第56話

「で、その新しい戦い方ってのは、どういうものなんだ?」

 新しい戦術を考えていたら質問したいことができた、とサンに言われたトキヤがその質問を受け付ける意思を見せると、サンは。

「実は画期的な戦い方を思いついたんだ!」

 胸を張って、凄いことを考えたと言い放った。

「……画期的な戦い方、か」

 何というか、嫌な予感しかしない。と、トキヤは心の中で呟いたものの、その思いを声に出すことはせず、トキヤはサンの瞳を見ながら小さく頷き、話の続きをするように促した。 

「ほら、この前の作戦の時、サン、輸送機で運ばれたよね? あの時にね、サン、下に見える基地を眺めながら、こんなことを思ったんだ。――――ここから攻撃できたら、どんな敵だって簡単に倒せるんじゃないかなって!」 

「……」

「サンはどっちかっていうと近接戦闘の方が得意だけど、空からなら遠距離戦でも物凄い戦果をあげられそうだって思ったんだ! だから、次の作戦の時は遠距離戦用の武器を積んだ輸送機にサンを乗せて! そうしたら、サン、空から地上に向けてばんばん撃って、敵をどんどん倒すから!」

「……」

 どう凄く良いアイディアでしょ!? と、自分の考えに自信を持ち、熱く語るサンからトキヤはいったん視線を外し、サンの隣で黙って頷き続けるアイリスに声を掛けた。

「アイリスもサンと似たようなことを考えたのか?」

「あ、うん。えっと、前の戦いの時、カロンちゃんが超遠距離から凄い砲撃をしてくれたよね? もし、あれが地上じゃなくて、高高度から撃てたなら、反撃も気にしないで一方的に攻撃できて戦闘を有利に進めることができるんじゃないかなーって……」

「……ふむ」

 サンとアイリスが語った新しい戦い方とは、空中から地上に向けて攻撃をするというものであり、戦略、戦術の素人であるトキヤにもその戦い方の強みはすぐにわかった。

 だが。

「結論から言うと、その手の戦い方をすることは――――不可能だ」

 その戦い方を採用することはできないと、トキヤはサン達の考えを否定した。

「そうでしょ、そうでしょ! 次の作戦の時にはサンが空から攻撃するのは不可能! ――――って、ええー!?」

「……」

 どうしてー!? と、絶叫しているサンを見ながらトキヤは、アイリスは仕方ないにしても数日前までは統合知能ライリスで多くのJDと繋がっていたサンはもう少し勉強しておいて欲しかった。というようなことを思いながら、二人の考えを否定した理由の説明を始めた。

「さっき俺は不可能と言ったが、技術的な問題があるってわけじゃないんだ。特殊な兵装を作るまでもなく、輸送用ドローンに武器を積んで、そこにJDが乗ればあっという間に空中戦仕様のJDができあがるんだからな。だが、それを作ることはできない。何故ならそれは――――国際法で禁じられているからだ」

「こく」

「さいほう……?」

「ああ、六大機能を持つ機械に飛行能力を与えることを禁ずる。という国際法があって、名指しはされてないが六大機能を持つ機械というのは基本的にJDのことを示している。JDが単独で空を飛ぶのは完全にアウト。空輸目的で航空機にJDを乗せるのは大丈夫だが、航空機を足場にして空中戦を始めたら飛行能力を得たと判断されてこれもアウトになる」

「えー、どうしてそんなルールがあるのー……?」

「JDが飛行能力を得た場合、奇襲、急襲作戦が容易となり、人命が必要以上に失われる可能性が高くなり、またテロなどに悪用される危険性もあるためってのが主な理由だな。そして、この国際法を破った国家、団体、個人は、この国とは比較も出来ないほどの戦力を持つ二つの大国の手によって――――この世から跡形もなく消え去ることになる」

 実際にこの法を破って消えた国もあるから、皆、しっかり守ってるんだ。と、トキヤがその国際法の詳細を語ると、圧倒的な国力を持つ大国に強制されるように国際法ルールが作られていることを初めて知ったアイリスとサンが何とも言えない表情になり、そんな二人の顔を見たトキヤは思わず苦笑いを浮かべた。

「まったく、そんな顔をするな二人とも。俺としてはこの国際法は悪くないと思ってるぞ。効率が良すぎる戦い方は人の心を狂わせるから大国が睨みを利かせてくれているのは素直にありがたい。まあ、ただ……」

 ……これは空中戦が可能なJDを唯一の脅威と捉える大国達が自分たちに都合が良いように作り上げた法だ。そんなモノをこのまま放置していいのかと、そう不安に思うこともないわけじゃない。

「……トキヤくん? ただ……何?」

「ん、ああ、いや、何でもない」

 だが、国内で政府軍と反政府軍で争っているような俺たちに、世界のことまで考える余裕はないよな。と、心の中で生じた不安を心の奥底に押しやってから、トキヤは二人との会話を再開した。

「そう……? うん、何でもないならいいけど。それで、トキヤくん。今の説明でJDが空から攻撃したらいけないってのはわかったんだけど、人間ならどうなの?」

 わたし、ニンゲンだよ? と、つい数日前まで自分のことをJDだと思い込んでいた人間のアイリスが自分なら空中戦が可能なのではないかとトキヤに質問をすると、トキヤは少し悩んでから首を横に振った。

「確かに人間なら大丈夫なんだが、まず間違いなく出来の良い人工筋肉搭載型ヒューマンフェイカーと疑われる。そして、二つの大国の息が掛かった調査機関が勝手に国に入ってきて好き放題やったり、疑われた人間は確実に解剖されたりと碌なことがないから、JDであれ人間であれ空中戦はできないものだと考えてくれ」

