第57話
狭い通路に金属を引き摺るような音が響いていた。
その音の発生源には二人の少女がいた。
一人は肩甲骨の辺りに穴が開いている特殊な戦闘用スーツを身に纏ったJDの少女。そのショートカットの少女は、見る人が見ればすぐにシオンと同じ
「……」
しかし、その少女の隣を歩くJDの少女は表情に余裕がなく、疲労困憊といった感じでバールのようなものを引き摺りながら、よたよたと歩いていた。
「バルちゃん、疲れちゃった? 大丈夫……?」
ショートカットの少女がそんな疲れ切った様子のツインテールの少女を心配し、声を掛けると、ツインテールの少女、バルは、大丈夫ですよカロン。とショートカットの少女の名を呼び、足を止めた。
「ただ、2キロ以上離れた場所から百発百中の勢いで模擬弾を当てられるのは流石に想定していなかったので、ちょっと心が疲れてしまっただけです」
JDが精神的疲労を感じるのは、少しおかしいかもしれませんけどねー。と、バールのようなもので肩の球体関節を軽く叩きながら、バルがため息を吐く動作をすると。
「そんな、百発、百中じゃないよ。七十発、六十二中だよ。バルちゃんの回避行動、凄く、うまかったから……」
自分のせいでバルが落ち込んでしまったと思ったカロンが慌てて励ましの言葉を口にしたが。
「……カロンとガチでやり合ったらバル、あっという間に破壊されますね……」
そんなに当たっているとは思ってもいなかった。と、バルがショックを受けたことに気づいたカロンは、励ましの第一陣は失敗したと判断し、即座に第二陣を展開した。
「で、でも、近接戦の、練習じゃ、カロン、バルちゃんにあと一歩、届かなかった、から……!」
「……まあ、それはそうですけど」
そして、カロンの励まし第二陣はそこそこに効果があったようで、バルの表情から影が消えたが。
「……」
遠距離戦では手も足も出ない相手に近接戦であと一歩まで追い詰められる。それが意味することをバルは考え始め。
……武器が悪い?
と、バルは自分が手に持つ、バールのようなものに視線を向けたが。
「……ハ」
すぐにその行動の愚かさに気づき、バルは苦笑した。
……不都合なことがあると、他者やモノのせいにするとか。
まるで、人間の思考じゃないですか。と、合理性の欠片も感じられない自分の腐りきった思考を吹き飛ばすためにバルは強く頭を振り、今度こそJDらしい冷静な思考を奔らせた。
……この武器は軽くて使いやすい、良い武器です。……けれども。
攻撃が軽く、敵が避けやすい武器でもある。と、バルは思った。
だが、それは武器が悪いというわけではない。そうあるようにと造られた武器は故障することもなく、常に十全の力を発揮しているのだから。
つまり、もし、悪いモノが存在しているというならば、それは武器ではなく。
……この武器が一番自分に合っていると感じている、バルってことになりますよね……。
「……」
カロンとの演習を経て、前から薄々気づいていた事実と向き合うと決めたバルは暫くの間、無言でバールのようなものを見つめていたが。
「バルちゃん……? 何を、してるの……?」
「いえいえ、なんでもありませんよ。だから、そんな心配そうな顔しなくていいですって。ほら、さっきみたいに嬉しそうな顔をしてください……って、そういえば、カロン、さっきまでやけにニコニコしてましたよね? ――――ははーん、もしかして、バルに弾をバンバン命中させて、イケナイ快感、感じちゃってました?」
カロンはおませさんですねー。と、演習を終えてからずっと嬉しそうにしていたカロンの表情を思い出したバルは冗談を口にしたが、それを冗談と捉えることができなかったのか、カロンはきょとんとしてから。
「ううん、弾を、当てた時に、快感が奔るように、設定はしてないよ?」
と、生真面目にバルの言葉をちゃんと否定し。
「ただ、カロンは――――バルちゃんに頼られたのが、嬉しかったの」
カロンは自分が嬉しいと感じたことを語り、再び、とても嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「……バルに頼られたことが、嬉しかった……?」
「うん。バルちゃんって、シオンさんを、よく頼ってるけど、カロンや、サンちゃんには、あまり頼ってくれないから、ちょっと、寂しかった。シオンさん、凄く強いから、頼りになるの、よくわかるけど、時々はカロンのこと、頼ってくれるといいなって思ってたから、今日、カロンのこと、頼ってくれて、凄く嬉しかった」
そして、全く想像もしていなかったカロンの思いを聞き、バルは動揺しながらも、大きく口を開いて。
「バルがカロンを頼りにしてないなんて、そんなことは――――」
ない。と、否定の言葉を口にしようとしたが。
「――――」
バルは今までの自分の言動を思い返し、シオンには友人のように、カロンやサンには保護者目線で接していたのは紛れもない事実だと認識した。
だから、否定はできないとバルは諦観し。
「――――っ」
けれども、それだけじゃないとバルは顔を上げた。
