第51話

「――――」

 百の棺の中から唯一、起き上がった存在。それは他の棺に入っているJDと全く同じ顔のJDだった。

 ただ、他の棺に入っているJD達とは違い、瞳が閉ざされておらず、くすんだ赤色の瞳が自分を睨みつけているトキヤたちをボンヤリと見つめ。 

「えー……。なんで、こんなに警戒されてるの……?」

 わけわかんないなー。と、そのJDは困惑の声を上げながら、紫色の髪を掻き上げた。

「ねー、そこの君達。ちゃんと生体認証して輸送ボックス開けてるワケだし、味方だよね? 現政府軍だよね? なんか警戒レベル高すぎないかな? というか、銃向けちゃってるね? もしかして、我が身、敵認定されちゃってるの?」

 あー、もー、何がどうしてこうなったー。と、面倒事に巻き込まれたと言わんばかりの表情を浮かべて天を仰ぐウルフカットのJDを見てトキヤは。

 ……面倒事に巻き込まれたのはこっちだと思うんだがな。

 と、心の中で愚痴を吐いてから襲ってくる気配がまるでないウルフカットのJDに銃口を向け続けているサンとアイリスに銃を下ろすように指示をした。

「……」

 そして、トキヤを脅威から守るために真っ先に前に出たシオンが黙って横に移動したため、トキヤは一歩前に出て、ここにいる者の代表として、正体不明のJDとの会話を始めた。

「おい、そこのJD。俺達の仲間だというのなら、この意味のわからない輸送方法について説明をしろ。これで警戒するなってのは無理な話だぞ」 

「意味のわからない輸送方法……? それ、どういうこと? 前線用の我が身は普通の輸送ボックスで運ばれるって……」

 そして、トキヤに輸送の仕方について問われたJDは、最初、その質問の意図がわからずに首を傾げたが。

「……」

 首を傾げた際に自分が入っていた独特すぎる輸送ボックスが視界に入り。

「……うわー」

 これはひどい。と、悲痛な叫びを上げた。

「――――納得、納得したよ。どうして、君達がそんなに警戒してるのか、よーく、わかった」

「こっちは全然わからないままだ。ちゃんと説明してくれ」

「する。もちろん、するよ。えー、この梱包は間違いなく、この国一番の兵器開発者の――――趣味だね」

「え?」

「趣味……?」

 その説明を聞き、トキヤの後ろにいるサンとアイリスは、趣味という単語に反応し、頭の上に疑問符を浮かべたが。

「この国一番の兵器開発者……?」

 トキヤは二人とは違うところに疑問符が付いた言葉を発した。

「あれ? 引っかかるとこ、そこ?」

 そして、その事を不思議に思ったウルフカットのJDは、その疑問を解決するために。

「――――」

 くすんだ赤色の瞳に異質な光を奔らせ。

「羽野時矢……。君、JDの技術者ってことで登録されてるけど、兵器開発にも関係してたりする?」

 統合知能ライリスからトキヤの情報を引き出し、ウルフカットのJDが逆にトキヤに質問をした。

「ん? あ、いや、確かに兵器開発をしたこともあるが、俺が疑問に思ったのは、この国一番の兵器開発者って俺の同僚のレタさんだと思ってたから、それ以上の人間がいるってことに驚いたんだ」

 レタさんを超える化物技師、怖いもの見たさで会ってみたいものだ。というようなことをトキヤが考えていると。

「あ、君、ストレッタ氏の知り合いか。それでいて、そういう勘違いをするってことは根っからのJD技術者なんだね。本物の兵器開発者なら、ストレッタ氏をこの国一番、なんて狭い言葉で言い表しはしない。彼女は――――世界一の兵器開発者だから」

 トキヤはレタを過小評価しすぎていると、ウルフカットのJDに指摘された。

「……凄い人だとは思っていたが、レタさんってそんなに、なのか?」

「二つの大国を除く。っていう注釈を付ければ、世界一と断言できるよ。この国一番の兵器開発者であるシュルト氏はまだ少女といってもいい年齢だから将来性があるけど、そんなシュルト氏でさえストレッタ氏を超えるのは不可能……と言うとまた面倒なことになるから、――――かなり困難! かなり困難だけど、可能性はないわけじゃないと思う! かなり困難だけど!」

 今の会話聞かれてないよね? と、ウルフカットのJDは輸送ボックスの中を慌てて調べ、問題がないことを確認し、安心したように胸に手を当てた。

「……もしかしてレタさんとこの国一番の兵器開発者って仲が悪いのか?」 

「え? 違う違う。巨象に子猫が噛みついてるだけだね。あ、そういえば、ストレッタ氏がいるってことは、ここにカロンもいるのかな? 統合知能ライリス破壊の難を逃れたとは聞いているけど」