「そっかー……」

 じゃあ、別の良い戦い方を考えないとだね。と、空中戦をスッパリ諦め、アイリスは建設的に考えを進めていこうとしたが。

「……あれ?」

 思考の最中に引っ掛かりを覚えて、首を捻った。

「……ねえ、トキヤくん。空中戦がダメだって話だけど、この基地で戦った敵が使ってた、あれ。――――ディフューザーって使って良いの? ビュンビュン飛び回ってた気がするんだけど……」

 後、ドローンとかも。と、アイリスはトキヤに質問をし、今までの会話の流れからその疑問にアイリスが行き当たると予測していたトキヤは、既に頭の中で用意していた回答をすぐに言葉にした。

「ドローンは変なことをしなければ六大機能を持つ機械に当て嵌まらないからどう運用しようと問題はない。そして、ディフューザーは――――だから法で縛りようがないんだ」

「存在しない兵器……? え、それってどういうこと? わたし達、戦ったよね? ディフューザーを使うネイティブと」

「ああ、戦った。そして、ディフューザーをジャスパーは使っていた。だから、ディフューザーは間違いなく存在しているが……、兵器としてのディフューザーは存在していないんだ。……失敗作なんだよ、ディフューザーは」

「……あんなに凄い兵器が失敗作なの?」

「そうだ。幾ら凄かろうが扱えるJDが普通は制御することも不可能な上に数も少ないネイティブだけで、しかもその中の何割かしかディフューザーの真価を発揮することができない。そんな不完全なモノ、兵器として認められるわけがない。だから、ディフューザーは存在しないことになっている」

「へー……」

「だが、実物を俺たちは確かに目にした。だから、ディフューザーが兵器として使われているということを世界に伝えれば、反政府軍の動きを鈍らせることが出来るかも知れないと俺とレタさんは考えて、上に報告したんだが……ものの見事に無視された」

「え……? さっきトキヤくんが言ってた大国とかに敵がルール違反してるってことを教えれば、こっちが有利になるんだよね? なんでそれをわたし達の味方の人間が無視するの?」

「……ディフューザーの開発経緯にちょっと問題があってな。この国を含め、多くの国がディフューザーから目を逸らしたがってるんだよ。下手に関わったら二つの大国どころか、に狙われるんじゃないか……ってな」

「……最強のJD? それって……」

 JDとの戦いを何よりも好むアイリスがトキヤの口から零れたその言葉に反応し、アイリスが最強のJDについて詳しく聞こうとした、その時。

「――――きゃっ!?」

「――――最強はサン達だよ!」

 と、叫ぶサンに後ろから急に抱きつかれ、アイリスが驚いている間に、サンが言葉を続け。

「だって、あんなに厳しかった作戦を誰も破壊されないでやれたんだもん! サンたちが世界で一番強いに決まってる! そして、色々考えてもっともっと強くなる! だから、アイリス、一緒にがんばろ! ――――同じとして!」

 サンは満面の笑みを浮かべながら、場の空気が固まる発言をした。

「……」

「……」

 うん? え? と、サンのその発言を受け、トキヤとアイリスが困惑し硬直する中、サンだけはいつも通りの調子でアイリスに語りかけた。

「あれ? サン、何かおかしなこといった? アイリスって、トキヤに自分の子供だって認知してもらったって言ってたよね?」

「認知……かはわからないけど、トキヤくんがわたしに対して親みたいなことをするとは言われたかな」

「うん! それならやっぱり、アイリスもトキヤの子供だよ!」

 サンと一緒! と言いながら強く抱きついてくるサンにアイリスはどう対応したらいいのか迷いながらも考え得る可能性を言葉にすることにした。

「ええっと……、もしかして、サンちゃんってトキヤくんに造って貰ったJDだったりする?」

「違うよ! サンはトキヤに名前を付けて貰ったの! だから、サンはトキヤの子供なんだ!」 

「えっと……、記憶が無いから、ちょっと曖昧だけど、そういうのを名付けの親っていうんだっけ?」

 それなら納得できるかも。と、サンがトキヤの子供であると言い出したことにアイリスは理解を示し。

「……そういうことか」

 トキヤもサンが自分の子供だと言い出したことに合点がいったと強く頷いた。

「あー……、これは、もうかなり前の話になるんだが……」

 そして、トキヤは苦い思い出、というわけではないが、サンに対して申し訳ないと思ってしまうその日の出来事をアイリスに教えるために口を開いたが。

「――――」

 唐突にトキヤのデバイスからコール音が鳴り響き、喋ることをやめ、デバイスに視線を向けたトキヤは。

「……これはまた珍しいやつからの呼び出しだな」

 そう呟き、デバイスを手に取ってすぐに立ち上がった。

「悪い、二人とも。少し用事ができた。いつも通り、この部屋は好きに使っててくれ」

 と、トキヤが話を途中で止めて出掛けることを二人に謝罪して、部屋を出ようとすると、アイリスとサンのいってらっしゃいという声が聞こえ。

「ね! トキヤ! あの日の話をアイリスにしても良いよね!?」

 その見送りの挨拶の後にサンが言葉を続け、トキヤがアイリスに話そうとしていたことを代わりに話してもいいかと訊ねてきたため、トキヤは、もちろん、と頷いた。

「あのね! これはサンとトキヤが初めって会った日のことなんだけど――――」

 そして、楽しそうに、嬉しそうに、その日の出来事を語り始めたサンの声を聞きながらトキヤは部屋の扉を開けた。

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