「……バルの人格データは中古。みんなより少しお姉さんですから、ちょっとだけ子供っぽいカロンやサンには甘えちゃいけない、なんてことをほんの少しだけ思っていたかも知れません。でも、それはカロンやサンが頼り甲斐がないから、なんてことでは絶対にないです。これは、バルが我が儘なだけなんです」
「……ワガママ?」
「――――二人を守りたい。そんなJDらしからぬ、我が儘です。バルは二人のことを妹のように思っているんです」
「いもうと……」
「ええ」
そのバルの発言を受け、少し驚いた表情を浮かべるカロンをバルは優しく抱きしめた。
バルはサンとカロンのことをとても大切に思っている。前の作戦でカロンを基地から遠く離れた砂漠に、サンを雑魚の相手にと二人を死地から少し離れた場所に配置したトキヤにその点だけは百点満点を与えたいと思ったぐらいである。
戦友のシオンと自分が頑張ればトキヤとアイリスが出張る必要も無く、サンとカロンも損傷すらせずに作戦を終わらせられると、バルはそう考えていた。
この国は戦闘に使うためにわざわざ
「……」
……けれど、実際は……。
「バル、ちゃん……?」
怖い、顔してる。と、いつの間にか顔を上げていたカロンの呟きを聞いたバルはすぐに笑顔を作った。
「えー、そんなことありませんよ? あー、ほんと、カロンもサンも良い子ですよねー。生まれがJDを殺戮機械としか認識していないこんな国でなければ、技術屋さん以外の人間にも、本当に、本当に大事にされたでしょうね」
「そう、なの……?」
「ええ、きっと。――――あ、良いこと思いつきました。この前のアイリスの一件で技術屋さんが結構なお金を貯め込んでいることがわかりましたから、技術屋さんを誑かしてバル達を国から買い取って貰って、日……南の島でのんびり過ごすのもいいかも知れませんねー」
「あ、それ、ちょっと、面白そう……」
「ええ、いつか絶対に実行しましょう。……ま、このゴタゴタが片付かない限り、国がJDを手放すとは思えませんから、この籠絡作戦はもう少し先の話になりそうですけどねー。……ああ、それと、カロン。言い忘れてたんですけど、今日の演習のこと、誰にも言わないでくれます? 技術屋さんはもちろん、シオンやサンにも」
バルの考えがまとまるまでは。と、今日の演習については誰にも言わないで欲しいとバルがカロンにお願いすると、カロンにしては珍しく力強く頷いた。
「わかった。大丈夫、カロンは、隠し事、得意だから」
「……あー」
それはそれで困るんですけどねー。と、バルが苦笑していると。
「……あれ? シオンさん……?」
唐突にカロンがシオンの名を呼んだため、バルが半ば無意識のうちにカロンの視線の先に目を遣ると、そこには確かにシオンの姿があったが、シオンが部屋に入るとすぐに扉が閉まり、シオンの姿は一瞬で見えなくなった。
「……あれは確かにシオンでしたね。あそこは整備室ですけど……。カロン。技術屋さんが先に部屋に入った姿、見ましたか?」
「う、ううん。シオンさん、一人で入っていったよ。中にもトキヤさん、いなかった、と思う」
「……ですよね」
技師もいないのにJDが一人で整備室に入る理由がわからず、バルとカロンは首を傾げたが。
「――――ちょっと行ってみましょうか」
理由なんてシオンに直接聞けば良いとバルは考え、バルはカロンと一緒に整備室へと向かった。
そして、すぐに整備室の前に着いたバルとカロンは扉を開けようとしたが。
「って、開かない?」
「……これ、生体認証の、ロック……?」
その扉を開けることができなかった。
解除に生体認証が必要なロック。それは万が一、基地内に敵JDが残っていた場合、その敵JDを封じ込めるためにJDに与えられたこの基地での権限の一つであった。
人間、もしくはロックを掛けたJD本人しか開けることのできない扉を前にバルとカロンは呆然と立ち尽くすだけ……。
「あ、内部との通信はできますね、これ」
というわけでもなく、JDでも部屋の中と連絡が取れることに気づいたバルはすぐに扉の通信機能を起動させた。
「――――シオン、聞こえます? バルです。さっき中に入っていく姿が見えたんですけど、ロックなんてしてどうしたんですか?」
そして、バルが扉に向かって語りかけると、少し間が空いてから、扉のカメラが作動し。
『……バル。今、そこにいるのは、貴方とカロンだけですか?』
シオンの声が狭い通路に響いた。
「え? ええ。バルとカロンだけですけど……?」
『……二人に少しお願いしたいことがあります。もし、時間に余裕があるようでしたら、部屋に入ってきてくれますか』
今、扉を開けます。と、シオンが言うとすぐに扉のロックが解除され、バルとカロンはあまり状況を把握できていなかったが、特に気負うことなく扉を開け、整備室の中へと入り――――
「……はい?」
「……え?」
二人は、一糸まとわぬ姿のシオンを目にすることになった。
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