「……お前、カロンのことを知ってるのか?」

「知識としてだけでなく、結構な回数会ってるよ。最後に直接顔を合わせたのは、ストレッタ氏がカロンを連れ回していた頃だから、だいぶ前のことだけど」

「……」

 そのJDの口から三馬鹿の一人であるカロンの名前が出るとは想像もしていなかったトキヤは驚き、まじまじとそのJDのくすんだ赤色の瞳を見つめた。

 ……統合知能ライリスから政府軍の技師である俺のデータを引っ張ってきた時点で敵という可能性は消えていたが……。

 三馬鹿になる前のカロンを知っているということは、かなりの古株のようだ。と、トキヤはそのJDが同じ政府軍の仲間というだけではなく、裏事情にも精通している面白そうなJDであると認識し、完全に警戒心を解き、肩の力を抜いた。

「あー、もう調べられた後だが、一応、自己紹介をさせてくれ。俺は軍事用JD担当技師の羽野時矢だ。呼び方は……、まあ、好きなように呼んでくれ」

「では、トキヤ氏と呼ばせて貰うね。我が身の名はライズ。援軍としてここに来た。呼び方はそっちも好きなように呼んで欲しいね」

「ああ、わかった。それじゃあ、これからよろしく頼むぞ、ライズ」

「うん。この国の戦力の一つとして、人に仕えるJDとして、出来る限りのことをすると約束する」

 そして、誤解が解けたことを素直に喜んでいるのかウルフカットのJD、ライズが満足げに頷いていると。

「ライズ……」

 トキヤの隣でシオンがウルフカットのJDの名をぽつりと呟いた。

「ん? あいつのことを知っているのか、シオン」 

「はい。同じ統合知能には納れられてはいなかったので、直接やり取りをしたことはありませんが、前に一度、統合知能内で、『この国で一番強いJDは誰だ!?』という話題が出た時に……」

「……お前達、案外、面白いことやってたんだな」

「……! い、いえ、私は興味が無かったのですが、盛り上がっていたので仕方なく参加をしただけで……」

「えー? その時、サンもその話題に参加してたけど、あの時のシオン、トキヤ達に専用の武器を作って貰ったばかりで、凄く自信満々に、今の私なら誰にも負けることはないってみんなに――――」

「サン。後で何でもいうことを聞いてあげますから、その話だけは絶対にしないでください。お願いします。……その、話を戻します。それで、その際にライズという名前のJDが挙がったと記憶しています。確か、首都防衛隊の№2だったかと」

「……何?」

 ……首都防衛隊の№2だと?

 と、シオンの口から割ととんでもない事実が飛び出したのだが、その衝撃の事実を語るよりも自分の過去の発言を隠すことにシオンが必死だったため、今一、驚くに驚けなかったトキヤだったが。

 ……首都防衛隊の№2ということは、軍で二番目に強いJDってことだよな……。

 冷静に考えてもやはりそれは驚くべき事実だったのでトキヤはゆっくりとした足取りで近づいてくるライズに確認を取ることにした。

「ライズ。今の話、聞こえていたよな? ……事実か?」

「うん、事実だね。ただ、その№2の実力は、今、ここでトキヤ氏と会話をしている人格データと、首都に置いてきたメインボディが合わさったときのモノであって、残念ながら今の我が身ではその力を発揮することができないんだ」

「……は?」

 そして、ライズは自分が政府軍の№2のJDであると断言したが、現状ではその力を発揮できないと言い出したため、トキヤは、なんで実力を発揮できる身体をここに持ってこない。と、文句を言いそうになったが。

「……成る程。緊急時にはというわけか」

 その直前に統合知能ライリスを使う戦術を理解したトキヤは小さくため息を吐いた。

「うん、そういうことだね。前線も大事だけど、首都が陥落したらそこで終わりだから、重要度はどうしてもあっちが上になる。これでも№2だから、国家の危機の際には万全の状態で首都にいなければいけないんだよね」

 けれどまあ、そう落胆しないでよ。と、ため息を吐くトキヤを見て、ライズは苦笑しながら、砂上にある百の棺に向かって両手を広げ。

人工筋肉搭載型ヒユーマンフェイカー5、ハイブリッド型95。この全てが――――我が身だからさ」

 期待に応えるぐらいの力はあるよ。と、ライズは髪を掻き上げながら、堂々と語った。

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