第53話

 ――――ストレッタ・コンポジション。皆にレタと呼ばれているその人物は、世界屈指の兵器開発者である。

 その実力は折り紙付きで、一応、トキヤも開発協力はしたが、先の敵前線基地攻略作戦において、彼女が殆ど一人で作り上げた武装の数々が存在していなければ、作戦は間違いなく失敗していただろう。

 アイリスの鋼の獅子、サンの一対多用大型兵装、カロンの機密機構満載の大型砲、シオンの特殊武装、と普通の戦場であるのならば、それ一つで戦況が一変するような武器を片手間でちゃちゃっと作ってしまう彼女は門外漢のトキヤから見ても、天才を超えた存在とはこういう人なのだろうな。と思ってしまうような凄まじい人間であった。

 しかし、そんな彼女の外見は普通に美人で、性格も普通に良く、溢れんばかりの才能があまり外には出ないタイプだった。それ故に兵器開発やJDと関係の無い話をしていると留学生と勘違いされることも少なくなかった。

 そのためレタは、数年前まではよく未成年と間違えられていた。というようなことを楽しそうに語り。――――まあ、三十が見えてきた最近はそんなの滅多に無くなったけど。というようなことを遠い目で語ったりして、トキヤ同僚達を困らせたりもしていた。

 そんな、才能の塊でありながら普通の外見と普通の感性を持つレタは、自分に少しでも特徴を出そうと常に白衣を着て仕事をしており、今日も同じように白衣を着て仕事をしていたが。

「……レタさん。何、してるんですか……?」

 今日のレタの仕事風景は少し独特で、それを見たトキヤは困惑の声を上げた。

 レタの仕事部屋に入ったトキヤとライズの目に飛び込んできたのは、宙に挙げた両手をわきわきと動かすレタの後ろ姿だった。

 最初、トキヤは仕事のしすぎでレタがおかしくなってしまったと思い、思わず声を上げたが。

 ……って、違う、違う。レタさんはおかしくなってない。

 レタの両目がデバイスで覆われていることに気づいたトキヤは。

「もしかして、何か設計してるんですか?」

 レタは単に仕事をしているだけだと結論付けた。

 そして、そのトキヤの言葉が正解だというように、レタは小さく頷き。

「そそ。ごめんね、もうちょっとで終わるから、そこで待っててくれる?」

 と、トキヤに少し待たせることを謝罪し、宙で手をわきわきさせる作業を続けたので、トキヤは隣にいるライズにおとなしくしていようと目配せをしてから、直立不動の姿勢でその場から動かず待機していたが。

「……って、羽野君、そんな気配まで消そうとしなくいいって」

 そんなトキヤの生真面目すぎる行動がツボに入ったのか、レタは声を出して笑った。

「まだ作業中だから手は離せないしそっちも見られないけど、喋れないってわけじゃないから部屋に入ってもらったの」

 用事の内容でも雑談でも適当に話を振ってよ。と、レタに言われたトキヤは少し考え。

「今、レタさんが設計してるのって新しい武器ですか?」

 レタがライズを見られない今の状況で用事を済ますことはできないと判断し、雑談を振ることにした。

「そうね。ま、正確に言うと同時に生産してるから、設計というよりは製作だけど」

「……同時に生産?」

「そ。今、あたしが画面上で製作してる武器が首都の工廠こうしょうでそのまま出力されて、リアルタイムで生産されてるの」

「リアルタイム生産……」

「今日のオーダーはコンセプトが違う武器三つと、扱いにくくても強力な武器一つで、コンセプト違いの方はもう作り終わって、今はエースクラス用の強力な奴を作ってる最中なんだけど、これ、強力なだけあって、少しでもミスると工廠が大変なことになるから、目が離せないのよねー」

 ごめんねー。と、軽すぎる口調で偉業を語るレタを見て、トキヤは愕然とした。

「ちょ、ちょっと待ってください。レタさん、朝会ったときは軍の幹部に渡す資料をずっと作ってたってぼやいてましたよね? いつからその四つの武器を作り始めたんですか?」

