第52話

「……ああ、くそ、そうか。JDからJDへのデータ移行は統合知能ライリスからJDへのデータ移行よりも圧倒的に時間が掛かる。人格データの入っていない空のJDを避難場所に設定しても、破壊される直前みたいな緊急時には使えないか」

「はは、残念だったねー。けど、戦闘記録を見た限りでは、ペルフェクシオンは兎も角、他の人格データは大した戦力にはならないと思うけど、どうしてそんなに入れ込んでいるのかな?」

「……何言ってるんだお前。大事な仲間達の大事な心だ。大事に決まってるだろ」

「……あー、トキヤ氏は極東生まれか。まあ、その、――――変わってるね!」

「おい、なんだ、その哀れむような目は。俺は何もおかしなこと言ってないぞ」

 今は政府軍の基地となっている元敵前線基地内にある狭い通路で二つの影が動いていた。

 動く影の一つはトキヤでその隣を歩く影はウルフカットとくすんだ赤色の瞳が特徴的なJD、ライズだった。

 砂漠で軽い自己紹介を終わらせた後、ライズが武装についてレタと話したいことがあると言い出したため、トキヤは砂漠に出ていた他のメンバーと基地の入り口で別れた後、ライズを連れてレタの仕事部屋へと向かっていた。

「……しかたない。空の身体をあいつらの避難場所にするのは、今は、諦める。しかし、お前の実力を疑うわけじゃないが、やはり、空の身体を遊ばせておくのは勿体ない気がするぞ」

「それはもちろん、勿体ないよ。でも、統合知能が一つ破壊されたんだ。どうしようもない。今はまだ戦力としてカウントできるJDの人格データがあまりにも少ないから」

「なら、せめてこの基地を制圧した後に来たJD達の予備の身体として登録できないか? あいつらは全員統合知能ライリスに納れられているから、登録すればすぐに動かせると思うが……」

「まあ、それはできなくはないけど、制圧後にこの基地にきた我が身以外のJDって特殊仕様といえば聞こえは良いけど、雑務が得意なだけで戦闘はからっきしだよ? 弾道弾迎撃ミサイルABMを扱うのがやっとな人格データを前線に並べたって……」

「……的にしかならないか」

「そういうこと」

 そして、歩いている間の雑談でトキヤは知恵を絞って送られてきた物資を有効活用するための案をいくつか出したのだが、全て効果的ではないとライズに判断されてしまい、トキヤは肩を落とした。

「どうしたの、トキヤ氏。何か落ち込んでるようだけど」

「いや、やっぱり俺はお前達には敵わないと思ってな。ほんと、この前の作戦がうまくいったのは、運に助けられた面が強かったと再確認できた」

「前の作戦……? あー、この基地を強奪する際の指揮官は君だったのか。君やグリージョ氏の上司であるリトル氏の思いつきはいつも激しいね。きっと、ああいう人を豪傑というのだろうね」

「そうだな。性格も見た目も優しさの塊みたいな人だが、やる時はやる凄い人だからな。リトルさんは」

「はは。そうリトル氏は凄い。そして、トキヤ氏、君だって凄いよ。確かにJDは戦闘力や継続力、経験や記憶を効率的に引き出して問題に対処する力……等々、言い出したらきりが無いぐらいの分野で人間よりも優れている。けれども、同じように人間がJDよりも優れている分野を挙げたらきりが無い。だから――――」

「……変に卑下せず、自分に合う分野で頑張るのが一番、か」

「そう! うんうん、トキヤ氏はわかってるねー」

「ああ、ついさっき自分自身をあまり過小評価するなって叱られたばかりだからな」

「? それはよくわからないけど、ま、人間とJD、それぞれの得意分野で頑張って、さっさと反政府を殲滅し、この国に平和をもたらそう!」

「……」

 おー。と、陽気に腕を上げるライズを見ながら、トキヤは同じ日に二人のJDに励まされたことを反省しつつ。

 ……シオンと違って、こいつは俺を見て語らなかったな。

 トキヤは、ライズのくすんだ赤色の瞳に自分が映らなかったことについて考えた。

 ……シオンには俺が自分から弱音を吐いた。今のは単に会話の流れ。と、状況が全然違うし、そもそも今日初めて会った俺にライズが興味を持っていないのは当たり前といえば当たり前だ。……だが、ライズが何を見てるのかがわからないのは問題がある。

 ライズは増援で来た他の特殊仕様のJDと違い、戦闘用のJDである。つまり、これからはシオン達と肩を並べて戦闘を行うことになるのだ。その際に、致命的な行き違いが起きないようにトキヤはライズが何を思い、何を考えているのかを少しでも知っておきたいと思った。

 ……大切な人や仲間のJD、国家を見ているのなら、それでいいんだが……、なんか、そういう感じではなさそうなんだよな。

「……」

 お前はいったい、何を思って戦っている。と、トキヤがライズについて考えていると。

「――――トキヤ氏?」

 いつの間にかライズのくすんだ赤色の瞳にトキヤがしっかりと映り込んでいた。

「ん。お、おう。どうしたライズ」

「いや、どうしたもこうしたも、ここじゃないの?」

 ストレッタ氏の仕事部屋。と、ライズが親指で指し示した場所は確かにレタの仕事部屋であり、ライズに声を掛けられなければ普通に通り過ぎていたことにトキヤは気づいた。

「……悪い。少し考え事をしていた」

 そして、その事をすぐにライズに謝罪し、何にしてもまずはライズの武装について考えようとトキヤは思考を切り替えてから、セキュリティセンサーに軽く手を当て、声を上げた。

「忙しいところすみません、レタさん。トキヤです。今、少し時間、良いですか?」

 そして、トキヤが部屋の中にいるレタに呼びかけると、とりあえず、中に入ってー。という声がスピーカーから聞こえてきたため。

「――――失礼します」

 トキヤはライズを連れて、レタの仕事部屋へと足を踏み入れた。

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