第47話

「――――トキヤ様、どうかいたしましたか?」

 突然、床の大穴から顔を出した銀髪の少女は、透き通った紫の瞳をトキヤに向け、すぐに声を発した。

 今まで床の下にいて床の上の様子を見ていなかった筈の少女は、人がいたことに驚くどころかトキヤの存在を床の下にいるときから把握していたように思え、その事を普通なら不思議に感じてもおかしくはなかったが。

 ……俺の足音と、後、呟きが聞こえたんだろうな。

 人とは比べものにならないほどの聴力を持つ彼女なら何も不思議なことはない。と、トキヤはその事を気にすることもなく、銀髪の少女に向けて声を出した。

「なんだ、シオンも気になっていたのか」

「私……? ということは、トキヤ様も……」

 そして、トキヤとの会話が始まり、銀髪の少女はそのまま言葉を続けようとしたが。

「……申し訳ありません、トキヤ様」

 会話をするには些か不躾な体勢でした。と、銀髪の少女は自分が穴から顔だけを出した状態のまま話を続けようとしていたことを恥じ、軽く目を閉じてから。

「――――」

 銀髪の少女は拉げた鉄骨を掴んでいた右手に力を込め、片腕の力だけで舞うように大きく跳躍し、トキヤの目の前に音も立てずに着地した。

「……」

 今、王にかしずひざまずく騎士のような体勢になっている銀髪の少女は、人の身体能力を遙かに超えた聴力や膂力を有している。それは彼女が超人や超能力者だから、というような話ではない。

 これは単に、彼女が人ではないという、ただ、それだけのことである。

 トキヤが生きるこの時代では、人類の英知を結集し、人の代わりに労働や介護をし、時には人のパートナーにもなってくれる存在が造られた。

 それがJudgementDollJD、判断する人形である。銀髪の少女、ペルフェクシオンはそのJDであり、更に戦闘に特化した身体を持っているため、先ほどのような激しい動きをすることが可能なのだ。

「――――」

 そして、そんな戦闘用JDのシオンは、トキヤが、なんでシオンはずっとしゃがんでいるんだ? と、疑問に思う直前で立ち上がり、何故か少し満足げな表情を浮かべながら再び口を開いた。

「……トキヤ様もこの場所が気になられたのですか?」

「ああ。まあ、正確に言うと、この場所というよりもこの基地全体についてなんだがな」

「この基地全体、ですか」

 そうだ、と、トキヤはシオンの言葉に頷きながら、自分を見つめるシオンの真剣な眼差しに気づき。

「……」

 トキヤは、ほんの少しだけ肩から力を抜き、シオンになら安心して語れる、弱音に近い、己の本心を語り始めた。

「……基地奪還のために、敵前線基地を強奪しろ。それが俺たちに与えられた任務だった。その任務の説明を受けたとき、俺は色々あって、冷静な思考能力を持っていたとは言い難い状態だった」

 あの時は本当に迷惑をかけたな。と、トキヤが謝罪をするとシオンは小さく首を横に振った。

「トキヤ様、あれは仕方がな……いえ、トキヤ様が心を乱してまで私達のことを思ってくださったからこそ、今があるのだと、私は思っています」

「……ありがとな。お前がそう言ってくれると、少し気が楽になる。……俺は任務を引き受けると決めた後もずっと頭に血が上った状態で任務を成功させることだけを考えていた。それで、昨日ぐらいからようやく思考に余裕ができてきて、ふと、思ったんだよ。そもそもなんで俺たちは――――この敵前線基地を襲撃したんだ? ってな」

「……え?」

 そのトキヤの発言は、ある意味、先の任務を否定するモノであり、流石のシオンも僅かに動揺してしまったが。 

「もちろん、敵前線基地を一時的な拠点にするっていう目的は覚えている。けど、それがどうにも、ただの名目でしかないような気がしてきたんだ。この場所、元敵前線基地にいればいるほどにな」

