第63話

『しかし、災難だったなハノトキヤ。まさか、あの男に目を付けられるとは』

『あの男というのは、反政府のトップのことか? 俺を気に入ったとのことだったが、その理由をお前は聞いていないのか、ジャスパー』

『知らないな。自分が強者、ペルフェクシオンに破壊される直前までの戦闘映像を熱心に見ていたようだが……』

「……」

 トキヤ達が入っていった施設の外で一人佇む銀髪のJDが。

「……音声良好」

 と、小さな声で呟いた。

「――――」 

 トキヤの持つ起動状態のデバイスから音を拾い、更にその音を仲間のJD達に聞こえるようにする設定を終えた銀髪のJD、シオンは、トキヤ達を見送るためにギリギリまで施設に近づいていたが、その場から離れ、駐めている車に向かって足を進めた。

「……」

 そして、車に向かいながらシオンは。

 ……正直、複雑な気持ちですが、ジャスパー。私も貴方を信じることにしました。

 だから、どうか私達の思いを裏切らないでください。と、自分が信頼すると決めたジャスパーのことを思った。

 映像では信用しきれなくても、直接ジャスパーと会話をしたことでトキヤがジャスパーは信頼するに値すると判断し、そのトキヤの思いを感じ取ったシオンもまた、少なくともジャスパー本人の言葉に嘘はないと考え、自分が入ることを禁じられている施設内だけではあるが、ジャスパーにトキヤ達を任せることにしたのだ。

「……」

 とはいっても、全てを他者に任せっぱなしにするシオンではない。乗ってきた車のトランクを開けたシオンは、只の鉄の塊として検問所のチェックを通った自分の専用武装、プロキシランス・アルターを手に取った。

『やけに良い匂いがすると思ったら、今、横を通ったパーティ会場に料理が大量に並んでいたな。お前達、会談の後にパーティでもするのか?』

『いや、あれは貴様に余裕があることを見せつけるためだけに用意した料理だ。会談が終わればすぐに廃棄処分だろう。あの男のつまらん見栄だよ。気になるなら、毒などは入っていないだろうから、会談が終わった後に貴様達が食べてもいいぞ』

『あの量の料理を廃棄とは勿体ないな……。……持ち帰り用の容器はあるか?』

「……」

 そして、トキヤとジャスパーの暢気な会話を聞きながら、シオンはこの会談についての詳細を聞いた時のことを思い返していた。

 会談中はトキヤ達にJDの護衛を付けることは許可できない。しかし、会談相手にはJDの護衛がいる。という話を聞いた時シオンは、それはもう激昂した。

 反政府組織という逆賊ではあるものの、組織のトップである人間と、一介の技師と生まれも育ちも何もわからない少女の二人組。どちらの方が社会に影響を与えているか。そして、その人物が殺された場合、得をする者が多くいるのはどちらか。そんなことは誰にでもわかる話だ。故に、反政府のトップに護衛を付けるのは納得できる。けれども、だからといって、トキヤ達に護衛を付けてはいけないという理由にはならないはず。と、シオンは一切武装をせずに人間として振る舞うから自分をトキヤ達の護衛に付けさせて欲しいと上に直訴しようとしたが、トキヤに止められた。

 そして、会談までの時間もあまりなかったため、トキヤを説得することもできなかったシオンはせめて道中の護衛は私に任せて欲しいと手を挙げたのであった。

「……」

 この今に至るまでの出来事を思い返す度にシオンは自分の拙劣せつれつな立ち回りに怒りを覚え、戦闘以外では全くといっていいほど役に立っていない自分自身に嫌悪の気持ちを抱いた。

「……」

 けれども、そう思うのと同時に、自分が役に立てる分野、戦闘では決して自己嫌悪に陥るような行動はしないという強い思いを抱きながら武器を身に付けたシオンは、車から離れ。

「――――」

 施設内にある建造物の中で一番高い建物の屋上からトキヤ達を見下ろしている、一体のJDに視線を向けた。

「……」

 トキヤ達が施設内に入った直後に現れたそのJDは、濃い緑の塗装の上に黒い蛇が這うような独特の迷彩模様が描かれた分厚い装甲を身に纏っており、そのJDを見つけた時、シオンはすぐに攻撃を仕掛けようとしたが、寸前のところで踏み止まった。

 そのJDが武器を持っていないことにシオンは気がついたのだ。

 鎧のような装甲を身に纏っているため一見すると武装をしているように見えるが、そのJDは防御装甲シュラウドと跳躍をサポートする装備しかしておらず、攻撃をするための装備は一切付けていなかった。

 更にそのJDを構成するパーツは特注品ばかりなのか、シオンの知識には殆どデータが存在していなかったが、唯一、そのJDの瞳だけは統合知能ライリスごと人格データを破壊された仲間のJDがしていたモノと同じであり、その目は戦闘時に瞳孔が変化するタイプのモノで、瞳孔にその変化が見られなかったため、そのJDに戦闘をする気がないとシオンは判断したのだ。

 そのJDを見つけた後、シオンは、第三勢力の偵察用JD、大国の監査JD、政府軍の隠密部隊コバート、と、そのJDの所属について色々と思考を巡らせたが、施設内で要人を護衛している敵JDがその存在に気づいていない筈がないと考えたシオンは、そのJDは反政府軍所属のJDである可能性が一番高いと推測した。

「……」

 反政府も一枚岩ではないのかもしれません。と、そんなことを考えながらシオンはトキヤ達が入っていった施設を見つめ……。

 ……どうやら、トキヤ様達は施設内にある教会に向かっているようですね。この場所から最速であの教会に辿り着くために、破壊すべき建造物は……。

 シオンは、万が一の際にトキヤ達を助け出すためのシミュレーションを開始した。

 反政府のトップの指示により、この施設内に政府軍所属のJDが入ることは禁止されている。

 だから、トキヤ達に危機が迫り、それに気づいたシオンが中に入ってトキヤ達を救出したら、理由はどうあれ、反政府との約束を反故にしたということになる。その行いは十中八九、政府軍に不利に働くだろう。

「……」

 シオンは政府軍が所有するJDである。そのため、シオンは政府軍の不利益になる行動を決して行ってはいけない。

 だが、シオンは――――

 ……私はJD、人形。故に私の行動は――――

「――――私の判断に従うまでです」

 己の決意を言葉にし、心の在るが侭に、救出シミュレーションを続けた。


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