黒き棺と新たな仲間
第46話
――――運が良かった。
壁が砕け、辺りに瓦礫が散乱したままになっている巨大な倉庫の中で、瓦礫の上に腰を下ろした一人の青年、トキヤはそんなことを考えた。
……あの国を出てからの俺は、ひたすらに運が良かったんだ。
最愛の
その向こう見ずの行動は混迷極める世界情勢の中では自殺行為に等しく、その旅路は生き残る目の無い絶望的なものになる筈だった。
だが、そうはならなかった。
トキヤに手を差し伸べる者がいた。
トキヤを拾ってくれた国があった。
トキヤを迎え入れてくれた
そして、トキヤに再び生きる気力を与えてくれたJDがいた。
その奇跡ともいえる出会いの数々は、トキヤがJDに関して人並み外れた技術力を有していたことが起因であることは間違いないが、出会った人々、JD達の顔ぶれが少しでも違っていたら自分の心は未だに最愛のJDを亡くした悲しみに囚われたままだっただろうとトキヤは考えており、本当に彼ら、彼女らとの出会いはトキヤにとって、運が良かったとしか言い様がなかった。
そして、それからもサンやバルをはじめとした新たなJD達や、最愛のJD、アヤメが造られる切っ掛けとなった人間の少女、アイリスと出会えたことも、ただひたすらに運が良かったとトキヤは思っている。
……だが。
運の良し悪しというのは、確率と言い換えることもできる。
確率とは収束するものであり、絶好調だったトキヤの運の良さにも一時、陰りが見えた。
その象徴ともいえる出来事が、トキヤの所属していた政府軍の基地が敵である反政府軍の急襲を受け、陥落したことである。
トキヤのいた基地には強力なJDが多数所属しており、襲撃してきた敵JDと真っ向から戦えば決して負けるはずがなかった。
だが、負けた。それも基地にいた殆どのJDが二度と起動できなくなるという最悪と言ってもいい負け方で。
敗北の最大の理由は、JDの人格データを数千数万と保存することが可能な
人間でありながらJDのように戦っていたアイリスの護衛をするために特殊な立ち位置にいた、シオン、サン、バル、カロンの四人は人格データをギリギリのところで統合知能から身体に移すことができたが、四人以外の基地所属のJD達の人格データは統合知能と共にこの世から消えてしまった。
そして、その被害は基地にいたJDだけにとどまらず、同じ
そんな国家の危機的な状況の中、命からがら基地から脱出したトキヤ達に過酷な命令が下される。
それは残存戦力のみで敵前線基地を制圧せよ、という成功確率が絶望的な任務であり、その任務の一時的な指揮官に任命されたトキヤは、
そして、自分のことをJDだと思い込んでいたアイリスに真実を話し、技師仲間のレタと共に限られた時間の中で
その結果――――JDも人間も誰一人死ぬことなく、トキヤ達は任務を達成した。
トキヤはその結果を運が良かったの一言で済ますことはしない。その作戦に参加した者達は全員、己の持てる力を出し切り、その末に勝利を掴み取ったのだ。この結果は決して運の良さが引き寄せたものではない。
だが、それでも。
……運も良かった。
と、トキヤは思わずにはいられなかった。
トキヤにどうしてもそう思わせてしまう存在は、数日前、トキヤが今座っている場所に堂々と立っていた。
その存在の名は。
「……ジャスパー」
金色の武装に燃えさかる炎のような赤い髪と瞳を持った敵JD、ジャスパーは、ネイティブと呼ばれる種類のJDで、ディフューザーという特殊武装を使用できる特性を持っていた。
その敵JD、ジャスパーはトキヤが今まで出会ってきたJDの中で一番の力を有していた。
エースクラスの
「……」
そんな、まるで神話に出てくる怪物のような力を有していたジャスパーだったが、最終的にはトキヤの言葉による揺さぶりと、シオンの切り札を使うことで破壊することができた。
強力無比なジャスパーを何故、撃破できたか。それは、ジャスパーが最大の力を有していても、――――最強ではなかったからだ。
ジャスパーは明確な弱点を幾つか持っていた。それは攻守に使えるディフューザーを防御、拘束にしか使わず、攻撃は己の手足による近接戦闘のみという変な拘りに、戦闘中だというのに自分の大好きなパートナーを自慢したり、敵対する人間の言葉に惑わされるという、JDらしからぬ、とんでもなく軽い頭である。
ジャスパーは強敵ではあったが、付け入る隙があった。そんなジャスパーのことを考える度にトキヤはこう思うのだ。
……ここにいた敵が、
もし、この場所にいたのが全く違うネイティブだったら、と、トキヤは想像する。
ディフューザーを攻守両方に使用し、本体は格闘戦も遠距離戦もできる仕様で、何よりも敵であるトキヤと言葉を交わすことなく作業のように黙々と戦闘をする、そんなネイティブが敵だったとしたら……。
……きっと全滅していただろうな。
少なくとも、俺は今、ここにいなかっただろう。と、トキヤは自分たちとジャスパーの死闘の結果が刻まれたボロボロの壁や床を眺めながらそんなことを思った。
……俺の作戦立案、指揮能力は三流以下で、出来る限りのことをしたと思っていたあいつらの装備も改良余地はまだまだあった。つまり、俺は殆ど勝利に貢献していない。今回の勝利は、シオンと三馬鹿、アイリスとレタさんが頑張ってくれたことと……。
運に助けられたという事実を決して忘れるな。と呟き、トキヤは心の何処かで強敵を倒したことに浮かれている自分自身を律した。
……そう、浮かれている暇なんてない。アイリスが今後も戦場に立つと決めたのだから、そのサポートをしっかりするためにレタさんと鋼の獅子について相談したり、ボディに人格データが入っているシオンと三馬鹿を
「……やることは山のようにある」
だから、この場所に来た目的をさっさと果たしてしまおう。と、トキヤは立ち上がって、すぐ前方にある床の大穴を覗き込むために歩き出した、その直後。
「――――」
「――――」
床の大穴から銀髪の少女がひょっこりと顔を出し、その少女の綺麗な紫色の瞳がトキヤを捉えた。
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