「……ここにいればいるほどに」

 トキヤの言葉から、少し視点が違えども、トキヤが自分と同じ違和感を抱いていたことに気づいたシオンはすぐに落ち着きを取り戻し、トキヤの考えを静かに聞き続けた。

「俺たちが制圧したこの基地は、ハッキリ言って大した価値がない場所だった。高価な設備や機材は皆無、防衛機能は並以下、広さだって俺たちが所属していた基地とは比べものにならないぐらい狭い。こんな使えない基地、反政府軍が棄てるのも納得だ。下手をしたら俺たちが最初に逃げ込んだ小型施設の方がマシかもしれないってぐらいだからな。あの小型施設でもコンテナで物資をドカドカ運んで拡張すれば、ここ以上の橋頭堡きょうとうほになれたと思う。奪われた基地にも近かったしな」

「……」

「まあ、そういったことに気づいて、俺は最初、こんな戦略的価値の無い基地を制圧するために俺たちは命をかけさせられたのか。と、上の人間、特にグリージョに対して怒りが湧いたが、ここにいたあいつの言葉を思い出して、……怒りが疑問に変わった」

「……あいつとは、あのネイティブのことですね」

「ああ、この場所で俺たちを苦しめた敵JD、ジャスパーだ。シオン、あいつがお前に最初に言った言葉を覚えているか?」

「はい。面倒なを終え、気まぐれで戻ってきた。あのネイティブはそう言っていました」

「そうだ。あの時はブラフの可能性が高いと思ったが、戦闘を終え、改めてジャスパーの性格を分析すると、あの言葉が嘘であるとは俺には思えなかった」 

「……私もそう思いました。あのネイティブはとても純粋でしたから」

 と、シオンが頷く姿を見て、トキヤは自分の推測が間違っていなかったと確信し。

「きっと上の連中の本当の目的は、この敵前線基地にあった〝何か”を俺たちに確保させることだったんだろうな」

 自信を持って、その考えを言葉にした。

「だが、俺たちの行動は半歩遅く、俺たちが作戦を開始したときには、既にその〝何か”はここの地下通路を通って輸送された後だった。この基地の制圧後に上からの追加説明はないから、その〝何か”について俺が考える必要はないってことなんだろうが……、やっぱり、気にはなってな」 

 そして、トキヤはジャスパーの特殊武装、ディフューザーが開けた大穴を眺めながら、先ほどまでその穴の下にある通路にいたシオンに質問をすることにした。

「シオン、お前が見ても、この下の通路から得られる情報は何もなかったか?」

「……はい。この下の通路は百メートルも進まないうちに破壊されており、その先は砂で完全に埋まっていました。専用の重機を使えば通路が何処に繋がっていたかがわかるかもしれませんが、年単位の時間が掛かると推測されます。援軍のJD達の調査結果よりも私が詳しく報告できるのは、通路の破壊は爆破などではなく、あのネイティブが四肢の武装で粉砕した可能性が極めて高いということぐらいです。……申し訳ありません」

「そうか。ま、敵だってしっかり考えて戦争をしてるわけだから、何も残ってないのが当たり前なんだ。だから、シオン、お前が謝る必要はないぞ」

「……ありがとうございます。その、トキヤ様も降りて確認されますか?」

「いや、やめておく。最初はそのつもりだったが、シオンが調べてくれたから、もう十分だ。俺はここを調べるのに使う筈だった時間でレタさんに相談をする――――ための資料を作ろうと思う」 

「レタ様との相談。それは、もしや、アイリス様の……」

「ああ、あいつが戦うための力、鋼の獅子の改良についてだ。レタさんは俺なんかと違って多くの人に必要とされてて忙しいのに、無理を言って改良を手伝って貰うんだ。朝の件も含め、レタさんの負担は最小限にしたい。過去のデータや改良の指針、方向性を資料にまとめ、後はレタさんに何を聞かれても、〝考えてませんでした。後日、改めて連絡します”みたいな最低な発言をしないで済むように鋼の獅子の全データをもう一度頭に叩き込んで、色々な可能性について考えておきたいところだな」

