施設って感じだな。

 そして、トキヤは羨望も忌避もなく淡々とこれから足を踏み入れる施設を眺め続け。

「……人の気配を感じないな」

 トキヤはその違和感を言葉にした。 

 金持ちが家族や友人を呼んでパーティを行うのはもちろん、結婚式や大掛かりな祭典に使うことまで可能なこの巨大な複合施設から殆ど音が聞こえてこないことをトキヤは疑問に思った。

 会談のために施設を貸し切ったということは招待状に書かれていたが、反政府のトップが来るのだから、人間とJDの護衛が少なくとも数十人はいるとトキヤは考えていたのだが……。

「この駐車場にも俺たちの車以外は無いしな……。約束の時間まで後、二十分ぐらいか。向こうさんはギリギリに来るつもりか?」

「いえ、おそらく違いますトキヤ様。一名か二名とかなり少数ですが、施設内には既に反政府の交渉相手と思われる人間がいます」

「何? 一人か二人って……、それは流石に少なすぎる。そいつらが施設の従業員という可能性は?」

「あえてこちらに存在を感知させている護衛と思われるJDがいますので、ほぼ確実に要人かと。そして……」

 ――――迎えが来たようです。と、戦闘時の雰囲気を身に纏ったシオンが視線を向けた先にトキヤとアイリスも目を向けると。

「――――」

 燃えるような赤い髪と、炎よりも赤い瞳が特徴的なJD。敵ネイティブ、ジャスパーがそこにいた。

「……」

 そして、無言のままこちらに向かって歩いてくるジャスパーはパーティ用のパンツスーツを着ており、戦場で装備していた金色の武装はもちろん、銃などの武器も一切持っていないように見えたが。

「……ネイティブ」

 獰猛な肉食獣を連想させる強い笑みを浮かべるジャスパーを見て、基地での戦闘を想起したシオンはすぐにトキヤとアイリスを守るために前へと出た。

 しかし。

「おう、ジャスパーか」 

「――――っ、トキヤ様……!?」

 大丈夫だと言うようにシオンの肩に優しく手を置いたトキヤがジャスパーの名前を呼び、一歩前へ出てジャスパーとの会話を始めた。

「ああ、久しいな、ハノトキヤ」

「……いきなり何言ってるんだお前。戦闘をしたのは数日前だろうが。久し振りというほど時間は空いてないぞ」

「む、そうか。……しかし、貴様、ビックリするぐらい気楽に話し掛けてくるな。自分としては、まさか、ジャスパー……生きていたのか……。――――みたいなリアクションをすると思っていたのだが……」

「いや、お前が生きていることに驚く訳がないだろ。ネイティブだって統合知能ライリスに人格データを納れられるからな。ディフューザーを動かせ、その上、こうして普通に会話が出来る希少なネイティブを統合知能に納れないはずがない」

「むむ……、何というか、論破されてるみたいで悔しいぞ。戦場でも貴様にはいいようにされたし……うん、無性に貴様をギャフンと言わせたくなってきたな。何か良いアイデアは……よし、これだ。あー、しかし、ハノトキヤよ。貴様は先程からジャスパーという名前を連呼しているが、……此処にいる自分がジャスパーだと誰が言った? もしかしたら、貴様の命を奪おうとしている顔を似せただけの偽物かもしれないぞ?」

「そんなわけがあるか。お前は間違いなくジャスパーだ」

「……何故、断言できる。根拠は?」

「あの戦場で俺とお前はどれだけ喋ったと思ってるんだ。俺はもうお前を把握しているぞ。ボディがその既製品のように別物になったとしても、一分も話せば、すぐにお前だって気づくさ」 

「……一分の会話で個体を判別……? むう、貴様はつくづく……というか、待て、ハノトキヤ。確かにこの身体は顔以外既製品だが、何故わかった。今、自分はパンツスーツを着ていて、殆ど肌が見えていないから、幾ら技師でも識別は不可能な筈では……?」

「ん? そんなの、歩き方ですぐにわかったぞ。お前がこっちに向かって歩いてくる時、戦場でお前が歩いていた時よりも、二ミリほど余計に内股になっていたからな」

「……歩き方で、というか、二ミリ……? ……貴様、人間、だよな……?」

 少し気持ち悪いぞ。と、少々特殊ではあるがトキヤの凄まじい能力を知り、ジャスパーが一歩後ずさった、その時。

「……しかし」

 ジャスパーの瞳に、明るい赤の髪と青い瞳を持つ少女、アイリスの姿が映り込み。

「本当に獅子の少女を連れてきてくれるとはな。自分との取引に応じてくれて、感謝するぞ、ハノトキヤ」

 アイリスを見たジャスパーは穏やかな口調でトキヤに感謝の言葉を送った。

「……」

 そんなジャスパーの殊勝な態度を見て、トキヤは会談への招待状に同封されていた、ジャスパーの映像について考えた。

 ……あの映像のジャスパーは、アイリスに会わせたい人物がいるからアイリスを連れてきて欲しいと言い、そして、この取引に応じるのなら、何があろうとも俺とアイリスを守り抜き、傷一つ付けることなく帰すと言っていた。