「え? んー、あの後、食事を取ってから作り始めたから……、だいたい一時間ぐらい前かな」

「一時間……」

 たった一時間でJD用の武器を四つも作るなんて、この人はどれだけ凄いんだ。と、トキヤは感嘆の息を吐いた。

「ん? 急にため息なんて吐いて、どうかした?」

「……いえ、レタさんは凄いなって思っただけです」

「あたしが凄い? 何言ってんの。あたしなんて凡人もいいとこだって」 

「……レタさん。そういうの、行き過ぎた謙遜って言うような気がしますよ……?」

「いや、ほんと、ほんと。羽野君とか、あたしと同じ分野だと首都にいる兵器開発が得意な女の子の方が全然凄いから。だって、あたしは……」

 と、そこまで語って、レタは一度言葉を止め、思考をまとめてから再び話し始めた。

「そうね、例えば、あたしは銃というジャンルの武器を過去の物にする武器を作れって言われても絶対に作れないって自信を持って言えるわ。銃を強化することは幾らでもできるけど、銃を超える別物を作り上げることは出来ない。……そういうことが出来る人を一流っていうと思うの」

 あたしは死ぬまで二流が確定している、並の技師だから。と、何処か寂しそうに語るレタの表情には天才に似つかわしくない諦観の色が滲み出ていた。

「レタさん……?」

 だが、レタがその表情を浮かべたのは、ほんの一瞬で。

「――――ま、二流でも何でも、好きでやってることだからいいんだけどねー。そして、はい、終わったー」

 と、すぐにいつも通りの調子に戻ったレタは仕事が終わったと大声を上げ、顔に付けていたデバイスを外し、髪と同じ色をした茶色の瞳をトキヤに向けた。

「いやー、結構待たせちゃったわね。それで羽野君、何の用事?」

「あ、実は新しく増援で来たJDの武器について少し相談したいことがあって……」

 そして、用件を語ったトキヤが視線を隣に居るJDに向けると、自然とレタの視線もそちらを向き。

「よろしくね。あたしの名前は――――」

 レタはそのままJDに自己紹介をしようと笑顔を浮かべ。

「――――」

 笑顔のまま、レタの動きがピタリと止まった。

「……」

 それからレタは視線だけを動かし、そのJDの紫色の髪、くすんだ赤色の瞳、そして、顔の造形をしっかりと確認し。

「……まさか、ライズ?」

 そのJDの正体を的中させ、レタに名前を言い当てられたライズも満足げに髪を掻き上げた。

「せいかーい。ストレッタ氏も変わりなく。こうやって再会できて、……割と本気で嬉しいかな」

「……ライズは随分変わったわね。何、その身体は……って、ああ、普段の身体は首都に置いてきたのね。ということは、今の身体に合った武器を作れって話……? え、そういうのは二班がやる仕事じゃないの?」

「うんうん、その疑問はもっともだね。我が身もちょっと意味がわからなくて、こっちに来てから統合知能ライリス内で聞いたら、どうにも二班が用意した武装に文句を言った人物がいたみたいなんだよね。そんな中途半端なモノ、ワガママ女に見せられるわけがないでしょ! と言って大騒ぎした人物が」

「……ルトちゃんは相変わらずねー」

 やっぱり、めんどくさいなー、あの子。わかるわかる。と、レタとライズが共通の知り合いの話題で盛り上がる中、トキヤが会話に混じれず、ポツンと一人、その場に突っ立っていると。