「……」

 このトキヤの発言は特別でも何でもない、技術者として当然の言葉であった。

 だが。

「――――」

 シオンにとっては、声が出せなくなるほどに感動してしまう発言だった。

 今のトキヤの発言は、人でありながら戦場に立つと決めたアイリスの意思を認め、アイリスのために全力を尽くすという覚悟の言葉であり、その上、技術者仲間のレタをリスペクトし、迷惑をかけないようにするという謙虚な姿勢をも感じとれ、それらを全て味わったシオンは今の発言をとても尊いと感じ、トキヤに全力で賛辞の言葉をおくろうとしたが。

「……っ」

 シオンは、戦友であるバルに極東生まれの男を褒めすぎるのはよくない、ダメになる。と、常々、忠告されていたため。

「トキヤ様、――――頑張ってください」

 シオンは歯を食いしばって、ありったけの思いを込めた言葉を声にしたが、全力の賛辞ではなく、全力の応援程度にとどめた。

「ああ」

「ただ……、トキヤ様は一つ勘違いをされてます」

「……勘違い?」

 そして、シオンはそのまま感動を味わっていたかったが、トキヤの発言の中で一つだけ、どうしても無視できない言葉があり、それを修正するために再び口を開いた。

「トキヤ様。確かにレタ様は国家や他者のために溢れんばかりの才能を躊躇なく使い、それでいて驕ることなく、研鑽を積み重ね、常に努力をし続けている偉大な方です。それは間違いありません。ですがそれは――――トキヤ様も同じです」

「……は? 俺がレタさんと同じ……? いやいや、それは買い被りすぎだぞシオン。レタさんと俺じゃ頭の作りからして天と地の差があるし、上からの期待度なんて比較することができないぐらいだぞ」

 本物の天才と、多少、JDに詳しいだけの自分が同じなわけがない。と、トキヤはシオンの冗談の下手さに苦笑したが。

「――――いいえ、同じです」

「……お、おう。同じなのか」

 次の言葉を紡いだシオンの真剣な表情から、これは下手な冗談ではなく、本気の言葉であることを把握し、トキヤは笑うことをやめ、姿勢を正した。

「はい。ですから、トキヤ様。……俺なんか。なんて言わないでください。トキヤ様はとても立派ですし、必要とされています」

「そ、そうか……」

 そして、結局、シオンは全力でトキヤを賛辞し、その賛辞を真正面から受け取ったトキヤは流石に気恥ずかしくなり、頬を掻きながら。

「あー……、ところでシオン。お前、朝のミーティングの後に、何か用事があるって言ってたよな? その用事はもう終わったのか?」

 この変な空気をどうにかしようと、強引に話題を変え。

「え、あ、それは……」

 トキヤは、シオンの肩が珍しく動揺に震える場面を目撃することになった。

「た、確かにサンに物資の受け取りと護衛を任せ、時間が空いたので、その、ちょっとした所用を済まそうと思っていたのですが、その前にここに来たので、まだ……」

「ああ、そうなのか。まあ、午前中はその物資受け取り以外は特に急いですることはないからな。ゆっくり、その用事を済ますといいさ」

「は、はい……。お心遣い、感謝します」

「……?」

 そのシオンにしては歯切れの悪い返答に、隠し事をしてるときのカロンの言葉に似てる部分を感じ取ったトキヤは、朝からずっとシオンが言葉を濁し続けていたその用事についてもう少し聞いてみようと思ったが。

「――――っと、噂をすれば」

 疑問を言葉にする前に、トキヤが持つデバイスに任務に出ているサンから連絡が入ったため、トキヤはそちらの応対を優先し。

「おう、どうした、サン」 

『あ、トキヤ! HELP! HELPだよー! 助けてー!』

「――――」

 そのサンの叫び声が聞こえるや否や、トキヤはシオンと共にその場から駆け出した。

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