「……」

 トキヤ達は道中の護衛として一人だけJDを連れてくることが許可されていたが、連れてきたJDが施設内に入ることは許可されていないため、シオンが会談中の護衛に付くことはできない。故に、ジャスパーが護衛に付いてくれるのならば、心強いことは間違いない。

 ……だが。

 あの映像の発言は果たして真実なのか。それを確かめるためにトキヤはここにいる本物のジャスパーに向け言葉を発することにした。

「なあ、ジャスパー。招待状に同封されていたお前の映像。……あれは、お前の言葉を語っていたのか?」

「……? 貴様、何を言っている? あれは、我が最愛のパートナーが暇つぶしに作ってくれた自分を模したキャラクターだぞ? 自分以外の誰が意思を吹き込むというのだ。まったく、今、自分を混乱させても貴様に得はないだろう。変なことを聞くな」

「……そうか。悪かったなジャスパー」

 そして、その返答からあの映像がジャスパーの意思そのものであることを理解したトキヤは安堵の息を吐いたが。

 ……しかし、メインボディじゃないとなるとな。

 奇しくも援軍のライズと似た状態であるジャスパーに、果たして自分とアイリスを守り抜く力があるのだろうかとトキヤは疑問を抱いた。

「ジャスパー、会談中は俺たちの護衛をしてくれるとのことだが……、その既製品の身体でも実力は発揮できるのか?」

「む、痛い所を突くな。確かに幾ら戦闘用とはいえ、この既製品の身体でアレの相手は難しいだろう。だが――――」

 自分にはこれがある。と、自信に溢れた表情を浮かべたジャスパーが指を鳴らすと会談を行う施設の方からふわふわと宙に浮く球体がゆっくりと近づいてきた。

「……」

 その丸まったアルマジロのような形をした飛行物体をトキヤは知っていた。

 ……ディフューザーか。

 それはジャスパーのような一部のネイティブだけが動かすことができる強力な兵器、ディフューザーだった。そのディフューザーの尋常ならざる防御力に散々苦しめられたトキヤは、そのディフューザーが守ってくれるという状況の心強さをとてもよく理解できた。

「ふ、身体は別物でも、自分がジャスパーである限り、ディフューザーは動かせるからな。これで貴様達を守ろう」

「……ん? 後続が来ないが……。……まさか、一つだけなのか?」

「……そうあからさまに不服そうな顔をするなハノトキヤ。あの戦闘で貴様達にボディもディフューザーも全て壊されたから、新しく造るしかなかったのだ。これでも貴様達を安心させるために無茶を言って、この一つだけ特急で造らせたんだ。感謝こそされ、不満に思われる謂われはないぞ」

「……一つ聞きたいんだが、これは俺たちを安心させるためだけに用意したのか? それとも、ディフューザーが必要になる場面、つまり、俺たちに危険が及ぶ可能性があると考えたのか?」

「俗に言う、念のため、というやつだな。今のところ、アレが貴様達に危害を加える気が無いのは間違いないが……、アレは癇癪持ちだからな。話の展開次第でどうなるかわからん。だから、貴様が自分の要求を受けるのならば、会談中ぐらいは守ってやろうと思っただけだ。だが、送った動画で言った通り、あくまで会談中のみ、だからな。その後も尾を引くようなら、そちらでどうにかするがいい」

 そして、施設内にいる間は守るがその後は知らないと断言したジャスパーが、トキヤの戦力であるシオンをチラリと見ると。

「ネイティブ、いえ、――――ジャスパー。貴方に話があります」

 こちらを見るのを待っていたと言わんばかりの強い視線をシオンから向けられたジャスパーは、視線をトキヤに戻すことなくシオンと向き合った。

「どうした、強者よ。自分に何か言いたいことでもあるのか?」

「私の名はペルフェクシオン。トキヤ様や親しき者にはシオンと呼ばれています」

「……本当にどうした強者。貴様は確か敵には名を名乗らないのではなかったか?」

「その通りです。戦う相手に名乗る趣味はありません。ですが、――――今の貴方は敵ではありません」

 だから、名乗りました。と語ったシオンを見て目を丸くするジャスパーにシオンは頭を下げ。

「ジャスパー。トキヤ様とアイリスを、どうか、よろしくお願いします」

 施設内に入る事を許されていない自分に代わって、トキヤとアイリスを守って欲しいと懇願した。

「……」  

 そして、そのシオンの願いを受け取った、ジャスパーは。

「ああ、――――自分に任せて貰おう」

 嘘のない強い笑みを浮かべ、トキヤ達を必ず守ると約束した。

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