「あ、羽野君。ライズはね、カロンちゃんと似たボディを使ってるからってことで前にあたしが専用武装を作ることになったJDなの」

 その事に気づいたレタがすぐにトキヤを会話の輪の中へと誘導した。

「カロンに似た……というと、身体に内燃機関が搭載されているということですか。……ライズ、それが首都に置いてきた本命の身体なのか?」

「そういうことになるね。向こうで使ってる武器は、似た身体のカロンの実験データを参考にして作られたモノだから身体に馴染んで助かってるよ。問題点があるとすれば、ストレッタ氏が変に気を遣って黒と金のカラーリングにしたせいで、この国一番の兵器開発者が時々、武装した我が身を見て舌打ちをするぐらいだね」

「ルトちゃんは、そういうとこあるのよね……。あたしが色を塗り直そうとするとその度に止めるくせに、好きな色を奪われた屈辱、絶対に忘れない……! って、ずっと言ってくるの。あたしに固執して何が楽しいのかなー。花も恥じらう乙女なんだから、男の子と恋愛でもすれば少しは丸く……ねえ、羽野君って、お見合いとかに興味ない? 首都の方に羽野君と趣味が合いそうなすっごく可愛い女の子がいるんだけど――――」

「すみません。そういうのは一生しないと決めてるので、本気でお断りします」

「――――即答! そして、羽野君とは思えない力強い拒絶……! ……まあ、冗談はこのくらいにして。……ねえ、ライズ。貴方、ここにいていいの?」

「……? どういう意味かな?」

「№2が首都を空けていいのかって聞いてるの。統合知能ライリスに入ってるわけだから有事の際に戻れるのはわかるけど、常時警戒してなくて大丈夫なの?」

「……」

 首都防衛は大丈夫なのか、というレタの問いかけに対し、ライズは一瞬だけ目を丸くし。

「……ははっ」

 ライズは苦笑に近い、乾いた笑いを零した。

「そう思うのなら、ストレッタ氏。君にもう少し忖度して欲しかったね」

「……? どういうこと?」

「我が身がここに来たのは次の作戦に向けての援軍というだけでなく、――――ストレッタ氏、君の護衛も兼ねているということだよ」

「……あたしの護衛? 何それ。確かに昔はカロンちゃんが近いことをやっててくれた時もあったけど、最近はずっと一人で行動してたわよ?」

「前とは状況が変わった。統合知能が一つ破壊され、政府軍が圧倒的に有利とはいえなくなったからね。国家にとっての重要人物を守るのは当然のことだよ。ストレッタ氏にはこの基地を強奪する作戦の前に救助を拒んだという前科もあるし」

「……待て、ライズ。今、なんて言った。レタさんが、作戦前に救助を拒んだって……?」

 どういうことですか、それ。と、完全に初耳の話を聞き、驚いたトキヤがレタに視線を向けると、レタは気まずそうに視線を逸らしてから、その一件について、ぽつりぽつりと語り始めた。

「あー、そのね。実はあの小型施設で物資調達の連絡を取り合ってる時に、あたしだけなら首都に連れて行く準備があるとか向こうが言い出したんだけど、全員じゃないなら誰が行くかって断ったりしたんだよねー。あはは……って、ライズ! 余計なことは言わないように!」

「やー、このぐらいは言わせて欲しいね。幾ら我が身がJDとはいえ愚痴を零したくなるときもあるよ。だいたい、あんなくだらない理由で首都から逃げ出し、あの基地に戻らなければ――――」

 と、更にライズがトキヤの知らない情報を言葉にしようとしたが。

「――――!」

 レタがJDさながらの俊敏な動きでライズの口を手で塞ぎ。

「ごめんね、羽野君! 色々と積もる話があるからライズと二人っきりにさせて! あ、武器の話もしとくからその辺は任せて!」

 その勢いのまま、レタはトキヤの両肩を掴んで半回転させ、軽く背中を押してトキヤを部屋から出した。

その瞬く間の出来事に運動神経が並以下のトキヤは何も反応できず。

「……え?」

 全てが終わった後に振り返ったトキヤは、ライズはレタさんに任せて俺は俺のやることをしよう。と、気持ちを切り替えるまでの暫くの間、固く閉ざされた扉の前で一人、立ち尽くすのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る